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第4殿 迷宮の向こう側へ
第66洞 空から空へ
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カラカラになるまでみんなとベッドを共にした翌日。
朝になったはずなのに、どうも外が薄暗い。
「今日は天気が悪いのかな……」
俺の腕をしっかりつかんで離さないラスキーさんを引っ剥がして、窓を開け外の様子をうかがう。
空は一部に厚い雲があちこちに浮かぶなか、ウチの上空でひときわ巨大な雲が太陽光線を遮っている。天気が悪い理由はこいつが原因のようだ。
「でかい雲だなぁ。まあでも、あんな雲が質量を持って落ちてこないからまだマシだな」
風呂から上がった後もみんなは俺を離さなかったので大所帯のまま入眠した。
もうただ眠るだけだというのにどうしてか、みんなが俺を離さない。嬉しいんだけどちょっと申し訳ない。一人を選べばそんなことは感じないというのに。
「……優柔不断、なのか?」
たまに思う。
俺が誰か一人を選んだだろうか。
意志は弱い方だと自覚がある。しかしそれならとっとと探索者なんて辞めて、ベルの親父さんに頼み込んで働けばいい。今の俺の立ち位置はどう考えたってぶっ飛びすぎている。
「――おはよ、ディグちゃん。……朝から元気だね」
「おはようマイナさん。朝からまさぐらないで」
「なんかつまんないことで悩んでそうだったから――元気出たでしょ」
生理現象なのは置いといて、背後が賑やかになってきたので俺もベッドに戻る。二度寝しそうな甘い匂いをまといながら全員で朝食の用意だ。
「あ、お父様おはようございます!」
「おはようクリストリス。朝ごはんにしようか」
「はい! 呼びに行こうかと思ってたところです」
全員が揃ったところでちょっと遅めの朝食を作る。
まだ学園卒業時は思わなかったが、賑やかになったものだ。あの頃から考えても倍以上になっている。……一人を除いてみんな肉体関係がある事も大きな変化だとも言えるだろう。
「わっちな、とろみの残ったタマゴが好きなんよ」
「たまにはカチカチの目玉焼きも食べるとよいぞ」
「お父様! おいしいです!」
「こ、これ某が焼いたでござる。よかったら食べてくれぬか?」
「え、なんかすごい色してますけど…… 俺はこっちで」
「残念それはあたしのでーす!」
全員で半熟と完熟タマゴの取り合いをしているところで、勢いよく食堂の扉が開いた。
「おおい、ディグラッド君!」
「あ、教授。おはようございます」
教授は笑顔のような険しい顔のような、肩で息をしながらオドオドした空気をまとわせつつ俺を見る。要するに過去一番で挙動不審だ。
「空、見たかね?」
「ええ、見ましたけど…… ちょっと天気悪いですよね」
「東の方は見たかね?」
「東? 嵐でも起きてましたっけ?」
言われて窓越しに外を見る。ここから見る限りでは若干暗く感じるくらいか。雲が厚い以上の状況はわからない。
「食べ終わったらでいい。『迷宮たらし』およびクリストリス君ら、ギルドの会議室まで集まってくれ」
それだけ言うと教授は食堂を後にした。
「動きがあった、ってことかしら?」
「ちょっと早いような…… また歴史が変わってきてる?」
「歴史いうたら、やっぱこのあとは魔王が出てきょーるんか?」
「そうですね…… ここから起きることといえばそうなんですが」
そう言えば、あまり先のことは言えないと言ってた記憶がある。
「まだ話せない?」
「というか…… えっと。私がいた未来では、探索者ギルドがほぼ機能をなしてなくて、それぞれの探索者が魔王と戦ってる感じなんです」
「魔王が先に攻撃を仕掛けてきた、と申すか?」
「……この時代の『おばあ様』たちの話を総合すると、私がいた未来の迷宮は、あの巨人がいた迷宮が魔王の根城になっていたんです」
「おぉ…… ってことは、あたしたちがそれを阻止した形になったって事ね!」
「いえ、未来では結局巨人の力はそのまま手つかずなので、一進一退って感じですね」
「――今回は、力は半分奪われたことになるのね」
「でもクリストリスの話だと、まだ魔王は自身の根城を持ってない状況って事だろ? いい方向に進んでるんじゃないかな?」
