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第2殿 急ごしらえの救助隊
第38洞 見出した者、見出された者
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翌日、ケミーさんが戻らないので件の迷宮へ足を運ぶと、すっかり満足そうな顔をした彼女と今にもマナが枯渇しそうな迷宮核が転がっていた。
「ほら! ケミーさん! 起きて!」
「んぅぅ…… もう入らないよぉ……」
「うわ、すごい匂い…… いったんクラモールに戻って身支度整えてください!」
「ぅんっ…… はーい」
とりあえず彼女をクラモール村へ転送させ、その間に迷宮核の補修を施す。
「えっと、その…… 大丈夫でした?」
『こちらこそ、お連れの方に無礼な振る舞いを…… もう、無理です、出ません……』
なんとも申し訳ない気持ちになりながらも核の身支度を整える。そのうち意識がはっきりしてきたのか、最後の方は微妙な雰囲気で洗われていた。
「ところで、どうしてあんなことを?」
『うむ…… お主らが来る少し前に、何故か今まで感じたことのない高揚感というか、迷宮の中が熱く火照るものが沸き起こってな』
「あの、失礼なのですが今まで他の迷宮と転送円を繋いだご経験は……」
『ないぞ。祖父母の代から余はここの迷宮をただただ拡張することをその生きがいとしておったのでな。ただ近年迷宮が近場に生まれず、そういった出会いに恵まれておらぬ』
つまり初めての…… ってことか。
うんうん。わかる。
腰がガクガクしてるのも、今だに快感が抜けないのも。
そんで今なんとなく寂しいのもわかる。
『さ、先ほどの者はおらぬのか?』
「もうちょっとすれば戻ってきますよ」
『そうか、戻って来るか』
あー、もう虜になっちゃったかな。
『んっ!!』
そんな話をしていると、再び迷宮核が弓なりに仰け反る。この反応は恐らく転送円が起動したためだろう。
「ごめんね。ありがとう」
「あ、ケミーさん。おはようございます」
『お、おおぅ…… そなたはケミーと申すのか』
予想した通り、転送円から先ほどとあまり変わってない格好のケミーさんが現れた。とは言え、一応隠すところは隠れてるから随分と見やすくなった。
彼だけでなく俺も危ないからな。
「そういえば、あなたはなんていう迷宮の核なのかしら」
『よくぞ聞いた! 余はここが一体の迷宮を統べる由緒正しき迷宮の子孫、名を「大いなる眠りより消失せし揺蕩う迷宮」である!』
「え? オオイナ…… 何ですって?」
「あー、あるあるねぇ。特に管理してるマイスターもいなくって、上の世代の迷宮がそれぞれ繋がることで名前も繋がっちゃう迷宮」
あ、つまり「大いなる」「眠りの」「消失する」「揺蕩う」を持つ名前の迷宮がくっついたってことか。ややこしいし無駄に長い。
「面倒くさいから『オネショタ』でいいかしら?」
『う、うむ。好きに呼ぶが良い』
いいのかよ……
まあ降って湧いた名前じゃないし、わかりやすいから俺も賛成。
「ところで、あなたの親世代の迷宮核はいないのかしら? 見た所かなり広い迷宮に見えるけど、核の気配があまり感じないのよね」
ケミーさんの言葉に、オネショタは肩を落とし、顔を伏せる。
『……余しか居らぬ。親世は五百年前に生まれたという魔王核とやらに吸収され、消えた。余は祖父母の迷宮と繋がる形で育った故、詳しくも分からぬ。その祖父母迷宮も五十年ほど前に余の一部となったのでな』
……どうもこの辺りは深刻な迷宮過疎地のようだ。
「となると、勇者の足跡は分からずってことになるかしら」
『勇者? そなたらは勇者を探しておるのか?』
「探してるっていうか、五百年前に生まれた方のだけどね」
