66 / 83
第4殿 迷宮の向こう側へ
第62洞 不確かな記憶
しおりを挟む
『他の迷宮が騒がしいと思ったら、そんな事を』
「何がどう転ぶかわからないから、まずはできることをしようって話になったんだ」
ギルドは全面的にクリストリスを勇者として迎え、しかしその解決はギルドが全面的にバックアップするという形をとった。
そう思って、ある意味で俺たちの盛り部屋もある教授の家に住み着く『迷宮喰らい』のこいつにも、少しは話をして置こうとやってきたわけで。
「ギルドからの依頼、という形で各地の探索者に働きかけて、迷宮を保護・モンスターの駆除・あるいは活動の手助けなどなど。持ちつ持たれつ関係を明確にするわけさ」
『それで本当に大丈夫?』
俺は俺の知り合いの迷宮やマイスター仲間に声をかけて、ひとつでも多くの迷宮を仲間に引き込む作戦を命じられた。まずはやっぱりゼツリンだ。
「そんなのわかんねぇよ。けど、ランビルド? か魔王? に靡かないようにしてもらうには、こんなことくらいしか思いつかないんだ」
『まあ…… 身近な隣人が人間であると認識すれば魔王の呼びかけには応えなくはなるだろうけど……』
ゼツリンはそっと俺の肩に腕をかける。
『君が直々に関係を持てばいいじゃないか。「迷宮たらし」の名が泣くぞ?』
「それ学園長さんにも言われたよ…… けど、今の俺が『はいはい』と出るわけにもいかないんだよ」
もちろん俺じゃなきゃだめだ、という案件でもあればもちろん足を運ぶんだが、俺のやり方が必ずしも迷宮の求めることを満たすことができるか、疑問が残る。
『なんでさ? 君のテク結構イケるよ?』
「それをするな、って言われたんだよ! 人相手ならまだしも、迷宮とセックスすると勇者の力が迷宮に渡って、魔王の餌食になる可能性を生むんだってさ。そういう意味ではお前も危ないんだぞ、ゼツリン」
『迷宮の心配してる場合じゃないんじゃない? 普通の人は迷宮とコトを構えたくてもできないよ』
ケラケラと俺を笑うゼツリンは心から楽しそうだ。俺だってどうしてこうなったか教えてほしい。
「おお、ディグラッド君。ここにいたのか」
「あ、教授、どうしたんですか?」
「君を探していたんだよ。研究室にもいないから…… ちょっとやっかいな迷宮が見つかってね。早急に向かって欲しいんだ」
教授はいくつかの資料を俺に渡してきたのでざっと目を通すと、どことなく見覚えのある迷宮がチラチラとあるのに気が付いた。
「ここ、確かケミーさんたちと一緒に行った迷宮が近くにありませんでしたっけ?」
「その通りだ。確か、『オネショタの迷宮』と言ったか」
『相変わらず名前がひどいな』
「うっせ。でも、この辺って確か平野になってたし、こんな起伏なんかなかったですよ?」
しかし教授は『もう忘れたのか』と言いたげに肩を落として答えた。
「『空の迷宮』が解放されて、一部の迷宮に機能と環境が戻っただろ。その一つだ」
「あ! そういえば」
「しかも、どうやら人が行き来できないだけで迷宮自体はずっと地面の下にあったらしい。今回の大地殻変動で入り口がぽっかり現れたらしいんだよ」
「てことは、子迷宮か、孫迷宮ってことですね」
だが俺のその言葉にも教授は難色を示す。どうも今日の俺は勘が冴えないようだ。
