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第4殿 迷宮の向こう側へ
第72洞 迎え、イレる
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背筋に冷たいものが走る。
はっきり言うと、ここでの対面はありがた半分、面倒半分だ。
だけど、文句も言っていられない。なにせ敵が自分から出てきてくれたんだ。しかも目的の迷宮に入ることもないうちに。
「……でも、なぜだ?」
「ランビルドよ、其方が魔王になるなどとは一体どういう事だ!?」
マナの渦がランビルドを中心に舞い上がる。おかげでラスキーさんの薄い服がはためいてあられもない姿が晒されるが、喜んでるのは俺一人だ。
ランビルドはニヤついてはいるものの、彼女のチラリズムに喜んでるわけではないらしい。
「俺は迷宮と人間の間に生まれた、世界の異端児だ」
ランビルドは唐突に服を破り捨てる。
「きゃあっ!?」
「むぅ!? あれは…… 乳房!?」
男の容姿に見えた彼の顔からは想像もつかない体が顕になる。小ぶりではあるがそれは紛れもなく女性の乳房であり、美しい肢体をもち、しかし上半身と下半身を繋いでいるのは茶色く濁ったマナクリスタル。
そして、俺より立派な三本目の足が垂れ下がっているではないか。
「見ろ、この醜い身体を!」
上空の環境によるものか、激しい突風が吹き荒れる中でランビルドは己の肉体をさらけ出したまま続けた。
「人にもなれず、迷宮にもなれず、人にも迷宮にも愛されない。くだらない親のエゴで生み出され、求めていた能力を持たぬがゆえに捨てられた俺を!」
地面が揺らぐ。
マナを帯びた風が一層強く吹き荒れる。ランビルドを動かしている感情は、恐らく怒り。自分を否定した人間への、迷宮への、世界への深く重い感情の刃をそれらの喉元に突き立てている。
「……だから壊すのか? 魔王になって!?」
「男とも女とも! 人かも迷宮かも知れぬ俺が! 何者になろうとお前たちには関係ない!」
ぴたり、と風が止んだ。
「まずいっ! 伏せろ!」
「『疾く吹き流れよ』! 吹き飛んで落ちてしまえ!」
先ほどの突風が束になって俺たちに襲い掛かる。空の上という絶望的な状況で体を不用意に煽られれば、それは『死』に直結する。
「マイナさんっ!」
「――『爆風よ、舞い上がれ』!」
眼前にあった空気がランビルドの魔法によって押し出された瞬間に、俺たちに近い地面が真っ赤に染まると上方へ爆発音とともに吹き上がった。
そしてそれは周囲の空気を巻き込んで相手の魔法ごと拡散させてしまった。
「ナイス判断、お姉ちゃん!」
「迷宮内だと―― 危なかった」
「このままだと、全員落ちる…… クリストリス! 先に行け!」
「え!? で、でも……」
「某が共に向かう!」
「あたしも行くわ!」
「ごめん、頼む!」
ベルとミサオさんはクリストリスを両側から掴むと、ダッシュで舞い上がる風の脇を潜り抜けて迷宮の中へと入っていった。
以外にも、その三人にランビルドは目もくれない。
「……ふん、勇者か」
「何を企んでるかは知らないが、これ以上世界を混乱させるのは止せ!」
「世界を混乱させる? 冗談じゃない。世界の方が、俺の存在を否定しておいてそれは今更じゃないか?」
ランビルドの服が瞬時に再生し、先ほどと同じ服装に戻る。その姿はどう見ても男にしか見えない。
「ラスキーさんは、あの事はご存じだったんですか?」
「知らぬ。そもそも妾は…… 知っておろう?」
あ、そうだった。俺に会うまで…… いや、男は俺以外生理的に無理だから興味もないって言ってたな。
でも見た感じ、ランビルドは人としても両方の性別を持っていたようにも見える。迷宮としての性別はその時その環境で変わることもあるから、あいつはそう言う意味では『完璧な存在』なんじゃないだろうか。