『……それかどうかは分からぬが、一つ心当たりがある。こっちに来るが良い』
オネショタは立ち上がると通路を一人歩き始めた。
「え、ちょっと?」
俺たちは急いで彼のあとに続く。
迷宮の中は洞窟と砦、見晴らし台に物見穴と、確かに様々な迷宮が固まっていた。それらを彼は短い足とは思えない速度で進むので、見失わないように進むのが精一杯だ。
「何気に、監視する目的の施設が多めですね」
「もしかしたら、ここら一帯は平野じゃなくて巨大な迷宮があったかもしれないわ。ここはそれらを監視するためだったのかも」
「そういう情報はギルドにないんですか?」
「組織もまだ若いからね。勇者誕生前の記録はほぼないし」
確かに、勇者が生まれる前ならオネショタの親迷宮がいた時代だし、周りに何かあったかもしれない。
今となってはまさに、きれいさっぱりなくなってしまっているが。
『ここだ』
案内された場所は、小さな部屋だった。
部屋のつくりや材質からしてこの迷宮のなかで最も古い場所に違いない。
そしてその部屋の中央に、すっかりマナが失われた転送円の成れ果てが刻まれていた。
『祖父母より聞いた話になるが、かつて魔王がここから現れたらしい』
「えっ!?」
ケミーさんが息を飲む。
俺も思わず円を覗き込んだ。丸く型取られた円は所々途切れ、マナの循環そのものが失われている。マナが機能しなくなったのは十年そこらというレベルではないだろう。
『その時点で魔王は虫の息で、早々に果てたと聞く』
「つまり…… この転送円は「空の迷宮」に繋がっているってわけね」
「でも逆に言えば、勇者はここから空の迷宮に行ったって事じゃないですか!?」
『それは分からない。祖父母もこの部屋について詳しく教えてくれることはなかったからな』
その後も彼の案内を受けつつこの迷宮を調査したが、それ以上の成果を上げることはできなかった。
結局、機能しない転送円の前で俺たちは途方に暮れていた。
「ねえ、この地域にここ以外の迷宮はないのかしら?」
『知らぬ。少なくとも余が知る限りでは周囲に生きた迷宮は存在しない』
「でしょうね…… こうなったら仕方がないわ」
「ケミーさん?」
彼女はバッグからいくつか魔導結晶を取り出すと、それを転送円の中に置いて言霊を呟き始めた。
『あれは何をしておるのだ?』
「多分転送円の修復ですね。ただ、迷宮同士を繋ぐには双方の核が健全な状態でないと難しくて、無理やり繋ぐと、片側のマナが普通に繋ぐより多く必要になったりして……」
『んほぉう!?』
オネショタが今までにないくらい体をのけぞらせた。この反応は転送円が大量のマナを要求しているのかもしれない。
『んんんんぁぁぁぁああああ!!』
「……うわ、すっげ」
オネショタの体が、ケミーさんの修復作業によって激しくよじらされる。視点が定まらず、お腹を押さえながら悶絶する様は、傍で見るにはかなりの衝撃だ。
「あれ、おかしいな。マナの供給が足りないのかしら」
『おほっ、あふんっ! しゅうごおおおおいんっ!!』
「距離もあったっけ? やけに接続が甘い……」
『ひぎぃ! お、奥! まだまだはいりゅうううう!!』
しかしその努力の甲斐なく、転送円は繋がることはなかった。片方はマナが尽き、片方は体力が底をついたようだ。
「結局、ここがどこに通じてるかも分からないんじゃあ、調査は打ち切りね」
「……本当に魔王がでてきたのかなぁ」
『分からぬ。祖父母が生きていれば話が聞けたかもしれぬが』
勇者の足跡、魔王の最期。僅かな収穫があったものの、それはギルドの望む内容だったのか。クリストリスの将来を安心できるだけの材料だったか。
正直、俺としては不安が残る。
「まあ、これ以上の成果は見られないだろうし。一旦報告に戻りますか」
「ですね。俺もそれが良いと思います」
