67 / 83
第4殿 迷宮の向こう側へ
第63洞 原初の迷宮
しおりを挟む
暗くジメジメした迷宮内は、なぜかとても静かでどこまでも続いてるような気がした。
入って分かったがモンスターの気配はない。誘引型でも精製型でない。
ならなぜ『モンスターがいる』と報告されたのか。
「ディグちゃん―― 大丈夫?」
「うん。心配ないよ。モンスターは今のところいない」
「違う―― ディグちゃん自身」
母さんが目の前でいなくなってから、俺はマイナさんと手をつないだままだ。
探索者としてそれがお互いを危険にさらすことは重々正体なのだが、今の俺が普通に活動することが困難なのだ。
肉親を、目の前で二度も失った。
今回のが果たして何の意味があるかはわからない。だけど本能が、ありもしない記憶が、それこそが事実だと言って聞かない。
「わからない。マイナさんはどう思う?」
「――私も今はうまく言えない」
俺たちは慎重に奥へと向かう。さほど入り組んでるわけでもモンスターいるわけでもない迷宮はトントン拍子に進んでいき、ようやく中央の調整塔へとたどり着いた。
小さなレンガブロックが積み上がったような上下に長いその塔は、壁に人の幅ギリギリの棒が刺さっただけのお粗末な螺旋階段が上へ下へと渦を巻いているだけだった。
「これを、上るのか?」
「――下がるんだと思う」
「あっ、ディグくんじゃない!」
名前を呼ばれて声のする方を向くと、上の螺旋階段からケミーさんが降りてくるところだった。
「あ、あれ!? ケミーさん? どこから??」
「ほら、オネショタくんの迷宮覚えてる? 例の小部屋にあった転送円」
そう言われるとあった気がする。確か……
「あっ、魔王が出たとかなんとか言ってたやつだ!!」
「そうそうそれ。なんかね、ここの一番上につながってたのよ。カレの迷宮でエッ…… 無事を確認してたら転送円が起動しててさ」
まあ、ケミーさんが何をしてたかを詳しく知るよりも何かがちょっと見えてきた。
この迷宮の大半は少し前まで空の迷宮として機能してた。つまりオネショタが言ってたことは概ね事実だったということだ。
「あれ、そういえばリフィールさんは?」
「母さん…… 今は、ちょっと席を外してる」
「??? どうして?」
『ケミーちゃん、貴女も早くこっちに来て』
「え、今のってリフィールさんじゃない!? どういうこと!??」
「……俺がめっちゃ聞きたいっす」
だけど、俺の中では少し整理がつきそうになってる。ぼんやりと、だけど。
多分ケミーさんが来てくれたからだ。
慌てることも落ち込むことも、今することじゃない。まずは先に進む。
とりあえず、上はケミーさんが見てくれてきたから行くべきは、下だ。
「――ケミーさん、上はどこまでありましたか?」
「結構降りてきたわよ。螺旋階段を二十周くらいしたかしら?」
「結構ありますね…… 下はそれくらいあるのかな」
木製の足場を踏みしめるたびにギッ、ギッとなる音だけがこだまする。
「ねえ、マイナちゃん。リフィールさんってどんな人?」
「――え?」
「わたくし、ちょっと興味あるのよ。元『無限の大地』メンバーだけど幼少期の話とか全然知らないし、わたくしが探索者になったころにはもう雲の上の人だったからうわさ以上の話を知らないのよ」
「俺も、家の外での話はあまり知らないな」
「えと―― その」
マイナさんは言葉に詰まりながらも、自分の知っていることを話し始めた。
「――師匠は、家族思い。ディグちゃんや旦那さんのことをいつも楽しそうに話す人。だけど、自分の事を話すことは滅多にない」
「へぇ。それくらいすごい人だったら小さい頃もなにか活躍してたエピソードとかありそうなものだけどなぁ」
「そういえば、俺も母さんの若い頃の話とか聞いたことないな」
「普通は子供にそんな話しないんじゃない? どっちかっていうと構いたがりに見えるけど」
それはある意味で正解かもしれないが、実際は不慮の空白があって体感としてはそこまで構ってもらったという感じはしない。