「ふむ、間接的な魔法では惑わされんか。やはり、きっちりと命を奪う必要があるな」
ランビルドは新たにマナを練り始める。だがその練度はけた違いに高く、身構える前に魔法は俺たちに向かって放たれた。
「なっ、早すぎる!」
「『燃えて灰の墓標となれ』!」
両手を突き出して放たれたマナの弓矢は、空中に躍り出た瞬間に巨大な火球へと変貌した。しかも、その速度は衰えることなくさらに加速し、空気摩擦で炎の色を青色に変化させながら襲い掛かる。
「――っ!!」
本来、攻撃魔法は相手に命中させるために魔法の「通り道」をマナで構築する。それがいわゆる「着弾確認」であり、逆に言うとこの通り道を阻害したり対抗魔法を置き詠唱することで反撃する。
今回、それを確認する間もなく放ってきたせいで、一切の反撃が間に合わない。
「はっ、――ぐ!」
「マイナさんっ!?」
着弾の瞬間、周りの空気がその熱量差で爆ぜた。ぐにゃりと歪んだ彼女の姿を見て俺は再びトラウマを刺激された。
――また、俺は失うのかっ!?
「師匠の、法衣がっ――!?」
あれ? 本人は案外無事??
「……おい、其方の着ている法衣、そう言えば昔リフィールが着ていたのを見たことがあるのだが」
「――はい、お下がりです」
「それはな、とある迷宮の最深部で見つけたものすごい高性能な布を使って作られておるのだぞ!」
そうか、装備者がほぼ無傷なのはそのおかげだったのか。でも、焦げた中から赤く火傷した場所もある。……魔法の威力を考えれば繋がってるだけマシか。
「国の半分は買える金でも買えぬほどの金額がするのだ!」
「――高っ。もったいない」
そっち!???
「って、マイナさん、腕が!」
「大丈夫―― 法衣はもう使い物にならないけど」
「ダメだって!」
なけなしのマナで回復魔法をかける。本当はベルが唱えたほうが早いのだが、今はクリストリスと一緒に行かせてしまった。
……俺が守らなきゃならないのに。
「精霊鋼の法衣か、やっかいなものを着てやがる」
「……ランビルド!」
「ふん、マナの制御は昔に比べて上手くなったようだが、まだ人に放つのは慣れておらぬようだな」
一歩、ラスキーさんが前に出る。その両手には夥しいマナが渦巻いており、その濁りようだけで気分が悪くなりそうだ。
「ふん、年増が。行き遅れてとうとう頭がおかしくなったか?」
「はん、女も抱けず女にもなり切れぬ其方と一緒にするな、童貞め」
ラスキーさんの挑発に相手は特大の魔法を放つことで答えた。
「死ねババア!」
今度は無詠唱でマナが爆ぜる。その影響でなのか、俺たちが立っている地面が大きく振動を始めた。場所が場所なので自然現象とも思ったが、そうではないことがランビルドの足元を見ればわかる。俺たちの真下だけが沸騰した鍋の水面であるかのようにボコボコと激しく揺れているのだ。
「今度こそ燃え尽きろ!『燃えて灰の墓標となれ』!」
しかし、その瞬間ラスキーさんはニヤリと笑った。
「『左手よ、彼の流れを受け流し……」
両手を使って打ち出された業火の火球が再び飛びかかってくる。全く同じ軌道、同じ挙動で青白い火球がラスキーさんの左手に直撃する。
「ラスキーさんっ!!!」
しかし、触れた瞬間その火球はまるでゼリーを吸い込むような勢いで彼女の左手に飲み込まれた。
「へっ? 炎は??」
「対の手より撃ち放たん!』!」
次いで詠唱と共に彼女は体を翻すと同時に右手をランビルドに向けて構える。
すると、先ほどの炎の弾が数倍に膨れ上がって打ち出された。もちろん元の詠唱者であるランビルドに向かって。
「あ、んっ、ああああぁぁぁぁぁっっっ!!!???」
「ラスやん、上手いっ!」
……え、当たった?