『……おい』
帰り支度を整えようとしたとき、オネショタがケミーさんの服の裾をつかんだ。
「あら、どうしたの?」
『行くな』
「そんなこと言ったって、わたくし達はここの人間じゃないし……」
『住め。余が許す』
「どうしようかな~」
『悩むな! 住め!』
ケミーさんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。うーん、悪女だ。
「じゃあ、また来るから」
『いかん! そう言って皆余の前から消えてゆくのじゃ!』
オネショタはハラハラと涙を浮かべる。心情としては理解できるが、こっちはそうも言ってられない。
「ケミーさん、ここの迷宮をギルドに報告すればいいんじゃないですかね?」
「ん、まあそうよね」
俺たちはオネショタにそう説得して、俺たち自身もまた訪れることを約束して迷宮を後にした。
まあオネショタはケミーさんさえいればいいんだろうけどな。
◇
「おかえりなさいませ」
ギルドの報告窓口にやってくると、どことなく見覚えのある顔が受付に立っていた。
「……あら、ディグじゃない?」
「え? あ! スピカ!」
「きみ、学園卒業怪しくて行方不明になったって聞いてたのに、どうしたの?」
「そっちこそ、いつからギルドの受付に就職したんだよ!」
「今年からよ。同期なんだから去年卒業に決まってるじゃないの」
ギルド嬢の青いドレスに身を包んだかつての同期をカウンター越しに見ることになるとは。いつまでも学生の気分だったのに、世界は巡っているんだと痛感させられる。
「そういえば君がこっちに来るの珍しいね。いつの間に探索者試験通ったの?」
「あ、俺は付き添いなんだ。この人の」
「あ、ケミーさん! お世話になってます~」
「へぇ、ディグくんの友達なんだ」
既に二人は知り合いだったようだ。スピカは一見するとどこにでもいる普通の女性ではあるが、こう見えて口が軽い。去年なんか俺がとある授業で居眠りしていたことをその時の教授のみならず、学園中の教授が知っていたことなどが記憶に新しい。
要するに、おしゃべりが大好きなのだ。
「そういえばあの噂って本当? お腹に子供がいるって話」
「あ、ああ。嘘に決まってるだろ? ほら」
「見せなくていいって。さすがにそんなの噂ってわかってるから」
本当だったんだよなぁ。
んで、その子供に関連した報告を今、ケミーさんとしに来たんだよ。
「じゃあ、これこの間受けてた依頼の報告書ね」
「あ、はーい。ギルドからの指名依頼でしたよね? 勇者に関する調査の」
「そうそう。わたくし以外にもあちこちで調査してるって話だったけど、どれくらい情報って集まってるの?」
「本当は秘密なんですけど、大小合わせて十組くらいが選抜されて調査に当たってるらしいんです」
こういうとき、彼女の口の軽さは助かる。
「ケミーさんは勇者が生まれたクラモール村だったじゃないですか。他だとソランさんが今、空の迷宮に挑んでますよ」
「えぇ!? あいつが? ちょっと前の大暴走の時もあまり活躍しなかったじゃない。大丈夫なの?」
「調査員の選出はギルドの上層部ですからね。顔が広い探索者が選出されちゃうのは、もう仕方ないことですよ」
ソランさんって、確か温泉でも会った人だよな? マナ操作で剣を操る不思議な戦い方をしてた気がする。モンスター相手にどこまで戦えるかは知らないけど。
「まあ、わたくしが調査してきた内容は他に比べてそこそこ実のある内容だと思うから」
「もちろんです! 期待してますよ~ って、私が見るわけじゃないですけどね」
「というわけで、ディグくんお疲れ様! わたくしとの調査はここでいったん完了なので、パーティは解消よ」
「わかりました。何かあったらまた学園で」
ケミーさんから報酬を受け取ると、俺はクリストリスたちの待つ家に帰った。
