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第3殿 未来への道程
第60洞 旧き友
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「……ホーリーエール?」
「すいません、ちょっと寝落ちしてました」
空の迷宮最奥部に戻った俺は、しんと静まり返った部屋の中で起こったことを反芻していた。
「ディーやん!? 大丈夫なんか!?」
「嘘…… 心臓、止まってたのに」
え、俺そんな状態だったの??
「お父様……!?」
「ごめん、心配させた。……もう大丈夫」
抱きしめ続けてくれた大切な人たちを一人ずつ抱きしめた後、俺は玉座のはるか上、いまだ残り続ける黒煙の方へ目を向ける。
「悪いな。俺は魔王には向かないらしい」
〝致し方ない。もうひとつの候補には少々荷が重いが、これも運命〟
黒煙はそのまま散り散りに消え、玉座には今にも消えそうなバドナさんだけが残った。
消えるのは時間の問題だろう。
「バドナ…… 俺が分かるか?」
ベルたちも駆け寄って容体を見るが、誰が見ても彼女の状態がまともでないことは明白だった。
俺は壁に生えるクリスタルを一つ無造作に引き抜くと、マナで加工してそっと彼女にかざした。クリスタルは一瞬で融解し彼女の中へと流れ込むが、それもさして足しになったようには見えない。
「迷宮一つ分のマナすらこの程度か」
『どうやら、私の、役割は、終わりを、迎える、ときが、きたようです』
「バドナ、喋るんじゃない!」
『ハリル…… それにラスキー』
唐突に名前を呼ばれたラスキーさんは、急いで彼女の元へ駆け寄った。
「バドナ!」
『……』
しかし、バドナさんはただにこっと笑うだけでそれ以上何も言うことはなかった。
「……もう、限界ですね」
彼女の身体からは繋ぎ止められなくなったマナが還元され、迷宮のあちこちに散らばり始めた。核としての役割を終え、空の迷宮たらしめていた他の迷宮たちの呪縛が、これから徐々に解除されていくのだろう。
『ありがとう、私を、愛してくれて。ありがとう、私を、私でいさせてくれて』
「バドナ!」
「バドナぁ!」
パラパラと天井から細かなクリスタルのかけらが降ってきた。次いで、迷宮全体が揺れ始める。揺れは徐々に大きくなり、早くも周囲の崩落が始まっていた。
「ここから離れよう」
俺は、腕を大きく広げて転送円を展開する。向かう先は、いったんこの迷宮の入り口だ。本来は同じ迷宮同士を繋ぐ転送円はできないのだが、そこはちょっと仕組んだ。
「え、ディグ!? いつの間にこんなことが?」
「誰かさんの入れ知恵」
「……ま、後でゆっくり聞くわ」
一人一人が転送円をくぐって避難が進む中、ハリルさんは一向に玉座を離れない。俺を除いた全員が避難し終わった後も、彼はそこから動かなかった。
「ハリルさん、急いでください!」
「俺はここから離れない」
「バカ言ってないで! 早く!」
「そう言えば少年、これを借りっぱなしだったな」
そう言って彼は、一振りのナイフを投げてよこした。
俺が出発の時に父さんから借りた、例のナイフだった。そう言えば直前に貸したっけ?