「だといいんですが……」
食事もそこそこに片づけをし、俺たちは身支度を整えるとギルドに向かった。
「……なんか慌ただしいな」
「む? 掲示板がやたら賑やかでござるな。普段はあんなにクエストが貼られることはないでござるが」
「ロレンシナと一緒にしたらあかんって…… って、あれ??」
待合スペースの人混みを抜けたところで、俺たちは顔なじみが俯いて座っているのが目に入った。
「ヤクメ! 久しぶりではないか!」
「あっ…… ミサオ! ミサオっ!」
「おっとっと、わっちもおるで? どないしたん?」
「お、来たか『迷宮たらし』のご一行。遅かったじゃない」
「スピカ! なんか話があるからって呼ばれたんだけど、何かあったのか?」
「そう、そうなの! ロレンシナが…… ジッポンが……」
「ヤクメ殿? なにを泣いて……」
ヤクメさんはそのままミサオさんの胸の中で泣き始めてしまった。その尋常でない雰囲気に俺たちは急いで会議室に向かった。
「ディグラッドです」
『待っていた、入りなさい』
「失礼します」
「――わあ、人がいっぱい」
会議室はそこそこ広い空間ではあるのだが、入った瞬間から追加の机と椅子でめいっぱいスペースが圧迫されていた。
「来たか『迷宮たらし』」
「あの、これはいったい……」
リブラード議長が神妙な顔つきで俺たちに視線を投げる。この間の時よりも真に迫る視線に場違い感を受けるものの、不思議と視線を逸らせない。
「外でヤクメさんに会ったかい?」
「はい、今そこで」
「とりあえず、空いてるところに座って」
仕草は柔らかだが、断れないすごみも感じる。俺たちは仕方なく一番前の特等席へと促されて着席した。
他の参加者は、俺が知る限りギルドの主要運営メンバーとシングルクラスの探索者たち、それにミサオさんと似た服装の人物らとロレンシナにいるはずのマイボッツ専門学校分校責任者になったイーラン副学園長だ。
「ところでディグ君」
「は、はい?」
「空は飛んだことあるかね?」
何を言い出すんだこの人。
「どっちかっていうと、潜るほうが多いですが……」
「だろうね。ここにいる誰もが、空を飛んだ経験も飛ぼうと思ったこともない。なぜなら、空には今まで何もなかったからな」
「で、ですよね……」
しかし、ここにいる俺たち以外の人達は、みなこっちを見てくる。一縷の希望というか『お前たちは何か違うものを持ってないか』と言わんばかりの圧を感じるのだ。
「……あの、言いたいことがあるなら言ってください」
「君はベル・ラクナーシャさんだったね。我々は別に意地悪を言ってるわけじゃあないんだ」
リブラード議長はそう言うと、正面のスクリーンにマナグラフを映し出した。
数枚の連続写真には、上空から土の塊が投げ出されている様子が写っている。
「これを見てどう思うかな?」
「どう、って…… 地面に土を放り投げてる映像ですよね?」
「違うんだよ」
「違う、って、どう見ても何処か知れぬその場所に土を放る込んでおるだけではないのか?」
「……吸い上げられているんだよ、ラスキー。これは下から上へと上がっているところなんだ」
……意味がわからない。
「ちなみにこの場所だけじゃない。ロレンシナ、ジッポンの各地でこれが起こっている。それだけじゃない」
リブラード議長はスクリーンの映像の一部を指さす。小さな粒が塊から転げ落ちているような映像だ。
「これが、人間だ」
「……はぁ? はぁあ!??!!」
「ま、待ってください! それが人間だとしたら、横にある土の塊、サイズがおかしくないですか!!」
俺は思わず大声を張り上げる。それもそうだ。横に写る土の塊は、それの優に数万倍の質量が浮かんでいるのだ。
「ああ。これは後に近場の迷宮一つ分がこそぎ取られたのだと判明している」
脳裏に奇妙な予想が浮かんだ。
こんな事が起こるのは、こんな事が出来るのは、俺も呼ばれた理由から導かれる答えは…… 一つだ。
「迷宮の、吸収……」
「我らもそう考えている。かつて魔王が周囲の迷宮たちを吸収し、自身の城に作り変えた時の状況に近い現象が起こってるのではないか、と」
「じゃあ、魔王は…… 空に??」
なんで? どういう理屈で?