「作りからして、ちょうど魔王がいた時代に近いらしい。それ以上調べようにも、迷宮に入れないんだ。頼む」
◇
「――ディグちゃんに転送円開けてもらうの、新鮮だね」
「それは勇者の力? それとも迷宮の力? 何にせよ、息子が何でもできると気持ちがいいわ~」
後日、ギルドからの要請という形で俺はまたヴァルハード平野にやってきた。
今度はオネショタの迷宮にアクセスする形で転送円を開放した。途中ケミーさんがすごく興奮してたけど、あえて俺はそれ以上討触れないようにそっと距離を取った。
「じゃあ、わたくしはオネショタくんが気になる…… じゃない、情報収集に行ってくるから」
「はーい、気を付けて!」
今回は色々あって祠救出組、そしてケミーさんと組んでやってきた。ベルは最後までダダをこねてたが、現状錬金術師が別件で必要と言われて、仕方なくの別行動だ。事実上ウチのパーティにおけるナンバー2だからしょうがない。
「で、目的の迷宮は?」
「えーと、あの辺に入り口があるらしいんだけど、見える?」
母さんが資料を見ながら指差す先には、川の間に大きな塔が建っている。もちろん初めて見る建物だ。
「あの辺はただの草原だったのに、地形もかなり変わってるな」
「――いけそう?」
「行ったことない迷宮へは流石に無理だよ。近くまで歩きだね」
「まあ、仕方ないわ。気をつけていきましょう」
以前に見たヴァルハード川の付近はほぼ真っ平らだったのが、かつての『空の迷宮』へ向けてなだらかな山道へと姿を変えたこの地域は、以前よりも植物の様相が変わり、空気も少しジメッとした環境に変わっていた。
「滑りやすくなってるかも。大丈夫?」
「――うん」
すっ転びそうな場所ではマイナさんの動きに注意しながら進む。その様子を母さんが不思議そうに見ながらつぶやいた。
「ねえ、ディーくんは誰が本命なの?」
「!? っとっ!!」
思わず俺が足を滑らせる。バランスを崩した時点でマイナさんが俺の腰を支えてくれたので、すんでのところで持ちこたえた。
「か、母さん…… あのね」
「多分、私―― じゃないと思う」
「あら、なんでそう思うのマイナちゃん」
「ディグちゃんは優しいから―― 私の我儘に付き合ってくれてるの」
「マイナさん! そんなことないよ!」
「いいのいいのディーくん。たまたま我が家が一父一母だから、数の偏りに敏感なのはわかってるわ」
「う、そ、そういうわけでも」
母さんはなぜか俺に歩み寄り、力いっぱいハグしてきた。
「母さんね、一番ディーくんを抱きしめたい年の頃に『ああ』なったでしょ? だから、好きな人を作ることに臆病になってないか心配だったの」
思わず体が硬直する。
忘れるわけがない。大好きな母さんとマイナ姉さんが、突然二度と会えなくなった日のこと。
「ディーくんが崩落した岩の下敷きになった私たちを助けるために、三日三晩あの祠から動かなかったって聞いた時には、嬉しさよりも辛さがあったんだからね」
「そ、そんなことあったかな」
うん、全く覚えてない。
崩落しきった次の記憶は、左手が包帯ぐるぐる巻きになったベルを抱きしめている所だったと思う。直前の光景が色濃く残っているからこそ前後があいまいなのは仕方ないんじゃないかな?