「ただいま」
「あ、ディグ! ちょうどよかった! クリスちゃんをお風呂に入れてあげて!」
「え??」
言うが否や、ベルは俺に素っ裸のクリストリスを抱き渡すと、遠くからいい匂いのするバスタオルを投げて渡してきた。
「パパがまた連絡入れてきて、今日一日ずっとうるさいのよ! ゴメン! お風呂は沸かしてあるから!」
「ああ、そういうことか。了解」
ベレフェンさんも娘煩悩というか。いや、俺もそうなるかもしれないから笑えないな。
「ただいま、クリストリス」
「……」
クリストリスは俺の顔をじっと見ると、にこりと笑った。
かわいい。
「よし、じゃあ風呂に入るか」
タイル張りの浴室には、温かなお湯が満たされた子供も浸かれる小さなバスタブが用意されていた。
俺は抱いてない方の手で問題がない温度かどうかを確かめ、クリストリスをそっと湯船に浮かせた。
「……やっぱ、でかいよな」
新生児室で見てしまった部分を見るたびに思い出す。これで男の子ではないというのは、やはり少し無理があるんじゃないだろうか。
「……」
「あ、ごめんごめん。体キレイキレイしようね」
赤ちゃん用の石鹸を軽くゆすぎ、手に馴染ませてそのまま体を洗う。やましいことはしていないのにものすごい罪悪感が芽生えるのは何故なのだろう。
「はい、ここも、キレイにしようね~」
デリケートなところもしっかりと。後からかぶれるなどあってはならない。
「やっと終わった。どう、うまく洗えてる?」
「おう。もうすぐ終わるから受け取ってくれ」
「はーい」
なんだろう、こういうやりとりって夫婦みたいじゃね?
「おっけー。クリスちゃん連れてきて」
「あいよ、そい!」
浴室の外に置いておいたバスタオルを広げて待つベルにクリストリスを渡す。本人はニコニコしながらベルに体を拭かれているのを見ているとこちらにもうつりそうだ。
「そう言えば、そっちの調査はどうだったの?」
「ああ、いったんひと段落ついたよ」
「じゃあ、明日は休みになる?」
「うん」
するとベルは両手を合わせて俺にウインクしながら、普段は言わない言葉を口にした。
「それなら、ちょっとお願いがあるんだけど…… いいかな?」
「ほら! ケミーさん! 起きて!」
「んぅぅ…… もう入らないよぉ……」
「うわ、すごい匂い…… いったんクラモールに戻って身支度整えてください!」
「ぅんっ…… はーい」
とりあえず彼女をクラモール村へ転送させ、その間に迷宮核の補修を施す。
「えっと、その…… 大丈夫でした?」
『こちらこそ、お連れの方に無礼な振る舞いを…… もう、無理です、出ません……』
なんとも申し訳ない気持ちになりながらも核の身支度を整える。そのうち意識がはっきりしてきたのか、最後の方は微妙な雰囲気で洗われていた。
「ところで、どうしてあんなことを?」
『うむ…… お主らが来る少し前に、何故か今まで感じたことのない高揚感というか、迷宮の中が熱く火照るものが沸き起こってな』
「あの、失礼なのですが今まで他の迷宮と転送円を繋いだご経験は……」
『ないぞ。祖父母の代から余はここの迷宮をただただ拡張することをその生きがいとしておったのでな。ただ近年迷宮が近場に生まれず、そういった出会いに恵まれておらぬ』
つまり初めての…… ってことか。
うんうん。わかる。
腰がガクガクしてるのも、今だに快感が抜けないのも。
そんで今なんとなく寂しいのもわかる。
『さ、先ほどの者はおらぬのか?』
「もうちょっとすれば戻ってきますよ」
『そうか、戻って来るか』
あー、もう虜になっちゃったかな。
『んっ!!』
そんな話をしていると、再び迷宮核が弓なりに仰け反る。この反応は恐らく転送円が起動したためだろう。
「ごめんね。ありがとう」
「あ、ケミーさん。おはようございます」
