お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第3殿 未来への道程

第59洞 過去になった未来

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 聞き慣れた話し方、馴れ馴れしい言葉運び。
 それらは間違いなく彼なんだが、目の前の「それ」姿はかなり変わっていた。
 可愛くも、綺麗でも、格好良くも、逞しくもある。
 俺にとって妙に魅力的に映る。

――ってことは、ここは教授の家?
『ちょっと違うな。君たちの言葉に直すなら「転送円の中」だね。ほら、アレ』

 ゼツリンの指差す先に、猛スピードで光る何かが通り過ぎる。それは別のところでも行き来し、距離や方向は様々だ。

――あれは?
『肉体をマナに変換された魂だよ。転送先で身体を再構成させるための最小情報だけを持ってるから、ボクらと違って光って見えるだろ?』

 なるほどな、円の内側は本来見る事ができないから構造は分からなかったけど、こうなってるのか。

――なあ、ゼツリン。俺、死んだのか?
『どうしてそう思う?』
――俺の体、光ってないだろ
『ああ、再構成情報は持ってなさそうだな。けどそれだけじゃあ、ボクには君が死んだとは言い切れない』

 死んで、ない?
 ……いや、わからないことだらけだ。

――他のみんなは? わからないか?
『君、空の迷宮からココに放り込まれたろ? あそこはまともな核なら近寄らないからね』
――お前はまともじゃない部類じゃなかったっけ?
『ふふふ。君のそういうところ好きだよ』

 ゼツリンは俺に近づき、そっと両手で頬を掴む。顔全体を指でなぞる様に撫で回すと、よりゼツリンの顔を認識できた。

――ゼツリン?

 そのままゼツリンは手のひらで俺の耳を揉んで、さらに後ろ髪に手を伸ばしつつ体を預けてきた。
 密着するほどの距離まで近づいてきたかと思うと、微かな甘い匂いが鼻を掠める。
 思わず胸を押さえようにも、そこには何もないのに気がつくまで少し時間がかかってしまった。

「人の顔の見方、思い出した?」
「あ、ああ。……色々と」

 自分の声に少し驚く。

「あれ、声が出てる?」
「ここは自己認識が弱いと消えてしまうからね。思い出せてよかったよ」

 よりはっきりとゼツリンの声が聞こえる。視界もくっきり見えるようになったせいか、今いる世界の詳細も理解できるようになってきた。
 だけど、自分を構成する情報は今ひとつのようで、腰から下はまだおぼつかない。

「俺、どうなったんだ?」
「それは分からない。質問をもっと絞ってくれないか?」

 ゼツリンはどこか感情の抑揚なく答える。まるでゴーレムに話を投げたかのようだ。

「えーと、俺はどうしてここにいるんだ?」
「君の精神を含む魂魄は魔王によって体から切り分けられて、保存と熟成を兼ねてここに放り込まれたみたい」
「……熟成? ここはどこなんだ?」
「君たちの言葉に置き換えるなら迷宮の性器の中、だね。ボク達はここを通じて繁殖するから」

 うへぇ。ってことはよくて玉、下手したら竿の中ってことじゃねーか。

「さながら『迷宮の子宮』って感じかな」

 ……いや、大歓迎だ。

「って、熟成させるってことは俺、魔王になるのか?」
「君をここに放り込んだ魔王はそう考えているようだよ」
「俺の身体は、今どうなってる?」
「さあね。君がここにいる間は徐々に衰弱するだろうと思うけど」
「帰る方法は!?」

 しかしゼツリンは『おてあげ』のジェスチャーを示す。

「おい、俺は本気なんだぞ!」
「ふふふふはははは」
「ゼツリン!」
「君がここで死んだとしても、ボクにはなんら関係ない。君とボクには『繋がり』がないからね。どうなろうと、知ったこっちゃないのさ」
「……お前、そんなやつだったのか」

 俺は、どこかこいつを認めてた部分があった。
 けど今この状況で俺に対する扱いはあまりにひどい。

「おっと、勘違いしないでくれないか?」
「俺は早く戻る必要があるんだ! みんなが、クリストリスが、俺を待ってくれてるんだ!」
「どうして?」
「どうして、って……」
「君の娘、クリストリスちゃんだっけ? 無事に未来の姿に戻ったんだろ?」
「あ、ああ」
「他のセフレちゃんたちだって、君がいなくても新しい男を見つけるさ」
「おい、その言い方はよせ」
「でも君は一人に絞れないだろ? ダラダラ体の関係を続けたいと思ってるし、無責任に避妊もせずに行為を続けてるじゃないか」
「うっ、ぐ……」
「みんな思ってるよ。早く誰かに絞ってほしい、自分だけを愛してほしい。自分だけを見てほしい。上辺や余所行きの心と表情だけじゃ、人間いつか疲れるからね」

