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第4話 スペイゴールの書(3)

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 スペイゴールの書という、伝説の書物を求めて冒険に出た三人は、サイクロプスの一件の後も次々と試練を乗り越え、ようやく最後の試練に到達した。

「もう山頂か」アキラが言った。「体力はかなり消耗したが、あと一歩だな」

 山頂には小さなレンガのドームがあり、入ると危険であることを示すかのように、まわりには骸骨が散らばっていた。

「ここまでたどり着いた冒険者もいるらしい」クリスがつぶやく。「でも、ここでみんなやられている」

「嫌な予感がしてきた」アキラは急に襲われないよう、周囲に注意を向けている。

 シエナは自身の羽織っている紫のマントで体を覆い、不気味に漂っている邪気から身を守った。

 すでに空の光もなくなり、辺りは暗い。

「あのドームに入ろう」クリスが覚悟を決めた。「これで最後の試練だ」

 三人は息を整え、ついにドームに足を踏み入れた。



 その頃、ユハ帝国では前代未聞の事態が発生していた。
 これまで破られたことのなかった、帝国の境界線が破られたのだ。境界線には常に一流の杖士ブレイカーたちを配置している。周囲の国や、危険な魔物から攻撃を受けたときには、彼らが瞬時に対処してくれるはずだった。
 しかし、そんな彼らが魔物の侵入者に次々とやられている。
 魔物ももう少しで議会が行われる大聖堂まで到達しようとしていた。

「ダークウルフだ!」国民の叫び声が飛び交っている。
杖士ブレイカーの助けを!」
「殺される!」

 この情報はすぐに議会まで飛んできた。
「なんだと? 杖士ブレイカーらはどうした? え? やつらに戦わせろ!」議長は事態の報告をしにきた国民にどなった。

「それが……彼らは皆倒れてしまったのです」国民は落ち込んだ表情で答えた。

「おかしい! そんなの私は断じて認めない!」議長は頭を抱えて発狂した。「私が雇った優秀な杖士ブレイカーだぞ!」

「議長」議員のルドルフが言う。「我々にはあの『デイブレイク』が必要なのでは? このことは直ちに皇帝に伝えて――」

「黙れ! あのろくでなしチームに任せてたまるか! 皇帝には何もかも順調だと伝えておけ!」

「しかし――」

「何か文句でも?」

「いいえ、承知しました」

 ユハ帝国はこの窮地をどうやって乗り切るつもりなのだろうか?



 ジャックとランランはダークウルフの死骸を片づけていた。

「気持ち悪い」ランランは半泣き状態だった。

 ダークウルフの血はかなりの異臭がする。さらには酸性も強いので、素手でさわると危険だ。

「血の処理は俺に任せろ」ジャックがここで少しだけ男を見せた。「せっかく腕のメンテナンスが終わったから、この腕に仕事をしてもらおう」

 彼はそのままサイボーグの右腕をダークウルフにあて、目をつぶって何かを唱え始めた。すると、三秒もたたないうちにダークウルフが消滅した。文字通り、消えてなくなった。

「なんで最初から使わなかったの、それ?」ランランが目を細くして聞く。

「消滅魔法は危険だし、準備がいる」ジャックが低い声で答えた。「一種の黒魔術だ」

「黒魔術が使えるの? それ、違法――」

「だから今まで使ってこなかったんだ。だが、自由の身なら好きに使える」

「本当の実力を隠してたってわけね」ランランがほっぺたをぷくっと膨らませる。「ずるい」

「そんな簡単なもんじゃない、黒魔術は。一歩間違えれば取り返しのつかないことになる」



 ドームに入った三人は、その黒魔術に苦戦していた。

「やっぱりなんか嫌な予感がしたんだ!」アキラが叫ぶ。「黒魔術はおっかないぞ!」

 暗闇で何も見えない恐怖。それに加え、不穏な低いトーンで唱えられている呪文が、彼らを痛めつけた。
 クリスは光がなくてもものが見える特殊な目を持っているが、今回は役に立たない。ただの暗闇ではなく、黒魔術による暗闇は、視界だけではなく希望も吸い取っていく。
 このドームの中に魔物は潜んでいないようだったが、三人は十分に苦しんだ。