『お、おおぅ…… そなたはケミーと申すのか』
予想した通り、転送円から先ほどとあまり変わってない格好のケミーさんが現れた。とは言え、一応隠すところは隠れてるから随分と見やすくなった。
彼だけでなく俺も危ないからな。
「そういえば、あなたはなんていう迷宮の核なのかしら」
『よくぞ聞いた! 余はここが一体の迷宮を統べる由緒正しき迷宮の子孫、名を「大いなる眠りより消失せし揺蕩う迷宮」である!』
「え? オオイナ…… 何ですって?」
「あー、あるあるねぇ。特に管理してるマイスターもいなくって、上の世代の迷宮がそれぞれ繋がることで名前も繋がっちゃう迷宮」
あ、つまり「大いなる」「眠りの」「消失する」「揺蕩う」を持つ名前の迷宮がくっついたってことか。ややこしいし無駄に長い。
「面倒くさいから『オネショタ』でいいかしら?」
『う、うむ。好きに呼ぶが良い』
いいのかよ……
まあ降って湧いた名前じゃないし、わかりやすいから俺も賛成。
「ところで、あなたの親世代の迷宮核はいないのかしら? 見た所かなり広い迷宮に見えるけど、核の気配があまり感じないのよね」
ケミーさんの言葉に、オネショタは肩を落とし、顔を伏せる。
『……余しか居らぬ。親世は五百年前に生まれたという魔王核とやらに吸収され、消えた。余は祖父母の迷宮と繋がる形で育った故、詳しくも分からぬ。その祖父母迷宮も五十年ほど前に余の一部となったのでな』
……どうもこの辺りは深刻な迷宮過疎地のようだ。
「となると、勇者の足跡は分からずってことになるかしら」
『勇者? そなたらは勇者を探しておるのか?』
「探してるっていうか、五百年前に生まれた方のだけどね」
『……それかどうかは分からぬが、一つ心当たりがある。こっちに来るが良い』
オネショタは立ち上がると通路を一人歩き始めた。
「え、ちょっと?」
俺たちは急いで彼のあとに続く。
迷宮の中は洞窟と砦、見晴らし台に物見穴と、確かに様々な迷宮が固まっていた。それらを彼は短い足とは思えない速度で進むので、見失わないように進むのが精一杯だ。
「何気に、監視する目的の施設が多めですね」
「もしかしたら、ここら一帯は平野じゃなくて巨大な迷宮があったかもしれないわ。ここはそれらを監視するためだったのかも」
「そういう情報はギルドにないんですか?」
「組織もまだ若いからね。勇者誕生前の記録はほぼないし」
確かに、勇者が生まれる前ならオネショタの親迷宮がいた時代だし、周りに何かあったかもしれない。
今となってはまさに、きれいさっぱりなくなってしまっているが。
『ここだ』
案内された場所は、小さな部屋だった。
部屋のつくりや材質からしてこの迷宮のなかで最も古い場所に違いない。
そしてその部屋の中央に、すっかりマナが失われた転送円の成れ果てが刻まれていた。
『祖父母より聞いた話になるが、かつて魔王がここから現れたらしい』
「えっ!?」
ケミーさんが息を飲む。
俺も思わず円を覗き込んだ。丸く型取られた円は所々途切れ、マナの循環そのものが失われている。マナが機能しなくなったのは十年そこらというレベルではないだろう。
『その時点で魔王は虫の息で、早々に果てたと聞く』
「つまり…… この転送円は「空の迷宮」に繋がっているってわけね」
「でも逆に言えば、勇者はここから空の迷宮に行ったって事じゃないですか!?」
『それは分からない。祖父母もこの部屋について詳しく教えてくれることはなかったからな』
その後も彼の案内を受けつつこの迷宮を調査したが、それ以上の成果を上げることはできなかった。
結局、機能しない転送円の前で俺たちは途方に暮れていた。
「ねえ、この地域にここ以外の迷宮はないのかしら?」
『知らぬ。少なくとも余が知る限りでは周囲に生きた迷宮は存在しない』