……というより、幼い頃の母さんの印象がどこかおぼろげだ。それだけ学園生活が充実していたのかもしれないけど。
「――でも、なんていうか、人の温かさとか、ディグちゃんのすごさとか、旦那さんの一途さとか、すごくうれしそうに話す」
「あーあ、ディグくん好きはこうして教育されてたのね」
「教育って、そんな…… あっ、下が見えてきた」
遥か下の方に、うっすらと青白い光が漏れている。あれは恐らくこっちの光が反射して見えているもので、水面か濡れた地面があるように見える。
しかしその質感はこの迷宮の建築素材と異なる部分が出てくる。下るたびにその違和感が強まり、自然と足が早まった。
「でも、変だな。この迷宮の壁面や床材とちょっと違って見えるし。もしかしたら別の迷宮に繋がってる接続分岐なのかもしれないですよ」
「可能性はあるわね。特に隆起型は地下へと成長域を伸ばした場合、高確率で洞窟型と分岐交配して繁殖するからよく見るし」
「やっぱり! ってことは、この先には別の迷宮が……」
「――着いたね、底」
三人が完全に螺旋階段を下り切ると、鍾乳洞のように湿った洞穴が左右に続いていた。
「どっちかしら?」
「――風も吹いてない」
ゆら、ゆらと母さんが別れ際に作った魔法の明かりが揺れる。
その明かりがまとうマナが、ゆらりと左へ微かに傾いた。
「……左、かな」
「あら、どうして?」
「勘…… ていうか、この迷宮が生きてるなら、今しがた少し息をしたように思ったので」
「ふーん、マナの動きってやつ?」
俺は明かりを見ながら頷いた。
「うん、じゃあ行ってみましょ」
「――ん」
軽い下り坂になっている洞穴の先を、まるで導かれるように俺たちは進んでいく。迷宮内の環境はただただ広く決して良好とは言えないが、濁ったマナもなく有毒なガスも湧いてないことが救いだ。
「また分岐ね」
「何だか―― 熱い」
「ずいぶん下りたし、マグマか何かの熱源が近いのかも」
「温泉だと助かるわぁ」
ケミーさんの声に反応したのか、魔法の明かりがまたゆらりと揺れる。今度は右の方へ誘っているようだ。
「こっち、ですね」
明かりの示す先にさらに潜ると今度は空気がピリつくほど寒くなる。
「――寒い」
「なんか妙な迷宮ね。おとぎ話にでてくる『原初の巨人』がいそうな感じ」
「ああ、そう言えありましたね。そんなおとぎ話が」
人間が生まれる遥か昔、この大陸を海の中から持ち上げた巨人がいたらしい。その巨人の右足は燃えるように熱く、左足は凍るほど冷たいという。
「もしかしたら、この先は……」
続きを話しながら曲がりくねった道を抜けたとき、思わず俺は声を詰まらせ目を疑った。
「どうしたの――?」
「あら、これは……! マナクリスタル!?」
すぐ足元はどこまであるかわからない谷間が口を開け、数歩先にその谷間から巨大なマナクリスタルがそそり立っているではないか。
「やっときたか。ちょいと遅かったじゃね―か」
「だ、誰!?」
広い空間に声がこだまするせいでどこから喋ってるか分からないが、その声は聞き覚えるのあるものだった。
「もしかして、父さん!?」
「くっくっく。さすがに忘れねーか」
それに答えるように、目の前のクリスタルの中から父さんがにゅるっと現れた。しかし父さんがいる場所には地面も何もない。ただ深い谷間の真ん中に、浮かぶでもなく二本の足で立っている。
「――おじ様!」
「ホーランさん、でしたっけ?」
「おぉー。爆乳のねーちゃんに呼ばれるとおじさん嬉しくなっちゃうね。けどごめんな。俺カミさん一筋なんだわ」
「は、はあ……」
その母親を先ほど目の前で見失った俺は、父さんにかける声が見つからなかった。
「……どうした、ディグ?」
「あの、父さん、その」
言えない。母さんが生き返って一番喜んでいた父さんを、またあの悲しい顔にするなんて俺には言えない。
「なんだ、暗い顔して。ほら行くぞ」
「え、行くって?」
「なんだ、お前たちこの迷宮の再調査に来たんじゃないのか?」
「え!? どうしてそれを!?」
「ここの再調査依頼をかけたのがおいらだからさ」
父さんはそう言いながら再び空中を歩き、クリスタルの中に潜ってしまった。