「やめて! いや!」シエナが珍しく大声でわめく。

「おい、それは俺の腕だ!」
 シエナの強烈なパンチがアキラに命中した。
 予測不能な苦しみが、三人を襲い続ける。

 そうやって信じられないほど長い時間が過ぎ去ったような気がした。

「もう痛くないぞ」クリスが気づく。

「俺はまだ痛いけど」アキラが言う。「あっ、シエナにつねられてただけだった」

 急に強烈な光が錯乱し、視界が真っ白になる。
「目が痛い!」アキラの叫び声だ。

「落ち着いて、目を閉じろ」クリスが冷静に指示する。

 目を開けると、三人は一面真っ白の、奇妙な四角い部屋に立っていた。

「なんだ?」

〈よくここまできた〉明るくきれいな青年の声が、部屋中に響く。〈黒魔術のドームまで乗り越えるとは、実に優れた冒険者だ〉

「誰だ?」クリスが声のする方に叫んだ。

〈ボクはスペイゴールの書。君たちが探し求めているものさ〉

「おいおい、本ってしゃべるのか?」

〈ボクは特別な本なんだ、アキラ。君たちはここまで、多くの試練を乗り越えてはるばるやってきたわけだ――戦闘能力はもちろん、万物への優しさ、謙虚な心まで証明してね。長いスペイゴールの歴史で、ここまでたどり着いた冒険者はいないよ。おめでとう〉

「それはどうも」とアキラ。

「静かに」クリスが人差し指を口にあてる。

〈もう試練は合格だ。だけど、最後に答えてもらわなければならない質問が二つある。準備はいいかな?〉

「質問って、なぞなぞとか?」アキラが聞いた。「それなら得意だ」

〈残念ながら、なぞなぞではないな。ただの質問だ〉

「そっか、それは残念」

〈一つ目の質問だ〉スペイゴールの書が続けた。〈ボクを作ったのは誰でしょう〉

 クリスは黙り込んだ。肝心な知識が欠けていたからだ。
 任務の前に任務で必要な知識をそろえておくことが基本。彼はその鉄則に常に従ってきた。なのに、なぜだ? 自分たちが追い求めている本の、作者をなぜ調べておかなかった?

 すがるような目でアキラを見た。
 しかし、アキラも知らないらしい。お手上げだ。

「マキシム・コノバロフ」口を開いたのはシエナだった。

〈その通り!〉スペイゴールの書は嬉しそうに言う。〈ボクが欲しいなら、まずはボクの親を知ってないとね〉

「シエナ、なんで知ってたんだ?」クリスが天使を見るような目で彼女を見た。

「私、スペイゴールの書に詳しいの。それだから私を連れてきたんでしょ?」シエナは少し冷たい。

「そっか」クリスは察した。これ以上聞くな、という冷たい視線から。

〈次の質問だ。君たちはボクを手に入れて、何をする?〉

「国を作るんだ」アキラが言った。「俺たちの国――ユハ帝国を滅ぼして、もっと強く、平和な国を」

 クリスは不安だった。この答えをスペイゴールの書が気に入らなかったらどうする?

〈うーん〉スペイゴールの書は少し考えた。
 白い部屋に緊張が走る。
〈よし、合格だ。最後にもう一回おめでとう! ボクを有意義に使ってくれよ!〉

 三人の緊張が一気にほどけるのがわかった。

 また大きな地震が起こり、白い部屋は夢だったかのように消えた。三人はいつの間にかアジトの前に立っていた。

「どうなったんだ?」アキラが全方向をきょろきょろして確認する。「ヤコンもちゃんと戻ってきてるぞ!」

 ジャックとランランは、いきなり三人が現れたことに驚いていた。
「瞬間移動?」ランランは口をぽかんと開けている。「あ、クリス! やったのね!」

「え?」クリスはきょとんとしていたが、すぐに気がついた。自分の手には分厚いスペイゴールの書が握ってある。

 ジャックはほっとしたような表情を見せた。「黒魔術の気配は薄々感じていたが、よく乗り越えたな」

 シエナはずっと下を向いている。

「シエナ、どうした?」アキラが彼女の顔をのぞき込むようにして聞いた。

「え! ううん。なんでもない」シエナは驚いて顔を上げ、そしてすぐに首を横に振った。

「そうか」

「さて、みんな」クリスが笑顔で言った。「スペイゴールの書が手に入ったわけだ。ジャック、ランラン、僕たちの武勇伝を聞いてもらおうか」



★ ★ ★



 ~作者のコメント~
 ついにパート3までの『スペイゴールの書』のエピソードが終わりました。どうでしたか?
 この回では、シエナの言動が気になる、という方がいたかもしれませんね。彼女は描いていても実に魅力的な人物です。今後の活躍が楽しみですね。 
 そしてジャックは黒魔術が使えるということもわかりましたし、やっと力を使ったなーという感じですね。
 実はジャックは無能じゃないか、ここまでの話でそう思っていた方には、少しだけ彼の実力が伝わったと思います。
 続きが気になったら、お気に入り登録だけでもよろしくお願いいたします!!
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