「でしょうね…… こうなったら仕方がないわ」
「ケミーさん?」
彼女はバッグからいくつか魔導結晶を取り出すと、それを転送円の中に置いて言霊を呟き始めた。
『あれは何をしておるのだ?』
「多分転送円の修復ですね。ただ、迷宮同士を繋ぐには双方の核が健全な状態でないと難しくて、無理やり繋ぐと、片側のマナが普通に繋ぐより多く必要になったりして……」
『んほぉう!?』
オネショタが今までにないくらい体をのけぞらせた。この反応は転送円が大量のマナを要求しているのかもしれない。
『んんんんぁぁぁぁああああ!!』
「……うわ、すっげ」
オネショタの体が、ケミーさんの修復作業によって激しくよじらされる。視点が定まらず、お腹を押さえながら悶絶する様は、傍で見るにはかなりの衝撃だ。
「あれ、おかしいな。マナの供給が足りないのかしら」
『おほっ、あふんっ! しゅうごおおおおいんっ!!』
「距離もあったっけ? やけに接続が甘い……」
『ひぎぃ! お、奥! まだまだはいりゅうううう!!』
しかしその努力の甲斐なく、転送円は繋がることはなかった。片方はマナが尽き、片方は体力が底をついたようだ。
「結局、ここがどこに通じてるかも分からないんじゃあ、調査は打ち切りね」
「……本当に魔王がでてきたのかなぁ」
『分からぬ。祖父母が生きていれば話が聞けたかもしれぬが』
勇者の足跡、魔王の最期。僅かな収穫があったものの、それはギルドの望む内容だったのか。クリストリスの将来を安心できるだけの材料だったか。
正直、俺としては不安が残る。
「まあ、これ以上の成果は見られないだろうし。一旦報告に戻りますか」
「ですね。俺もそれが良いと思います」
『……おい』
帰り支度を整えようとしたとき、オネショタがケミーさんの服の裾をつかんだ。
「あら、どうしたの?」
『行くな』
「そんなこと言ったって、わたくし達はここの人間じゃないし……」
『住め。余が許す』
「どうしようかな~」
『悩むな! 住め!』
ケミーさんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。うーん、悪女だ。
「じゃあ、また来るから」
『いかん! そう言って皆余の前から消えてゆくのじゃ!』
オネショタはハラハラと涙を浮かべる。心情としては理解できるが、こっちはそうも言ってられない。
「ケミーさん、ここの迷宮をギルドに報告すればいいんじゃないですかね?」
「ん、まあそうよね」
俺たちはオネショタにそう説得して、俺たち自身もまた訪れることを約束して迷宮を後にした。
まあオネショタはケミーさんさえいればいいんだろうけどな。
◇
「おかえりなさいませ」
ギルドの報告窓口にやってくると、どことなく見覚えのある顔が受付に立っていた。
「……あら、ディグじゃない?」
「え? あ! スピカ!」
「きみ、学園卒業怪しくて行方不明になったって聞いてたのに、どうしたの?」
「そっちこそ、いつからギルドの受付に就職したんだよ!」
「今年からよ。同期なんだから去年卒業に決まってるじゃないの」
ギルド嬢の青いドレスに身を包んだかつての同期をカウンター越しに見ることになるとは。いつまでも学生の気分だったのに、世界は巡っているんだと痛感させられる。
「そういえば君がこっちに来るの珍しいね。いつの間に探索者試験通ったの?」
「あ、俺は付き添いなんだ。この人の」
「あ、ケミーさん! お世話になってます~」
「へぇ、ディグくんの友達なんだ」
既に二人は知り合いだったようだ。スピカは一見するとどこにでもいる普通の女性ではあるが、こう見えて口が軽い。去年なんか俺がとある授業で居眠りしていたことをその時の教授のみならず、学園中の教授が知っていたことなどが記憶に新しい。
要するに、おしゃべりが大好きなのだ。
「そういえばあの噂って本当? お腹に子供がいるって話」
「あ、ああ。嘘に決まってるだろ? ほら」
「見せなくていいって。さすがにそんなの噂ってわかってるから」
本当だったんだよなぁ。
んで、その子供に関連した報告を今、ケミーさんとしに来たんだよ。
「じゃあ、これこの間受けてた依頼の報告書ね」
「あ、はーい。ギルドからの指名依頼でしたよね? 勇者に関する調査の」
「そうそう。わたくし以外にもあちこちで調査してるって話だったけど、どれくらい情報って集まってるの?」
「本当は秘密なんですけど、大小合わせて十組くらいが選抜されて調査に当たってるらしいんです」
こういうとき、彼女の口の軽さは助かる。
「ケミーさんは勇者が生まれたクラモール村だったじゃないですか。他だとソランさんが今、空の迷宮に挑んでますよ」
「えぇ!? あいつが? ちょっと前の大暴走の時もあまり活躍しなかったじゃない。大丈夫なの?」
「調査員の選出はギルドの上層部ですからね。顔が広い探索者が選出されちゃうのは、もう仕方ないことですよ」
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「まあ、わたくしが調査してきた内容は他に比べてそこそこ実のある内容だと思うから」
「もちろんです! 期待してますよ~ って、私が見るわけじゃないですけどね」
「というわけで、ディグくんお疲れ様! わたくしとの調査はここでいったん完了なので、パーティは解消よ」
「わかりました。何かあったらまた学園で」
ケミーさんから報酬を受け取ると、俺はクリストリスたちの待つ家に帰った。
「ただいま」
「あ、ディグ! ちょうどよかった! クリスちゃんをお風呂に入れてあげて!」
「え??」
言うが否や、ベルは俺に素っ裸のクリストリスを抱き渡すと、遠くからいい匂いのするバスタオルを投げて渡してきた。
「パパがまた連絡入れてきて、今日一日ずっとうるさいのよ! ゴメン! お風呂は沸かしてあるから!」
「ああ、そういうことか。了解」
ベレフェンさんも娘煩悩というか。いや、俺もそうなるかもしれないから笑えないな。
「ただいま、クリストリス」
「……」
クリストリスは俺の顔をじっと見ると、にこりと笑った。
かわいい。
「よし、じゃあ風呂に入るか」
タイル張りの浴室には、温かなお湯が満たされた子供も浸かれる小さなバスタブが用意されていた。
俺は抱いてない方の手で問題がない温度かどうかを確かめ、クリストリスをそっと湯船に浮かせた。
「……やっぱ、でかいよな」
新生児室で見てしまった部分を見るたびに思い出す。これで男の子ではないというのは、やはり少し無理があるんじゃないだろうか。
「……」
「あ、ごめんごめん。体キレイキレイしようね」
赤ちゃん用の石鹸を軽くゆすぎ、手に馴染ませてそのまま体を洗う。やましいことはしていないのにものすごい罪悪感が芽生えるのは何故なのだろう。
「はい、ここも、キレイにしようね~」
デリケートなところもしっかりと。後からかぶれるなどあってはならない。
「やっと終わった。どう、うまく洗えてる?」
「おう。もうすぐ終わるから受け取ってくれ」
「はーい」
なんだろう、こういうやりとりって夫婦みたいじゃね?
「おっけー。クリスちゃん連れてきて」
「あいよ、そい!」
浴室の外に置いておいたバスタオルを広げて待つベルにクリストリスを渡す。本人はニコニコしながらベルに体を拭かれているのを見ているとこちらにもうつりそうだ。
「そう言えば、そっちの調査はどうだったの?」
「ああ、いったんひと段落ついたよ」
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