「いい小剣だ。持ち続ければ役に立つだろう」
「どうしても、来ないんですか?」
この時、俺は初めて彼の笑顔を見た。
「無限の大地は、終わりだ。俺は友と、……いや、愛する者と眠る」
「はぁ、そうですか」
「ああ。すまないが…… ホーリーエーぐぶっ!?」
俺はおもむろに玉座に向かい、クリスタルを握り込んだ拳をハリルさんの腹に叩き込んだ。
「子供じゃないんですから、手を煩わせないでください」
そのまま転送円に投げ込んでやった。
そうこうしているうちに、既に天井のクリスタルは大半が抜け落ちて内在していたマナが抜けていく。徐々にこの迷宮が迷宮としての機能を失っていくのを見て、どこか胸が痛くなるのを感じる。
「今までお疲れ様」
そうして、ようやく長い時を経て空の迷宮から主が完全に消えた。
――ありがとう。
転送円を閉じる際に、そんな声が聞こえた気がした。
◇
転送円をくぐり終えると、最初の門があるところに出た。
ほんの少し離れていただけのはずなのに、一週間くらい会わなかったような感覚が脳裏をかすめる。
「なあ、ホンマにディーやんか?」
「――魔王にのっとられてたり、してない?」
みんなが俺を覗き込む。
特にクリストリスは、ほぼ全裸であるにもかかわらず俺の身体をくまなくまさぐる。
「あ。、あの。クリストリス? せめて何か着てくれないか?」
「本当に、お父様?」
「ある意味それはこっちのセリフだ。本当に君はクリストリスなのか?」
俺がそう言うと、彼女はなんのためらいもなく下半身を露出させる。
「わかった! ごめん! 悪かったって!」
「何回やるのよ、娘に対してこのくだりを」
「え、ディグ殿毎回下半身でクリストリス殿を確認してるんでござるか?
変態ではござらんか!」
「し、仕方ないだろ! これが一番手っ取り早いんだから!」
とか言いながらもミサオさんだってしっかり見てるんだよなぁ。俺のを。
「……まったく、大した男よ、其方は」
「あ、ラスキーさんずるい!」
「――私だって心配したから」
またワラワラとみんなが俺に抱き着く。
「ありがとうな、みんな」
「うん。ほなとりあえず、出ようや」
イレーナさんの意見をみなが頷いた。何日も太陽の光を拝めていない俺たちは入り口の扉を開けて、数日ぶりの外の世界へと躍り出た。
「うわ、あれ太陽が沈むところかしら?」
「位置的に上るところでござるな」
「日の出、か。綺麗だな」
俺がそう呟くと、クリストリスが俺の手を握ってきた。
「……太陽って、あんなにきれいなんだね。お父様」
「えっ、未来ってどうなってるの??」
俺の華麗なツッコミにクリストリスはきょとんと表情を失い、そして大声で笑い出した。
「あはははは! お父様ってそんなこと言うんだ! あはははは!」
「何処かおかしかったかな……?」
「きっと緊張が緩んだんでござろう」
「――あ、師匠だ」
マイナさんがいち早く空間の歪みを見つける。
それは確かに母さんが今日の家から区間をつなぐために時空扉を構築しているところだった。
「あれ……?」
「どうしたん、ディーやん?」
母さんにしては不思議と構築式が甘いな、と感じた。
言うなれば、石の橋を建てるのに泥を焼き固めて石にしてから積むような感じだ。まどろっこしい。
「ここを、こうして」
俺はちょっとだけ構築式を書き換えた。すると双方のマナが相互反応を起こし、即座に空間が繋がった。
「うわ! ……え? 誰か何かした?」
予想よりはるかに早く繋がった扉からひょっこりと見慣れた顔が飛び出した。
「あ、母さん。俺」
「え、ああ、ディグちゃん。って、もしかしてディグちゃんが?」
そんな驚くことしたかな、俺。
「とりあえず皆がいるってことは、終わったのね?」