「どうした、早く来い」
「で、でも道が」
「なんだ、まだ目に頼って動いてるのか?」
そんなことを言ったって、俺の目には何も見えない。
「もしかして、これ『原初の道』!?」
「お、ねーちゃんのほうがよく知ってるぞ」
「ケミーさん、危ないですって!」
俺の制止も聞かずケミーさんが足場の向こう側に歩を進める。すると、水面に同心円の波紋が広がるように、空中でケミーさんの足が止まった。
「わ、歩ける」
そのまま彼女はトントンとクリスタルの近くまで歩いていってしまった。
「――私も」
「マイナさん! 気を付けて!」
続いてマイナさんもそっと足を出す。やはり先ほどと同じ様に彼女も空中を優雅に歩いて見せた。
「『原初の道』…… 確かマナクリスタルを生み出す特殊な水の中にできた、巨人だけが渡ったという空の階段の事、だったっけ?」
おとぎ話に出てくる、巨人が大陸を持ちあげるために渡ったという道だ。
「ええい、みんな渡ったんなら!」
俺も意を決して足を出す。
すると、微かな違和感と共に足が付いた。ささやかな波紋はまるでガラスの上にうっすらと水が張られた板の上に足を乗せたような感覚だろうか。
「透明な板が、おなじ屈折率を持った液体の表面すれすれに張られてるってことか」
タネが分かれば怖くない。
とはいえ、明かりもほとんど機能しないだだっ広いこの場所で、そんな罠が仕掛けられていれば、誰しもが二の足を踏むだろう。
「ってことは、このクリスタルも視覚トラップなのか?」
ようやく三人が待つクリスタルの近くまでやってくると、その巨大さを再認識させられた。はるか下、またははるか上までそそり立つその巨大物質は、ほぼ曇りなく美しい透明な結晶体としてそこにそそり立っていた。
「いんや。クリスタル自体は本物だ。ただし役割が違う」
父さんはそう言うと、クリスタルに手を添えてゆっくりと前に出る。
「ほら、お前らもこっちこいよ。下 だ ぞ ~ 」
そのままクリスタルに飲み込まれると、重力とは思えない速度ではるか下へと落下した。
「お、おじ様――!!??」
「へ!!? 大丈夫なのアレ??」
俺は、もう驚かない。
きっとこれは最下層へ最速で行くためのエレベータなんだろう。
役割を持って作られたという意味では魔工具に近い。
「多分大丈夫だと思う。父さんが使い方を教えてくれなかったらここで足止めを食らってたかもしれない」
「――なるほど、道案内」
「そういえばギルドに報告したのもホーランさんだって言ってたわね。どう言う意味かしら?」
「……母さんのことを聞かなかったってことは、何か知ってるのかもしれない」
俺も父さんに倣って、クリスタルに手をかざす。ひんやりとした無機質の壁面は、しかしぬるりと俺の手を飲み込み、そのまま全身が冷たい中身へ吸い込まれる。
「ディ グ ち ゃ ん !」
一瞬、マイナさんの声が聞こえた気がしたが、それすら語尾がかすれる速度で俺は父さんのいるフロアまで飛ばされた。
「お、今度は早かったな」
「……ここは、やっぱり『最古の迷宮』?」
「鼻がいいじゃねぇか。その通り。ここはギルドもあまり把握してない迷宮のひとつさ」
「何でこんなところに? 上の迷宮は?」
「そもそもおいら達が普段から見てる迷宮は、かなり最近できたものばっかだ。本当に古いものやいい素材の物なんかは、はるか下の地下にしかねぇのよ。それがたまに地震なんかで地表に出ると大騒ぎだ」
こんなに話をする父さんは珍しい。普段は母さんのどこが好きか、いかに好きかしか言わない人なのに。
「若い頃はただひたすら地下に潜ってた。けど、なかなか地表にまで繋がった迷宮を見ることはない。あの水門橋の迷宮は、地上から繋がってる数少ない迷宮だったわけだ」
「どうしてそんな報告をギルドに?」
「まあ、もうちょっと昔話に付き合え」
そう言ってる間にケミーさんとマイナさんもこちらに到着した。
「よし、面子揃ったな。行くぞ」
にやっと笑いながら、父さんは先頭を買って出る。
その横顔はまるで初めて冒険に出る登録したての探索者そのものだった。