それでも最近はあまり強く思い出さなくなっている。それこそ、ベルやマイナさんたちのおかげだと確信しているわけで。
「父さんはああでしょ? そもそも誰かと結婚すること自体考えてなかったって言ってるし、私も正直誰かを好きになるなんて思ってもみなかったわ」
母さんはハグした腕を緩め、そっと俺の顔を両手で包む。そのまま視線を合わせてにこっと微笑むと、おでこに軽くキスをしてきた。
「でもね、ディーくんに会えたことは人生で一番素敵なことだと思った。私の選択は間違ってなかったんだ、って思わせてくれたのよ。だから、ディーくんも自分を信じて、自分の選択に自信を持ってほしい」
「――ディグちゃんはかわいいし、かっこいいし、強いし、何でもできる」
「うん。母親の私が保証するわ。好きなだけ好きな人を作って、好きなだけ愛を育みなさい」
「う、うん……」
まあ、口だけ「浮気しない」という裏で他の異性と付き合うクズではない、はずだけど、やっぱり複数同時は色々ぶっ壊れるんだよなぁ……
「ディグちゃん――」
マイナさんが今度は俺の手を取る。そっと包むように、だけど振り払えないほど強く。
「ベルとも約束したの。――もう、一人で突っ走らせないからね」
「は、はい」
「まあ、それはそれとして」
「えっ」
その後目的地に着くまで、俺は二人から妙な角度からの攻撃を繰り出され続けた。
マイナさんからは、ベルや他の女性陣からの行動の意味、言葉の裏側、女心の解き方など。
母さんからは親として、子を持つことへの責任感、なによりラスキーさんの性格や行動パターンをみっちり教えられた。
「これが、嫁と姑のタッグ攻撃なのか……」
「――こんなの序の口。まだ知ってほしい事たくさんある」
「一人でも大変なんだから、ディーくんは人数分覚えることが多いんだから、覚悟してもらわないとね」
早く! 目的地早くついてくれ!!!
「!?」
この、脳裏にノイズが走る感覚―― モンスターか!?
「――モンスター!? 風よ、疾く舞え!」
俺とほぼ変わらない速度で敵を察知したマイナさんが、素早い反応でモンスターへ警戒攻撃を放つ。
「グェッ!?」
が、その攻撃が届くより早くモンスターが絶命する。
「んー、反応まではいいんだけど行動に移すのが遅いわよ、二人とも」
「え!? もう仕留めたの!??」
「――うん、もう動かない」
流石は元最強パーティメンバー。
「さ、急ぎましょ。早く孫の顔もちゃんと見たいしね~」
こんな感じで道中は全く危なげなく進み、気持ちとしては結構歩いた末の到着となった。
「近くで見ると結構大きいな、これ」
「先見隊によると、川の水量を調整する機能を持たせた環境型迷宮なんだけど、中央の調整塔にやたら強いモンスターが住み着いてるみたい。中には入れないから探査魔法による調査で終わってるから詳細は入ってみないとわからないわね」
母さんが資料を読み上げる。
その「やたら強いモンスター」というのが引っかかるが、どうやらもとは水門の機能を持った迷宮ということだろうか。
「変ね? 人の生活に深く関わる迷宮なんて珍しいわ」
「私もそう思う―― モンスターと何か関係があるのかな?」
「なくはないんじゃない? 元々水門自体はあって、そこに迷宮ができたとか」
「うーん、人工物に迷宮が宿ること自体が珍しいのよ。しかも、最近までなかったってことは水門自体が迷宮として認識されてたわけでしょ? だから吸収されてたわけだし」
「あ、そうか……」
そうはいってもこのままじゃあ何もわからない。
「とりあえず、中央の大きな建物に行ってみよう」
「はいはーい」
「――うん」
ヴァルハード川は現在とても広い面積と、とても深い渓谷とが入り組んだ、非常に立体的な川になっている。
この迷宮が建っている部分は川の面積が広い方で、かつ非常に水深が深い。濁っているわけでもないのに外からでは川底が見えないのだ。
「で、この入り口と」
川をまたぐように建つ橋のごとくたたずむそれは、一見すると迷宮にすら見えない。
しかし入り口にはしっかりと鍵がかけられており、何人たりとも侵入を許さないと言わんばかりに扉は開く気配がない。
「さ、ディーくん」
「はいはい、と」
俺は扉を前にそっと神経を集中する。ひんやりとした扉は鉱物でできているようで、重さと頑丈さを兼ね備えている。力任せに開かないのはもちろんだが、ある程度の魔法攻撃にも耐性があるように感じる。
つまり、マナが通っているのだ。
「まあ、今の俺なら」
俺は魔庫破りを取り出して扉の鍵穴に差し込む。魔庫破りはじわじわと鍵穴になじむように侵入し、あらゆる解錠パターンを検索していく。
そしてしばらく待つと『ガシャン!』と大きな金属音を立てて扉が開かれた。
「さっすが!」
「――お見事」
早速中に入るが、川の上に建ってるだけあって迷宮内はジメジメとしている。最近環境に戻ったとはいえ、ちょっと順応が早すぎやしないだろうか?