「そもそも彼方は攻撃魔法を得意としておらぬはず。マイナに命中したのもたまたまであろう」
「――ディグちゃん、もう大丈夫だから」
ああ、そういえば回復魔法をかけてたんだった。気が付いたら俺はマイナさんの体をあちこちまさぐっていた。うん、いつも通りのすべすべ……
「ディーやん、触りすぎやで」
「あっ! ごめんなさい…… って、ランビルドは??」
はるか上空だからなのか、あるいはだからこそなのか、細長くも強く燃え上がる火柱がランビルドを中心に高くそそり立っている。炎が飛び散らないのは燃え広がるための空気が薄いせいと、それでも激しく燃え上がるのはランビルドの体内のマナに火がついたためだろう。
「あっ、あああ! あああぁぁぁああああ!!!!」
服が燃え、声はすれどマナが練れずに消火できない状態で焦げた匂いが漂い始める。
「……助けますか?」
「情報が取れないのはつらいところだが、生かす方が危険だと思わぬか?」
「それは、そうなんですが……」
冷たい目だ。俺と初めて会った時ですらこんなに冷たい目をしたことはない。
怒りも悲しみもない、空虚な眼差しの先には、助けを呼ぶことすらできない真っ黒な黒色の人形になりかけているかつてのメンバーに、ラスキーさんはただその最後を見届けようとしている。
「!? なんだ!」
「あっ、火が消えたで??」
「そんな馬鹿な! まだランビルドは燃え切っておらぬぞ!」
突然周囲が粘度の濃いマナで満たされた。空気に混じってどろりとした感覚が肌を満たすと同時に、燃え上がっていたランビルドを包む火柱もまた消えてしまった。
「はぁ…… はぁ…… 魔王、か」
『たわけが。碌に策も弄さず貴様一人で倒せると思ったか?』
「そ、それは…… んぐっ!!??」
だが、次の瞬間それでも肌色の部分が残っていたランビルドの体が瞬時に茶色く変色し、ぼろぼろと崩れていくではないか。
「そ、んな…… お、ご、お、っふぉ……」
「なにが、起こって、おるのだ……?」
一連の状況が理解できないでいると、突如高らかな笑い声が辺りに響いた。
『ハーッハッハッハッハ!! よく来た、我が城に。愚かな素材どもよ』
「ランビルドは…… どうなった?」
『焦るな。我ら、それぞれ知らぬ間柄でもあるまいに』
心がざわつく。
何故こいつは、こうも人を苛立たせる?
『すでに侵入者がいるようだな。ようやく念願がかなうという時に。……待っているぞ、原初の片割れよ』
「へん、その片割れはもうないぞ。ここに来るのに全部使ったからな!」
俺は背後の裂け目の入った壁を指さす。ここから見るともうそれはそれはそっくりだが、あえて何に似てるかは言わない。
『これは、また立派な頭よ。吾輩の好みの形をしている。迷宮とはこうでなくてはな』
「え、魔王って女なのか」
「妾も初めて知ったわ」
「――立派なのは同意見」
「そう言う事やなくない?」
『そしてもう貴様の中にないのも好都合。それはもう使わないと言うことだな?』
「……それって、どういう」
再び地面が揺れる。今度こそ魔法ではなく、この雲の島が揺れている。
「わ、わわわ、わあぁぁ!!??!?」
「――捕まって!」
マイナさんがマナを練り、地面に向かって足元を固定する。半裸の彼女に捕まるところはほとんどないので全員が抱き着く形になってしまったが。
「何が、起こって…… ってええええええええ!!?!??!?!」
背後に妙な違和感を覚えた俺は、振り向いたことを後悔した。
「お、おおちちちおおちち!!」
「どうしたディグラッド!?」
「迫ってくる! 後ろのシンボルが!」
目で見える速度で、背後のアレがすぐ後ろまで迫っている。