入って分かったがモンスターの気配はない。誘引型でも精製型でない。
ならなぜ『モンスターがいる』と報告されたのか。
「ディグちゃん―― 大丈夫?」
「うん。心配ないよ。モンスターは今のところいない」
「違う―― ディグちゃん自身」
母さんが目の前でいなくなってから、俺はマイナさんと手をつないだままだ。
探索者としてそれがお互いを危険にさらすことは重々正体なのだが、今の俺が普通に活動することが困難なのだ。
肉親を、目の前で二度も失った。
今回のが果たして何の意味があるかはわからない。だけど本能が、ありもしない記憶が、それこそが事実だと言って聞かない。
「わからない。マイナさんはどう思う?」
「――私も今はうまく言えない」
俺たちは慎重に奥へと向かう。さほど入り組んでるわけでもモンスターいるわけでもない迷宮はトントン拍子に進んでいき、ようやく中央の調整塔へとたどり着いた。
小さなレンガブロックが積み上がったような上下に長いその塔は、壁に人の幅ギリギリの棒が刺さっただけのお粗末な螺旋階段が上へ下へと渦を巻いているだけだった。
「これを、上るのか?」
「――下がるんだと思う」
「あっ、ディグくんじゃない!」
名前を呼ばれて声のする方を向くと、上の螺旋階段からケミーさんが降りてくるところだった。
「あ、あれ!? ケミーさん? どこから??」
「ほら、オネショタくんの迷宮覚えてる? 例の小部屋にあった転送円」
そう言われるとあった気がする。確か……
「あっ、魔王が出たとかなんとか言ってたやつだ!!」
「そうそうそれ。なんかね、ここの一番上につながってたのよ。カレの迷宮でエッ…… 無事を確認してたら転送円が起動しててさ」
まあ、ケミーさんが何をしてたかを詳しく知るよりも何かがちょっと見えてきた。
この迷宮の大半は少し前まで空の迷宮として機能してた。つまりオネショタが言ってたことは概ね事実だったということだ。
「あれ、そういえばリフィールさんは?」
「母さん…… 今は、ちょっと席を外してる」
「??? どうして?」
『ケミーちゃん、貴女も早くこっちに来て』
「え、今のってリフィールさんじゃない!? どういうこと!??」
「……俺がめっちゃ聞きたいっす」
だけど、俺の中では少し整理がつきそうになってる。ぼんやりと、だけど。
多分ケミーさんが来てくれたからだ。
慌てることも落ち込むことも、今することじゃない。まずは先に進む。
とりあえず、上はケミーさんが見てくれてきたから行くべきは、下だ。
「――ケミーさん、上はどこまでありましたか?」
「結構降りてきたわよ。螺旋階段を二十周くらいしたかしら?」
「結構ありますね…… 下はそれくらいあるのかな」
木製の足場を踏みしめるたびにギッ、ギッとなる音だけがこだまする。
「ねえ、マイナちゃん。リフィールさんってどんな人?」
「――え?」
「わたくし、ちょっと興味あるのよ。元『無限の大地』メンバーだけど幼少期の話とか全然知らないし、わたくしが探索者になったころにはもう雲の上の人だったからうわさ以上の話を知らないのよ」
「俺も、家の外での話はあまり知らないな」
「えと―― その」
マイナさんは言葉に詰まりながらも、自分の知っていることを話し始めた。
「――師匠は、家族思い。ディグちゃんや旦那さんのことをいつも楽しそうに話す人。だけど、自分の事を話すことは滅多にない」
「へぇ。それくらいすごい人だったら小さい頃もなにか活躍してたエピソードとかありそうなものだけどなぁ」
「そういえば、俺も母さんの若い頃の話とか聞いたことないな」
「普通は子供にそんな話しないんじゃない? どっちかっていうと構いたがりに見えるけど」
それはある意味で正解かもしれないが、実際は不慮の空白があって体感としてはそこまで構ってもらったという感じはしない。
……というより、幼い頃の母さんの印象がどこかおぼろげだ。それだけ学園生活が充実していたのかもしれないけど。
「――でも、なんていうか、人の温かさとか、ディグちゃんのすごさとか、旦那さんの一途さとか、すごくうれしそうに話す」