「解放……」
ふとクリストリスがそう呟いた。
「解放、って?」
「私のいた未来は、魔王はこのギルドのある大陸の北東にある地域を中心に魔王城を建造しました。その時も、迷宮を人々の支配から『解放』するのが目的だ、と言ってたなって思いだして」
彼女の呟きをきっかけに、他の探索者たちが意見を口にし始めた。
「だが、この大地から離れるのはマナの影響から遠ざかるのと同じだ。まるで合理性がない」
「だから迷宮を連れて空へ飛んでいるんだろう? 誰か調べに行けよ」
「潜る技術すら遅れている俺たちが正反対の方向へ進む技術を持ってると思うか?」
「ていうか空か…… これはいろんな意味で手も足も出ないぞ」
「あー、すまない、少し静かにしてくれ。あるいは『空に行く方法』に覚えがあったり、行った事があるものだけ発言してくれ」
ビーダム学園長が良く通る声で会議室を諫める。即座にすんと静かになる中で俺も頭の中ではなけなしの知識がまったく意味を成さないことに情けなさを感じていた。
「そもそも、その空中迷宮は本当に魔王の城なんでしょうか?」
「それすらわからん! だから困ってるんだ!」
周りが小声での意見交換があちこちで始まった。愚痴や言い訳が比率として多そうだが、隣のベルからも俺に小さく囁いてきた。
「ねえ、ディグの転送円は届いたりしないの?」
「俺の力だとせいぜい『今ある迷宮』の裏側に行く感じだから、新しくできた迷宮や相性の悪いところへはそもそも裏側が届かないんだよ」
不意に見についた能力ではあるが、どちらかというとアレも迷宮と繋がる(性的に)技術なので、ある程度は知りえた迷宮じゃないと色々と問題がある。
だけど、こういう方法で封じてくるとは正直意外だ。
「そうか、じゃあ迷宮の力じゃあ無理なのね」
「迷宮の、力?」
「だって、ディグの得意分野って迷宮全般でしょ? 今回はそもそも、その外側の話なんだから」
……何かが引っかかる。
どうして、魔王は空に迷宮を作ったんだ?
わざわざ自然のマナが届かなくなる空に。
まして既存の迷宮を空へと飛ばすなんてこと。それも、一つや二つじゃない。
「……あの、学園長」
「ん、『迷宮たらし』リーダー」
「できたら名前で呼んでください…… あの、空にできた迷宮、のようなものって、どこにあるんですか?」
会議室が一気にざわつく。
「場所で言うと、例のマイボッツ分校がある場所に近い。ジッポンのフジタカ山脈あたりからだとよく見えると思う」
「肉眼では見えるんですか?」
「地上から見上げて雲の向こう側、という言い方しかできない。それ以上か、よくて積雲の間と言ったところか」
「何か浮かんだかね? 若きリーダー」
リブラード議長も興奮の眼差しで俺を見つめる。
「いえ、その…… もしも空に浮かぶ迷宮が動かないという前提で、なんですけど」
「かまわないよ。今は何でもいい」
「迷宮を、作ってしまうのはどうかなと」
今度は水を打ったように会議室が静まり返った。
「作る?」
「何を? 迷宮を?」
「あれが新進気鋭のダンジョンマイスターか」
「階段がないから階段を作る? あの高さだぞ?」
そしてさっきよりも騒がしくなった。
「おい、彼よりもいい意見があるものだけ喋れ」
だが再び静寂に包まれる。忙しいな。
「若きリーダー。この中では一番前向きな意見だが、実現性が非常に低いのも理解できるかな?」
やれやれ、と言った雰囲気の議長だが、何故か俺はそう思わなかった。
「だって、相手は巨大な迷宮を作れるんですよ? こっちも作れない道理はないと思いませんか?」
「我々は人だ。迷宮側の存在ではない」
まるで子供を諭すような言い方だが、それは仕方がないと思う。
だけど俺だって何の根拠もなく言ってるつもりもない。
何故かはわからないけれど、俺はそれをやれる自信があった。
「少し時間をください。現地でちょっと試してみます」
「……本気、なのか?」
ビーダム学園長は驚きと呆れの混ざった声で聞き返した。
「空の迷宮も大丈夫だったんですよ。空の迷宮もいけるんじゃないかなって」
一瞬静まり返った後、大爆笑が巻き起こった。