「きゃあああああああ!!!!」
「は、走れーーー!!!!!」
マイナさんの魔法を無理やり解除して、彼女を抱いて走り出した。
こうなってはランビルドの事を考える余裕はない。急いで目の前の迷宮へと向かう。
『ほら、ここだ! しっかり狙え!』
ゆっくり調べる暇もなく、目の前にある巨大な迷宮へと目を向ける。視界にギリギリ入ったのは、巨大な門だ。赤黒く染まる両開きの扉は、何故か背後からのシンボルがそのまま突き刺さったとしても十分な大きさがあるではないか。
「ひょっとして迷宮が迷宮を飲み込む!? 飲み込めるのか!!??」
「――ねえ、それってもしかしてセッ」
俺は慌ててマイナさんの口をふさぐ。
一瞬思った。確かに思った。シンボルがハマるようにできた門とか、そうとしか考えられない。けども、俺と魔王がそれぞれ奪い合った原初の欠片同士が双方を求めあってできた形状であると考えると、あながち偶然とも言い難い。
「逃げ場もないぞ! どうするディグラッド!」
「だったら…… 入るしかないでしょう!!」
「さしずめわっちらは子種になるんかいな? 出てきたあたりそのまんまやけど」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか!!」
門が開く。
同時に、迷宮の破損を最小限にするためか多量の粘液が噴出する。色は無色だがなんとなく白っぽい気もする。
「急ぎや! もうちょっとで中に入れるで!」
幸いにも中へ入るための妨げにはならなかったので、何とか俺たちはその粘液をかき分けながらもシンボルより先に侵入を果たした。
「……うわ、なんという内装をしておる」
「これ、見たことあるぞ……」
そう、例の勇者の力を封じた城、レスクス城に。
ただし、その大きさは全く違う。なんせあんな巨大な迷宮を納めるというのだ。
そのホールは、果てしなく広い。
「……これだけ広いと、入ってしまうやもしれんな」
「ガバガバやん」
だが、中を通ってきた俺たちならではの感想しか出なかった。
はっきり言うと、ここでの対面はありがた半分、面倒半分だ。
だけど、文句も言っていられない。なにせ敵が自分から出てきてくれたんだ。しかも目的の迷宮に入ることもないうちに。
「……でも、なぜだ?」
「ランビルドよ、其方が魔王になるなどとは一体どういう事だ!?」
マナの渦がランビルドを中心に舞い上がる。おかげでラスキーさんの薄い服がはためいてあられもない姿が晒されるが、喜んでるのは俺一人だ。
ランビルドはニヤついてはいるものの、彼女のチラリズムに喜んでるわけではないらしい。
「俺は迷宮と人間の間に生まれた、世界の異端児だ」
ランビルドは唐突に服を破り捨てる。
「きゃあっ!?」
「むぅ!? あれは…… 乳房!?」
男の容姿に見えた彼の顔からは想像もつかない体が顕になる。小ぶりではあるがそれは紛れもなく女性の乳房であり、美しい肢体をもち、しかし上半身と下半身を繋いでいるのは茶色く濁ったマナクリスタル。
そして、俺より立派な三本目の足が垂れ下がっているではないか。
「見ろ、この醜い身体を!」
上空の環境によるものか、激しい突風が吹き荒れる中でランビルドは己の肉体をさらけ出したまま続けた。
「人にもなれず、迷宮にもなれず、人にも迷宮にも愛されない。くだらない親のエゴで生み出され、求めていた能力を持たぬがゆえに捨てられた俺を!」
地面が揺らぐ。
マナを帯びた風が一層強く吹き荒れる。ランビルドを動かしている感情は、恐らく怒り。自分を否定した人間への、迷宮への、世界への深く重い感情の刃をそれらの喉元に突き立てている。