「ああ、まあ」
「なによ、歯切れ悪いわね」
「終わったっていうか、むしろ始まったというか……」
「おお、ディグラッド君。ざっくり一週間ぶりだね。どことなく見違えた気がするよ」
母さんの向こう側から教授も顔を出す。一服するつもりだったのかカップとお茶の入ったティーポットを手にしていた。
「見違えたというか、文字通りそのままというか」
「ほほう、これはダンジョンマイスターとしてしっかり話を聞く必要がありそうだな」
「教授だって昔ここに来たことあるじゃないですか!」
「バカを言っちゃいかん。同じ迷宮でも探索する人が変われば着眼点も変わるもんだ。さあ、早くこっちに来て教えてくれ」
俺たちは扉をくぐる。「迷宮たらし」の通過が終わったが、未だに何かを迷う「無限の大地」メンバーがうじうじとその場から動かない。
「ハリルさん、ほら、早く」
「し、しかし」
「ハリル? ハリルサンド!?」
俺がいつまでも動かない彼を呼ぶと、母さんが首を突っ込んでくる。あなたがそこから動いたらだめでしょうが……
「……リフィール、か」
「久しぶりじゃない! ね、こっちきてよ。お話、聞かせて」
「俺は…… ここを離れたくない」
「わかってるわ。だからこそ、こっちに来るべきよ」
母さんは全力で体を突っ込んで腕を伸ばす。
「母さん、危な…… おおおう!?!」
注意しようとして動こうと足を前に出すと、突然地面が大きく揺れた。しかも、すぐには収まらずにむしろどんどん揺れが大きくなる。
「わ、わ、わ!? なんだ??」
「え? どうしたのディグちゃん?」
「なんか、こっち、めっちゃ揺れてる!!!」
いや、逆にちょうどいい。
俺は偶然を装ってハリルさんの腕にしがみつき、そのまま扉の向こうへ一緒に飛び込んだ。
「う、おおおおぁっ!?」
「母さん、閉めてーーー!!」
急いで母さんが扉を閉める。その隙間から見えたのは『空の迷宮』が崩れ去る姿だった。
主が消え、器が失われ、遂に存在の維持ができなくなったためだろう。
「……すまん、リフィール、すまん、バドナ」
「ほら立ってハリル! あなたがいつまでもそんなんじゃ、バドナも浮かばれないでしょうが」
「ちょ、母さん! そこ掴んだら首が締まるよ!」
「ああ、いや。大丈夫…… 母さん? リフィールが?」
「ええ、名乗りましたよね? ディグラッド・ホーリーエールって」
「迷宮に、長くい過ぎたな。こんな大きな子供がいると…… の割に、そこまで老けて見えないが」
「ええ。七年ほど死んでたから」
「死ん……!?」
ハリルさんはさっきから悲しんだり驚いたり泣いたり感情が大渋滞してるな。
「おー、生きてたか。しぶとさは『無限の大地』随一だな」
「ホーラン! お前に大切な人を失った気持ちが……」
「分かるさ。おいらも七年ほど不在だったからな」
「なっ、あ…… そうか」
行き場のない怒りを鎮めるように、ハリルさんはその場に座り込んだ。
「ホーラン…… 俺はどうすればいい」
下を向いたままのハリルさんに、教授がそっと紅茶を差し出した。
「まあ、まずは温かいお茶を。その後のことは、その時に考えましょうよ」
「アンカー! ……そうか、そうだな。いただこう」
◇
空の迷宮が崩れた場所には、もう何も残っていなかった。
その代わり、ヴァルハード川があった付近に大異変があったらしい。
「はい、以前あの辺には迷宮はほとんどなくて、だだっ広い平野がありました」
迷宮から戻ってきた翌々日、教授が俺に聞いてきたのはかつて勇者の足跡をたどる際に見てきたあのヴァルハード平野の話だった。
「うむ。どうも空の迷宮ができた当時、あの付近にあった迷宮を魔王が文字通りかき集めて自分の城を作っていたようなのだ。つまりそれらが主人の喪失によって元の場所に戻った…… というのがギルドの見解だ」
