お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第4殿 迷宮の向こう側へ

第73洞 最後の舞台

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 巨大な入り口いっぱいに、先ほどまで俺たちがいた迷宮の先端ががっしりハマる。

「うわ、入るんや」

 むしろジャストフィット言わんばかりにすんなり入ったが、そこからは全く動かない。

「――ハマった?」
「かも……」

 俺は半笑いするマイナさんに同意しながらも、一応確認のために結合部に近づいた。

「足下気をつけよ! 滑って怪我をしたら笑いものぞ!」
「はーい」

 シンボル迷宮が柔らかい形状なのか分からないが、それはほぼ真横になってこの迷宮に突き刺さっている。引っかかっているのは先端が鉤状になったところが全部入り切らず、しかし扉に突っかかっているの感じになって抜き差しならない状態だ。

「うっわ、痛そう……」
「しかしここで止まってくれたから、妾たちも潰されることなく中へ入れたとも言えるぞ」
「――あのおじさん、どうなったのかな」
「多分まだ生きてるよ。あんな程度で死ぬようには見えないからね」

 グズグズの土くれになっていく姿は見ていられなかったが、しかしそれがあの男の最後だとはちょっと考えにくい。

「妾も同意見よ。なんなら、肉体はとうの昔に失っておった可能性すらあるわ」
「……あの体自体、偽物ということですか?」
「肉体の迷宮化があそこまで進んでいるにも関わらず、意識が保てておるとは考えにくい。むしろ今まで生きておられたのは例の体内にあるマナクリスタルのおかげであろうな」

 俺も同意見だ。ラスキーさんの考察に深く頷く。
 しかしそれならばまた、納得のいかない状態であることもまた事実。

「でもな、もしそうやったとしたら人間の肉体なんぞいらへんやん。何でまだ持ってんねんやろ?」
「そこなんだよな、謎は」
「せやろ? 迷宮に肉体を乗っ取られたか乗っ取ったかは知らんけど、人の体って不便やで? わっちはディーやんのを気に入ってるからこの身体はまだ使うけどな」

 ……そういえば、ランビルドって童貞だったっけ?
 いや多分あまり関係ないかもしれない、けど……

「まさか、童貞のまま完全に迷宮になりたくないとか?」
「……嘘やろ?」
「彼奴がそこまで異性に固執していたかは知らぬが、ディグラッドならばどう思う?」
「え、お、俺ですか!? 俺にはちょっとわからないというか……」

 考えたら、未経験でパートナーのいない友人がいないな。あのガブリックですらもうペリル先輩とねんごろだったし。
 俺なんかヤリすぎて毎日枯れるほど抜かれてるから、未経験の人の気持ちなんか分からないぞ。

「――ラスキーさん、ディグちゃんには難しい質問」
「む、そうか。それは悪かった」
「いっいえいえ! 俺も至らずすいません」

 五号が二号に諭される。年齢は倍くらい違うはずだが、経験年齢はマイナさんの方が古いからな。

「っと、そう言えば一号…… ベルたちはもう奥まで行ったのかな?」
「一号? ベルやんのことかいな?」
「いやいやいや一号なんて言ってないよ!」
「ふーん、ディーやんはベルやんが一番好きなん?」
「みんなが一番好きだよ! そこは嘘でもおべっかでもなく!」
「――別に疑ってないよ。多分、シた順でしょ?」

 マイナさんがにっこり笑う。まあ、うん、そうなんだけどさ。

「なら―― 妊娠一番は私がもらうから」
「馬鹿を申せ! 年齢からして妾であろう!」
「わっちは早さは求めてへんからなぁ…… 十人ほど産ませてもらえればそれでええし」
「さ、さあ! 今のうちに奥へ行きましょう!!」

 何とか迷宮内に入れたのだ、早く目的を果たして……
 そういえば、敵に見つかった時点で既に調査任務としては破綻してないかな?