「……だから壊すのか? 魔王になって!?」
「男とも女とも! 人かも迷宮かも知れぬ俺が! 何者になろうとお前たちには関係ない!」
ぴたり、と風が止んだ。
「まずいっ! 伏せろ!」
「『疾く吹き流れよ』! 吹き飛んで落ちてしまえ!」
先ほどの突風が束になって俺たちに襲い掛かる。空の上という絶望的な状況で体を不用意に煽られれば、それは『死』に直結する。
「マイナさんっ!」
「――『爆風よ、舞い上がれ』!」
眼前にあった空気がランビルドの魔法によって押し出された瞬間に、俺たちに近い地面が真っ赤に染まると上方へ爆発音とともに吹き上がった。
そしてそれは周囲の空気を巻き込んで相手の魔法ごと拡散させてしまった。
「ナイス判断、お姉ちゃん!」
「迷宮内だと―― 危なかった」
「このままだと、全員落ちる…… クリストリス! 先に行け!」
「え!? で、でも……」
「某が共に向かう!」
「あたしも行くわ!」
「ごめん、頼む!」
ベルとミサオさんはクリストリスを両側から掴むと、ダッシュで舞い上がる風の脇を潜り抜けて迷宮の中へと入っていった。
以外にも、その三人にランビルドは目もくれない。
「……ふん、勇者か」
「何を企んでるかは知らないが、これ以上世界を混乱させるのは止せ!」
「世界を混乱させる? 冗談じゃない。世界の方が、俺の存在を否定しておいてそれは今更じゃないか?」
ランビルドの服が瞬時に再生し、先ほどと同じ服装に戻る。その姿はどう見ても男にしか見えない。
「ラスキーさんは、あの事はご存じだったんですか?」
「知らぬ。そもそも妾は…… 知っておろう?」
あ、そうだった。俺に会うまで…… いや、男は俺以外生理的に無理だから興味もないって言ってたな。
でも見た感じ、ランビルドは人としても両方の性別を持っていたようにも見える。迷宮としての性別はその時その環境で変わることもあるから、あいつはそう言う意味では『完璧な存在』なんじゃないだろうか。
「ふむ、間接的な魔法では惑わされんか。やはり、きっちりと命を奪う必要があるな」
ランビルドは新たにマナを練り始める。だがその練度はけた違いに高く、身構える前に魔法は俺たちに向かって放たれた。
「なっ、早すぎる!」
「『燃えて灰の墓標となれ』!」
両手を突き出して放たれたマナの弓矢は、空中に躍り出た瞬間に巨大な火球へと変貌した。しかも、その速度は衰えることなくさらに加速し、空気摩擦で炎の色を青色に変化させながら襲い掛かる。
「――っ!!」
本来、攻撃魔法は相手に命中させるために魔法の「通り道」をマナで構築する。それがいわゆる「着弾確認」であり、逆に言うとこの通り道を阻害したり対抗魔法を置き詠唱することで反撃する。
今回、それを確認する間もなく放ってきたせいで、一切の反撃が間に合わない。
「はっ、――ぐ!」
「マイナさんっ!?」
着弾の瞬間、周りの空気がその熱量差で爆ぜた。ぐにゃりと歪んだ彼女の姿を見て俺は再びトラウマを刺激された。
――また、俺は失うのかっ!?
「師匠の、法衣がっ――!?」
あれ? 本人は案外無事??
「……おい、其方の着ている法衣、そう言えば昔リフィールが着ていたのを見たことがあるのだが」
「――はい、お下がりです」
「それはな、とある迷宮の最深部で見つけたものすごい高性能な布を使って作られておるのだぞ!」
そうか、装備者がほぼ無傷なのはそのおかげだったのか。でも、焦げた中から赤く火傷した場所もある。……魔法の威力を考えれば繋がってるだけマシか。
「国の半分は買える金でも買えぬほどの金額がするのだ!」
「――高っ。もったいない」
そっち!???