「ちょっと暗いわね。光よ、照らせ!」
母さんが魔法を唱えて光を灯す。
「……ん??」
「どうしたのディーくん」
「ねえ母さん、それ魔法だよね?」
「ええ。そうよ。何をいまさら」
俺はある事を思い出した。
アンカー教授は過去に一度命を落としたが、空の迷宮にて『身代わりのアミュレット』という復活アイテムのおかげで生き返ることができた。
その副作用として体内のマナが乱れ、魔法が使えなくなるのだ。
「空の迷宮へ向かう時に開けてもらった時も違和感がなかったから気が付かなかったけど、どうして母さんが魔法を使えるの!?」
「……あー」
母さんは突然その姿がドロドロに溶けだし、迷宮の床に吸い込まれていった。
「――師匠!?」
『ふふふ。もうちょっとだったんだけどなぁ』
くぐもった声は、しかし確かに母さんの声だ。
「母さん!? 母さんなのか!?」
『ディーくん、知りたければ早くこっちにいらっしゃい』
くそ、何がどうなってるってんだ!?
「ディグちゃん――」
「……大丈夫。きっと」
俺は根拠のない励ましでしかなかったが、マイナさんにそう言うだけで不思議と大丈夫な気がしてきた。
「何がどう転ぶかわからないから、まずはできることをしようって話になったんだ」
ギルドは全面的にクリストリスを勇者として迎え、しかしその解決はギルドが全面的にバックアップするという形をとった。
そう思って、ある意味で俺たちの盛り部屋もある教授の家に住み着く『迷宮喰らい』のこいつにも、少しは話をして置こうとやってきたわけで。
「ギルドからの依頼、という形で各地の探索者に働きかけて、迷宮を保護・モンスターの駆除・あるいは活動の手助けなどなど。持ちつ持たれつ関係を明確にするわけさ」
『それで本当に大丈夫?』
俺は俺の知り合いの迷宮やマイスター仲間に声をかけて、ひとつでも多くの迷宮を仲間に引き込む作戦を命じられた。まずはやっぱりゼツリンだ。
「そんなのわかんねぇよ。けど、ランビルド? か魔王? に靡かないようにしてもらうには、こんなことくらいしか思いつかないんだ」
『まあ…… 身近な隣人が人間であると認識すれば魔王の呼びかけには応えなくはなるだろうけど……』
ゼツリンはそっと俺の肩に腕をかける。
『君が直々に関係を持てばいいじゃないか。「迷宮たらし」の名が泣くぞ?』
「それ学園長さんにも言われたよ…… けど、今の俺が『はいはい』と出るわけにもいかないんだよ」
もちろん俺じゃなきゃだめだ、という案件でもあればもちろん足を運ぶんだが、俺のやり方が必ずしも迷宮の求めることを満たすことができるか、疑問が残る。
『なんでさ? 君のテク結構イケるよ?』
「それをするな、って言われたんだよ! 人相手ならまだしも、迷宮とセックスすると勇者の力が迷宮に渡って、魔王の餌食になる可能性を生むんだってさ。そういう意味ではお前も危ないんだぞ、ゼツリン」
『迷宮の心配してる場合じゃないんじゃない? 普通の人は迷宮とコトを構えたくてもできないよ』
ケラケラと俺を笑うゼツリンは心から楽しそうだ。俺だってどうしてこうなったか教えてほしい。
「おお、ディグラッド君。ここにいたのか」
「あ、教授、どうしたんですか?」
「君を探していたんだよ。研究室にもいないから…… ちょっとやっかいな迷宮が見つかってね。早急に向かって欲しいんだ」
教授はいくつかの資料を俺に渡してきたのでざっと目を通すと、どことなく見覚えのある迷宮がチラチラとあるのに気が付いた。
「ここ、確かケミーさんたちと一緒に行った迷宮が近くにありませんでしたっけ?」
「その通りだ。確か、『オネショタの迷宮』と言ったか」
『相変わらず名前がひどいな』
「うっせ。でも、この辺って確か平野になってたし、こんな起伏なんかなかったですよ?」
