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交際に至るまで

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「あの、漫画俺も超好きなんだよね~~~~。」
そう言って、彼はいきなり笑顔になった。


(そっち????)
あやめは一気に肩の力が抜けた。


「なんか、意外だなって、こんなにかわいいのにあの漫画読むんだと思って。びっくりした。しかも、今の漫画っておまけついてるの?」

「あ、あれは特定のお店で買うと付いてくるもので・・・・」

「え~~~そうなんだ。いいなあ~。俺、いつも休憩室に置いてある週刊の漫画を読んでいるだけだからさ。
単行本は買ってないんだよね。あれ最初から読み直したいなって思ってたところ。
たまに張り込みの時、超暇でさ。」

それから、二人は漫画の話で盛り上がり、好きな漫画の共通点があった。
あやめはこの時ばかりは、少年漫画を買ってくれていた兄に感謝をするのであった。

「全部貸しますよ。」

「嘘!!!嬉しい。俺の部屋、2階の一番奥なんだ。宅配ボックス置いてあるからその中に入れておいてよ。」

「いや、70巻以上あるから入りきらないと思いますよ。」

「え・・・そうなの?」

これから桐山は、一旦家に帰って仕事に向かうため、そのついでにあやめの部屋に漫画を取りいくことになった。
あやめの部屋の前まで着くと、あやめは当然のことながら警察だから、桐山だからという信頼をして家の中に招き入れようとした。

しかし、桐山は玄関先で止まった。
「流石に、一人暮らしの女の子の部屋に上がれないよ。俺一応警察だし。ここで待ってる」



(紳士・・・・)

その対応にも、思わず感動してしまう。
また彼への好感度が上がる。

人の家に勝手に上がり込んでキスマークをつけていった西谷とは大きな違いだ。

(どうしよう、逆に減点されたかも・・・ガードのゆるい女だと思われたかな・・・)

あやめは「わかりました。」と一言言って、漫画を袋の中に詰めて渡した。
ついでに、あやめは冷蔵庫の中から大量の栄養ドリンクを出してこれも別の袋の中に詰めた。

これは、先日栄養ドリンクを2本買うとカナトをはじめとする主要キャラクターの缶バッチが1個もらえるということで西谷にも協力してもらいながらコンビニを回って購入したが、あやめは飲む機会がほとんどなかったのだ。
「刑事さんってこういうの飲んでるイメージ」

「うん。君が刑事に抱いているイメージはあながち間違ってないかも。嬉しいよありがとう。」
と桐山は笑顔で受け取った。

「桐山さん、漫画はいつでもいいです。お仕事頑張って下さいね。」
笑顔で言ったあやめに、桐山の心臓は射抜かれた。
無意識のうちに男が喜ぶ言葉や仕草をしてしまうのも彼女の才能の一つである。

「また返す時に連絡をする」という理由で二人はそれぞれの連絡先を交換した。



あやめは、今まで漫画の貸し借りは絶対にしないと決めていた。
読むなら、うちで読んでほしいというスタンスだった。大好きなものが自分の家になくなって人の家にあると考えただけで、不安になるし、破れて、汚れて帰ってきたら耐えられないからだ。
兄が勝手に私の部屋から持ち出した漫画が、ボロボロになってかえってきた時には、殺意が芽生えた。


そんなあやめが、平然と一番お気に入りの大切にしていた漫画を貸したというのは一つの事件である。
あやめの本能が「この人ならいい」と判断したのだろう。


ー3日後


【漫画ありがとう。今日返しに言ってもいいかな?】というメッセージが届いた。

【読むの早いですね。仕事が6時に終わるので6時半以降なら家にいます】

桐山の仕事の終わり時間が読めないため、夕飯および明日の弁当の下ごしらえをして待つことにした。

本日の夕飯は唐揚げで、ちょうど唐揚げの第一弾が揚げあがったところでチャイムがなった。

ニコニコの笑顔で扉を開けたあやめは、ガスの火を消し忘れたことに気がつき、すぐにキッチンへと戻った。

桐山は、持ってきた漫画を玄関に置くと、「ここに置いておくね。ありがとう」と部屋を去ろうとした。

エプロンをして、ロングヘアの髪をポニーテールにしたあやめのうなじを桐山は思わず息を飲んで見てしまう。
そうとは知らずにあやめは、お皿の上に唐揚げを乗せて、桐山の元へ持ってくる。

「揚げたてです。熱いかもしれないです。どうぞ。」
と無邪気な笑顔で渡すと、桐山は申し訳なさそうに断った。

「お腹いっぱいですか?・・・卵アレルギーとか?・・・もしかして・・・唐揚げ嫌いですか?」

「いや、好きだけど・・・」

その言葉の返答を聞くとあやめは唐揚げをフォークに刺して桐山にお皿とともに差し出した。
一向に食べようとしないため、強制的に口の中に押し込んだ。

桐山は、パクリと口の中に入れるとカリッとした衣に、じゅわっと溢れ出した肉汁が食欲を増進させる。

「うまい・・・・」

まだ交際していない6つも年下の女の子の家に上がり込み、手料理を食べるなどは許されないと思いながらも、その美味しさを思わず言葉に出してしまう。

桐山の反応に安堵したあやめは満面の笑みで「よかった。」と言った。



しかし、あやめのあどけない笑顔が一転する。


次の瞬間、手足を押さえつけられてフォークを首元に向けられる。
首に触れるか触れないかのフォーク。
そのまま一思いに首にさせば、一般的なフォークだとしてもそれは殺人のための道具に早変わりする。
桐山の体の重みがお腹にのし掛かり、動くこともできない。

「こうされたらどうするの・・・?」
あやめも初めは殺されると思って覚悟をしたが、この問いかけに張り詰めていた緊張感が緩む。

「見も知らない男を簡単に部屋にあげて、手足を押さえつけられたら君は抵抗できないよ。
もしこれが刃物だったらどうする?殺すと脅されて襲われちゃうかもしれないよ。
証拠の動画をネットに上げると脅されて、性行為されて彼に妊娠したとしても泣き寝入りするしかないんだよ・・・
ホテルの前であった時もそう・・・君は危機感がなさすぎる。
男女の事件が起きたら、傷つくのは大体女性なんだよ・・・そういう現場を俺は何度も見てきた。」

あやめのうなじに触れながら、切れ長な目であやめを冷たく睨みつける。

その手は次第に、肌けた服から除いた鎖骨の薄くなり始めたキスマークを指で押す。

「彼氏がいながら他の男にラブホテルに連れて行かれそうになったり、お見合いパーティーに参加するような女は信用できない。何を企んでるの?俺が刑事だからっておちょくってんの?警察なめてんの・・・?」

あやめは、顔を真っ赤にしながら涙目で「ごめんなさい」と謝った。
殺される恐怖から解放された安堵と、大好きな桐山の顔が近いという恥ずかしさが入り混じる。


「もう、絶対にしちゃダメだよ・・・」

そういってあやめの体を起こした。

「漫画ありがとう。あと唐揚げごちそうさま。じゃあ・・・」

桐山は冷たく言って、玄関の扉を閉めるとあやめはその場にペタンとしゃがみこんだ。


(何あれ~~~超・・・ゾクゾクしたんですけど・・・やば~~い)

と、もう一度触れられたうなじや、キスマークに触れる。
まだ熱を帯びているようだ。
説教をされていたはずなのに逆にあやめは興奮をしていた。
それもそのはず、あやめがこよなく愛するカナトも、このように血の気が多いキャラクターであるからだ。
あやめは確実にドかつくほどのエムであった。


(どうしよう・・・好き・・)



今日の出来事を、友人達に報告して幸せな余韻につかったのも束の間。


毎日チェックしている大好きな漫画のホームページに「連載終了」という文字が刻まれた。
あやめは思わず言葉を失う・・・・

(え・・・?)
唐揚げ作りを放棄して、そのままベッドに倒れこんだ。

(無理・・・無理・・・)
とめどなく涙が溢れ出す・・・
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