「って、マイナさん、腕が!」
「大丈夫―― 法衣はもう使い物にならないけど」
「ダメだって!」
なけなしのマナで回復魔法をかける。本当はベルが唱えたほうが早いのだが、今はクリストリスと一緒に行かせてしまった。
……俺が守らなきゃならないのに。
「精霊鋼の法衣か、やっかいなものを着てやがる」
「……ランビルド!」
「ふん、マナの制御は昔に比べて上手くなったようだが、まだ人に放つのは慣れておらぬようだな」
一歩、ラスキーさんが前に出る。その両手には夥しいマナが渦巻いており、その濁りようだけで気分が悪くなりそうだ。
「ふん、年増が。行き遅れてとうとう頭がおかしくなったか?」
「はん、女も抱けず女にもなり切れぬ其方と一緒にするな、童貞め」
ラスキーさんの挑発に相手は特大の魔法を放つことで答えた。
「死ねババア!」
今度は無詠唱でマナが爆ぜる。その影響でなのか、俺たちが立っている地面が大きく振動を始めた。場所が場所なので自然現象とも思ったが、そうではないことがランビルドの足元を見ればわかる。俺たちの真下だけが沸騰した鍋の水面であるかのようにボコボコと激しく揺れているのだ。
「今度こそ燃え尽きろ!『燃えて灰の墓標となれ』!」
しかし、その瞬間ラスキーさんはニヤリと笑った。
「『左手よ、彼の流れを受け流し……」
両手を使って打ち出された業火の火球が再び飛びかかってくる。全く同じ軌道、同じ挙動で青白い火球がラスキーさんの左手に直撃する。
「ラスキーさんっ!!!」
しかし、触れた瞬間その火球はまるでゼリーを吸い込むような勢いで彼女の左手に飲み込まれた。
「へっ? 炎は??」
「対の手より撃ち放たん!』!」
次いで詠唱と共に彼女は体を翻すと同時に右手をランビルドに向けて構える。
すると、先ほどの炎の弾が数倍に膨れ上がって打ち出された。もちろん元の詠唱者であるランビルドに向かって。
「あ、んっ、ああああぁぁぁぁぁっっっ!!!???」
「ラスやん、上手いっ!」
……え、当たった?
「そもそも彼方は攻撃魔法を得意としておらぬはず。マイナに命中したのもたまたまであろう」
「――ディグちゃん、もう大丈夫だから」
ああ、そういえば回復魔法をかけてたんだった。気が付いたら俺はマイナさんの体をあちこちまさぐっていた。うん、いつも通りのすべすべ……
「ディーやん、触りすぎやで」
「あっ! ごめんなさい…… って、ランビルドは??」
はるか上空だからなのか、あるいはだからこそなのか、細長くも強く燃え上がる火柱がランビルドを中心に高くそそり立っている。炎が飛び散らないのは燃え広がるための空気が薄いせいと、それでも激しく燃え上がるのはランビルドの体内のマナに火がついたためだろう。
「あっ、あああ! あああぁぁぁああああ!!!!」
服が燃え、声はすれどマナが練れずに消火できない状態で焦げた匂いが漂い始める。
「……助けますか?」
「情報が取れないのはつらいところだが、生かす方が危険だと思わぬか?」
「それは、そうなんですが……」
冷たい目だ。俺と初めて会った時ですらこんなに冷たい目をしたことはない。
怒りも悲しみもない、空虚な眼差しの先には、助けを呼ぶことすらできない真っ黒な黒色の人形になりかけているかつてのメンバーに、ラスキーさんはただその最後を見届けようとしている。
「!? なんだ!」
「あっ、火が消えたで??」
「そんな馬鹿な! まだランビルドは燃え切っておらぬぞ!」
突然周囲が粘度の濃いマナで満たされた。空気に混じってどろりとした感覚が肌を満たすと同時に、燃え上がっていたランビルドを包む火柱もまた消えてしまった。
「はぁ…… はぁ…… 魔王、か」
『たわけが。碌に策も弄さず貴様一人で倒せると思ったか?』
「そ、それは…… んぐっ!!??」
だが、次の瞬間それでも肌色の部分が残っていたランビルドの体が瞬時に茶色く変色し、ぼろぼろと崩れていくではないか。
「そ、んな…… お、ご、お、っふぉ……」
「なにが、起こって、おるのだ……?」
一連の状況が理解できないでいると、突如高らかな笑い声が辺りに響いた。
『ハーッハッハッハッハ!! よく来た、我が城に。愚かな素材どもよ』
「ランビルドは…… どうなった?」
『焦るな。我ら、それぞれ知らぬ間柄でもあるまいに』
心がざわつく。
何故こいつは、こうも人を苛立たせる?