だけど、『迷宮たらし』のメンバーは俺の言ってる事の意味に気が付いたのか、全員が真顔だった。
朝になったはずなのに、どうも外が薄暗い。
「今日は天気が悪いのかな……」
俺の腕をしっかりつかんで離さないラスキーさんを引っ剥がして、窓を開け外の様子をうかがう。
空は一部に厚い雲があちこちに浮かぶなか、ウチの上空でひときわ巨大な雲が太陽光線を遮っている。天気が悪い理由はこいつが原因のようだ。
「でかい雲だなぁ。まあでも、あんな雲が質量を持って落ちてこないからまだマシだな」
風呂から上がった後もみんなは俺を離さなかったので大所帯のまま入眠した。
もうただ眠るだけだというのにどうしてか、みんなが俺を離さない。嬉しいんだけどちょっと申し訳ない。一人を選べばそんなことは感じないというのに。
「……優柔不断、なのか?」
たまに思う。
俺が誰か一人を選んだだろうか。
意志は弱い方だと自覚がある。しかしそれならとっとと探索者なんて辞めて、ベルの親父さんに頼み込んで働けばいい。今の俺の立ち位置はどう考えたってぶっ飛びすぎている。
「――おはよ、ディグちゃん。……朝から元気だね」
「おはようマイナさん。朝からまさぐらないで」
「なんかつまんないことで悩んでそうだったから――元気出たでしょ」
生理現象なのは置いといて、背後が賑やかになってきたので俺もベッドに戻る。二度寝しそうな甘い匂いをまといながら全員で朝食の用意だ。
「あ、お父様おはようございます!」
「おはようクリストリス。朝ごはんにしようか」
「はい! 呼びに行こうかと思ってたところです」
全員が揃ったところでちょっと遅めの朝食を作る。
まだ学園卒業時は思わなかったが、賑やかになったものだ。あの頃から考えても倍以上になっている。……一人を除いてみんな肉体関係がある事も大きな変化だとも言えるだろう。
「わっちな、とろみの残ったタマゴが好きなんよ」
「たまにはカチカチの目玉焼きも食べるとよいぞ」
「お父様! おいしいです!」
「こ、これ某が焼いたでござる。よかったら食べてくれぬか?」
「え、なんかすごい色してますけど…… 俺はこっちで」
「残念それはあたしのでーす!」
全員で半熟と完熟タマゴの取り合いをしているところで、勢いよく食堂の扉が開いた。
「おおい、ディグラッド君!」
「あ、教授。おはようございます」
教授は笑顔のような険しい顔のような、肩で息をしながらオドオドした空気をまとわせつつ俺を見る。要するに過去一番で挙動不審だ。
「空、見たかね?」
「ええ、見ましたけど…… ちょっと天気悪いですよね」
「東の方は見たかね?」
「東? 嵐でも起きてましたっけ?」
言われて窓越しに外を見る。ここから見る限りでは若干暗く感じるくらいか。雲が厚い以上の状況はわからない。
「食べ終わったらでいい。『迷宮たらし』およびクリストリス君ら、ギルドの会議室まで集まってくれ」
それだけ言うと教授は食堂を後にした。
「動きがあった、ってことかしら?」
「ちょっと早いような…… また歴史が変わってきてる?」
「歴史いうたら、やっぱこのあとは魔王が出てきょーるんか?」
「そうですね…… ここから起きることといえばそうなんですが」
そう言えば、あまり先のことは言えないと言ってた記憶がある。
「まだ話せない?」
「というか…… えっと。私がいた未来では、探索者ギルドがほぼ機能をなしてなくて、それぞれの探索者が魔王と戦ってる感じなんです」
「魔王が先に攻撃を仕掛けてきた、と申すか?」
「……この時代の『おばあ様』たちの話を総合すると、私がいた未来の迷宮は、あの巨人がいた迷宮が魔王の根城になっていたんです」
「おぉ…… ってことは、あたしたちがそれを阻止した形になったって事ね!」
「いえ、未来では結局巨人の力はそのまま手つかずなので、一進一退って感じですね」
「――今回は、力は半分奪われたことになるのね」
「でもクリストリスの話だと、まだ魔王は自身の根城を持ってない状況って事だろ? いい方向に進んでるんじゃないかな?」
「だといいんですが……」