「ついでに、いくつかの迷宮は残念だけど死んでるみたい。調査隊が確認したときにはざっと半分以上の迷宮にマナ反応がなかったらしいわ」
ケミーさんもギルドからいくつか資料をふんだくって、自分であちこち調査に入っている。たぶん、オネショタの迷宮が近くにあるから心配なんだと思う。
「お、ここにおったかディグラッド」
「ラスキーさん、……あ、普通の服を着る事にしたんですね」
結局ラスキーさんも俺たちと一緒に住むことになった。教授の家も、今となっては俺たちのギルドハウスになりつつある。早く家を探さないと……
「もう其方以外に見せるつもりは毛頭ない。少々未来視の精度は落ちるがな」
「……ディグくん? 君ってベルちゃんたちと付き合ってるんじゃなかったの?」
「えっとー、そのー、なんというかー」
「あきれた。あの『空の迷宮』を踏破して来たって聞いた時は耳を疑ったけど、こっちも結構ヤリ手だったのね。しくじったわ」
「ケミーさん! 迷宮の話をしましょう!」
「おお、そうじゃ。迷宮と言えば其方、体の方はどうなのだ?」
「それは…… 今のところは特に、なにも」
実の話、俺は自分の身体に起こった変化にはいくつか心当たりがある。
けどそれが本当に当たっているかどうかは、このあとクリストリスとギルドのお偉いさん方らと話し合う時に確認するつもりだ。
なんせ、未来の勇者が今から生まれるかもしれない魔王の話を聞けるとあっては、ギルドもいちパーティに任せるわけにはいかないのだから。
「あ、お父様!」
「クリストリんぎゅ!」
見た目はすっかり同い年くらいになったというのに、中身はまるで小さな子供だ。全力タックルは殺人級に強く、流石は勇者様だと認めざるを得ない。
そして彼女の後ろから見覚えのある顔が見覚えのない人を連れてきたようだ。
「やあアンカー教授。今日はよろしく」
「ビーダム学園長! それにその後ろは……」
「久しぶり、アンカー君」
「リブラードさん! あ、いや今はギルドマスターでしたね」
「よしてくれ。君からは名前でいいし、『議長』と呼ばれる方がしっくりくるよ」
「紹介しよう。リブラード・モランブランさんで現ギルド最高責任者だよ」
紹介された男性は白いスーツに身を包んでいるが、その端々からも熟練の探索者であることがわかる。今は髭も蓄えて笑顔ではあるが、その上半身のいで立ちは教授と引けを取らない前衛職であることはまず間違いないだろう。教授に負けず劣らず柔和な笑顔に眼鏡がよく似あっている。
「さあ、役者はそろったようだね。では始めようか。我々の未来の話を」
だというのに、リブラードさんが手を伸ばしたのはワインの瓶だった。
「すいません、ちょっと寝落ちしてました」
空の迷宮最奥部に戻った俺は、しんと静まり返った部屋の中で起こったことを反芻していた。
「ディーやん!? 大丈夫なんか!?」
「嘘…… 心臓、止まってたのに」
え、俺そんな状態だったの??
「お父様……!?」
「ごめん、心配させた。……もう大丈夫」
抱きしめ続けてくれた大切な人たちを一人ずつ抱きしめた後、俺は玉座のはるか上、いまだ残り続ける黒煙の方へ目を向ける。
「悪いな。俺は魔王には向かないらしい」
〝致し方ない。もうひとつの候補には少々荷が重いが、これも運命〟
黒煙はそのまま散り散りに消え、玉座には今にも消えそうなバドナさんだけが残った。
消えるのは時間の問題だろう。
「バドナ…… 俺が分かるか?」
ベルたちも駆け寄って容体を見るが、誰が見ても彼女の状態がまともでないことは明白だった。
俺は壁に生えるクリスタルを一つ無造作に引き抜くと、マナで加工してそっと彼女にかざした。クリスタルは一瞬で融解し彼女の中へと流れ込むが、それもさして足しになったようには見えない。
「迷宮一つ分のマナすらこの程度か」
『どうやら、私の、役割は、終わりを、迎える、ときが、きたようです』
「バドナ、喋るんじゃない!」
『ハリル…… それにラスキー』
唐突に名前を呼ばれたラスキーさんは、急いで彼女の元へ駆け寄った。
「バドナ!」
『……』
しかし、バドナさんはただにこっと笑うだけでそれ以上何も言うことはなかった。
「……もう、限界ですね」
彼女の身体からは繋ぎ止められなくなったマナが還元され、迷宮のあちこちに散らばり始めた。核としての役割を終え、空の迷宮たらしめていた他の迷宮たちの呪縛が、これから徐々に解除されていくのだろう。
『ありがとう、私を、愛してくれて。ありがとう、私を、私でいさせてくれて』
「バドナ!」
「バドナぁ!」
パラパラと天井から細かなクリスタルのかけらが降ってきた。次いで、迷宮全体が揺れ始める。揺れは徐々に大きくなり、早くも周囲の崩落が始まっていた。
「ここから離れよう」
俺は、腕を大きく広げて転送円を展開する。向かう先は、いったんこの迷宮の入り口だ。本来は同じ迷宮同士を繋ぐ転送円はできないのだが、そこはちょっと仕組んだ。
「え、ディグ!? いつの間にこんなことが?」
「誰かさんの入れ知恵」
「……ま、後でゆっくり聞くわ」
一人一人が転送円をくぐって避難が進む中、ハリルさんは一向に玉座を離れない。俺を除いた全員が避難し終わった後も、彼はそこから動かなかった。
「ハリルさん、急いでください!」
「俺はここから離れない」
「バカ言ってないで! 早く!」
「そう言えば少年、これを借りっぱなしだったな」
そう言って彼は、一振りのナイフを投げてよこした。
俺が出発の時に父さんから借りた、例のナイフだった。そう言えば直前に貸したっけ?
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「どうしても、来ないんですか?」
この時、俺は初めて彼の笑顔を見た。
「無限の大地は、終わりだ。俺は友と、……いや、愛する者と眠る」
「はぁ、そうですか」
「ああ。すまないが…… ホーリーエーぐぶっ!?」
俺はおもむろに玉座に向かい、クリスタルを握り込んだ拳をハリルさんの腹に叩き込んだ。
「子供じゃないんですから、手を煩わせないでください」
そのまま転送円に投げ込んでやった。
そうこうしているうちに、既に天井のクリスタルは大半が抜け落ちて内在していたマナが抜けていく。徐々にこの迷宮が迷宮としての機能を失っていくのを見て、どこか胸が痛くなるのを感じる。
「今までお疲れ様」
そうして、ようやく長い時を経て空の迷宮から主が完全に消えた。
――ありがとう。
転送円を閉じる際に、そんな声が聞こえた気がした。
◇
転送円をくぐり終えると、最初の門があるところに出た。
ほんの少し離れていただけのはずなのに、一週間くらい会わなかったような感覚が脳裏をかすめる。
「なあ、ホンマにディーやんか?」
「――魔王にのっとられてたり、してない?」
みんなが俺を覗き込む。
特にクリストリスは、ほぼ全裸であるにもかかわらず俺の身体をくまなくまさぐる。
「あ。、あの。クリストリス? せめて何か着てくれないか?」
「本当に、お父様?」
「ある意味それはこっちのセリフだ。本当に君はクリストリスなのか?」
俺がそう言うと、彼女はなんのためらいもなく下半身を露出させる。
「わかった! ごめん! 悪かったって!」
「何回やるのよ、娘に対してこのくだりを」
「え、ディグ殿毎回下半身でクリストリス殿を確認してるんでござるか?
変態ではござらんか!」
「し、仕方ないだろ! これが一番手っ取り早いんだから!」
とか言いながらもミサオさんだってしっかり見てるんだよなぁ。俺のを。
「……まったく、大した男よ、其方は」
「あ、ラスキーさんずるい!」
「――私だって心配したから」
またワラワラとみんなが俺に抱き着く。
「ありがとうな、みんな」
「うん。ほなとりあえず、出ようや」
イレーナさんの意見をみなが頷いた。何日も太陽の光を拝めていない俺たちは入り口の扉を開けて、数日ぶりの外の世界へと躍り出た。
「うわ、あれ太陽が沈むところかしら?」
「位置的に上るところでござるな」
「日の出、か。綺麗だな」
俺がそう呟くと、クリストリスが俺の手を握ってきた。
「……太陽って、あんなにきれいなんだね。お父様」
「えっ、未来ってどうなってるの??」
俺の華麗なツッコミにクリストリスはきょとんと表情を失い、そして大声で笑い出した。
「あはははは! お父様ってそんなこと言うんだ! あはははは!」
「何処かおかしかったかな……?」
「きっと緊張が緩んだんでござろう」
「――あ、師匠だ」
マイナさんがいち早く空間の歪みを見つける。
それは確かに母さんが今日の家から区間をつなぐために時空扉を構築しているところだった。
「あれ……?」
「どうしたん、ディーやん?」
母さんにしては不思議と構築式が甘いな、と感じた。
言うなれば、石の橋を建てるのに泥を焼き固めて石にしてから積むような感じだ。まどろっこしい。
「ここを、こうして」
俺はちょっとだけ構築式を書き換えた。すると双方のマナが相互反応を起こし、即座に空間が繋がった。
「うわ! ……え? 誰か何かした?」
予想よりはるかに早く繋がった扉からひょっこりと見慣れた顔が飛び出した。
「あ、母さん。俺」
「え、ああ、ディグちゃん。って、もしかしてディグちゃんが?」
そんな驚くことしたかな、俺。
「とりあえず皆がいるってことは、終わったのね?」
「ああ、まあ」
「なによ、歯切れ悪いわね」
「終わったっていうか、むしろ始まったというか……」
「おお、ディグラッド君。ざっくり一週間ぶりだね。どことなく見違えた気がするよ」
母さんの向こう側から教授も顔を出す。一服するつもりだったのかカップとお茶の入ったティーポットを手にしていた。
「見違えたというか、文字通りそのままというか」
「ほほう、これはダンジョンマイスターとしてしっかり話を聞く必要がありそうだな」
「教授だって昔ここに来たことあるじゃないですか!」
「バカを言っちゃいかん。同じ迷宮でも探索する人が変われば着眼点も変わるもんだ。さあ、早くこっちに来て教えてくれ」
俺たちは扉をくぐる。「迷宮たらし」の通過が終わったが、未だに何かを迷う「無限の大地」メンバーがうじうじとその場から動かない。
「ハリルさん、ほら、早く」
「し、しかし」
「ハリル? ハリルサンド!?」
俺がいつまでも動かない彼を呼ぶと、母さんが首を突っ込んでくる。あなたがそこから動いたらだめでしょうが……
「……リフィール、か」
「久しぶりじゃない! ね、こっちきてよ。お話、聞かせて」
「俺は…… ここを離れたくない」
「わかってるわ。だからこそ、こっちに来るべきよ」
母さんは全力で体を突っ込んで腕を伸ばす。
「母さん、危な…… おおおう!?!」
注意しようとして動こうと足を前に出すと、突然地面が大きく揺れた。しかも、すぐには収まらずにむしろどんどん揺れが大きくなる。
「わ、わ、わ!? なんだ??」
「え? どうしたのディグちゃん?」
「なんか、こっち、めっちゃ揺れてる!!!」
いや、逆にちょうどいい。
俺は偶然を装ってハリルさんの腕にしがみつき、そのまま扉の向こうへ一緒に飛び込んだ。
「う、おおおおぁっ!?」
「母さん、閉めてーーー!!」
急いで母さんが扉を閉める。その隙間から見えたのは『空の迷宮』が崩れ去る姿だった。
主が消え、器が失われ、遂に存在の維持ができなくなったためだろう。
「……すまん、リフィール、すまん、バドナ」
「ほら立ってハリル! あなたがいつまでもそんなんじゃ、バドナも浮かばれないでしょうが」
「ちょ、母さん! そこ掴んだら首が締まるよ!」
「ああ、いや。大丈夫…… 母さん? リフィールが?」
「ええ、名乗りましたよね? ディグラッド・ホーリーエールって」
「迷宮に、長くい過ぎたな。こんな大きな子供がいると…… の割に、そこまで老けて見えないが」
「ええ。七年ほど死んでたから」
「死ん……!?」
ハリルさんはさっきから悲しんだり驚いたり泣いたり感情が大渋滞してるな。
「おー、生きてたか。しぶとさは『無限の大地』随一だな」
「ホーラン! お前に大切な人を失った気持ちが……」
「分かるさ。おいらも七年ほど不在だったからな」
「なっ、あ…… そうか」
行き場のない怒りを鎮めるように、ハリルさんはその場に座り込んだ。
「ホーラン…… 俺はどうすればいい」
下を向いたままのハリルさんに、教授がそっと紅茶を差し出した。
「まあ、まずは温かいお茶を。その後のことは、その時に考えましょうよ」
「アンカー! ……そうか、そうだな。いただこう」
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その代わり、ヴァルハード川があった付近に大異変があったらしい。
「はい、以前あの辺には迷宮はほとんどなくて、だだっ広い平野がありました」
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「うむ。どうも空の迷宮ができた当時、あの付近にあった迷宮を魔王が文字通りかき集めて自分の城を作っていたようなのだ。つまりそれらが主人の喪失によって元の場所に戻った…… というのがギルドの見解だ」
「ついでに、いくつかの迷宮は残念だけど死んでるみたい。調査隊が確認したときにはざっと半分以上の迷宮にマナ反応がなかったらしいわ」
ケミーさんもギルドからいくつか資料をふんだくって、自分であちこち調査に入っている。たぶん、オネショタの迷宮が近くにあるから心配なんだと思う。
「お、ここにおったかディグラッド」
「ラスキーさん、……あ、普通の服を着る事にしたんですね」
結局ラスキーさんも俺たちと一緒に住むことになった。教授の家も、今となっては俺たちのギルドハウスになりつつある。早く家を探さないと……
「もう其方以外に見せるつもりは毛頭ない。少々未来視の精度は落ちるがな」
「……ディグくん? 君ってベルちゃんたちと付き合ってるんじゃなかったの?」
「えっとー、そのー、なんというかー」
「あきれた。あの『空の迷宮』を踏破して来たって聞いた時は耳を疑ったけど、こっちも結構ヤリ手だったのね。しくじったわ」
「ケミーさん! 迷宮の話をしましょう!」
「おお、そうじゃ。迷宮と言えば其方、体の方はどうなのだ?」
「それは…… 今のところは特に、なにも」
実の話、俺は自分の身体に起こった変化にはいくつか心当たりがある。
けどそれが本当に当たっているかどうかは、このあとクリストリスとギルドのお偉いさん方らと話し合う時に確認するつもりだ。
なんせ、未来の勇者が今から生まれるかもしれない魔王の話を聞けるとあっては、ギルドもいちパーティに任せるわけにはいかないのだから。
「あ、お父様!」
「クリストリんぎゅ!」
見た目はすっかり同い年くらいになったというのに、中身はまるで小さな子供だ。全力タックルは殺人級に強く、流石は勇者様だと認めざるを得ない。
そして彼女の後ろから見覚えのある顔が見覚えのない人を連れてきたようだ。
「やあアンカー教授。今日はよろしく」
「ビーダム学園長! それにその後ろは……」
「久しぶり、アンカー君」
「リブラードさん! あ、いや今はギルドマスターでしたね」
「よしてくれ。君からは名前でいいし、『議長』と呼ばれる方がしっくりくるよ」
「紹介しよう。リブラード・モランブランさんで現ギルド最高責任者だよ」
紹介された男性は白いスーツに身を包んでいるが、その端々からも熟練の探索者であることがわかる。今は髭も蓄えて笑顔ではあるが、その上半身のいで立ちは教授と引けを取らない前衛職であることはまず間違いないだろう。教授に負けず劣らず柔和な笑顔に眼鏡がよく似あっている。
「さあ、役者はそろったようだね。では始めようか。我々の未来の話を」
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