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第4殿 迷宮の向こう側へ
第71洞 雲の大地へ
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季節は移ろい、ロレンシナの夜はそれでも冷たい風が吹いている。
「……お父様?」
「あれ? クリストリス? 眠れない?」
すっかり夕食会も終わってほとんどが床についた真夜中、夜空を見るために外へ出ていた俺に彼女が声をかけてきた。
「なんていうか、気持ちが昂ってるのかな」
「私もです」
わずかな間ではあったが、この子は俺のお腹にいた。文字通り腹を割いて生まれてきたが、その肉体は事実上本当の人間と作りが違う。
「……かわいいな」
「へっ!? 急になんですか!」
隣に座り込むその横顔に、俺は素直な感想を口にした。微かな月明かりでもその頬が朱に染まるのがわかった。
「本当に俺の子なのか?」
「……だから、急すぎです。そんでもって、本当にお父様の子供です」
「母親は誰?」
あえて今まで聞かなかった、聞けなかった質問。
彼女の顔に宿る面影は、今いる俺のパートナーたちの誰からも遠い。
そのくせ俺の顔と近いのにかわいい。何かの突然変異かな?
「言えません。言えば、きっと私は生まれてこないと思うから」
「うちの『迷宮たらし』にいないのか?」
「言えません」
頑固だな。でもきっと立場が逆なら俺も言わない だろう。それは自分のためじゃない。双方の幸せのために口にしないだろうから。
「わかった。聞かない」
「じゃあ、一つ教えて下さい」
「メンバーで一番大事な女なら答えないぞ」
「違います!」
一瞬声を荒げたが、すぐにしおらしくなって質問を続けた。
「私が死んだら、悲しいですか?」
「……そりゃ、まあね」
彼女の言葉が頭の中で教授の言葉と重なる。求める未来の先には、このクリストリスは存在しない。新しい彼女が新しい体と心と時代の中で育つはずだ。
「それはダメです」
「え?」
「私が死んでも、お父様は笑顔でいて下さい」
「無理が過ぎる」
「じゃあ、私を抱いてくれますか?」
「話がおかしい」
「私はこの体であるうちは人間じゃないし、未成年でもないですよ。血のつながりもありません!」
「そういう問題じゃない!」
しかしクリストリスはそっと俺の腕に体重をかける。服の上からでもわかる彼女の温もりは、俺の心臓を激しく動揺させるに十分だった。
もしかして、クリストリスの母親は――
「さ、さ! もう寝よう。明日は早くに上へ行かなきゃだし」
「……はい!」
眠くはないが、これ以上は徹夜になりそうだ。それは色んな意味で避けなければならない。
しかし、俺の頭の中は新しく浮かんだ疑惑と別の意味での胸の高鳴りが、うっすらと空が明るくなるまで延々と頭の中を駆け巡っていた。
◇
「じゃあ、クリストリス・ホーリーエールさんにこれを」
翌朝、母さんの作る朝食を食べていると再度やってきたリブラード議長がクリストリスに本人のギルドライセンスを手渡した。
「メンバー登録も終わってる。君はもう『迷宮たらし』の一員だ」
「ありがとうございます!」
ニコニコしながらクリストリスがライセンスを受け取る。しかしその特記事項に、俺にはなかった特記事項が追加されていた。
「クリストリス、何か書いてない?」
「はい。私が探索者として迷宮に入るのにちょっと条件があるんです」
「なになに? 『但し、探索者として活動する際にはパーティメンバーいずれかを同伴させること』だって。……どういう事?」
「ああ、それは改めでこちらが説明するよ」
リブラード議長はわざとらしく咳払いすると、俺を含めた「迷宮たらし」全員に聞こえるように話し始めた。
「今回、クリストリス・ホーリーエール氏を探索者ギルドに登録する際、反対と賛成が半々あった。主な反対理由は『出身が不明瞭すぎる』という点だ」
「そ、それは俺が生んだからですか??」
議長は、分かりやすく頭を大きく振る。
「そもそも、君たちが言うようにクリストリス氏を『未来から来た勇者だ』と認めている役員が少ないのだよ」
「そんな! 俺はちゃんと見ました!」
「残念ながら評議会の面々からは『実績のない探索者の報告は、全面的に信用できない』として、ディグラッド君の話をまるまる信用していない、というのが現状なんだよ」
うぐ…… 俺自身の信用度、か。
確かに俺は三桁台の探索者でもあるし、何ならライセンスを作ったのもごくごく最近だ。
ダンジョンマイスターとして教授の元いくつかの報告書を作成したことはあるけど、今回のように大きな決めごとをする際に決定的な発言権はないに等しい。