食事もそこそこに片づけをし、俺たちは身支度を整えるとギルドに向かった。
「……なんか慌ただしいな」
「む? 掲示板がやたら賑やかでござるな。普段はあんなにクエストが貼られることはないでござるが」
「ロレンシナと一緒にしたらあかんって…… って、あれ??」
待合スペースの人混みを抜けたところで、俺たちは顔なじみが俯いて座っているのが目に入った。
「ヤクメ! 久しぶりではないか!」
「あっ…… ミサオ! ミサオっ!」
「おっとっと、わっちもおるで? どないしたん?」
「お、来たか『迷宮たらし』のご一行。遅かったじゃない」
「スピカ! なんか話があるからって呼ばれたんだけど、何かあったのか?」
「そう、そうなの! ロレンシナが…… ジッポンが……」
「ヤクメ殿? なにを泣いて……」
ヤクメさんはそのままミサオさんの胸の中で泣き始めてしまった。その尋常でない雰囲気に俺たちは急いで会議室に向かった。
「ディグラッドです」
『待っていた、入りなさい』
「失礼します」
「――わあ、人がいっぱい」
会議室はそこそこ広い空間ではあるのだが、入った瞬間から追加の机と椅子でめいっぱいスペースが圧迫されていた。
「来たか『迷宮たらし』」
「あの、これはいったい……」
リブラード議長が神妙な顔つきで俺たちに視線を投げる。この間の時よりも真に迫る視線に場違い感を受けるものの、不思議と視線を逸らせない。
「外でヤクメさんに会ったかい?」
「はい、今そこで」
「とりあえず、空いてるところに座って」
仕草は柔らかだが、断れないすごみも感じる。俺たちは仕方なく一番前の特等席へと促されて着席した。
他の参加者は、俺が知る限りギルドの主要運営メンバーとシングルクラスの探索者たち、それにミサオさんと似た服装の人物らとロレンシナにいるはずのマイボッツ専門学校分校責任者になったイーラン副学園長だ。
「ところでディグ君」
「は、はい?」
「空は飛んだことあるかね?」
何を言い出すんだこの人。
「どっちかっていうと、潜るほうが多いですが……」
「だろうね。ここにいる誰もが、空を飛んだ経験も飛ぼうと思ったこともない。なぜなら、空には今まで何もなかったからな」
「で、ですよね……」
しかし、ここにいる俺たち以外の人達は、みなこっちを見てくる。一縷の希望というか『お前たちは何か違うものを持ってないか』と言わんばかりの圧を感じるのだ。
「……あの、言いたいことがあるなら言ってください」
「君はベル・ラクナーシャさんだったね。我々は別に意地悪を言ってるわけじゃあないんだ」
リブラード議長はそう言うと、正面のスクリーンにマナグラフを映し出した。
数枚の連続写真には、上空から土の塊が投げ出されている様子が写っている。
「これを見てどう思うかな?」
「どう、って…… 地面に土を放り投げてる映像ですよね?」
「違うんだよ」
「違う、って、どう見ても何処か知れぬその場所に土を放る込んでおるだけではないのか?」
「……吸い上げられているんだよ、ラスキー。これは下から上へと上がっているところなんだ」
……意味がわからない。
「ちなみにこの場所だけじゃない。ロレンシナ、ジッポンの各地でこれが起こっている。それだけじゃない」
リブラード議長はスクリーンの映像の一部を指さす。小さな粒が塊から転げ落ちているような映像だ。
「これが、人間だ」
「……はぁ? はぁあ!??!!」
「ま、待ってください! それが人間だとしたら、横にある土の塊、サイズがおかしくないですか!!」
俺は思わず大声を張り上げる。それもそうだ。横に写る土の塊は、それの優に数万倍の質量が浮かんでいるのだ。
「ああ。これは後に近場の迷宮一つ分がこそぎ取られたのだと判明している」
脳裏に奇妙な予想が浮かんだ。
こんな事が起こるのは、こんな事が出来るのは、俺も呼ばれた理由から導かれる答えは…… 一つだ。
「迷宮の、吸収……」
「我らもそう考えている。かつて魔王が周囲の迷宮たちを吸収し、自身の城に作り変えた時の状況に近い現象が起こってるのではないか、と」
「じゃあ、魔王は…… 空に??」
なんで? どういう理屈で?