 その側面はあるだろう。
 結局第三の試練ですら、ベルたちは「自分だけを好きになってほしい」という本音が出なかった。言葉だけを素直に受け取れば今の状況を続けていいと言うことになる。
 だが、逆もしかりだ。言わなかったからただれた関係を続けていいとも言えない。
 俺は、ただひたすらにずるく、根性のひん曲がった節操なしだ。

「だから、魔王は君を選んだ」
「……なんだって?」
「魔王という存在は、ボクらにとっては『勇者』そのものさ。人の支配から解放する、という思いを持って生まれた存在だからね」

 そういえば、そんなことを人類に宣言していたような。

「だからって、人類がそれを望んでいるわけでもないだろう」
「うん。だから、

 ……なんだって??

「それを良しとする迷宮もいる。だけど、良しとしない迷宮もいるわけだ。だから

 俺は、ありもしない鳥肌が立つのを感じた。

「そしてそれらは、特定の誰かの願いや欲望が具現化したものなんかじゃない。一人一人の小さな願いが集まって生まれたものだ。その力を止める術はない。君が魔王になることを拒否するなら、それを越える『願い』を用意しなきゃいけないんだ」

 俺は、軽く絶望した。
 てっきりランビルドにハメられたから、魔王の種を取り除かなかったから、そんな些細なきっかけが大きくなって今に至ると思っていた。

「俺は、魔王になるのか?」
「君はどうしたい?」
「俺は帰りたい。ベルの、マイナさんの、皆のいる所に帰りたい……」
「君も分かってるだろ? それは上辺の願いだ」

 ……こいつ、分かって言ってないか?

「俺に好意のある女を抱きまくって、孕ませたい。これでいいのか?」
「それはただの動物的欲求ほんのうだよ。近いかもしれないけど、それは『素直』じゃない」

 流石のゼツリンすら苦笑いする。けど、これ以上率直な願いって何なんだ!?

「仕方ないな、ヒントだ。君は精通する前からあの幼馴染と肉体関係にあったのかい?」
「んなわけないだろ」
「けど、一緒に居たいと思っただろ? それは何故だい?」

 くそ、なんでこんな恥ずかしいことを言わなきゃいけないんだ!?

「大事な人たちだからだよ!」
「なんで大事なんだい?」
「俺を大事に扱ってくれるからだよ」
「君を大事に扱う人は彼女たちだけじゃない。もっとたくさんいるじゃないか」
「そんなどこの誰か分からない人まで助けるなんて、無理に決まってるだろ」
「じゃあ、目の前で苦しんでたら助けるのかい?」

 ……何が言いたいんだ?

「俺がしてやれることで助かるなら、助けるさ」
「それが一人で手に余ることだとしても?」
「やらなくて後から後悔するくらいなら、出来ることは全部やってやる!」

 ゼツリンが、目を見開いて俺を見る。
 少し固まった後、にんまりと笑顔を作ってそっと俺の唇を自分のそれで塞ぐ。

「!?」
「やっぱり君は最高だよ」

 おぼろげだった下半身が、突然意識を取り戻したかのように感覚が戻る。そして動物的繁殖行動をもよおす状態になりつつある。
 しかし、なぜ? どうして? 俺ノーマルのはずなんだけど???
 だけど、上半身の感覚が戻る時も感じていた。
 彼を、ゼツリンを、魅力的な人だと思ってしまっていたことを再認識した。

「君は魔王にふさわしい。同時に勇者にもふさわしい」
「俺は、ただの人間だ。スケベが好きで、相手のことも考えずに手を出して、善悪の判断すら自分でできないクズだよ」

 ゼツリンが俺にしなだれかかる。なぜか分からないが、振り払うよりも自分から彼を掴んで引き寄せ、至近距離で見つめ合う。

「君になら、ボクをあげられそうだ」

 下半身に、覚えのある感覚がほとばしる。腰から下が抜けそうになるほどの快感が支配し、耐えられず欲望の限りを貪り尽くした。

「ゼツリン!? お前、女だったのか!?」
「誰も竿しかないとは言ってないよ?」

 妖艶に笑うゼツリン。確かに、ベルたちとは違うカタマリが俺の腹にのしかかっている。

「俺より立派じゃね?」
「バカ言えよ、こっちはもう理性をキープするのが精一杯なんだ」



   ◇


「……行くのかい」
「あ、起こしたか」

 一足早く目覚めた俺は、空の迷宮に戻るための転送円を生成したところだった。

「上手いじゃないか。迷宮を手籠めにするのが」
「やめてくれよ、またベルたちにからかわれる」

 ゼツリンと肌を重ねて分かったことがある。
 どうやら俺は、魔王になる資格を持ちつつも勇者になることを選んだらしい。

「きっかけは、だな」

 俺は子宮内に浮かぶ転送円一つをのぞき込んだ。
 俺の知らない、俺が魔王として世界中の迷宮を引き連れて人々を苦しめる姿があった。
 別の転送円の向こうでは、親の顔も知らないクリストリスが、ケミーさんやソランさんに稽古をつけてもらっている。