「――クリストリスちゃん、大丈夫かな」
「だね。早く向かおう」

 俺は粘液の床から抜けようと、しかし滑らないように気をつけながら壁に手をつくと、手をついた場所がボコッと砕けた。

「うわぁ!?」
「ディグラッド!?」
「だ、大丈夫です! シンボルの迷宮側の壁が崩れて…… あれ?」

 俺の手についたその欠片は、グレーの硬い石だったはずなのにブヨブヨの白いものに

「何をしておる!? 問題がないなら其方も急げ!」
「あ、行きます行きます!」

 妙な胸騒ぎを覚えたものの、それ以上を考える時間もない。
 それにここまで来れば引き返せない。ただ進むのみだ。



   ◇


「ねえ、何か変じゃないですか?」

 俺たちは入ってすぐの通路が行き止まりからの左右に分かれた通路を右に折れて、まっすぐ進むと見覚えのある分岐に到着した。
 一周してきたってことか?

「階段は何度か通過したやん」
「しかしそれ以外は何もなかったのう。降りるべきであったか」
「じゃあ、次の階段で降りてみますか」

 だが、次の階段とその次の階段も、途中までは通路があるがすぐ行き止まりになる。

「あと二つあったけど、どっちかは当たりだといいなぁ」
「――階段、長いよね」
「時間稼ぎやろか。……あっ」
「どうしました?」
「ディーやん、これ」

 それは恐らくベルがつけたマークだろう、階段の端っこに『→』と書かれていた。

「よし、こっちみたいだ!」
「さすが第一夫人」
「違いますよ!」
「ふむ、妾も別に順位なぞ気にはせぬが、其方にとっては大事な女性であろう? 照れずともよい」

 ……確かにそうなんだよな。ベルは俺にとって幼馴染であり、最初に肌を重ねた相手で、俺の中ではそれ以外他のみんなと同じ様に接してるつもりなのに、どこかで特別扱いしてる気がする。

「照れてるというか、俺としては全員ちゃんと扱いたいんです」
「心配せんでええんよ。わっちには伝わってるから」
「――私だって、ディグちゃんの愛はもらってる」
「妾はもっとくれてもよいぞ」

三者三様ではあるが、その言葉には不満はこもっていない。それだけでも俺は安心する。

「……でも、なんでなんだろう。この感情は」

 そこからまた何度かベルがつけたマークを辿ると、やっと中央部へ向かう道に出た。

「お、明るい。太陽の光かな?」
「マナの光やもしれぬぞ。気をつけろ」

 迷宮の中と比べて強い光が溢れる中へと身体を踊らせる。風が頬に当たる感触に一瞬目を閉じ、再び開いた瞬間の光景は理解するのに時間がかかった。

「うわぁっ!???」
「な、なにこれ――」
「空に…… 地面がある!?」

 うっすらと雲がかかっている。しかしその向こう側には、今は荒地だが以前にマイボッツ分校があった場所が見える。魔法によって映し出された映像でないのなら、俺たちはひっくり返っていることになる。

「おおおお落ちたりせんやろか!?」
「……この小さな浮島に地上と変わらぬ重力を発生させておる、というのか?」
「今すぐ慣れるのは難しいけど、とりあえず落ちることはなさそうですね」

 出てきたところはすり鉢状になった見世物決闘場コロシアムの中腹、観客席のど真ん中だ。

「ひっ!? ――ディグちゃんっ!?」
「こ、これ、モンスター!?」

 ふと観客席を見たマイナさんは短い悲鳴を上げながら俺に抱きつく。反射で俺も観客席を見ると、とんでもないものが座っていた。

「……夥しいまでの子宮? しかし、なぜかではないか!」

 腰から下を鋭利な刃物で子宮ごと輪切りにし、そこへ胎児を置いただけのグロテスクな状態の肉塊が、観客席をことごとく埋めているではないか。

「うっ、――おええぇぇぇ」
「マイナさん、大丈夫ですか!?」
「うぇぇぇ…… ご、べん」
「ベルやんは無事なんやろか…… ミサオも気にはなるけど」

 全身の毛が逆立つ。

「お、あれではないか?」
「どこです!? ラスキーさんどこですか!?」
「中央の武舞台ステージを見てみい。……にしては、ちょっと不自然のような気もするが」
「すいません、イレーナさんマイナさんをお願いします!」
「ちょ、ちょちょちょい、ディーやんっ!?」

