お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第4殿 迷宮の向こう側へ

第63洞 原初の迷宮

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 暗くジメジメした迷宮内は、なぜかとても静かでどこまでも続いてるような気がした。

 入って分かったがモンスターの気配はない。誘引型でも精製型でない。
 ならなぜ『モンスターがいる』と報告されたのか。

「ディグちゃん―― 大丈夫?」
「うん。心配ないよ。モンスターは今のところいない」
「違う―― ディグちゃん自身」

 母さんが目の前でいなくなってから、俺はマイナさんと手をつないだままだ。
 探索者としてそれがお互いを危険にさらすことは重々正体なのだが、今の俺が普通に活動することが困難なのだ。

 肉親を、目の前で二度も失った。

 今回のが果たして何の意味があるかはわからない。だけど本能が、ありもしない記憶が、それこそが事実だと言って聞かない。

「わからない。マイナさんはどう思う?」
「――私も今はうまく言えない」

 俺たちは慎重に奥へと向かう。さほど入り組んでるわけでもモンスターいるわけでもない迷宮はトントン拍子に進んでいき、ようやく中央の調整塔へとたどり着いた。
 小さなレンガブロックが積み上がったような上下に長いその塔は、壁に人の幅ギリギリの棒が刺さっただけのお粗末な螺旋階段が上へ下へと渦を巻いているだけだった。

「これを、上るのか?」
「――下がるんだと思う」
「あっ、ディグくんじゃない!」

 名前を呼ばれて声のする方を向くと、上の螺旋階段からケミーさんが降りてくるところだった。

「あ、あれ!? ケミーさん? どこから??」
「ほら、オネショタくんの迷宮覚えてる? 例の小部屋にあった転送円」

 そう言われるとあった気がする。確か……

「あっ、魔王が出たとかなんとか言ってたやつだ!!」
「そうそうそれ。なんかね、ここの一番上につながってたのよ。カレの迷宮でエッ…… 無事を確認してたら転送円が起動しててさ」

 まあ、ケミーさんが何をしてたかを詳しく知るよりも何かがちょっと見えてきた。
 この迷宮の大半は少し前まで空の迷宮として機能してた。つまりオネショタが言ってたことは概ね事実だったということだ。

「あれ、そういえばリフィールさんは?」
「母さん…… 今は、ちょっと席を外してる」
「??? どうして?」
『ケミーちゃん、貴女も早くこっちに来て』
「え、今のってリフィールさんじゃない!? どういうこと!??」
「……俺がめっちゃ聞きたいっす」

 だけど、俺の中では少し整理がつきそうになってる。ぼんやりと、だけど。
 多分ケミーさんが来てくれたからだ。
 慌てることも落ち込むことも、今することじゃない。まずは先に進む。

 とりあえず、上はケミーさんが見てくれてきたから行くべきは、下だ。

「――ケミーさん、上はどこまでありましたか?」
「結構降りてきたわよ。螺旋階段を二十周くらいしたかしら?」
「結構ありますね…… 下はそれくらいあるのかな」

 木製の足場を踏みしめるたびにギッ、ギッとなる音だけがこだまする。

「ねえ、マイナちゃん。リフィールさんってどんな人?」
「――え?」
「わたくし、ちょっと興味あるのよ。元『無限の大地』メンバーだけど幼少期の話とか全然知らないし、わたくしが探索者になったころにはもう雲の上の人だったからうわさ以上の話を知らないのよ」
「俺も、家の外での話はあまり知らないな」
「えと―― その」

 マイナさんは言葉に詰まりながらも、自分の知っていることを話し始めた。

「――師匠は、家族思い。ディグちゃんや旦那さんのことをいつも楽しそうに話す人。だけど、自分の事を話すことは滅多にない」
「へぇ。それくらいすごい人だったら小さい頃もなにか活躍してたエピソードとかありそうなものだけどなぁ」
「そういえば、俺も母さんの若い頃の話とか聞いたことないな」
「普通は子供にそんな話しないんじゃない? どっちかっていうと構いたがりに見えるけど」

 それはある意味で正解かもしれないが、実際は不慮の空白があって体感としてはそこまで構ってもらったという感じはしない。
 ……というより、幼い頃の母さんの印象がどこかおぼろげだ。それだけ学園生活が充実していたのかもしれないけど。