「解放……」
ふとクリストリスがそう呟いた。
「解放、って?」
「私のいた未来は、魔王はこのギルドのある大陸の北東にある地域を中心に魔王城を建造しました。その時も、迷宮を人々の支配から『解放』するのが目的だ、と言ってたなって思いだして」
彼女の呟きをきっかけに、他の探索者たちが意見を口にし始めた。
「だが、この大地から離れるのはマナの影響から遠ざかるのと同じだ。まるで合理性がない」
「だから迷宮を連れて空へ飛んでいるんだろう? 誰か調べに行けよ」
「潜る技術すら遅れている俺たちが正反対の方向へ進む技術を持ってると思うか?」
「ていうか空か…… これはいろんな意味で手も足も出ないぞ」
「あー、すまない、少し静かにしてくれ。あるいは『空に行く方法』に覚えがあったり、行った事があるものだけ発言してくれ」
ビーダム学園長が良く通る声で会議室を諫める。即座にすんと静かになる中で俺も頭の中ではなけなしの知識がまったく意味を成さないことに情けなさを感じていた。
「そもそも、その空中迷宮は本当に魔王の城なんでしょうか?」
「それすらわからん! だから困ってるんだ!」
周りが小声での意見交換があちこちで始まった。愚痴や言い訳が比率として多そうだが、隣のベルからも俺に小さく囁いてきた。
「ねえ、ディグの転送円は届いたりしないの?」
「俺の力だとせいぜい『今ある迷宮』の裏側に行く感じだから、新しくできた迷宮や相性の悪いところへはそもそも裏側が届かないんだよ」
不意に見についた能力ではあるが、どちらかというとアレも迷宮と繋がる(性的に)技術なので、ある程度は知りえた迷宮じゃないと色々と問題がある。
だけど、こういう方法で封じてくるとは正直意外だ。
「そうか、じゃあ迷宮の力じゃあ無理なのね」
「迷宮の、力?」
「だって、ディグの得意分野って迷宮全般でしょ? 今回はそもそも、その外側の話なんだから」
……何かが引っかかる。
どうして、魔王は空に迷宮を作ったんだ?
わざわざ自然のマナが届かなくなる空に。
まして既存の迷宮を空へと飛ばすなんてこと。それも、一つや二つじゃない。
「……あの、学園長」
「ん、『迷宮たらし』リーダー」
「できたら名前で呼んでください…… あの、空にできた迷宮、のようなものって、どこにあるんですか?」
会議室が一気にざわつく。
「場所で言うと、例のマイボッツ分校がある場所に近い。ジッポンのフジタカ山脈あたりからだとよく見えると思う」
「肉眼では見えるんですか?」
「地上から見上げて雲の向こう側、という言い方しかできない。それ以上か、よくて積雲の間と言ったところか」
「何か浮かんだかね? 若きリーダー」
リブラード議長も興奮の眼差しで俺を見つめる。
「いえ、その…… もしも空に浮かぶ迷宮が動かないという前提で、なんですけど」
「かまわないよ。今は何でもいい」
「迷宮を、作ってしまうのはどうかなと」
今度は水を打ったように会議室が静まり返った。
「作る?」
「何を? 迷宮を?」
「あれが新進気鋭のダンジョンマイスターか」
「階段がないから階段を作る? あの高さだぞ?」
そしてさっきよりも騒がしくなった。
「おい、彼よりもいい意見があるものだけ喋れ」
だが再び静寂に包まれる。忙しいな。
「若きリーダー。この中では一番前向きな意見だが、実現性が非常に低いのも理解できるかな?」
やれやれ、と言った雰囲気の議長だが、何故か俺はそう思わなかった。
「だって、相手は巨大な迷宮を作れるんですよ? こっちも作れない道理はないと思いませんか?」
「我々は人だ。迷宮側の存在ではない」
まるで子供を諭すような言い方だが、それは仕方がないと思う。
だけど俺だって何の根拠もなく言ってるつもりもない。
何故かはわからないけれど、俺はそれをやれる自信があった。
「少し時間をください。現地でちょっと試してみます」
「……本気、なのか?」
ビーダム学園長は驚きと呆れの混ざった声で聞き返した。
「空の迷宮も大丈夫だったんですよ。空の迷宮もいけるんじゃないかなって」
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【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
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