「まあ、信用度というのは人間性や縁者の繋がりによって、ある程度拡大されることもある」
「吾氏やリフィールがここにいるのも、それが理由だな」
「それに、君が過去に提出した『大暴走について』の評価が一部の議員にしっかり伝わっていたからこそ、半分の賛成議員もちゃんといるんだ」
アレはアレで俺一人の手柄じゃないけど。
そう言われると背中がムズムズするな。
「よって、クリストリス氏は『迷宮たらし』の面々と同行する、という形で我々の管理化に置くものとする。これは最大の譲歩だと理解して欲しい」
「君たちがこの立派な迷宮を建ててる間も、ギルドでは『監視下に置けないなら活動させるべきではない』などの提案もあったくらいだ。なだめるのに苦労したよ」
「そんなことがあったんですか……」
言わんとすることは分かる。
確かに俺たちは魔王種の完全体が生まれる前に先手を取って動けている。けどそれはあくまで先手が打てているからこそギルド本部側に現実味がない。
要するに俺たちの報告そのものが嘘と思われてもおかしくないわけだ。
「まあ色々あったが、クリストリス君の行動はある程度までなら保証されるようになったわけだ」
議長がニヤリと笑う。多分この人は俺たちを信用してくれているとは思う。
だって笑いかたが教授にそっくりだし。
「期待してるよ、ディグラッド・ホーリーエール君」
「はい!」
「……さて、それじゃあ出発の時間だな」
俺たちは議長に一礼してシンボルの迷宮へと入っていく。
「よし、じゃあ始めよう。『迷宮たらし』の諸君、中央の円状のレリーフに乗ってくれ」
教授がニコニコしながら指示を送る。とても生き生きしているのはきっとあらかた解析を終えたのだろう。迷宮のシステムを触りたくて仕方がない子供のような顔になっている。
「これでいいですか?」
「うむ」
「あ、ここって原初の迷宮みたいになってるのね」
中を覗きに来た母さんが率直な感想を言う。本人が言うんだからその仕組みも同じもので間違いないだろう。
「もともとの要素として活用されているのかもしれん。上る時間と体力の節約ができるなら、これ以上のシステムはあるまい」
教授は床から突き出たマナクリスタルに触れる。それは床のレリーフを通じて俺たちの足元を照らすと、光はふわりと空中に舞い上がる。
「わ、綺麗」
光の輪っかが俺たちを通過して、ぱっと弾ける。するとまた足元から輪っかが浮き出る。先ほどよりも早く上へ舞い上がり、弾ける。それが何度も舞い上がっては弾けるたびにその速度は上がっていく。
「……おっ、体が」
「浮き、あ が る ? ?」
「気 を 付 け て なーーーーーーー」
視界がぐるぐると回転する。……いや、俺たちがぐるぐると捻じれて小さくなり、その光の輪っかごと俺たちは小さな筒の中へと吸い込まれた。
「うわわわあああああ、……あ??」
絶叫が出た瞬間、俺たちはミルさんがこれを作った時の小部屋に出た。
まさに一瞬。
「……え?」
「もしかしてもう着いたでござるか?」
俺はあの時ろくに調べもせずにここを出たから、果たしてこの部屋がどこにあたるかは全くわからない。
「出てみましょ―― って、出方も分からないけど」
「確かに。壁しかあらへんやん」
「下からでは見えなかった部分やもしれぬぞ。気を抜くな」
作りが近いなら先端は丸い卵型になってるはずだ。かといって、それならそれで出口は天井側ということになる。けれど上の方は完全に閉じているし人が出れそうな門はない。
「……さすったらいいのかしら」
「ベルやん、気持ちは分かるんやけど違うもん出てきたら困るやんか」
「そ、そうよね。何言ってるんだろ」
「いや、案外触ると開くのかも」
地下の迷宮でも、父さんは手で壁をこじ開けていた。なら、これも同じ理屈じゃないだろうか。
俺はそっと壁に手を当ててみた。それは思ったような感触とは違い、ひんやりとした石造りの手触りが返ってきた。
「……うん、うん。普通の壁だったわ」
「あたしも調べてみる」
「某も」
「妾はこっちを探ってみよう」
それぞれが思い思いの場所をまさぐって出口を探す。誰もが特に声も上げずに調べていると、不意に光が差した。
「あっ、お父様! ここ!」
「クリストリス!? そこか!」
「この管、まだ伸び切っていなかったみたい」
彼女が調べていた壁には縦方向へ切れ目が走っていた。しかも、俺たちが通ってきた管は今もその切れ目へと伸びている。
もしかしたら、まだこの迷宮は未完成だったのかもしれない。
「ねえ、もしかしたらあの昇降装置って直接ここから外に出れたんじゃない?」
「そうみたいだな。たまたまこの部屋まで開通してたけど、下手したら足りなくて落ちてたかも」
あの高さを思い出すと、思わず腰がキュンと冷える。
……これ、皆にはわかんないだろうな。
「あ、分け目が大きくなるでござる!」
人が十分入れるほどの広さになると、白い煙がふわりと入り込んでは消えていく。それは冷たく部屋の気温をぐっと下げてくる。
「ひゃっ!?」
「わわ、さぶううう!」
ベルとイレーナさんが出口から遠ざかる中、ミサオさんはどこからともなく取り出した上着をひらりと身に着けた。
「ふむ、やはりフジタカ山脈より高い場所なら当然寒いと思っていたでござる。」
「ちょ、ミサオさん!? ずるい!」
「さすがに今から準備はできないし…… お姉ちゃん、ちょっと」
「――ん。わかった」
水中呼吸の魔法を応用させて、大気の間に空気の層を作り上げる。姉妹ならではの発想で俺たちはようやく雲の上の大地に両足で立った。
俺はそっと後ろを振り向く。うん、やっぱり先っちょに似てるわ。見覚えある。
「なんか、ブヨブヨしてるね」
クリストリスが恐る恐る足下の地面を踏みしめる。考えたことなかったけど、雲って人が立てるものだったっけ?
「――なんか、今にも落ちそうで怖い」
「心配ないぞ。落ちてもすぐ魔法で落下速度は落とせるゆえな」
「ラスキーはん、ソレ洒落になってないで……」
「ならば早く土のある場所に行くでござるよ」
一歩、一歩足元を確かめながら俺たちは向かう。
「……ねえ、目的の迷宮ってどこ?」
「――真っ白」
「多分、こっちです」
勇者の第六感か、あるいは未来の記憶か、クリストリスが自然と先頭になって歩き出した。
周囲は胸のあたりまでが雲に覆われており、地形は手探り足探りで前に進んでいる。流石に空気はもう冷たくはないが、雲に触れるたびに水分が肌にへばりつくとやはり冷たさを感じる。
「……! 突風です!」
「やば、みんなしゃがんで!」
クリストリスの声に全員が雲の中に身を投じる。しかし思ったより強い突風は周囲の雲を思いっきり吹き飛ばし、すぐに俺たちの姿が空のもとに晒された。
「この風…… 魔法? みんな周りに気をつけて!」
風に混じって微かなマナが俺の目にとまる。どうやら敵は俺たちの侵入を待ち構えていたようだ。
「あっ、地面……?」
あと数歩という所でようやく茶色い見慣れた地面が見えた。が、問題はその先だ。
「何奴!?」
ミサオさんがいち早く地面の上に立って刀を抜く。
それにならってラクナーシャ姉妹が後ろに立って応じるが、俺とイレーナさん、そしてラスキーさんはその場で固まってしまった。
「お父様?」
「クリストリスはあの顔に見覚えは?」
「いいえ、初めて見ます」
「ということは、奴は魔王ではないと思ってよいのか?」
「……せやけど、わっちらにとっては魔王も変わらんのとちゃいます?」
俺は腰のナイフに手を伸ばす。そういえば借りっぱなしだった。けど、返さなくてよかった。
「また会ったな、ファルアストの探索者」
ここで会うとは思わなかった。
でも、会ったなら避けて通れない。
「……ランビルド!」
「お前も覚えていてくれたか。光栄だ」
その名前を口にすると、ミサオさんたちがこちらに戻って改めて刀を構えた。
静寂が辺りを包む。
ランビルドは、ロレンシナで別れた時と姿が変わっていた。顔や体つきに大きな違いはないが、髪や髭は所々白く染まり、目はくぼんで真っ白になっている。
「其方が、魔王か?」
「冗談はやめてくれ、ラスキー。俺はまだそこまで大層な者じゃない」
周囲のマナが、ぐっとランビルドに集まる。それは、魔法を唱える合図だった。
「もっとも、近々そうなるかもしれんがな」
「……お父様?」
「あれ? クリストリス? 眠れない?」
すっかり夕食会も終わってほとんどが床についた真夜中、夜空を見るために外へ出ていた俺に彼女が声をかけてきた。
「なんていうか、気持ちが昂ってるのかな」
「私もです」
わずかな間ではあったが、この子は俺のお腹にいた。文字通り腹を割いて生まれてきたが、その肉体は事実上本当の人間と作りが違う。
「……かわいいな」
「へっ!? 急になんですか!」
隣に座り込むその横顔に、俺は素直な感想を口にした。微かな月明かりでもその頬が朱に染まるのがわかった。
「本当に俺の子なのか?」
「……だから、急すぎです。そんでもって、本当にお父様の子供です」
「母親は誰?」
あえて今まで聞かなかった、聞けなかった質問。
彼女の顔に宿る面影は、今いる俺のパートナーたちの誰からも遠い。
そのくせ俺の顔と近いのにかわいい。何かの突然変異かな?
「言えません。言えば、きっと私は生まれてこないと思うから」
「うちの『迷宮たらし』にいないのか?」
「言えません」
頑固だな。でもきっと立場が逆なら俺も言わない だろう。それは自分のためじゃない。双方の幸せのために口にしないだろうから。
「わかった。聞かない」
「じゃあ、一つ教えて下さい」
「メンバーで一番大事な女なら答えないぞ」
「違います!」
一瞬声を荒げたが、すぐにしおらしくなって質問を続けた。
「私が死んだら、悲しいですか?」
「……そりゃ、まあね」
彼女の言葉が頭の中で教授の言葉と重なる。求める未来の先には、このクリストリスは存在しない。新しい彼女が新しい体と心と時代の中で育つはずだ。
「それはダメです」
「え?」
「私が死んでも、お父様は笑顔でいて下さい」
「無理が過ぎる」
「じゃあ、私を抱いてくれますか?」
「話がおかしい」
「私はこの体であるうちは人間じゃないし、未成年でもないですよ。血のつながりもありません!」
「そういう問題じゃない!」
しかしクリストリスはそっと俺の腕に体重をかける。服の上からでもわかる彼女の温もりは、俺の心臓を激しく動揺させるに十分だった。
もしかして、クリストリスの母親は――
「さ、さ! もう寝よう。明日は早くに上へ行かなきゃだし」
「……はい!」
眠くはないが、これ以上は徹夜になりそうだ。それは色んな意味で避けなければならない。
しかし、俺の頭の中は新しく浮かんだ疑惑と別の意味での胸の高鳴りが、うっすらと空が明るくなるまで延々と頭の中を駆け巡っていた。
◇
「じゃあ、クリストリス・ホーリーエールさんにこれを」
翌朝、母さんの作る朝食を食べていると再度やってきたリブラード議長がクリストリスに本人のギルドライセンスを手渡した。
「メンバー登録も終わってる。君はもう『迷宮たらし』の一員だ」
「ありがとうございます!」
ニコニコしながらクリストリスがライセンスを受け取る。しかしその特記事項に、俺にはなかった特記事項が追加されていた。
「クリストリス、何か書いてない?」
「はい。私が探索者として迷宮に入るのにちょっと条件があるんです」
「なになに? 『但し、探索者として活動する際にはパーティメンバーいずれかを同伴させること』だって。……どういう事?」
「ああ、それは改めでこちらが説明するよ」
リブラード議長はわざとらしく咳払いすると、俺を含めた「迷宮たらし」全員に聞こえるように話し始めた。
「今回、クリストリス・ホーリーエール氏を探索者ギルドに登録する際、反対と賛成が半々あった。主な反対理由は『出身が不明瞭すぎる』という点だ」
「そ、それは俺が生んだからですか??」
議長は、分かりやすく頭を大きく振る。
「そもそも、君たちが言うようにクリストリス氏を『未来から来た勇者だ』と認めている役員が少ないのだよ」
「そんな! 俺はちゃんと見ました!」
「残念ながら評議会の面々からは『実績のない探索者の報告は、全面的に信用できない』として、ディグラッド君の話をまるまる信用していない、というのが現状なんだよ」
うぐ…… 俺自身の信用度、か。
確かに俺は三桁台の探索者でもあるし、何ならライセンスを作ったのもごくごく最近だ。
ダンジョンマイスターとして教授の元いくつかの報告書を作成したことはあるけど、今回のように大きな決めごとをする際に決定的な発言権はないに等しい。
「まあ、信用度というのは人間性や縁者の繋がりによって、ある程度拡大されることもある」
「吾氏やリフィールがここにいるのも、それが理由だな」
「それに、君が過去に提出した『大暴走について』の評価が一部の議員にしっかり伝わっていたからこそ、半分の賛成議員もちゃんといるんだ」
アレはアレで俺一人の手柄じゃないけど。
そう言われると背中がムズムズするな。
「よって、クリストリス氏は『迷宮たらし』の面々と同行する、という形で我々の管理化に置くものとする。これは最大の譲歩だと理解して欲しい」
「君たちがこの立派な迷宮を建ててる間も、ギルドでは『監視下に置けないなら活動させるべきではない』などの提案もあったくらいだ。なだめるのに苦労したよ」
「そんなことがあったんですか……」
言わんとすることは分かる。
確かに俺たちは魔王種の完全体が生まれる前に先手を取って動けている。けどそれはあくまで先手が打てているからこそギルド本部側に現実味がない。
要するに俺たちの報告そのものが嘘と思われてもおかしくないわけだ。
「まあ色々あったが、クリストリス君の行動はある程度までなら保証されるようになったわけだ」
議長がニヤリと笑う。多分この人は俺たちを信用してくれているとは思う。
だって笑いかたが教授にそっくりだし。
「期待してるよ、ディグラッド・ホーリーエール君」
「はい!」
「……さて、それじゃあ出発の時間だな」
俺たちは議長に一礼してシンボルの迷宮へと入っていく。
「よし、じゃあ始めよう。『迷宮たらし』の諸君、中央の円状のレリーフに乗ってくれ」
教授がニコニコしながら指示を送る。とても生き生きしているのはきっとあらかた解析を終えたのだろう。迷宮のシステムを触りたくて仕方がない子供のような顔になっている。
「これでいいですか?」
「うむ」
「あ、ここって原初の迷宮みたいになってるのね」
中を覗きに来た母さんが率直な感想を言う。本人が言うんだからその仕組みも同じもので間違いないだろう。
「もともとの要素として活用されているのかもしれん。上る時間と体力の節約ができるなら、これ以上のシステムはあるまい」
教授は床から突き出たマナクリスタルに触れる。それは床のレリーフを通じて俺たちの足元を照らすと、光はふわりと空中に舞い上がる。
「わ、綺麗」
光の輪っかが俺たちを通過して、ぱっと弾ける。するとまた足元から輪っかが浮き出る。先ほどよりも早く上へ舞い上がり、弾ける。それが何度も舞い上がっては弾けるたびにその速度は上がっていく。
「……おっ、体が」
「浮き、あ が る ? ?」
「気 を 付 け て なーーーーーーー」
視界がぐるぐると回転する。……いや、俺たちがぐるぐると捻じれて小さくなり、その光の輪っかごと俺たちは小さな筒の中へと吸い込まれた。
「うわわわあああああ、……あ??」
絶叫が出た瞬間、俺たちはミルさんがこれを作った時の小部屋に出た。
まさに一瞬。
「……え?」
「もしかしてもう着いたでござるか?」
俺はあの時ろくに調べもせずにここを出たから、果たしてこの部屋がどこにあたるかは全くわからない。
「出てみましょ―― って、出方も分からないけど」
「確かに。壁しかあらへんやん」
「下からでは見えなかった部分やもしれぬぞ。気を抜くな」
作りが近いなら先端は丸い卵型になってるはずだ。かといって、それならそれで出口は天井側ということになる。けれど上の方は完全に閉じているし人が出れそうな門はない。
「……さすったらいいのかしら」
「ベルやん、気持ちは分かるんやけど違うもん出てきたら困るやんか」
「そ、そうよね。何言ってるんだろ」
「いや、案外触ると開くのかも」
地下の迷宮でも、父さんは手で壁をこじ開けていた。なら、これも同じ理屈じゃないだろうか。
俺はそっと壁に手を当ててみた。それは思ったような感触とは違い、ひんやりとした石造りの手触りが返ってきた。
「……うん、うん。普通の壁だったわ」
「あたしも調べてみる」
「某も」
「妾はこっちを探ってみよう」
それぞれが思い思いの場所をまさぐって出口を探す。誰もが特に声も上げずに調べていると、不意に光が差した。
「あっ、お父様! ここ!」
「クリストリス!? そこか!」
「この管、まだ伸び切っていなかったみたい」
彼女が調べていた壁には縦方向へ切れ目が走っていた。しかも、俺たちが通ってきた管は今もその切れ目へと伸びている。
もしかしたら、まだこの迷宮は未完成だったのかもしれない。
「ねえ、もしかしたらあの昇降装置って直接ここから外に出れたんじゃない?」
「そうみたいだな。たまたまこの部屋まで開通してたけど、下手したら足りなくて落ちてたかも」
あの高さを思い出すと、思わず腰がキュンと冷える。
……これ、皆にはわかんないだろうな。
「あ、分け目が大きくなるでござる!」
人が十分入れるほどの広さになると、白い煙がふわりと入り込んでは消えていく。それは冷たく部屋の気温をぐっと下げてくる。
「ひゃっ!?」
「わわ、さぶううう!」
ベルとイレーナさんが出口から遠ざかる中、ミサオさんはどこからともなく取り出した上着をひらりと身に着けた。
「ふむ、やはりフジタカ山脈より高い場所なら当然寒いと思っていたでござる。」
「ちょ、ミサオさん!? ずるい!」
「さすがに今から準備はできないし…… お姉ちゃん、ちょっと」
「――ん。わかった」
水中呼吸の魔法を応用させて、大気の間に空気の層を作り上げる。姉妹ならではの発想で俺たちはようやく雲の上の大地に両足で立った。
俺はそっと後ろを振り向く。うん、やっぱり先っちょに似てるわ。見覚えある。
「なんか、ブヨブヨしてるね」
クリストリスが恐る恐る足下の地面を踏みしめる。考えたことなかったけど、雲って人が立てるものだったっけ?
「――なんか、今にも落ちそうで怖い」
「心配ないぞ。落ちてもすぐ魔法で落下速度は落とせるゆえな」
「ラスキーはん、ソレ洒落になってないで……」
「ならば早く土のある場所に行くでござるよ」
一歩、一歩足元を確かめながら俺たちは向かう。
「……ねえ、目的の迷宮ってどこ?」
「――真っ白」
「多分、こっちです」
勇者の第六感か、あるいは未来の記憶か、クリストリスが自然と先頭になって歩き出した。
周囲は胸のあたりまでが雲に覆われており、地形は手探り足探りで前に進んでいる。流石に空気はもう冷たくはないが、雲に触れるたびに水分が肌にへばりつくとやはり冷たさを感じる。
「……! 突風です!」
「やば、みんなしゃがんで!」
クリストリスの声に全員が雲の中に身を投じる。しかし思ったより強い突風は周囲の雲を思いっきり吹き飛ばし、すぐに俺たちの姿が空のもとに晒された。
「この風…… 魔法? みんな周りに気をつけて!」
風に混じって微かなマナが俺の目にとまる。どうやら敵は俺たちの侵入を待ち構えていたようだ。
「あっ、地面……?」
あと数歩という所でようやく茶色い見慣れた地面が見えた。が、問題はその先だ。
「何奴!?」
ミサオさんがいち早く地面の上に立って刀を抜く。
それにならってラクナーシャ姉妹が後ろに立って応じるが、俺とイレーナさん、そしてラスキーさんはその場で固まってしまった。
「お父様?」
「クリストリスはあの顔に見覚えは?」
「いいえ、初めて見ます」
「ということは、奴は魔王ではないと思ってよいのか?」
「……せやけど、わっちらにとっては魔王も変わらんのとちゃいます?」
俺は腰のナイフに手を伸ばす。そういえば借りっぱなしだった。けど、返さなくてよかった。
「また会ったな、ファルアストの探索者」
ここで会うとは思わなかった。
でも、会ったなら避けて通れない。
「……ランビルド!」
「お前も覚えていてくれたか。光栄だ」
その名前を口にすると、ミサオさんたちがこちらに戻って改めて刀を構えた。
静寂が辺りを包む。
ランビルドは、ロレンシナで別れた時と姿が変わっていた。顔や体つきに大きな違いはないが、髪や髭は所々白く染まり、目はくぼんで真っ白になっている。
「其方が、魔王か?」
「冗談はやめてくれ、ラスキー。俺はまだそこまで大層な者じゃない」
周囲のマナが、ぐっとランビルドに集まる。それは、魔法を唱える合図だった。
「もっとも、近々そうなるかもしれんがな」
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「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
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