「まさに、『迷宮入りした未来』なわけだ」
「実現しなくなった。だけど、なくなることはない。だってそれらも含めてボクたちの『記憶』だからね」

 俺はさらに子宮内を探る。

「……あった。『過去の未来の俺』」

 俺が空の玉座に座って願いを口にする場面だ。
 だが俺が知る場面とは大きく異なる。傍らにいるのはケミーさんで、ハリルさんは既に事切れており、完全にバドナさんの姿はない。

『俺は…… 新たな魔王となって迷宮を導く存在になる』

 俺の声色で俺が宣言する。すると肉体がその場にありながらマナに変換され、別の構築式プログラムによって組み替えられて、全く別の存在に変わってしまった。

「俺がを持つことは、大丈夫なのかな」
「ふふふ。そもそも君自身が『空っぽの器』なのに、そこは違和感を覚えるのかい?」

 ゼツリンがいつも通りの笑顔でなじる。
 だけど、なぜかもう刺々しさを感じない。

「君自身が、やりたいことをやり遂げるために求めて手に入れた力さ。存分に使うといいよ」
「……ありがとう」
「何言うのさ。礼を言うのはこっちだよ。消えるつもりで君にカラダを差し出したってのに、ギリ食べ残すなんて」

 褒められてるのか、残念がられてるのか、分からなかったからとりあえず俺は笑って返した。

「いろいろ終わったら、また話を聞きに来るよ」

 俺は自分が作った転送円にその身を躍らせた。

「無茶するなよ!」

 ゼツリンの送り言葉に手を振って応えた俺は、長い転送の瞬間にゼツリンからもらった過去たどるはずの未来を振り返っていた。

 俺はどうやら、魔王になる器を持って生まれたらしいかった。
 他人の欲望を己の欲望とし、際限なく取り込む願望増幅器として迷宮と関わるうちにそうなる未来があった。
 ただ、魔王の誕生と同時に勇者クリストリスも生まれる。
 勇者の墓で得た力がそのまま生まれゆく娘に託され、俺は討たれる。
 はずだった。
 どうもその魔王の力はすさまじく、また勇者の力がきちんとクリストリスに受け継がれなかった、など。
 かつての俺、なにやってんだ。

 しかし、今回…… 未来のクリストリスが俺に宿ったことをきっかけに歴史は辿るべき道筋を変更し、まだ誰も見たことのない物語が始まっているということらしい。

「悪いな、運命。俺は今の俺が結構気に入ってるんだ」

 目の前が開ける。転送円の仕事は終わりを告げて俺は再びクリスタルが並び生える部屋にたどり着いた。

 既に存在する自分の身体にその意識を流し込む。いったいどれだけの間隔が開いたかはわからないが、俺の身体もみんなの温もりも消えることなくあったことから、それほど経っているとは思わない。

『……まさか、戻ってくるとは』
『え、俺の身体に誰かいる!?』

 声だけの存在。だけど、どこか聞き覚えがある。

『ランビルド、だな』
『クククッ。名前を覚えていてくれたのか? やさしい魔王様だ』

 いやらしい笑いに胸の奥から今にも噴き出る吐き気をもよおしながら、俺は続けて声をかけた。

『ここにいるお前は、本物全部なのか?』
『……随分と察しがいいな。お前の思う通りだ』

 こいつは、俺が魔王として覚醒するための「きっかけ」に過ぎない。
 つまりただの端末だ。

『なら本物に伝えろ。近いうちに挨拶に行ってやるよ』
『ぜひそうしてくれ。こちらもお前たちを盛大に迎える準備をして待っている』

 意識の中で、そいつを小さく圧縮するイメージを思い浮かべる。
 魔法を唱えるわけでもない。力で排除するでもない。
 ただ心の中にある「自己外の異物」を消し去るように、そいつを体の中から消し飛ばした。

「……ディグ?」

 意識を体中に張り巡らせる。心臓が動く。血液が循環する。脳の機能を確認して、神経を把握する。肩ごと肺を動かして、空気で満たす。

「――ディグちゃん」
「ディグ殿?」

 足に、腕に、筋肉を動かし、抱きしめるみんなごと立ち上がる。

「ディグラッド!」
「ディーやん!!!」

 そして機関の挨拶を、正面にいる大事な娘に届けた。

「ただいま、クリストリス」
「おかえり、お父様」
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