しかし教授は『もう忘れたのか』と言いたげに肩を落として答えた。
「『空の迷宮』が解放されて、一部の迷宮に機能と環境が戻っただろ。その一つだ」
「あ! そういえば」
「しかも、どうやら人が行き来できないだけで迷宮自体はずっと地面の下にあったらしい。今回の大地殻変動で入り口がぽっかり現れたらしいんだよ」
「てことは、子迷宮か、孫迷宮ってことですね」
だが俺のその言葉にも教授は難色を示す。どうも今日の俺は勘が冴えないようだ。
「作りからして、ちょうど魔王がいた時代に近いらしい。それ以上調べようにも、迷宮に入れないんだ。頼む」
◇
「――ディグちゃんに転送円開けてもらうの、新鮮だね」
「それは勇者の力? それとも迷宮の力? 何にせよ、息子が何でもできると気持ちがいいわ~」
後日、ギルドからの要請という形で俺はまたヴァルハード平野にやってきた。
今度はオネショタの迷宮にアクセスする形で転送円を開放した。途中ケミーさんがすごく興奮してたけど、あえて俺はそれ以上討触れないようにそっと距離を取った。
「じゃあ、わたくしはオネショタくんが気になる…… じゃない、情報収集に行ってくるから」
「はーい、気を付けて!」
今回は色々あって祠救出組、そしてケミーさんと組んでやってきた。ベルは最後までダダをこねてたが、現状錬金術師が別件で必要と言われて、仕方なくの別行動だ。事実上ウチのパーティにおけるナンバー2だからしょうがない。
「で、目的の迷宮は?」
「えーと、あの辺に入り口があるらしいんだけど、見える?」
母さんが資料を見ながら指差す先には、川の間に大きな塔が建っている。もちろん初めて見る建物だ。
「あの辺はただの草原だったのに、地形もかなり変わってるな」
「――いけそう?」
「行ったことない迷宮へは流石に無理だよ。近くまで歩きだね」
「まあ、仕方ないわ。気をつけていきましょう」
以前に見たヴァルハード川の付近はほぼ真っ平らだったのが、かつての『空の迷宮』へ向けてなだらかな山道へと姿を変えたこの地域は、以前よりも植物の様相が変わり、空気も少しジメッとした環境に変わっていた。
「滑りやすくなってるかも。大丈夫?」
「――うん」
すっ転びそうな場所ではマイナさんの動きに注意しながら進む。その様子を母さんが不思議そうに見ながらつぶやいた。
「ねえ、ディーくんは誰が本命なの?」
「!? っとっ!!」
思わず俺が足を滑らせる。バランスを崩した時点でマイナさんが俺の腰を支えてくれたので、すんでのところで持ちこたえた。
「か、母さん…… あのね」
「多分、私―― じゃないと思う」
「あら、なんでそう思うのマイナちゃん」
「ディグちゃんは優しいから―― 私の我儘に付き合ってくれてるの」
「マイナさん! そんなことないよ!」
「いいのいいのディーくん。たまたま我が家が一父一母だから、数の偏りに敏感なのはわかってるわ」
「う、そ、そういうわけでも」
母さんはなぜか俺に歩み寄り、力いっぱいハグしてきた。
「母さんね、一番ディーくんを抱きしめたい年の頃に『ああ』なったでしょ? だから、好きな人を作ることに臆病になってないか心配だったの」
思わず体が硬直する。
忘れるわけがない。大好きな母さんとマイナ姉さんが、突然二度と会えなくなった日のこと。
「ディーくんが崩落した岩の下敷きになった私たちを助けるために、三日三晩あの祠から動かなかったって聞いた時には、嬉しさよりも辛さがあったんだからね」
「そ、そんなことあったかな」
うん、全く覚えてない。
崩落しきった次の記憶は、左手が包帯ぐるぐる巻きになったベルを抱きしめている所だったと思う。直前の光景が色濃く残っているからこそ前後があいまいなのは仕方ないんじゃないかな?
