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第4殿 迷宮の向こう側へ
第62洞 不確かな記憶
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『他の迷宮が騒がしいと思ったら、そんな事を』
「何がどう転ぶかわからないから、まずはできることをしようって話になったんだ」
ギルドは全面的にクリストリスを勇者として迎え、しかしその解決はギルドが全面的にバックアップするという形をとった。
そう思って、ある意味で俺たちの盛り部屋もある教授の家に住み着く『迷宮喰らい』のこいつにも、少しは話をして置こうとやってきたわけで。
「ギルドからの依頼、という形で各地の探索者に働きかけて、迷宮を保護・モンスターの駆除・あるいは活動の手助けなどなど。持ちつ持たれつ関係を明確にするわけさ」
『それで本当に大丈夫?』
俺は俺の知り合いの迷宮やマイスター仲間に声をかけて、ひとつでも多くの迷宮を仲間に引き込む作戦を命じられた。まずはやっぱりゼツリンだ。
「そんなのわかんねぇよ。けど、ランビルド? か魔王? に靡かないようにしてもらうには、こんなことくらいしか思いつかないんだ」
『まあ…… 身近な隣人が人間であると認識すれば魔王の呼びかけには応えなくはなるだろうけど……』
ゼツリンはそっと俺の肩に腕をかける。
『君が直々に関係を持てばいいじゃないか。「迷宮たらし」の名が泣くぞ?』
「それ学園長さんにも言われたよ…… けど、今の俺が『はいはい』と出るわけにもいかないんだよ」
もちろん俺じゃなきゃだめだ、という案件でもあればもちろん足を運ぶんだが、俺のやり方が必ずしも迷宮の求めることを満たすことができるか、疑問が残る。
『なんでさ? 君のテク結構イケるよ?』
「それをするな、って言われたんだよ! 人相手ならまだしも、迷宮とセックスすると勇者の力が迷宮に渡って、魔王の餌食になる可能性を生むんだってさ。そういう意味ではお前も危ないんだぞ、ゼツリン」
『迷宮の心配してる場合じゃないんじゃない? 普通の人は迷宮とコトを構えたくてもできないよ』
ケラケラと俺を笑うゼツリンは心から楽しそうだ。俺だってどうしてこうなったか教えてほしい。
「おお、ディグラッド君。ここにいたのか」
「あ、教授、どうしたんですか?」
「君を探していたんだよ。研究室にもいないから…… ちょっとやっかいな迷宮が見つかってね。早急に向かって欲しいんだ」
教授はいくつかの資料を俺に渡してきたのでざっと目を通すと、どことなく見覚えのある迷宮がチラチラとあるのに気が付いた。
「ここ、確かケミーさんたちと一緒に行った迷宮が近くにありませんでしたっけ?」
「その通りだ。確か、『オネショタの迷宮』と言ったか」
『相変わらず名前がひどいな』
「うっせ。でも、この辺って確か平野になってたし、こんな起伏なんかなかったですよ?」
しかし教授は『もう忘れたのか』と言いたげに肩を落として答えた。
「『空の迷宮』が解放されて、一部の迷宮に機能と環境が戻っただろ。その一つだ」
「あ! そういえば」
「しかも、どうやら人が行き来できないだけで迷宮自体はずっと地面の下にあったらしい。今回の大地殻変動で入り口がぽっかり現れたらしいんだよ」
「てことは、子迷宮か、孫迷宮ってことですね」
だが俺のその言葉にも教授は難色を示す。どうも今日の俺は勘が冴えないようだ。
「作りからして、ちょうど魔王がいた時代に近いらしい。それ以上調べようにも、迷宮に入れないんだ。頼む」
◇
「――ディグちゃんに転送円開けてもらうの、新鮮だね」
「それは勇者の力? それとも迷宮の力? 何にせよ、息子が何でもできると気持ちがいいわ~」
後日、ギルドからの要請という形で俺はまたヴァルハード平野にやってきた。
今度はオネショタの迷宮にアクセスする形で転送円を開放した。途中ケミーさんがすごく興奮してたけど、あえて俺はそれ以上討触れないようにそっと距離を取った。
「じゃあ、わたくしはオネショタくんが気になる…… じゃない、情報収集に行ってくるから」
「はーい、気を付けて!」
今回は色々あって祠救出組、そしてケミーさんと組んでやってきた。ベルは最後までダダをこねてたが、現状錬金術師が別件で必要と言われて、仕方なくの別行動だ。事実上ウチのパーティにおけるナンバー2だからしょうがない。
「で、目的の迷宮は?」
「えーと、あの辺に入り口があるらしいんだけど、見える?」
母さんが資料を見ながら指差す先には、川の間に大きな塔が建っている。もちろん初めて見る建物だ。
「あの辺はただの草原だったのに、地形もかなり変わってるな」
「――いけそう?」
「行ったことない迷宮へは流石に無理だよ。近くまで歩きだね」
「まあ、仕方ないわ。気をつけていきましょう」
以前に見たヴァルハード川の付近はほぼ真っ平らだったのが、かつての『空の迷宮』へ向けてなだらかな山道へと姿を変えたこの地域は、以前よりも植物の様相が変わり、空気も少しジメッとした環境に変わっていた。
「滑りやすくなってるかも。大丈夫?」
「――うん」
すっ転びそうな場所ではマイナさんの動きに注意しながら進む。その様子を母さんが不思議そうに見ながらつぶやいた。
「ねえ、ディーくんは誰が本命なの?」
「!? っとっ!!」
思わず俺が足を滑らせる。バランスを崩した時点でマイナさんが俺の腰を支えてくれたので、すんでのところで持ちこたえた。
「か、母さん…… あのね」
「多分、私―― じゃないと思う」
「あら、なんでそう思うのマイナちゃん」
「ディグちゃんは優しいから―― 私の我儘に付き合ってくれてるの」
「マイナさん! そんなことないよ!」
「いいのいいのディーくん。たまたま我が家が一父一母だから、数の偏りに敏感なのはわかってるわ」
「う、そ、そういうわけでも」
母さんはなぜか俺に歩み寄り、力いっぱいハグしてきた。
「母さんね、一番ディーくんを抱きしめたい年の頃に『ああ』なったでしょ? だから、好きな人を作ることに臆病になってないか心配だったの」
思わず体が硬直する。
忘れるわけがない。大好きな母さんとマイナ姉さんが、突然二度と会えなくなった日のこと。
「ディーくんが崩落した岩の下敷きになった私たちを助けるために、三日三晩あの祠から動かなかったって聞いた時には、嬉しさよりも辛さがあったんだからね」
「そ、そんなことあったかな」
うん、全く覚えてない。
崩落しきった次の記憶は、左手が包帯ぐるぐる巻きになったベルを抱きしめている所だったと思う。直前の光景が色濃く残っているからこそ前後があいまいなのは仕方ないんじゃないかな?
それでも最近はあまり強く思い出さなくなっている。それこそ、ベルやマイナさんたちのおかげだと確信しているわけで。
「父さんはああでしょ? そもそも誰かと結婚すること自体考えてなかったって言ってるし、私も正直誰かを好きになるなんて思ってもみなかったわ」
母さんはハグした腕を緩め、そっと俺の顔を両手で包む。そのまま視線を合わせてにこっと微笑むと、おでこに軽くキスをしてきた。
「でもね、ディーくんに会えたことは人生で一番素敵なことだと思った。私の選択は間違ってなかったんだ、って思わせてくれたのよ。だから、ディーくんも自分を信じて、自分の選択に自信を持ってほしい」
「――ディグちゃんはかわいいし、かっこいいし、強いし、何でもできる」
「うん。母親の私が保証するわ。好きなだけ好きな人を作って、好きなだけ愛を育みなさい」
「う、うん……」
まあ、口だけ「浮気しない」という裏で他の異性と付き合うクズではない、はずだけど、やっぱり複数同時は色々ぶっ壊れるんだよなぁ……
「ディグちゃん――」
マイナさんが今度は俺の手を取る。そっと包むように、だけど振り払えないほど強く。
「ベルとも約束したの。――もう、一人で突っ走らせないからね」
「は、はい」
「まあ、それはそれとして」
「えっ」
その後目的地に着くまで、俺は二人から妙な角度からの攻撃を繰り出され続けた。
マイナさんからは、ベルや他の女性陣からの行動の意味、言葉の裏側、女心の解き方など。
母さんからは親として、子を持つことへの責任感、なによりラスキーさんの性格や行動パターンをみっちり教えられた。
「これが、嫁と姑のタッグ攻撃なのか……」
「――こんなの序の口。まだ知ってほしい事たくさんある」
「一人でも大変なんだから、ディーくんは人数分覚えることが多いんだから、覚悟してもらわないとね」
早く! 目的地早くついてくれ!!!
「!?」
この、脳裏にノイズが走る感覚―― モンスターか!?
「――モンスター!? 風よ、疾く舞え!」
俺とほぼ変わらない速度で敵を察知したマイナさんが、素早い反応でモンスターへ警戒攻撃を放つ。
「グェッ!?」
が、その攻撃が届くより早くモンスターが絶命する。
「んー、反応まではいいんだけど行動に移すのが遅いわよ、二人とも」
「え!? もう仕留めたの!??」
「――うん、もう動かない」
流石は元最強パーティメンバー。
「さ、急ぎましょ。早く孫の顔もちゃんと見たいしね~」
こんな感じで道中は全く危なげなく進み、気持ちとしては結構歩いた末の到着となった。
「近くで見ると結構大きいな、これ」
「先見隊によると、川の水量を調整する機能を持たせた環境型迷宮なんだけど、中央の調整塔にやたら強いモンスターが住み着いてるみたい。中には入れないから探査魔法による調査で終わってるから詳細は入ってみないとわからないわね」
母さんが資料を読み上げる。
その「やたら強いモンスター」というのが引っかかるが、どうやらもとは水門の機能を持った迷宮ということだろうか。
「変ね? 人の生活に深く関わる迷宮なんて珍しいわ」
「私もそう思う―― モンスターと何か関係があるのかな?」
「なくはないんじゃない? 元々水門自体はあって、そこに迷宮ができたとか」
「うーん、人工物に迷宮が宿ること自体が珍しいのよ。しかも、最近までなかったってことは水門自体が迷宮として認識されてたわけでしょ? だから吸収されてたわけだし」
「あ、そうか……」
そうはいってもこのままじゃあ何もわからない。
「とりあえず、中央の大きな建物に行ってみよう」
「はいはーい」
「――うん」
ヴァルハード川は現在とても広い面積と、とても深い渓谷とが入り組んだ、非常に立体的な川になっている。
この迷宮が建っている部分は川の面積が広い方で、かつ非常に水深が深い。濁っているわけでもないのに外からでは川底が見えないのだ。
「で、この入り口と」
川をまたぐように建つ橋のごとくたたずむそれは、一見すると迷宮にすら見えない。
しかし入り口にはしっかりと鍵がかけられており、何人たりとも侵入を許さないと言わんばかりに扉は開く気配がない。
「さ、ディーくん」
「はいはい、と」
俺は扉を前にそっと神経を集中する。ひんやりとした扉は鉱物でできているようで、重さと頑丈さを兼ね備えている。力任せに開かないのはもちろんだが、ある程度の魔法攻撃にも耐性があるように感じる。
つまり、マナが通っているのだ。
「まあ、今の俺なら」
俺は魔庫破りを取り出して扉の鍵穴に差し込む。魔庫破りはじわじわと鍵穴になじむように侵入し、あらゆる解錠パターンを検索していく。
そしてしばらく待つと『ガシャン!』と大きな金属音を立てて扉が開かれた。
「さっすが!」
「――お見事」
早速中に入るが、川の上に建ってるだけあって迷宮内はジメジメとしている。最近環境に戻ったとはいえ、ちょっと順応が早すぎやしないだろうか?
「ちょっと暗いわね。光よ、照らせ!」
母さんが魔法を唱えて光を灯す。
「……ん??」
「どうしたのディーくん」
「ねえ母さん、それ魔法だよね?」
「ええ。そうよ。何をいまさら」
俺はある事を思い出した。
アンカー教授は過去に一度命を落としたが、空の迷宮にて『身代わりのアミュレット』という復活アイテムのおかげで生き返ることができた。
その副作用として体内のマナが乱れ、魔法が使えなくなるのだ。
「空の迷宮へ向かう時に開けてもらった時も違和感がなかったから気が付かなかったけど、どうして母さんが魔法を使えるの!?」
「……あー」
母さんは突然その姿がドロドロに溶けだし、迷宮の床に吸い込まれていった。
「――師匠!?」
『ふふふ。もうちょっとだったんだけどなぁ』
くぐもった声は、しかし確かに母さんの声だ。
「母さん!? 母さんなのか!?」
『ディーくん、知りたければ早くこっちにいらっしゃい』
くそ、何がどうなってるってんだ!?
「ディグちゃん――」
「……大丈夫。きっと」
俺は根拠のない励ましでしかなかったが、マイナさんにそう言うだけで不思議と大丈夫な気がしてきた。
「何がどう転ぶかわからないから、まずはできることをしようって話になったんだ」
ギルドは全面的にクリストリスを勇者として迎え、しかしその解決はギルドが全面的にバックアップするという形をとった。
そう思って、ある意味で俺たちの盛り部屋もある教授の家に住み着く『迷宮喰らい』のこいつにも、少しは話をして置こうとやってきたわけで。
「ギルドからの依頼、という形で各地の探索者に働きかけて、迷宮を保護・モンスターの駆除・あるいは活動の手助けなどなど。持ちつ持たれつ関係を明確にするわけさ」
『それで本当に大丈夫?』
俺は俺の知り合いの迷宮やマイスター仲間に声をかけて、ひとつでも多くの迷宮を仲間に引き込む作戦を命じられた。まずはやっぱりゼツリンだ。
「そんなのわかんねぇよ。けど、ランビルド? か魔王? に靡かないようにしてもらうには、こんなことくらいしか思いつかないんだ」
『まあ…… 身近な隣人が人間であると認識すれば魔王の呼びかけには応えなくはなるだろうけど……』
ゼツリンはそっと俺の肩に腕をかける。
『君が直々に関係を持てばいいじゃないか。「迷宮たらし」の名が泣くぞ?』
「それ学園長さんにも言われたよ…… けど、今の俺が『はいはい』と出るわけにもいかないんだよ」
もちろん俺じゃなきゃだめだ、という案件でもあればもちろん足を運ぶんだが、俺のやり方が必ずしも迷宮の求めることを満たすことができるか、疑問が残る。
『なんでさ? 君のテク結構イケるよ?』
「それをするな、って言われたんだよ! 人相手ならまだしも、迷宮とセックスすると勇者の力が迷宮に渡って、魔王の餌食になる可能性を生むんだってさ。そういう意味ではお前も危ないんだぞ、ゼツリン」
『迷宮の心配してる場合じゃないんじゃない? 普通の人は迷宮とコトを構えたくてもできないよ』
ケラケラと俺を笑うゼツリンは心から楽しそうだ。俺だってどうしてこうなったか教えてほしい。
「おお、ディグラッド君。ここにいたのか」
「あ、教授、どうしたんですか?」
「君を探していたんだよ。研究室にもいないから…… ちょっとやっかいな迷宮が見つかってね。早急に向かって欲しいんだ」
教授はいくつかの資料を俺に渡してきたのでざっと目を通すと、どことなく見覚えのある迷宮がチラチラとあるのに気が付いた。
「ここ、確かケミーさんたちと一緒に行った迷宮が近くにありませんでしたっけ?」
「その通りだ。確か、『オネショタの迷宮』と言ったか」
『相変わらず名前がひどいな』
「うっせ。でも、この辺って確か平野になってたし、こんな起伏なんかなかったですよ?」
しかし教授は『もう忘れたのか』と言いたげに肩を落として答えた。
「『空の迷宮』が解放されて、一部の迷宮に機能と環境が戻っただろ。その一つだ」
「あ! そういえば」
「しかも、どうやら人が行き来できないだけで迷宮自体はずっと地面の下にあったらしい。今回の大地殻変動で入り口がぽっかり現れたらしいんだよ」
「てことは、子迷宮か、孫迷宮ってことですね」
だが俺のその言葉にも教授は難色を示す。どうも今日の俺は勘が冴えないようだ。
「作りからして、ちょうど魔王がいた時代に近いらしい。それ以上調べようにも、迷宮に入れないんだ。頼む」
◇
「――ディグちゃんに転送円開けてもらうの、新鮮だね」
「それは勇者の力? それとも迷宮の力? 何にせよ、息子が何でもできると気持ちがいいわ~」
後日、ギルドからの要請という形で俺はまたヴァルハード平野にやってきた。
今度はオネショタの迷宮にアクセスする形で転送円を開放した。途中ケミーさんがすごく興奮してたけど、あえて俺はそれ以上討触れないようにそっと距離を取った。
「じゃあ、わたくしはオネショタくんが気になる…… じゃない、情報収集に行ってくるから」
「はーい、気を付けて!」
今回は色々あって祠救出組、そしてケミーさんと組んでやってきた。ベルは最後までダダをこねてたが、現状錬金術師が別件で必要と言われて、仕方なくの別行動だ。事実上ウチのパーティにおけるナンバー2だからしょうがない。
「で、目的の迷宮は?」
「えーと、あの辺に入り口があるらしいんだけど、見える?」
母さんが資料を見ながら指差す先には、川の間に大きな塔が建っている。もちろん初めて見る建物だ。
「あの辺はただの草原だったのに、地形もかなり変わってるな」
「――いけそう?」
「行ったことない迷宮へは流石に無理だよ。近くまで歩きだね」
「まあ、仕方ないわ。気をつけていきましょう」
以前に見たヴァルハード川の付近はほぼ真っ平らだったのが、かつての『空の迷宮』へ向けてなだらかな山道へと姿を変えたこの地域は、以前よりも植物の様相が変わり、空気も少しジメッとした環境に変わっていた。
「滑りやすくなってるかも。大丈夫?」
「――うん」
すっ転びそうな場所ではマイナさんの動きに注意しながら進む。その様子を母さんが不思議そうに見ながらつぶやいた。
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「!? っとっ!!」
思わず俺が足を滑らせる。バランスを崩した時点でマイナさんが俺の腰を支えてくれたので、すんでのところで持ちこたえた。
「か、母さん…… あのね」
「多分、私―― じゃないと思う」
「あら、なんでそう思うのマイナちゃん」
「ディグちゃんは優しいから―― 私の我儘に付き合ってくれてるの」
「マイナさん! そんなことないよ!」
「いいのいいのディーくん。たまたま我が家が一父一母だから、数の偏りに敏感なのはわかってるわ」
「う、そ、そういうわけでも」
母さんはなぜか俺に歩み寄り、力いっぱいハグしてきた。
「母さんね、一番ディーくんを抱きしめたい年の頃に『ああ』なったでしょ? だから、好きな人を作ることに臆病になってないか心配だったの」
思わず体が硬直する。
忘れるわけがない。大好きな母さんとマイナ姉さんが、突然二度と会えなくなった日のこと。
「ディーくんが崩落した岩の下敷きになった私たちを助けるために、三日三晩あの祠から動かなかったって聞いた時には、嬉しさよりも辛さがあったんだからね」
「そ、そんなことあったかな」
うん、全く覚えてない。
崩落しきった次の記憶は、左手が包帯ぐるぐる巻きになったベルを抱きしめている所だったと思う。直前の光景が色濃く残っているからこそ前後があいまいなのは仕方ないんじゃないかな?
それでも最近はあまり強く思い出さなくなっている。それこそ、ベルやマイナさんたちのおかげだと確信しているわけで。
「父さんはああでしょ? そもそも誰かと結婚すること自体考えてなかったって言ってるし、私も正直誰かを好きになるなんて思ってもみなかったわ」
母さんはハグした腕を緩め、そっと俺の顔を両手で包む。そのまま視線を合わせてにこっと微笑むと、おでこに軽くキスをしてきた。
「でもね、ディーくんに会えたことは人生で一番素敵なことだと思った。私の選択は間違ってなかったんだ、って思わせてくれたのよ。だから、ディーくんも自分を信じて、自分の選択に自信を持ってほしい」
「――ディグちゃんはかわいいし、かっこいいし、強いし、何でもできる」
「うん。母親の私が保証するわ。好きなだけ好きな人を作って、好きなだけ愛を育みなさい」
「う、うん……」
まあ、口だけ「浮気しない」という裏で他の異性と付き合うクズではない、はずだけど、やっぱり複数同時は色々ぶっ壊れるんだよなぁ……
「ディグちゃん――」
マイナさんが今度は俺の手を取る。そっと包むように、だけど振り払えないほど強く。
「ベルとも約束したの。――もう、一人で突っ走らせないからね」
「は、はい」
「まあ、それはそれとして」
「えっ」
その後目的地に着くまで、俺は二人から妙な角度からの攻撃を繰り出され続けた。
マイナさんからは、ベルや他の女性陣からの行動の意味、言葉の裏側、女心の解き方など。
母さんからは親として、子を持つことへの責任感、なによりラスキーさんの性格や行動パターンをみっちり教えられた。
「これが、嫁と姑のタッグ攻撃なのか……」
「――こんなの序の口。まだ知ってほしい事たくさんある」
「一人でも大変なんだから、ディーくんは人数分覚えることが多いんだから、覚悟してもらわないとね」
早く! 目的地早くついてくれ!!!
「!?」
この、脳裏にノイズが走る感覚―― モンスターか!?
「――モンスター!? 風よ、疾く舞え!」
俺とほぼ変わらない速度で敵を察知したマイナさんが、素早い反応でモンスターへ警戒攻撃を放つ。
「グェッ!?」
が、その攻撃が届くより早くモンスターが絶命する。
「んー、反応まではいいんだけど行動に移すのが遅いわよ、二人とも」
「え!? もう仕留めたの!??」
「――うん、もう動かない」
流石は元最強パーティメンバー。
「さ、急ぎましょ。早く孫の顔もちゃんと見たいしね~」
こんな感じで道中は全く危なげなく進み、気持ちとしては結構歩いた末の到着となった。
「近くで見ると結構大きいな、これ」
「先見隊によると、川の水量を調整する機能を持たせた環境型迷宮なんだけど、中央の調整塔にやたら強いモンスターが住み着いてるみたい。中には入れないから探査魔法による調査で終わってるから詳細は入ってみないとわからないわね」
母さんが資料を読み上げる。
その「やたら強いモンスター」というのが引っかかるが、どうやらもとは水門の機能を持った迷宮ということだろうか。
「変ね? 人の生活に深く関わる迷宮なんて珍しいわ」
「私もそう思う―― モンスターと何か関係があるのかな?」
「なくはないんじゃない? 元々水門自体はあって、そこに迷宮ができたとか」
「うーん、人工物に迷宮が宿ること自体が珍しいのよ。しかも、最近までなかったってことは水門自体が迷宮として認識されてたわけでしょ? だから吸収されてたわけだし」
「あ、そうか……」
そうはいってもこのままじゃあ何もわからない。
「とりあえず、中央の大きな建物に行ってみよう」
「はいはーい」
「――うん」
ヴァルハード川は現在とても広い面積と、とても深い渓谷とが入り組んだ、非常に立体的な川になっている。
この迷宮が建っている部分は川の面積が広い方で、かつ非常に水深が深い。濁っているわけでもないのに外からでは川底が見えないのだ。
「で、この入り口と」
川をまたぐように建つ橋のごとくたたずむそれは、一見すると迷宮にすら見えない。
しかし入り口にはしっかりと鍵がかけられており、何人たりとも侵入を許さないと言わんばかりに扉は開く気配がない。
「さ、ディーくん」
「はいはい、と」
俺は扉を前にそっと神経を集中する。ひんやりとした扉は鉱物でできているようで、重さと頑丈さを兼ね備えている。力任せに開かないのはもちろんだが、ある程度の魔法攻撃にも耐性があるように感じる。
つまり、マナが通っているのだ。
「まあ、今の俺なら」
俺は魔庫破りを取り出して扉の鍵穴に差し込む。魔庫破りはじわじわと鍵穴になじむように侵入し、あらゆる解錠パターンを検索していく。
そしてしばらく待つと『ガシャン!』と大きな金属音を立てて扉が開かれた。
「さっすが!」
「――お見事」
早速中に入るが、川の上に建ってるだけあって迷宮内はジメジメとしている。最近環境に戻ったとはいえ、ちょっと順応が早すぎやしないだろうか?
「ちょっと暗いわね。光よ、照らせ!」
母さんが魔法を唱えて光を灯す。
「……ん??」
「どうしたのディーくん」
「ねえ母さん、それ魔法だよね?」
「ええ。そうよ。何をいまさら」
俺はある事を思い出した。
アンカー教授は過去に一度命を落としたが、空の迷宮にて『身代わりのアミュレット』という復活アイテムのおかげで生き返ることができた。
その副作用として体内のマナが乱れ、魔法が使えなくなるのだ。
「空の迷宮へ向かう時に開けてもらった時も違和感がなかったから気が付かなかったけど、どうして母さんが魔法を使えるの!?」
「……あー」
母さんは突然その姿がドロドロに溶けだし、迷宮の床に吸い込まれていった。
「――師匠!?」
『ふふふ。もうちょっとだったんだけどなぁ』
くぐもった声は、しかし確かに母さんの声だ。
「母さん!? 母さんなのか!?」
『ディーくん、知りたければ早くこっちにいらっしゃい』
くそ、何がどうなってるってんだ!?
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昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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