お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第3殿 未来への道程

第53洞 空の迷宮、中ほどへ

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〝双方の繋がりによる絶頂を持って、この扉は開くであろう〟

「あの、これって……」
「まだマシなのを引いたわね」
「マシ!? これが?」

 どこか余裕すら見えるラスキーさんに対し、俺の動揺ぶりに壁の向こうの女性陣に不安な空気が流れる。

『え、え?? ディグ、何が書いてるの??』
「あーっと……〝双方の繋がりによる絶頂を持って、この扉は開くであろう〟って」
『は? どう言う意味?』
「要は『セックスしてエクスタシーを同時に得よ』ということよ」
「ちょ、ラスキーさん!」

 うっすらそう思ってたが、やっぱりそう言う意味か。

『な、なんでござるかその羨まし…… けしからん試練は!!』
『ラスキーはん! 代わる! わっちが気張るさかい代わって!』
『――無理。この部屋はもう向こうの試練が終わるまで絶対解放されない』
「その通り。こちらの試練を完遂するかまる一日経過して稼働のために充填されたマナが自然浄化されるまでトラップの効果は続くわ」

 俺は、ちらっとラスキーさんの体に目を投げる。
 確かに普段からの彼女の服装からしてじっくりと見たことはないが、母さんと一緒に探索者として活躍していた時期があると考えると、少なくとも同年代か少し上くらいの年齢のハズ。
 ……なんだけど、こうして見るとまた、なかなか。

「しかし、安心したぞ。他の試練は『一人になるまで殺しあえ』とか、同性で入室させられたうえで今回のと同じ試練をやらされたりするからな」
「こ、殺し合いですか!?」

 確かにそんなトラップに遭遇したならたまったもんじゃない。
 しかし今回の試練内容は俺にとって、殺し合うに近い緊張感がある。

「命のやり取りがないだけマシということだ」
「で、でも……」

 俺は彼女の言葉に僅かな違和感を覚えた。

「声、震えてませんか?」
「な、何を言っている!??」

 動揺すら隠せないほどあからさまな態度に、そっと肩に手をやる。

「ほら、震えてるじゃないですか」
「しっ、仕方ないであろうが! ……妾は、そ、その」

 口をつぐむラスキーさんは少し間をおいて、俺の耳元で囁いた。

「妾は、だ、男性経験がないのだ」

 体中の血液が、一気に加速を始めた。

「え、でもその格好……」
「言ったであろう、占星術師は自然のマナを敏感に感じ取る必要がある。可能な限り肌を出した方がいいと言われているのだ」
「た、確かにそう聞きましたけど」
「魔法も他に負けぬゆえ、力づくですら勝てぬ男には興味がないのもあるが…… そもそも異性にそういった劣情をもよおしたことがないのだ」
「……あー、なるほど」

 先日のミサオさんを思い出す。
 でもミサオさんはあくまで俺に好意があった。彼女は…… 少なくとも好意がある、とは見えないのが問題だろう。
 それ以前の問題もあるが。

「ど、どうします? 丸一日待ってみますか? あるいは他の方法を探すってのも」
「……其方は、妾をどう思う?」
「んふっ!? どう、とは??」

 ラスキーさんは伏目がちな角度で俺を見上げる。身長は若干彼女の方が高いのだが、今はなぜか彼女が背中を丸めてかがんでいるため、少し頭の位置が低い。

「リフィールもそうだが、まわりはどんどん男を作り、子を成し、探索者という世界から離れておる。とはいえ『無限の大地』というパーティはギルドに欠かせぬ存在。ここに残るメンバーのためにも、簡単に抜けるわけにはいかぬ。そう思いながらもう女としては誰も見なくなったと感じておる」

 いえいえ、めちゃくちゃエロいですよ?
 隣でみんなが見てないなら、下手するとワンチャン狙って襲ってたかもしれないですし。

「ミサオと言ったか。あの日の夜に抱いたのだろう?」
「えぇぇーーーっとぉ!?」

 俺は視線を外し、目を泳がせる。

「隠さずともよい。どれだけの男女を見てきたと思っておるのだ」
「……ええ。まあ」
「素直に心と体を預け合える関係を、妾は羨ましいとも感じておる」

 そう言うとラスキーさんは俺の正面に向き直った。

「なに、早く迷宮を突破するためよ。好きに抱け。契りと思うな。試練と思え」
「でもラスキーさん、まだ震えてますよ」
「妾の問題よ。其方はただ抱けばよい」
「だったら」

 俺は彼女の顎を持ち上げ、荒々しく口をふさぐ。

「んむっ!?」

 口の中から唾液を吸い上げる。
 何度も舌を這わし、体から力が抜けて離れそうになる彼女を両腕で掴んでしっかり抱き上げる。

「俺ができる限りを出します。それでチャラにしてください」

 遂に彼女から震えが止まり、完全に脱力したラスキーさんを抱き上げると、俺は透明な壁の向こうに向かって言い放った。

「みんなすまん、そこで耐えててくれ」
『三人も四人も変わらなくない?』
『いったれディーやん!』
『べ、勉強させていただくでござる』
『――あとで私も』



   ◇


 戦いは熾烈を極めた。

「ディ、ディグラッド! 其方そなた作法がうますぎないか!?」
「何言ってるんですか! こっちは我慢し通しなんですよ!」

 正直すぐ終わると思っていた。
 ここ数ヶ月でベルをはじめとする女性らと何度も夜を共にし、数え切れない絶頂を味わい、与えてきた。
 しかしラスキーさんの体は、今までの誰よりも困難を極めていた。
 いや、正確には『簡単すぎて困っている』のだ。
 元からほとんど全裸に近い服を脱いでもらい、わざとらしく置かれているベッドに寝てもらって俺の方から彼女をマッサージするように触れる。
 それだけで彼女の身体は過剰なほどに感じてしまうのだ。

「す、すまぬぅ! またっ! んふぅ!」

 どこを触っても、どこを擦っても。
 彼女はすぐに果ててしまう。
 おかげで、俺はいまだに服を着たままだ。

「はぁ…… はぁ…… もう、何度目になる?」
『十回目から数えてないです』

 ベルも壁の向こう側で呆れ声だ。

『――ディグちゃん、最後の手段』
「な、何か方法が!?」
『私とベルでラスキーさんが達した瞬間、彼女の時間を止める』

 何て?

『そしたら、ディグちゃんはラスキーさんを抱いちゃう』
「……あ、なるほど」
「なんでもいい! 早く終わらせてくれ! んはぁあっ!?」
「あ、すいません手が動いてました」

 俺はいつまでも進まない試練の達成のために彼女たちの提案を飲んだ。
 さすがに生殺しすぎる。

「じゃあ、ベル、マイナさん、よろしく」

 壁の向こうで二人の詠唱が始まる。その間はいったん手を動かすのをやめてラスキーさんを休ませる。

『……はい、準備できたわ』
「よし」

 俺はゆっくりとラスキーさんの体に触れる。

「んっ!?」

 ぴくん、と体をのけぞらせる。

「……」

 その目には涙が浮かび、普段から高圧的だった表情は消え、ただはかない『初心な少女』がそこにいた。

「……ディグラッド?」
「みんな、ごめん」

 俺は服を脱ぎながら、背後のベル達に謝る。

「やっぱさ、最初はもっと『いい思い出』になったほうがいいと思うんだ。試練だからとか、そういうんじゃなくてさ」
『ディグちゃん――』
『ま、まあ。ディーやんの言う通りやけど』

 俺はもう一度優しくラスキーさんにキスをする。
 荒い息が落ち着き、激しく動く肩が下がるまでちょっとずつ、ただお互いの柔らかさを確認する程度のささやかなキスを。

「んっ……」
「落ち着きました?」
「……甘すぎぬか?」
「無理に行為を続けることが大事だと思いません」
「そうではない。世界の命運がかかっておるのだぞ」

 言葉そのものは強いままだが、ラスキーさんの視線は泳ぎ、声も上ずって態度がまるで伴わない。

「もし世界が救われたとしても、俺が無理やりラスキーさんを襲った事実は消えませんよ」
「それは……!」

 言いかけて、何故か自分で口を押さえる。

「焦らないで、ちょっとずつ慣れていきましょう」

 俺はそっと手を握った。しっとりと汗ばんだその手が握り返されると同時に、ラスキーさんは何度目か分からない絶頂に達した。



   ◇



〝試練は果たされた〟

 扉の注意書きが書き換わり、俺たちはようやく一つ目の試練をクリアした。

 ラスキーさんもそうだが、何故か他のメンバーも満足気味であるのが俺にとって救いだった。

「あの、ラスキーさん」
「はははっ、ひゃい!?」

 特に変わったのはラスキーさんだ。
 俺も彼女もクタクタになるまで挑戦し、半日以上の時間を要したが何とか達成。その間にもラスキーさんの態度が徐々にこなれていき、口調はそのままだが態度がかなり柔らかくなった。
 恐らく「無限の大地」としての責任感や緊張がほどけていったのだろう。今の彼女はとても自然で、見ていてどこか愛らしさが見える。

「……なにか、妾の顔についておるか? じっと人の顔を見よって」

 さっきまでならただ睨みつけるだけだったが、今は顔を赤らめ、少し拗ねた表情をしている。
 ……このギャップは少し反則じゃないかな?