それでも最近はあまり強く思い出さなくなっている。それこそ、ベルやマイナさんたちのおかげだと確信しているわけで。
「父さんはああでしょ? そもそも誰かと結婚すること自体考えてなかったって言ってるし、私も正直誰かを好きになるなんて思ってもみなかったわ」
母さんはハグした腕を緩め、そっと俺の顔を両手で包む。そのまま視線を合わせてにこっと微笑むと、おでこに軽くキスをしてきた。
「でもね、ディーくんに会えたことは人生で一番素敵なことだと思った。私の選択は間違ってなかったんだ、って思わせてくれたのよ。だから、ディーくんも自分を信じて、自分の選択に自信を持ってほしい」
「――ディグちゃんはかわいいし、かっこいいし、強いし、何でもできる」
「うん。母親の私が保証するわ。好きなだけ好きな人を作って、好きなだけ愛を育みなさい」
「う、うん……」
まあ、口だけ「浮気しない」という裏で他の異性と付き合うクズではない、はずだけど、やっぱり複数同時は色々ぶっ壊れるんだよなぁ……
「ディグちゃん――」
マイナさんが今度は俺の手を取る。そっと包むように、だけど振り払えないほど強く。
「ベルとも約束したの。――もう、一人で突っ走らせないからね」
「は、はい」
「まあ、それはそれとして」
「えっ」
その後目的地に着くまで、俺は二人から妙な角度からの攻撃を繰り出され続けた。
マイナさんからは、ベルや他の女性陣からの行動の意味、言葉の裏側、女心の解き方など。
母さんからは親として、子を持つことへの責任感、なによりラスキーさんの性格や行動パターンをみっちり教えられた。
「これが、嫁と姑のタッグ攻撃なのか……」
「――こんなの序の口。まだ知ってほしい事たくさんある」
「一人でも大変なんだから、ディーくんは人数分覚えることが多いんだから、覚悟してもらわないとね」
早く! 目的地早くついてくれ!!!
「!?」
この、脳裏にノイズが走る感覚―― モンスターか!?
「――モンスター!? 風よ、疾く舞え!」
俺とほぼ変わらない速度で敵を察知したマイナさんが、素早い反応でモンスターへ警戒攻撃を放つ。
「グェッ!?」
が、その攻撃が届くより早くモンスターが絶命する。
「んー、反応まではいいんだけど行動に移すのが遅いわよ、二人とも」
「え!? もう仕留めたの!??」
「――うん、もう動かない」
流石は元最強パーティメンバー。
「さ、急ぎましょ。早く孫の顔もちゃんと見たいしね~」
こんな感じで道中は全く危なげなく進み、気持ちとしては結構歩いた末の到着となった。
「近くで見ると結構大きいな、これ」
「先見隊によると、川の水量を調整する機能を持たせた環境型迷宮なんだけど、中央の調整塔にやたら強いモンスターが住み着いてるみたい。中には入れないから探査魔法による調査で終わってるから詳細は入ってみないとわからないわね」
母さんが資料を読み上げる。
その「やたら強いモンスター」というのが引っかかるが、どうやらもとは水門の機能を持った迷宮ということだろうか。
「変ね? 人の生活に深く関わる迷宮なんて珍しいわ」
「私もそう思う―― モンスターと何か関係があるのかな?」
「なくはないんじゃない? 元々水門自体はあって、そこに迷宮ができたとか」
「うーん、人工物に迷宮が宿ること自体が珍しいのよ。しかも、最近までなかったってことは水門自体が迷宮として認識されてたわけでしょ? だから吸収されてたわけだし」
「あ、そうか……」
そうはいってもこのままじゃあ何もわからない。
「とりあえず、中央の大きな建物に行ってみよう」
「はいはーい」
「――うん」
ヴァルハード川は現在とても広い面積と、とても深い渓谷とが入り組んだ、非常に立体的な川になっている。
