お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

文字の大きさ
39 / 83
第2殿 急ごしらえの救助隊

第37洞 ひととのつながり

しおりを挟む
「……まあ、大事ないからいいか」

 俺は目を輝かせたケミーさんを置いて、バーゼルの塔を経由し、学園まで戻ってきた。
 途中、また転送円をくぐった際にケミーさんに言われたことを思い出し、少しまた気恥ずかしくなった。

 学園の広場まで戻ってくると、近くのベンチで見覚えのある人影を見つけた。そちらも俺を見て微かな笑顔を浮かべ、話しかけてきた。

「――おかえり」
「あっ、マイナ姉さん。ただいま。授業も終わり?」

 彼女はコクンと小さく頷く。
 座って教科書を見ていた辺り、俺を待ってくれていたようだ。

「じゃあ帰ろうか。……あ、ちょっとだけ教授と話をしてくるから、隣の教室で待ってて」
「うん――」

 俺だけ戻ってきたことだけでも伝えておかないと、何かあった時に困る。そう思った俺は教授に今日の顛末を伝えるべく、研究室に向かった。
 廊下を歩くとすっかりオレンジ色に染まった太陽が長い影を廊下に落としている。なんとなく時間が長くなったことに時間の流れを感じた。

 研究室の扉をノックすると「はい」と教授の声が帰ってきた。今日は研究所にいるようだ。「失礼します」と扉を開けて中へと入る。

「お疲れ様です、ディグラッドです」
「おー、お疲れさん。もしかして何かあったか?」
「ああ、実はケミーさんが……」

 そこまで言って、俺は口ごもる。何と言えばいいんだろうか。
 ……いや、下手に言葉を濁すよりはきちんと伝えたほうがいいだろう。

「例のクラモール村から見て最も近い迷宮を東の方に見つけまして、探索の後にケミーさんが単独探索したいと言うことで、俺だけ先に戻ってきました」
「……なるほど。危険性は?」
「その、実は、……特殊な迷宮核がいまして、えー、襲われたというか、ケミーさんだけが襲われまして」

 うーん、うまくカバーできない。いっそ孕まされそうになりましたといえばいいんだけど。

「もしかして、コミュニケーションが取れるタイプの核だったりしないか?」
「へ、あ、はい。……確かに、話せましたけど」

 すると教授は苦笑いしながら続きを話す。

「ああ、なら彼女の悪い癖だ。あれだよ。『種』の捕獲にカラダを用いるのが彼女の流儀クセなんだ」
「え…… え!?」

 ちょっと理解が追い付かない。
 確かに、ケミーさんはダンジョンマイスターとしていくつか迷宮を育てているし、そのうちの一つにお邪魔したことはある。その核をどこから用意したかは聞いたことはないから、どんな集め方をしているかなんて知りようがない。
 だからって、あんな方法で集めてる、なんて……

「彼女の体質は知ってるな? あのアレルギーが種の着床を妨げるんだよ。結果、種が確保できるという寸法だ」
「じゃあ、ケミーさんって種の確保のたびにアレを?」

 流石に生で見せつけられると信じざるをえないけど。
 俺がクリストリスを宿したときに種の確保に使ったのは手袋だったような…… ま、人それぞれってか。

「驚いたろ? まあ、昨夜の君たちみたいなものだ」
「ふへぇっ!?」
「はっはっは! なに、構わんよ。どんどん励みたまえ」

 く、朝はそんな話しなかったのに。
 まあどちらかといえば、家主が俺たちの行動を把握してないほうが怖いか。
 ……できる限り家の中ではやめておこう。

「じゃあ、失礼します」
「うん。吾氏わしはもう少し残っとるよ」

 俺は研究室を出て隣の空き教室へ入ると、まだ数人の生徒が残る中でマイナ姉さんが待っていたのが見えた。俺は彼女に近づくと、それに気づいたのか微かに笑みを浮かべて教科書を閉じる。

「もう―― いいの?」
「うん。帰ろっか」

 彼女がコクンと頷いて教科書をしまう。

「いつみてもそれ、どこに仕舞ってるかわかんないな」
「リフィール様直伝の『拡張バッグ』だから。――全教科ここに入ってる」

 俺の母さんの話になると、マイナ姉さんは鼻息を荒げながら得意げに話す。

「ていうか、一度卒業してるんだし、勉強することなくない?」
「――学びは一生。知らないことはまだまだある」

 そう言うと彼女はそっと俺の手を取る。

「ディグちゃんのことも―― もっと知りたいな」
「ま、マイナ姉さん……」

 そのまま俺の指を一本ずつさすり、彼女の指と絡めてくる。
 手は少し小さいが、その肌触りは昨日のことを思い出させる。流石は姉妹だ。

「じゃ、じゃあ帰――」

 そう声をかけた瞬間、教室の照明が突然落ちた。

「きゃああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
「ま、マイナ姉さん!?」

 真っ暗になった途端に普段からは想像できない大声でマイナ姉さんが叫ぶ。

「なんだ、学園中の明かりが落ちたぞ!」
「何が起こった!?」

 あちこちで悲鳴が上がる。予想外の状況に慌てているのは俺達だけではないようだ。
 マイナ姉さんも俺の手を掴んでいる手を腕ごと抱きかかえ、握りつぶす勢いで掴んで離さない。

「ふっ…… はっ……」

 少し経つと照明が戻って来た。廊下や正面玄関に明かりが灯り、教室はもう俺たち以外いなくなっていた。

「ほっ、もう大丈夫みたいだよ。マイナ姉さ……?」

 俺の腕にしがみつくマイナ姉さんは、顔面蒼白で立ち上がることもできそうにない。

「大丈夫? 顔色悪いよ!?」
「――ああ、うん。やっぱり、暗いの、まだダメで」
「そう、か。ずっと暗いところにいたもんな」

 彼女は八年もの間、命を守る代わりに暗闇の中孤独な時間を過ごしていた。今では普通の生活を取り戻してきているが、やはり部分的に完全な復帰はできてないようだ。

「もう大丈夫だよ、マイナ姉さん」
「――ぎゅってして」
「っ!?」

 彼女が顔を俺の胸に埋める。周囲に誰もいなくなったのを確認すると、俺は掴まれてない方の腕をそっと彼女の背中に回して抱きしめた。

「――あったかい」

 しんと静まり返る教室。
 二人っきり。
 ……同じ匂い。
 ほのかに舞い上がる汗と服の匂いが昨夜の出来事を思い出させた。
 同時に、先ほどのことも。

「医務室行く? すぐ帰れなさそうだし」

 マイナ姉さんは少し考えて小さく頷き、上目遣いで呟いた。

「だっこ―― して」
「はいはいー。って、軽いなぁ」

 俺はすくい上げる様に彼女を抱き上げた。想像よりもひょいっと持ち上がったせいか、少しバランスを崩した。
 学校の外では気丈に振る舞い、探索者として申し分ない力を持ちつつも、いざトラウマを前にするとか弱い少女に戻ってしまう。
 ベルとはまた別の意味で、守らなきゃならないと思ってしまう人だ。

「しっかり捕まってて」

 マイナ姉さんはコクンと頷く。
 たまにしか行かない医務室はそこそこ遠く、学園の中を半周ほど歩いてようやくたどり着いた。その間にマイナ姉さんはすっかり落ち着きを取り戻したようで、借りてきた猫のように胸の中で丸くなっている。

「すいませーん、……あれ、鍵が開いてる」

 医務室までやってきたが返事もなく、俺は勝手に中へと入る。全くの無人でベッドにも誰一人いない。

「とりあえず、横になっとく?」

 俺はマイナ姉さんをそっとベッドに降ろそうと腰を落とした。

「んっ」
「ん!?」

 ……まあ、半分予想していたがそのまま彼女は俺に唇を重ねてきた。
 俺は抵抗しない。というか、すれば彼女を落とすことになる。
 それに一度覚えた快楽を、相手を変えて楽しみたいという卑下た欲望がそっと頭をもたげている。

「んっ…… む!」
「――あっ」

 俺はすんでのところで顔を離す。

「あの、さ。その」
「?」
「マイナ姉さんは、俺で、いいの? もうベルと一線越えてるし、なのに、キスされて喜んでるようなヤツだよ?」
「――ディグちゃんは、私の理想」
「そんな良いものじゃないって」

 しかしマイナ姉さんは首を振る。

「ちゃんと助けてくれたよ」

 再びキス。今度はもっと深く貪る。
 ぷちゅぷちゅと音を立てて溢れる唾液が、冷たくなって顎を滴っていく。
 匂いも、味も、音も。理性を繋ぐものは、もう微かな世間体くらいしかない。

「……ここ、校舎の中だから」

 ふわり、とマナの壁が展開される。マイナ姉さんが何か唱えたようだ。

「大丈夫―― 音は響かないよ」

 ああ、最後の壁が軽く壊れていく。
 帰ったらベルにする言い訳考えながら、俺は流れに身を投げた。



   ◇


「ただいまー」
「お、遅かったな。……おや、背中のはマイナ君かな」

 先に帰っていた教授が声をかけてきた。
 すっかり暗くなってから帰ってきた俺は、腰が抜けて動けなくなったマイナさんをおぶって帰ってきた。背中からは寝息が聞こえてくる。

「あ、ちょっと医務室に」
「なんだ、彼女調子が悪かったのか?」
「ほら、あのあと学園中の照明が落ちたじゃないですか」

 俺はなるべく「あったこと」を中心に話す。

「ああ! あれな。どうも魔工具のマナを充填する施設に不具合が出たから、という話だぞ」
「えぇ!? じゃあペリル先輩のところじゃないですか」
「そういえば医務室の近くでは耳が遠くなった生徒もいたらしいぞ」
「み、耳が!?」

 確かマイナさんがあの時何か魔法を使ったような……
 音が響かない、ってそういうことか。

「ま、まあ俺が出る時は特に何もなかったと思いますよ」
「うむ。ならいいか。今日は色々と大変だったな」
「はは、ははは」

 乾いた笑いを押し殺しながらマイナさんを部屋へと連れていく。
 そこでばったりとベルに出くわした。

「おかえ…… あれ、お姉ちゃん?」
「あ、ああ。帰る時一緒になってさ。その…… 学園で照明が消える事故があって、その……」
「ふうん」

 ベルはいぶかしむように背中の彼女を覗き込む。
 ジロジロとあちこち確認しているようだが、バレやしないかと不安になる。

「で、お姉ちゃんは満足したの?」
「んっ!! ……多分」

 ダメだったか…… 気の利いた言い訳も思い浮かばなかったし。
 どうする!?

「じゃあいいよ。さ、ご飯食べちゃって」

 アレ? もっと責められると思ったんだけど。

「あ、あの。ベル?」
「気にしてるみたいだから言うけど、別にお姉ちゃんとシたからって怒らないし、気にしないよ」
「……え?」
「あたしとお姉ちゃん、ママが別だしね。今度産まれる弟か妹も、別のママだから。むしろちゃんとお姉ちゃんを好きになってくれてうれしいかも」
「え!? ベレフェンさんって奥さんたくさんいたっけ?」
「いるよ。あたしが知ってるだけで五人くらいいたはず」

 うわあ、そりゃ娘たちの倫理が普通と違うわけだ。流石は商会の一族。
 少しだけ救われたというか、罪悪感が薄まる。……ゼロにはならないけどな。

「そういえばクリスちゃんだけど」
「ん、今日もありがとうな」
「いいの。好きでやってるんだし。えっとね」

 ベルに連れられてベビーベッドに移動する。いつものようにスヤスヤ眠る娘は、何故か少し違っている。

「あれ? ……なんかおかしい?」
「そうなの。今日はすごくミルク飲んで、ちょっと目を離したすきにこのサイズ」
「やっぱり! 頭一つ分大きくなってる!!」

 そもそも、人ではないんだから人と同じ尺度で成長を考えない方がいいのかもしれない。

「流石に、歩いたり喋ったりは……」
「うん、そこまではないけど。ただ、あたしとフレオールさんが話してるときにすっごく見てくるから、割と話すのは早いかもしれないわよ」

 嬉しいような、怖いような。
 だけど我が子の成長を喜ばない親はいない。

「……明日は休もうかな」
「え? 大丈夫なの? ケミーさんと一緒なんでしょ?」
「……だからだよ」

 ベルは「なんで?」という顔を崩さない。なので、教授に聞いた話込みで今日あったことを話した。

「あぁ…… なるほどね」
「種の収集方法をそんな形で知りたくはなかったけど、でも、あの人らしい収集方法だなって思った」
「ディグはもう集めないの?」
「俺はもともと集めてないの!」
「ふぁぁ……」
「!!」
「!?」

 クリストリスの寝言に二人が口を閉じる。起きることなく娘が眠ったのを確認すると、俺たちはそっとその場を後にした。

「ねえ、ご飯食べてからでいいからさ」
「ん?」
「昨日の続き、したいな」
「待って今日はマジで体力が」
「し・た・い・な」
「……はい」

 ベルがフレオールさんと用意した食事をおいしくいただき、そのあとベルもおいしくいただいた。
 いや、頂かれたのは俺の方かもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

異世界亜人熟女ハーレム製作者

†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です 【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

処理中です...