安楽椅子から立ち上がれ

Marty

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第一章 良く知らない人にはついて行ってはいけない

良く知らない人にはついて行ってはいけない (2)

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 この学校の生徒と認められたことにとりあえず胸を撫で下ろす。
「遅刻しました。すいません」
 素直に言った。しかし、その男性は呆れたように溜息を吐き、
「遅刻か。お前何年何組だ。あと名前」
 不機嫌な口調でそう言いながら、ポケットから携帯電話を取り出した。折りたたみ式のそれを開いて、早くもボタンを連打している。効果音が大きい。
「二年七組です。山田島辰吉です」
 男の連打の指が止まる。
「やまだ、……なんだって?」
「やまだじま、です」
 なぜか怪訝な顔でまた俺を睨みつける。少しの沈黙が二人を包んだ。男は再び携帯画面に向き直る。
「やまだじま、たつのりだな」
「たつよしです」
 もうどうでも良くなったのか、俺の方を見もしなかった。顔を上げず、ボタンを叩き続けながら小さく呟いたのが聞こえた。
「ちっ、変な名前だな」
 失礼な。名前を悪く言われる覚えはない。立派な名前なはずだ。
 紫ジャージ男はやっとボタン殴打を止め、携帯を耳にあてた。大きな声で喋りはじめる。
「ああ、もしもし。私ですけどね。あのう、二年生の七組の、そうそう。遅刻のやつがね、グラウンドに一人いるんですわ。どうします? ああ名前はね、やまだ……たつひこっていう男子生徒でね」
 おいおい。もうわざとやっているのではないのか。通話先の相手が誰か知らないが、偽情報に惑わされないでほしい。
 男はそれからも大きな声で喋り続けると電話を切った。目だけをこちらに向ける。
「お前とりあえず着替えて来い。ゴミゼロできないだろ」
 冷たい口調にムッとするが遅刻しているのだから仕方あるまい。俺は小さく返事をした。
 そして今更ながら『ゴミゼロ』という響きにも苛立ちを覚えた。問答無用に猛威を振るえるほどお前に市民権はない。これはどこに怒りをぶつけていいのか分からないため我慢する。
 校舎内の雰囲気は異様だった。いつもは生徒で賑わっている朝の廊下にも誰もいない。外は日差しが強く暑かった。しかし、中は空気がひんやりとしている。これは人が発する熱気の分が差し引かれたからであろうか。
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