この迷宮が建っている部分は川の面積が広い方で、かつ非常に水深が深い。濁っているわけでもないのに外からでは川底が見えないのだ。
「で、この入り口と」
川をまたぐように建つ橋のごとくたたずむそれは、一見すると迷宮にすら見えない。
しかし入り口にはしっかりと鍵がかけられており、何人たりとも侵入を許さないと言わんばかりに扉は開く気配がない。
「さ、ディーくん」
「はいはい、と」
俺は扉を前にそっと神経を集中する。ひんやりとした扉は鉱物でできているようで、重さと頑丈さを兼ね備えている。力任せに開かないのはもちろんだが、ある程度の魔法攻撃にも耐性があるように感じる。
つまり、マナが通っているのだ。
「まあ、今の俺なら」
俺は魔庫破りを取り出して扉の鍵穴に差し込む。魔庫破りはじわじわと鍵穴になじむように侵入し、あらゆる解錠パターンを検索していく。
そしてしばらく待つと『ガシャン!』と大きな金属音を立てて扉が開かれた。
「さっすが!」
「――お見事」
早速中に入るが、川の上に建ってるだけあって迷宮内はジメジメとしている。最近環境に戻ったとはいえ、ちょっと順応が早すぎやしないだろうか?
「ちょっと暗いわね。光よ、照らせ!」
母さんが魔法を唱えて光を灯す。
「……ん??」
「どうしたのディーくん」
「ねえ母さん、それ魔法だよね?」
「ええ。そうよ。何をいまさら」
俺はある事を思い出した。
アンカー教授は過去に一度命を落としたが、空の迷宮にて『身代わりのアミュレット』という復活アイテムのおかげで生き返ることができた。
その副作用として体内のマナが乱れ、魔法が使えなくなるのだ。
「空の迷宮へ向かう時に開けてもらった時も違和感がなかったから気が付かなかったけど、どうして母さんが魔法を使えるの!?」
「……あー」
母さんは突然その姿がドロドロに溶けだし、迷宮の床に吸い込まれていった。
「――師匠!?」
『ふふふ。もうちょっとだったんだけどなぁ』
くぐもった声は、しかし確かに母さんの声だ。
「母さん!? 母さんなのか!?」
『ディーくん、知りたければ早くこっちにいらっしゃい』
くそ、何がどうなってるってんだ!?
「ディグちゃん――」
「……大丈夫。きっと」
俺は根拠のない励ましでしかなかったが、マイナさんにそう言うだけで不思議と大丈夫な気がしてきた。
1
あなたにおすすめの小説
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
タイム連打ってなんだよ(困惑)
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
「リオ、お前をパーティから追放する。お前のようなハズレスキルのザコは足手まといなんだよ」
王都の冒険者ギルドにて、若手冒険者のリオは、リーダーの身勝手な都合によってパーティから追い出されてしまい、同時に後宮では、聖女の降臨や第一王子の婚約破棄などが話題になっていた。
パーティを追放されたリオは、ある日商隊の護衛依頼を受けた際、野盗に襲われる可憐な少女を助けることになるのだが、彼女は第一王子から婚約破棄された上に濡れ衣を着せられて迫害された元公爵令嬢こと、アイリスだった。
アイリスとの出会いから始まる冒険の旅、行く先々で様々な思惑によって爪弾きにされてしまった者達を受け入れていく内に、彼はある決意をする。
「作ろう。誰もが幸せに過ごせる、そんな居場所を」
目指すべき理想、突き動かされる世界、そしてハズレスキル【タイム連打】に隠されたリオの本当の力とは?
※安心安全安定安泰の四安揃った、ハピエン確定のハズレスキル無双です。
『エ○ーマンが倒せない』は関係ありません。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる