お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第4殿 迷宮の向こう側へ

最奥洞 大人への船出

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「あっ、日が昇る」

 寝息を立て始めたマイナさんをそっと俺から降ろし、窓から見える景色にちょっと懐かしさを感じた。

「……ディグ?」
「あ、ごめんベル。起こした?」
「ううん、ちょっと昨日はしゃぎすぎたみたい。頭がぼんやりする」

 そう言いながらベッドに敷いていたバスタオルを羽織って洗面所に向かう。……ちょっと前かがみなのが気になるが。
 窓を開けて空気を取り込むと、下の方から空を切る音が聞こえてきた。

「……うわ、ミサオさん今日も日課の素振りしてる。昨日あんなに乱れてたのに元気だなぁ」

 すぐ下の大きな庭はトレーニングにも使えるようにちょっとした広さを用意してもらった。おかげでたまに皆が体を動かすのに使ってる。

「……そういえば、もうすぐ出発だな」

 半年前、俺たちは教授のつてもあってようやく自分たちのギルドハウスに引っ越すことができた。だというのに、これからのことでなかなか一同に集まれない時間が続いた。
 それもこれも、空の迷宮から帰るときに新しい大陸を見つけたことが原因だ。
 大陸の外へ出ることなんて考えたことのない俺たちにとって、新天地は完全に想定外のことだった。あのアンカー教授ですら新大陸へのアプローチに即答できず、そのまま今に至るわけで。

「……お、ディグラッド。起きておったか」
「ラスキーさん、おはようございます」
「うむ。他の奴らも風呂に入れてやってくれ。じきに朝食ができる」
「ありがとうございます」

 俺はまだ寝ているイレーナさんを起こし、洗面所にいたベルに声をかけてお風呂に行かせた。多分マイナさんはまだ起きないだろうから、朝から運動しているミサオさんにも声をかけると、俺も風呂に入った。

「あれ、ベル調子悪い?」
「へ?? どうして?」
「いや、なんか少し顔色が悪いっていうか」

 湯船に浸かっているみんなと見比べても、若干顔色が悪い。イレーナさんたちも心配そうに彼女の顔を覗き込むが、ベルは気丈にも笑顔を作る。

「うん、ちょっと気持ち悪いだけ。ごめんね、心配かけて」
「ダメでござるよ。もうすぐディグ殿も新しい任務に就くタイミングでござる。某らのだれもが万全の体調でなければ」

 そういうミサオさんのお腹は、実はちょっと膨らんできている。彼女たちの中では一番最初に妊娠が発覚したのだ。医者の見立てでは五カ月手前らしいが、覚えはその前からあるんで俺の子供で間違いないだろう。

「そう思うなら、ミサオさんは朝の日課も控えめの方がいいんじゃない?」
「元気な子を産むには適度な運動が必要でござろう? 夜も、朝も、大事でござる」

 別にミサオさん自身に悪気はないのだが、ベルはあの迷宮で体の機能…… とりわけ子宮を体から取り出されたこともあって、妊娠への不安が強い。俺との行為は続けているので、問題が無ければ妊娠はするのだが、今のところ予兆はない。

「わっちもそろそろ来てもええと思うんやけどなぁ」
ミナナギイレーナさんは元から妊娠しにくい種族じゃないですか。気長に行きましょうよ」
「記念すべき一人目はミサオに取られてもうたしな」

 と、そこで俺はある可能性に気が付いた。

「……なあ、ベル」
「なに?」
「もしかしてさ、来たんじゃないか?」
「それは、うーん…… どうかな」
「午前中はギルドの用事があるから、終わったら一緒に病院行こう」
「……うん」

 風呂から上がると入れ替わりでマイナさんが風呂に入ってきた。

「――あ、ずるい。みんなでお風呂」
「マイナさんはさっき寝たばっかじゃないですか」
「ほら、パパったらあんなこと言うんだよ―― ひどいよね」

 そういうマイナさんのお腹もポッコリと膨らんでいる。彼女の子供の父親も間違いなく俺だ。本人は体が小さい分お腹も目立つのが恥ずかしいと言っているが、俺は誇らしさ半分、申し訳なさ半分だ。
 なんせ、計算上彼女は……

「おい、朝食できておるぞ。準備ができたものから食べよ」
「はーい」
「ちょ、ラスキーさんまたそんな格好で……」
「なんだ、ベル。きちんとエプロンはしておるぞ」
「それ以外がないって言ってるんです!」

 実はラスキーさんもミサオさんに次いで妊娠している。彼女は年齢からもこれが最初で最後だとも言われている。そもそも子供を産むつもりなどなかったラスキーさんが身籠ったという話は、あっという間に大陸中で知れ渡ることになった。何故ならあの『無限の大地』のセクシー担当が若い燕を囲ったというニュースは、ファンにとってものすごい衝撃だったというから驚きだ。

「あ、ラスキーさん。昼ごはん食べたらベルと病院行ってきます」
「病院? どこか悪いのか?」
「ええっと、すいません。調子が悪くって」
「どれ、見てみよう」

 ラスキーさんはベルの様子を近くで見る。あちこち触っては首を傾げ、また妙に笑顔になったり、俺にはさっぱりわからない。

「……確証はないが、健康だとは思うぞ」
「ありがとうございます」
「うむ。いい診察をしてもらってくるがよい」

 いい診察って何だよ。ほぼ答えじゃないか。



   ◇



「いやー、快進撃だねディグラッド君」

 ギルドでの会議の前に学園に寄り道すると、教授に出会った。

「冗談じゃないですよ。俺に似あわない仕事ばかりで」
「君を雇って正解だよ。いやあ、すごいすごい!」

 俺が空の迷宮から帰ってから教授はずっとこうだ。
 魔王の討伐、迷宮の起源、そして新大陸発見。
 この数ヶ月で俺はギルドやら学会やら学園やらに引っ張りだこになってしまった。
 正直これらは俺が一人で成したことではないから、余計に話がややこしい。

「早く家でゆっくりしたいですよ」
「ははは! 当分無理だよ。なんせ来週だろう、出発は」
「ええ。一応みんなも連れて行きます。心配だし」
「現状、三人の子持ちになるわけか。いいじゃないか。たくさん子供を作りなさい」
「ただ…… まだ言ってないんですよ。大陸を出る事」

 ぴたりと教授は笑うのをやめて神妙な顔つきになる。

「なぜかね?」
「……迷ってるのかもしれないです。連れて行くのを。あるいは、俺じゃあ父親になれないかも、って考えてるのかもしれません」
「ふむ……」

 教授は顎をさすりながら何かを考える。だがわずかな時間で俺の背中を叩き、再び大声で笑った。

「はっはっはっは! 悩め悩め。悩んだ時間は無駄ではない。きっといい答えが出る。いい結果が待っている。考えて、悩んで、みんなのために動くがよいぞ」
「教授っ! 背中痛いですよ!」
「何かを悩むなんぞ、君らしくない! まっすぐでいいんだよ。それが君だ!」

 ……確かに。
 どうしてこんなに気弱になってるんだ? ディグラッド・ホーリーエール!

「お、チャイムだ。じゃあ吾氏わしは授業に行ってくるよ」
「はい。じゃあまた」

 俺は教授と別れ、ギルドに向かった。これからまたレポートと会議と打ち合わせと…… 考えたくないな。



   ◇



「おめでとうございます」
「じゃ、じゃあやっぱり!?」
「ええ。妊娠一ヶ月弱という所でしょうか」
「やったな、ベル! ……ベル?」

 ベルは無表情のまま、ただ涙を流した。
 彼女の気持ちを察した俺は、ただベルを強く抱きしめた。

「おめでとう…… おめでとうベル!!」
「うん、ありがと……」
「初めてのお子さんですか?」
「いえ、俺は一人産んでます」
「は?」

 つい自分の身の上話をしそうになったので、ベルの診察も早々に切り上げて俺たちは家に帰ってきた。

「なんだか、実感がないわ」

 しかし嬉しそうな顔をしつつ自分のお腹をさする。
 正直、彼女が一度失った内臓がきちんと再生しているかは賭けだった。たとえベルの命が助かっても、子供が産めない体になってしまうんじゃないか。そんな不安が帰ってきてからずっと続いていた。

「なあベル。話があるんだ」

 きっと、悩んでいたのはそこなんじゃないか。
 俺は自分にそう言い聞かせ、一つ決意をした。

「どうしたの?」
「結婚しよう」

 今度は妊娠発覚のときより驚いた顔をする。

「実は、新大陸の捜索隊に任命されたんだ。当分家には帰れない。だから、一緒に――」
「一緒に行く!」
「……ぷっ」

 結婚よりも別れて暮らすことの方に強い反応をしたベルに、俺はつい笑ってしまった。

「な、何がおかしいのよ!」
「いや、だって、結婚よりそっちに反応するなんてさ。……ベルらしいな、って思った」
「結婚なんて、形式だしね。あんたの帰りを待つ方がイヤ」

 そう言う所もベルらしい。

「もしかして、一緒に行くのってあたしだけ?」
「あー、それもちょっと考えてたんだけどさ」

 俺はギルドから渡された資料をテーブルに出した。そこには以前からの迷宮で乗った船と似たような乗り物の設計図が書かれていた。

「なに、これ?」
「海の上を渡るための乗り物で『探索船』って言うんだって。俺たち以外にも何人か船の操作のために人が乗れる大きさのものをギルドが作ってるんだ」
「これに乗るの?」
「空から見た感じだとひと月はかかるらしいからね。渡った先で食料が確保できるかどうかわかんないし」

 ベルは相槌を打つが基本は俺がずっと話すばかり。でも彼女は俺の話を静かに聞いてくれた。

「……って感じで、こっちに帰ってくるのは結構先になりそうなんだ」
「だからって、待つのはイヤよ」

 既に彼女の中で、もう決まっているようだ。
 なら、俺が言えることは一つだ。

「じゃあ、一緒に行こう」
「うん」
「……ありがとう」
「こっちこそ」


 ベルは、お腹の子を俺に抱かせるように俺を抱きしめた。
 静かに時が流れる。お互いの鼓動が聞こえるほどに近く、けれど最初の時のような緊張はもうない。
 けれど、この温もりはふとした瞬間に失われるほどに儚く、一度ならず二度も俺は失いそうになった。

「愛してる」
「あた……んっ」

 答えは聞かない。言いかけた口を俺ので塞ぐ。
 溢れる唾液を掬って飲む。その舌を俺ので舐める。これは俺のものだから俺が全部味わうのだ。

「んっ、ぁ……」
「ふっ、んく、ん……」

 思わず腕に力がかかる。離したくない。ずっと一緒にいたい。
 ――多分、ベルが嫌がっても連れて行っただろうな。

「――あ、ずるい」
「んっ!? お、お姉ちゃん!?」
「その様子だと―― おめでただった?」

 恐らくずっと様子を見ていたマイナさんに突っ込まれた。だって扉の開く音なんかしなかったし。
 姉の言葉で顔を赤らめる未来の妻は、やはり可愛いなと思った。



   ◇


『そうか。寂しくなるね』
「なあ、大陸の向こうにも迷宮はあるのかな」

 戻って来てからの一番の変化は、俺に迷宮の力の全てが消えたことだ。
 だからゼツリンと話すのもこうして直接教授の家に来ないとできなくなってしまった。

『あったとしてもぼくはそっちに行けないよ』
「え? なんで?」
『ぼくらは「原初の迷宮」影響下じゃないと活動できない。大陸の外は管轄外さ』
「そうか……」

 いろんな縁を築いてきたが、やはりいざ離れるとなると少し不安が残る。
 それに加えて、できていたことができなくなるのも大きいかもしれない。

『いいじゃないか。土産話、聞かせてよ』
「もちろん。たくさん聞かせてやるよ」
『ふふ。こっちの迷宮も、キミがいない間にものすごく増やしておくよ』
「くっ、そっちも面白そうだ」
「おーいディグラッド君! 明日の最終打ち合わせだ」
「あっ、今行きます! ……じゃあな」
『ああ。気を付けて』



 ――翌朝。

「晴れたね。出発には最高の日だ」
「実物を見ると大きいでござるな」

 ギルド御用達の巨大な港には、この半年近くをかけて作られた巨大な探索船が浮かんでいた。

「ジッポンで船のノウハウがあって助かったよ。遠洋経験者も少なくはないらしいが、大陸の発見には至ってない。君たちの記憶が頼りだ」

 リブラード議長もどこかソワソワしている。探索者なら幾つになっても新たな船出には好奇心が刺激されるようだ。

「道中気を付けてな。何かあったら帰ってこいよ」
「わかってるって、父さん」
「娘二人とも孕ましよって…… 無事に帰ってこなかったら親父の借金が増えると思え」
「――クソ親父。もっと言って」
「おーい、そろそろ出発しますよー!」

 身内の叱咤激励を聞いてるうちに、船長さんが俺たちに声を掛ける。

「じゃあ、行ってきます!」
「うむ。『迷宮たらし』の新たな冒険に、幸あれ!」

 船が帆を張る。ギシギシとマストが音を立てながら風を受けて、少しずつ岸が離れていく。

「行ってきまーす!」

 皆が見えなくなるのは意外と早く、俺たちはこれからの冒険に夢を膨らませていた。

「……女の子かな?」
「どっちでもいいさ。元気なら」
「イヤよ。約束したもん」
「産むとしたらどこだろうな。船の上か、新天地か、はたまた」
「冗談じゃない! 半年以内にはケリつけて戻るんだからな!」

 俺たちは予想外の声に驚いて後ろを振り返った。

「ご、ゴブリン!?」
「待て待て待てー!! ガブリックだろ!? 探索船製作の最大スポンサーの代表になんて口の聞き方だ!」
「い、いや、なんでお前も乗ってるんだよ!?」
「メニトラップ社からの出向だよ! ペリルとようやく結婚して、妊娠がわかったとたんこれだ! 出産に間に合わなかったら覚悟しろよ!」
「わ、ペリルさんと結ばれたのか。おめでとう」
「あ、ありがと…… じゃねーよ!」

 ああ、今回もまた色んなことが起きそうだ。
 けどなんでだろうな。
 何があっても、俺たちなら超えていける。
 そばにいる人たちの笑顔が、俺をそんな気持ちにさせてくれる。
 これからも、俺は手を伸ばすだろう。大切な人たちの笑顔のために。


          完
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