「――でも、なんていうか、人の温かさとか、ディグちゃんのすごさとか、旦那さんの一途さとか、すごくうれしそうに話す」
「あーあ、ディグくん好きはこうして教育されてたのね」
「教育って、そんな…… あっ、下が見えてきた」

 遥か下の方に、うっすらと青白い光が漏れている。あれは恐らくこっちの光が反射して見えているもので、水面か濡れた地面があるように見える。
 しかしその質感はこの迷宮の建築素材と異なる部分が出てくる。下るたびにその違和感が強まり、自然と足が早まった。

「でも、変だな。この迷宮の壁面や床材とちょっと違って見えるし。もしかしたら別の迷宮に繋がってる接続分岐なのかもしれないですよ」
「可能性はあるわね。特に隆起型は地下へと成長域を伸ばした場合、高確率で洞窟型と分岐交配して繁殖するからよく見るし」
「やっぱり! ってことは、この先には別の迷宮が……」
「――着いたね、底」

 三人が完全に螺旋階段を下り切ると、鍾乳洞のように湿った洞穴が左右に続いていた。

「どっちかしら?」
「――風も吹いてない」

 ゆら、ゆらと母さんが別れ際に作った魔法の明かりが揺れる。
 その明かりがまとうマナが、ゆらりと左へ微かに傾いた。

「……左、かな」
「あら、どうして?」
「勘…… ていうか、この迷宮が生きてるなら、今しがた少し息をしたように思ったので」
「ふーん、マナの動きってやつ?」

 俺は明かりを見ながら頷いた。

「うん、じゃあ行ってみましょ」
「――ん」

 軽い下り坂になっている洞穴の先を、まるで導かれるように俺たちは進んでいく。迷宮内の環境はただただ広く決して良好とは言えないが、濁ったマナもなく有毒なガスも湧いてないことが救いだ。

「また分岐ね」
「何だか―― 熱い」
「ずいぶん下りたし、マグマか何かの熱源が近いのかも」
「温泉だと助かるわぁ」

 ケミーさんの声に反応したのか、魔法の明かりがまたゆらりと揺れる。今度は右の方へ誘っているようだ。

「こっち、ですね」

 明かりの示す先にさらに潜ると今度は空気がピリつくほど寒くなる。

「――寒い」
「なんか妙な迷宮ね。おとぎ話にでてくる『原初の巨人』がいそうな感じ」
「ああ、そう言えありましたね。そんなおとぎ話が」

 人間が生まれる遥か昔、この大陸を海の中から持ち上げた巨人がいたらしい。その巨人の右足は燃えるように熱く、左足は凍るほど冷たいという。

「もしかしたら、この先は……」

 続きを話しながら曲がりくねった道を抜けたとき、思わず俺は声を詰まらせ目を疑った。

「どうしたの――?」
「あら、これは……! マナクリスタル!?」

 すぐ足元はどこまであるかわからない谷間が口を開け、数歩先にその谷間から巨大なマナクリスタルがそそり立っているではないか。

「やっときたか。ちょいと遅かったじゃね―か」
「だ、誰!?」

 広い空間に声がこだまするせいでどこから喋ってるか分からないが、その声は聞き覚えるのあるものだった。

「もしかして、父さん!?」
「くっくっく。さすがに忘れねーか」

 それに答えるように、目の前のクリスタルの中から父さんがにゅるっと現れた。しかし父さんがいる場所には地面も何もない。ただ深い谷間の真ん中に、浮かぶでもなく二本の足で立っている。

「――おじ様!」
「ホーランさん、でしたっけ?」
「おぉー。爆乳のねーちゃんに呼ばれるとおじさん嬉しくなっちゃうね。けどごめんな。俺カミさん一筋なんだわ」
「は、はあ……」

 その母親を先ほど目の前で見失った俺は、父さんにかける声が見つからなかった。

「……どうした、ディグ?」
「あの、父さん、その」

 言えない。母さんが生き返って一番喜んでいた父さんを、またあの悲しい顔にするなんて俺には言えない。

「なんだ、暗い顔して。ほら行くぞ」
「え、行くって?」
「なんだ、お前たちこの迷宮の再調査に来たんじゃないのか?」
「え!? どうしてそれを!?」
「ここの再調査依頼をかけたのがおいらだからさ」

 父さんはそう言いながら再び空中を歩き、クリスタルの中に潜ってしまった。

「どうした、早く来い」
「で、でも道が」
「なんだ、まだ目に頼って動いてるのか?」

 そんなことを言ったって、俺の目には何も見えない。

「もしかして、これ『原初の道』!?」
「お、ねーちゃんのほうがよく知ってるぞ」
「ケミーさん、危ないですって!」

 俺の制止も聞かずケミーさんが足場の向こう側に歩を進める。すると、水面に同心円の波紋が広がるように、空中でケミーさんの足が止まった。

「わ、歩ける」

 そのまま彼女はトントンとクリスタルの近くまで歩いていってしまった。

「――私も」
「マイナさん! 気を付けて!」

 続いてマイナさんもそっと足を出す。やはり先ほどと同じ様に彼女も空中を優雅に歩いて見せた。

「『原初の道』…… 確かマナクリスタルを生み出す特殊な水の中にできた、巨人だけが渡ったという空の階段の事、だったっけ?」

 おとぎ話に出てくる、巨人が大陸を持ちあげるために渡ったという道だ。

「ええい、みんな渡ったんなら!」

 俺も意を決して足を出す。
 すると、微かな違和感と共に足が付いた。ささやかな波紋はまるでガラスの上にうっすらと水が張られた板の上に足を乗せたような感覚だろうか。

「透明な板が、おなじ屈折率を持った液体の表面すれすれに張られてるってことか」

 タネが分かれば怖くない。
 とはいえ、明かりもほとんど機能しないだだっ広いこの場所で、そんな罠が仕掛けられていれば、誰しもが二の足を踏むだろう。

「ってことは、このクリスタルも視覚トラップなのか?」

 ようやく三人が待つクリスタルの近くまでやってくると、その巨大さを再認識させられた。はるか下、またははるか上までそそり立つその巨大物質は、ほぼ曇りなく美しい透明な結晶体としてそこにそそり立っていた。

「いんや。クリスタル自体は本物だ。ただし

 父さんはそう言うと、クリスタルに手を添えてゆっくりと前に出る。

「ほら、お前らもこっちこいよ。下 だ   ぞ     ~        」

 そのままクリスタルに飲み込まれると、重力とは思えない速度ではるか下へと落下した。

「お、おじ様――!!??」
「へ!!? 大丈夫なのアレ??」

 俺は、もう驚かない。
 きっとこれは最下層へ最速で行くためのエレベータ移動装置なんだろう。
 役割を持って作られたという意味では魔工具に近い。

「多分大丈夫だと思う。父さんが使い方を教えてくれなかったらここで足止めを食らってたかもしれない」
「――なるほど、道案内」
「そういえばギルドに報告したのもホーランさんだって言ってたわね。どう言う意味かしら?」
「……母さんのことを聞かなかったってことは、何か知ってるのかもしれない」

 俺も父さんに倣って、クリスタルに手をかざす。ひんやりとした無機質の壁面は、しかしぬるりと俺の手を飲み込み、そのまま全身が冷たい中身へ吸い込まれる。

「ディ  グ   ち     ゃ       ん          !」

 一瞬、マイナさんの声が聞こえた気がしたが、それすら語尾がかすれる速度で俺は父さんのいるフロアまで飛ばされた。

「お、今度は早かったな」
「……ここは、やっぱり『最古の迷宮』?」
「鼻がいいじゃねぇか。その通り。ここはギルドもあまり把握してない迷宮のひとつさ」
「何でこんなところに? 上の迷宮は?」
「そもそもおいら達が普段から見てる迷宮は、かなり最近できたものばっかだ。本当に古いものやいい素材の物なんかは、はるか下の地下にしかねぇのよ。それがたまに地震なんかで地表に出ると大騒ぎだ」

 こんなに話をする父さんは珍しい。普段は母さんのどこが好きか、いかに好きかしか言わない人なのに。

「若い頃はただひたすら地下に潜ってた。けど、なかなか地表にまで繋がった迷宮を見ることはない。あの水門橋の迷宮は、地上から繋がってる数少ない迷宮だったわけだ」
「どうしてそんな報告をギルドに?」
「まあ、もうちょっと昔話に付き合え」

 そう言ってる間にケミーさんとマイナさんもこちらに到着した。

「よし、面子揃ったな。行くぞ」

 にやっと笑いながら、父さんは先頭を買って出る。
 その横顔はまるで初めて冒険に出る登録したての探索者そのものだった。
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