 俺はマイナさんをできる限り優しく渡して中央の武舞台に向かった。

「ベルーーーーーー!!! っぐあっ!?!?」

 階段を一段、二段飛ばしで降りていく。観客席が切れてあと一歩という所で突然頭に衝撃が走った。はずみでゴーグルが外れて足元に転がるが、気にせず立ち上がって当たったものの正体を探るが、何も見えない。

『ようこそ人間ども。我が居城「空の箱舟」へ』
「魔王! くそ、どこだ!? どこにいる!!」

 近くまで来て俺はようやく武舞台を注視した。白く磨かれた床石が敷かれた四角い舞台に、クリストリスとベルが向かい合うように立っている。しかし、様子がおかしい。お互いがまるで存在していないかのように虚ろな顔で、そこから一歩も動こうとしないのだ。

「ベル、クリストリス! なにしてるんだ! 何があったんだ!!?」
『無駄だ。そこの武舞台に立つ者には声は届かぬ』
「魔王! 貴様二人に何をした!!」

 魔王の声が止む。と同時に武舞台の方で黒い影が中央に現れた。位置的にはベルたちの間ちょっと横あたりだ。
 その影は徐々にせり上がり、彼女たちと同じくらいの高さにまで膨れ上がると少しずつ人の形を取り戻していく。

「……あの影、ランビルドか?」
「ラスキーさん、この辺に変な壁ありませんか? ぶっ壊してください」
「落ち着け。二人が無事ならまだ手はある」
「二人の様子がおかしいんですよ! 早く助けに行かないと――」

 ぱぁん。

 乾いた音が辺りに反響し、遅れて左の頬に鋭い痛みが走った。

「落ち着け、と申した。殺すつもりならもう殺しておる。二人とも、特にクリストリスが無事であることは何か別の意図があるはず。……其方リーダーであろう? 心中穏やかでないのは理解するが、其方まで相手の術中にハマるでないわ」
「……すい、ません」

 ラスキーさんの言うことはもっともだ。
 これは、罠だ。相手が俺たちに何らかのアクションを取らせたくて行っている。
 それを理解せずに飛び込むことは相手の思うつぼだ。

「……でも、一体何をさせるつもりなんだ」

 影は、人の形をとった後も少しずつその輪郭を変えていく。
 やせ細ったガリガリの体躯は徐々に柔らかい曲線を帯び、筋肉が骨の周りを完全に覆いつくすとそれらをさらに隠す皮膚がその隙間からわいて出て、みずみずしい肌が露わになっていく。

「ふっふっふ。どうかね、ランビルド。そなたの願い、これで叶ったであろう」
『……はい、ありがとうございます』
「ならばその魂を余に捧げよ。欲の叶ったそなたには、もう無用の長物よな」
『喜んで、魔王様……』

 小麦色の肌全体からその全身を覆う蒸気が噴き出す。
 その蒸気は、人影の頭部にものすごい勢いで吸い込まれ、その姿が眼前に晒された。
 成人女性と思われる姿は小麦色の肌を持ち、深い朱色の長い髪を背中いっぱいに伸ばしている。鋭い目つきを持つ顔は、それでも美女のカテゴリーから外すのが難しいほどに整っており、その風貌は何故かある人物を彷彿とさせた。

「ふっふっふ。もうすぐ『陽』の力も手に入る。これで、名実共に余は『完全体』となるだろう」

 魔王は自分の股間をまさぐって小さな突起をつまみ出す。小さいが、それは紛れもなく男のシンボルであることが分かった。

「前回はもう少しという所で邪魔をされた。よりによって肉体も奪われるとは誤算だったが、もう両方ともわが手にある」
「奪われた? どういうことだ!?」
「……そうだな、最終的に余の残りの体を持ってきたのだ、お前たちにも教えてやろう」

 魔王はその豊満な肉体を隠しもせずに振り回し、大声で叫んだ。

「余の名は『ヴァルギーナ』! この世界を創りし創造主である!」
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