「いえ、そろそろ出発しようかなと。ラスキーさんも休めました?」
「……少し、歩きづらい」
「ならおぶりますよ」
「其方はクリストリスを抱いておろう? 面倒をかけるわけには」
「パーティ唯一の男ですから、肉体貢献はさせてください」
「む、むう…… すまぬ」

 下がった視線が向かう先にちょっと罪悪感を覚えながら、俺は前にクリストリス、後ろにラスキーさんを抱えて出発した。

 その後の道中も、さほど大きな戦闘もなく進む。あっても小さなモンスターがチョロッと湧くくらいでマイナさんの魔法やミサオさんの剣術であっけなく片付いていく。

「うん、当分脅威はなさそうだな」
「左様でござる」

 迷宮内で死んだモンスターが淀みなくマナに変わっていくのを見て俺はあることに気がついた。

「この迷宮って少し変わってますよね」
「ディグ殿も気づいたか」

 ミサオさんがカタナを振って血糊を飛ばし鞘に収める。その最中からも血痕がマナに還元され消えていくのを見て、その異様さについ目がいってしまうのだ。

「確かにモンスターは死ねば迷宮に吸収されるんですけど、どの死体も還元される速度が速すぎる」
「……ほう、さすがはアンカーの弟子よな」
「どっちかっていうと、助手なんですが」

 背中のラスキーさんが囁くように話しかける。

「確かに在奴らは正常なモンスターとは少し違う。しかし分かっているのは『普通ではない』と言うことくらいで、大きな違いを言語化できるものはいなかったわ」

 そうなのだ。
 先ほどミサオさんが倒したケイブラビットもどちらかと言うとこんな深い迷宮に住むモンスターではないし、迷宮湧きしないサニースピリットにも少し前に遭遇した。

「本来迷宮にいないモンスターがここにいる。けどそれらは幻でもなくて、臭いも、習性も、鳴き声も、切った時の感触もモンスターものに間違いがなかった。あれはれっきとして『存在してる』ものだ」

 難点を言えば、モンスターといえど食える種族の死体すら残らないので、現地調達が困難ということくらいか。

「――あ、休憩スペース」
「おおー、結構歩いたわ」

 前の試練の間から歩いて半日。これでようやく半分近く進んだことになる。

「あ、あー、ディグラッド。もう降ろして良いぞ」
「ああ、どうぞ」

 言われてラスキーさんを降ろす。
 しかしその場でまごまごして座ろうとしない。見かねた俺は椅子を用意しようと組み立てた椅子に手を伸ばすが、その前にミサオさんが彼女の足元にシートを敷いて促した。

「あ、ありがとう。助かる」
「ええ、ええ。お使いくだされ。まだ横になると楽でござるよ」

 その言葉にラスキーさんは真っ赤になりながらも、黙って腰を落とす。女性陣はそれを見てとても柔和な笑みを浮かべている。
 ……どうやら俺にだけわからないようだ。多分聞くとすごく怒られることなんだろうな。

「って、休憩スペースがあるってことは、この先にまたあるんですね」
「また『あの』試練?」
「内容は毎回変わるのでな。予測ができぬ以上、妾らは万全の準備で挑む他ない」
「――ラスキーさん」
「ん? どうしたや?」

 珍しくマイナさんが手を挙げた。

「ディグちゃんとえっち―― 実はしたかった?」
「は? はぁあ!??」

 ラスキーさんは思わず体を起こす。耳まで真っ赤だ。

「な、何を申すか!!」
「嘘はだめ。本当のこと言って―― とても大事」 
「あ、あれは試練だと……」

 するとマイナさんはベルから一枚の紙を受け取り、即座にマナを流し込む。刻まれていた魔法円の術式が瞬時に解決され、ふわりと効果が発動した。

「この迷宮の成り立ち、玉座の話、モンスターの違和感―― 私の仮説が正しいならあの部屋は『最も強い欲望を突きつけられる部屋』になる」
「!!?」

 あ、ラスキーさんの視線が泳ぎ出した。

「仮説を証明するには、答えて―― もらうしかない」
「妾も四十を超えるのだぞ! 男の一つも味わってみたいと思うわ! ……はっ!?」
「ラスキーさん!?」

 突然のカミングアウトになぜか自ら驚くラスキーさん。俺も、ミサオさんも、イレーナさんも驚く中で、なぜかラクナーシャ姉妹だけが冷静なままだ。

「……あっ!! 其方そなたら!! その魔法円! 『真実の言の葉自白魔法』ではないか! ……あぁ~~~~~!!!」

 あーあ、泣き始めちゃった。
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