『すでに侵入者がいるようだな。ようやく念願がかなうという時に。……待っているぞ、原初の片割れよ』
「へん、その片割れはもうないぞ。ここに来るのに全部使ったからな!」
俺は背後の裂け目の入った壁を指さす。ここから見るともうそれはそれはそっくりだが、あえて何に似てるかは言わない。
『これは、また立派な頭よ。吾輩の好みの形をしている。迷宮とはこうでなくてはな』
「え、魔王って女なのか」
「妾も初めて知ったわ」
「――立派なのは同意見」
「そう言う事やなくない?」
『そしてもう貴様の中にないのも好都合。それはもう使わないと言うことだな?』
「……それって、どういう」
再び地面が揺れる。今度こそ魔法ではなく、この雲の島が揺れている。
「わ、わわわ、わあぁぁ!!??!?」
「――捕まって!」
マイナさんがマナを練り、地面に向かって足元を固定する。半裸の彼女に捕まるところはほとんどないので全員が抱き着く形になってしまったが。
「何が、起こって…… ってええええええええ!!?!??!?!」
背後に妙な違和感を覚えた俺は、振り向いたことを後悔した。
「お、おおちちちおおちち!!」
「どうしたディグラッド!?」
「迫ってくる! 後ろのシンボルが!」
目で見える速度で、背後のアレがすぐ後ろまで迫っている。
「きゃあああああああ!!!!」
「は、走れーーー!!!!!」
マイナさんの魔法を無理やり解除して、彼女を抱いて走り出した。
こうなってはランビルドの事を考える余裕はない。急いで目の前の迷宮へと向かう。
『ほら、ここだ! しっかり狙え!』
ゆっくり調べる暇もなく、目の前にある巨大な迷宮へと目を向ける。視界にギリギリ入ったのは、巨大な門だ。赤黒く染まる両開きの扉は、何故か背後からのシンボルがそのまま突き刺さったとしても十分な大きさがあるではないか。
「ひょっとして迷宮が迷宮を飲み込む!? 飲み込めるのか!!??」
「――ねえ、それってもしかしてセッ」
俺は慌ててマイナさんの口をふさぐ。
一瞬思った。確かに思った。シンボルがハマるようにできた門とか、そうとしか考えられない。けども、俺と魔王がそれぞれ奪い合った原初の欠片同士が双方を求めあってできた形状であると考えると、あながち偶然とも言い難い。
「逃げ場もないぞ! どうするディグラッド!」
「だったら…… 入るしかないでしょう!!」
「さしずめわっちらは子種になるんかいな? 出てきたあたりそのまんまやけど」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか!!」
門が開く。
同時に、迷宮の破損を最小限にするためか多量の粘液が噴出する。色は無色だがなんとなく白っぽい気もする。
「急ぎや! もうちょっとで中に入れるで!」
幸いにも中へ入るための妨げにはならなかったので、何とか俺たちはその粘液をかき分けながらもシンボルより先に侵入を果たした。
「……うわ、なんという内装をしておる」
「これ、見たことあるぞ……」
そう、例の勇者の力を封じた城、レスクス城に。
ただし、その大きさは全く違う。なんせあんな巨大な迷宮を納めるというのだ。
そのホールは、果てしなく広い。
「……これだけ広いと、入ってしまうやもしれんな」
「ガバガバやん」
だが、中を通ってきた俺たちならではの感想しか出なかった。
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