「あーあ、ディグくん好きはこうして教育されてたのね」
「教育って、そんな…… あっ、下が見えてきた」
遥か下の方に、うっすらと青白い光が漏れている。あれは恐らくこっちの光が反射して見えているもので、水面か濡れた地面があるように見える。
しかしその質感はこの迷宮の建築素材と異なる部分が出てくる。下るたびにその違和感が強まり、自然と足が早まった。
「でも、変だな。この迷宮の壁面や床材とちょっと違って見えるし。もしかしたら別の迷宮に繋がってる接続分岐なのかもしれないですよ」
「可能性はあるわね。特に隆起型は地下へと成長域を伸ばした場合、高確率で洞窟型と分岐交配して繁殖するからよく見るし」
「やっぱり! ってことは、この先には別の迷宮が……」
「――着いたね、底」
三人が完全に螺旋階段を下り切ると、鍾乳洞のように湿った洞穴が左右に続いていた。
「どっちかしら?」
「――風も吹いてない」
ゆら、ゆらと母さんが別れ際に作った魔法の明かりが揺れる。
その明かりがまとうマナが、ゆらりと左へ微かに傾いた。
「……左、かな」
「あら、どうして?」
「勘…… ていうか、この迷宮が生きてるなら、今しがた少し息をしたように思ったので」
「ふーん、マナの動きってやつ?」
俺は明かりを見ながら頷いた。
「うん、じゃあ行ってみましょ」
「――ん」
軽い下り坂になっている洞穴の先を、まるで導かれるように俺たちは進んでいく。迷宮内の環境はただただ広く決して良好とは言えないが、濁ったマナもなく有毒なガスも湧いてないことが救いだ。
「また分岐ね」
「何だか―― 熱い」
「ずいぶん下りたし、マグマか何かの熱源が近いのかも」
「温泉だと助かるわぁ」
ケミーさんの声に反応したのか、魔法の明かりがまたゆらりと揺れる。今度は右の方へ誘っているようだ。
「こっち、ですね」
明かりの示す先にさらに潜ると今度は空気がピリつくほど寒くなる。
「――寒い」
「なんか妙な迷宮ね。おとぎ話にでてくる『原初の巨人』がいそうな感じ」
「ああ、そう言えありましたね。そんなおとぎ話が」
人間が生まれる遥か昔、この大陸を海の中から持ち上げた巨人がいたらしい。その巨人の右足は燃えるように熱く、左足は凍るほど冷たいという。
「もしかしたら、この先は……」
続きを話しながら曲がりくねった道を抜けたとき、思わず俺は声を詰まらせ目を疑った。
「どうしたの――?」
「あら、これは……! マナクリスタル!?」
すぐ足元はどこまであるかわからない谷間が口を開け、数歩先にその谷間から巨大なマナクリスタルがそそり立っているではないか。
「やっときたか。ちょいと遅かったじゃね―か」
「だ、誰!?」
広い空間に声がこだまするせいでどこから喋ってるか分からないが、その声は聞き覚えるのあるものだった。
「もしかして、父さん!?」
「くっくっく。さすがに忘れねーか」
それに答えるように、目の前のクリスタルの中から父さんがにゅるっと現れた。しかし父さんがいる場所には地面も何もない。ただ深い谷間の真ん中に、浮かぶでもなく二本の足で立っている。
「――おじ様!」
「ホーランさん、でしたっけ?」
「おぉー。爆乳のねーちゃんに呼ばれるとおじさん嬉しくなっちゃうね。けどごめんな。俺カミさん一筋なんだわ」
「は、はあ……」
その母親を先ほど目の前で見失った俺は、父さんにかける声が見つからなかった。
「……どうした、ディグ?」
「あの、父さん、その」
言えない。母さんが生き返って一番喜んでいた父さんを、またあの悲しい顔にするなんて俺には言えない。
「なんだ、暗い顔して。ほら行くぞ」
「え、行くって?」
「なんだ、お前たちこの迷宮の再調査に来たんじゃないのか?」
「え!? どうしてそれを!?」
「ここの再調査依頼をかけたのがおいらだからさ」
父さんはそう言いながら再び空中を歩き、クリスタルの中に潜ってしまった。
「どうした、早く来い」
「で、でも道が」
「なんだ、まだ目に頼って動いてるのか?」
そんなことを言ったって、俺の目には何も見えない。
「もしかして、これ『原初の道』!?」
「お、ねーちゃんのほうがよく知ってるぞ」
「ケミーさん、危ないですって!」
俺の制止も聞かずケミーさんが足場の向こう側に歩を進める。すると、水面に同心円の波紋が広がるように、空中でケミーさんの足が止まった。
「わ、歩ける」
そのまま彼女はトントンとクリスタルの近くまで歩いていってしまった。
「――私も」
「マイナさん! 気を付けて!」
続いてマイナさんもそっと足を出す。やはり先ほどと同じ様に彼女も空中を優雅に歩いて見せた。
「『原初の道』…… 確かマナクリスタルを生み出す特殊な水の中にできた、巨人だけが渡ったという空の階段の事、だったっけ?」
おとぎ話に出てくる、巨人が大陸を持ちあげるために渡ったという道だ。
「ええい、みんな渡ったんなら!」
俺も意を決して足を出す。
すると、微かな違和感と共に足が付いた。ささやかな波紋はまるでガラスの上にうっすらと水が張られた板の上に足を乗せたような感覚だろうか。
「透明な板が、おなじ屈折率を持った液体の表面すれすれに張られてるってことか」
タネが分かれば怖くない。
とはいえ、明かりもほとんど機能しないだだっ広いこの場所で、そんな罠が仕掛けられていれば、誰しもが二の足を踏むだろう。
「ってことは、このクリスタルも視覚トラップなのか?」
ようやく三人が待つクリスタルの近くまでやってくると、その巨大さを再認識させられた。はるか下、またははるか上までそそり立つその巨大物質は、ほぼ曇りなく美しい透明な結晶体としてそこにそそり立っていた。
「いんや。クリスタル自体は本物だ。ただし役割が違う」
父さんはそう言うと、クリスタルに手を添えてゆっくりと前に出る。
「ほら、お前らもこっちこいよ。下 だ ぞ ~ 」
そのままクリスタルに飲み込まれると、重力とは思えない速度ではるか下へと落下した。
「お、おじ様――!!??」
「へ!!? 大丈夫なのアレ??」
俺は、もう驚かない。
きっとこれは最下層へ最速で行くためのエレベータなんだろう。
役割を持って作られたという意味では魔工具に近い。
「多分大丈夫だと思う。父さんが使い方を教えてくれなかったらここで足止めを食らってたかもしれない」
「――なるほど、道案内」
「そういえばギルドに報告したのもホーランさんだって言ってたわね。どう言う意味かしら?」
「……母さんのことを聞かなかったってことは、何か知ってるのかもしれない」
俺も父さんに倣って、クリスタルに手をかざす。ひんやりとした無機質の壁面は、しかしぬるりと俺の手を飲み込み、そのまま全身が冷たい中身へ吸い込まれる。
「ディ グ ち ゃ ん !」
一瞬、マイナさんの声が聞こえた気がしたが、それすら語尾がかすれる速度で俺は父さんのいるフロアまで飛ばされた。
「お、今度は早かったな」
「……ここは、やっぱり『最古の迷宮』?」
「鼻がいいじゃねぇか。その通り。ここはギルドもあまり把握してない迷宮のひとつさ」
「何でこんなところに? 上の迷宮は?」
「そもそもおいら達が普段から見てる迷宮は、かなり最近できたものばっかだ。本当に古いものやいい素材の物なんかは、はるか下の地下にしかねぇのよ。それがたまに地震なんかで地表に出ると大騒ぎだ」
こんなに話をする父さんは珍しい。普段は母さんのどこが好きか、いかに好きかしか言わない人なのに。
「若い頃はただひたすら地下に潜ってた。けど、なかなか地表にまで繋がった迷宮を見ることはない。あの水門橋の迷宮は、地上から繋がってる数少ない迷宮だったわけだ」
「どうしてそんな報告をギルドに?」
「まあ、もうちょっと昔話に付き合え」
そう言ってる間にケミーさんとマイナさんもこちらに到着した。
「よし、面子揃ったな。行くぞ」
にやっと笑いながら、父さんは先頭を買って出る。
その横顔はまるで初めて冒険に出る登録したての探索者そのものだった。
1
あなたにおすすめの小説
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる