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探偵たちに明日はない
探偵たちに明日はない 第8話
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爆弾がどこにあるのか、まずは推理しないとならない。理人は腕組みをして口元に手をやり、小さく唸った。
「水樹の足を考えると、余り彼方此方を移動することはできないと思います」
「ということは、友香理ちゃんの血を盗みに行った先に仕掛けられている可能性が高いかな」
友香理の遺体が置かれている場所に、改めて戻らなければならないと、小野坂に急いで話を付けた。このままだと爆弾が爆発するかもしれないと告げると、客船としては失態であるドアの故障も既に見抜かれているからか、友香理の遺体が置かれている部屋を教えてくれた。
そこは、使われていない客室だった。他の客室より、長い廊下を延々と走った先、少し奥まったところにあるので、確かにここならば、他の客に見つかりはしないだろう。しかし、見つける気になって時間があれば、予測は出来る。恐らく水樹も、そんなに苦労せずに、ここを見つけたのではないか。
ドアの鍵が強引に破壊されており、開けられた。ベッドには大きな布が掛けられ、元は白い布だったのだろうが、少し膨らんでおり、赤黒い布なのではないかと思うほど、ほぼ血で染まっている。
陽希は思わず其処から目を背けて、他の場所に視線を送って爆弾を探す。しかし、理人が肩をとんとんと叩いてきて、首をゆっくりと横に振った。この部屋の、何処にも爆弾はない。あとはベッドの上だけだ。
陽希は胸が張り裂けそうな思いで、ベッドの横に立った。どんな表情になって良いか分からない。
「……さっきは見ないふりして、ごめんね」
布を外すと、其処に友香理の遺体が横になっていた。いや、もう顔の原型は留めていないので、友香理なのか、見た目では分からない。一応、千切れた腕や足は、正しい位置に置かれていた。左足の太腿は見つからなかったようだ。
別に、血が苦手な訳でもなく、知り合いの遺体を見るのが怖いという訳でもない。ただ、自分が、ある程度過去を知っていながら助けられなかった知人の遺体を見るのが、辛かっただけだ。
理人も同じように、苦しそうな顔をしている。
「水樹ちゃんも、こんな気持ちだったのかなぁ」
そして、その遺体の影を理人が見ると、其処に矢張り鎮座していた。鈍色の箱――爆弾である、とはっきり分かった。
陽希がその蓋のように二重になっている板に手を伸ばすと、「慎重に」と理人が言ったので、びくっと肩を震わせて手を一旦引っ込めた。この船の中にあるもの且つ即席で作った爆弾とはいえ、水樹は爆弾作りの才能を含む記憶を思い出している。うかつな行動は危険だ、と思い出させてくれた理人に感謝する。
仕掛けがないことを指先の感触で確認しながら、蓋のような部分を、爪を引っ掛けて開いた。そして、ハッと息を呑む。息を吞むような時間があっただけ、マシだったのかもしれないが。
ドラマで観たような小型の電光掲示板に、残り時間だろうか、「〇四:〇〇」と表示されており、その下に白いキーボードが繋がれている。コードのような類は見えない。赤か青かのコードを切ったら止まるというような、陽希でも分かる構造ではないらしい。
「文字入力の機能がついている……なら、当然、何らかの解除コードを文字で入れるのでしょうが」
水樹が設定しそうな解除コードが全く分からない。水樹のことはよく知っているつもりだが、逆に知りすぎていて、思い当たる節が多すぎるのだ。文字数も判然としない現状では、どうしようもない。
片端から入力しても良いが、一文字でも失敗すると爆発するだろうか。
「……わざわざ、友香理さんの御遺体の傍に置いたのだから、友香理さんに関する言葉かもしれません」
理人が、ぼそっと漏らした推理に、今はもうすがるしかないと思った。と、すがったところで、友香理をよく知っているわけではないので、先ほど調べた情報を脳裏で遡るだけだが。
ピアニストであった彼女にとっては、恐らく、作った曲に対して、自分の子供のような思いを抱いていたのではないだろうか。その曲を、水樹も大切に思っていたはずだ。
あの曲名の中に、恐らくはヒントがある。そう祈るしかない。
陽希は、必死になって思い出そうと、斜め上を見て考え込むが、頭が真っ白になっていて何も出て来ない。本当に目の前が白くなって――まさに倒れそうになって来た時、目の前に先の甲板での会話が蘇った。
「夕間暮れ……」
思わず口から、思い至った単語を出している。そう言えば、先の甲板での「夕間暮れ」は、確かに夕陽は美しくかったものの、意味のない発言ではあった。
あの時、パスワードを思いついたのだとしたら。
泣いている場合ではないのに、目から涙が溢れて止まらない。
「ごめん、もし死んじゃったら」
「私の命は、もうないようなものですから。陽希がいてくれたから、ここまで生きて来られたのです、お任せしますよ」
液晶画面の表示は、「一:00」。最早、考えている時間はない。ここまで分かり合った仲間のことを、理解できていると信じて進むしかない。
「YUUMAGURE」とローマ字で入力する。
そしてぎゅっと目を閉じる。理人がどうしていたのかは分からないが、不安で抱き締めていた。
ややあって、体が痛みも轟音も感じないので、目を開ける。爆発とは一瞬の出来事だろうから、恐る恐る瞼を開けた先に、もしかしたら天国か地獄があるのかもしれないと思った。
液晶は、残り三秒のところで停止していた。
陽希は滅茶苦茶に理人を抱き締めて、頭を抱き込んで撫でまわした。
***
言葉にならず咽び泣く陽希に、その背中を黙って摩る理人がいるこの部屋の、ドアが開く音がした。陽希が涙目を上げると、其処に水樹が立っていた。
「水樹ちゃん……」
陽希は、水樹のところへ走って行って、その体を思い切り抱き締めた。力の限り抱き締めて、その肩口に顔を埋めて、またすすり泣く。水樹の手がさまよっている気配を感じる。しかし、ややあって彼の手が、陽希の背中を摩ってくれたので、また止めどもなく涙が出た。このまま刺されていたかもしれなかったが、そんな可能性に思い至れたのは、随分とあとのことだ。
理人も陽希と水樹の頭をぽんぽんと撫でてくれたのだった。
ここから、「探偵社アネモネ」の新しい物語が、また始まるのだ。そんな予感をさせる極めて明るい橙色の夕陽が、部屋に差し込んでいた。
「水樹の足を考えると、余り彼方此方を移動することはできないと思います」
「ということは、友香理ちゃんの血を盗みに行った先に仕掛けられている可能性が高いかな」
友香理の遺体が置かれている場所に、改めて戻らなければならないと、小野坂に急いで話を付けた。このままだと爆弾が爆発するかもしれないと告げると、客船としては失態であるドアの故障も既に見抜かれているからか、友香理の遺体が置かれている部屋を教えてくれた。
そこは、使われていない客室だった。他の客室より、長い廊下を延々と走った先、少し奥まったところにあるので、確かにここならば、他の客に見つかりはしないだろう。しかし、見つける気になって時間があれば、予測は出来る。恐らく水樹も、そんなに苦労せずに、ここを見つけたのではないか。
ドアの鍵が強引に破壊されており、開けられた。ベッドには大きな布が掛けられ、元は白い布だったのだろうが、少し膨らんでおり、赤黒い布なのではないかと思うほど、ほぼ血で染まっている。
陽希は思わず其処から目を背けて、他の場所に視線を送って爆弾を探す。しかし、理人が肩をとんとんと叩いてきて、首をゆっくりと横に振った。この部屋の、何処にも爆弾はない。あとはベッドの上だけだ。
陽希は胸が張り裂けそうな思いで、ベッドの横に立った。どんな表情になって良いか分からない。
「……さっきは見ないふりして、ごめんね」
布を外すと、其処に友香理の遺体が横になっていた。いや、もう顔の原型は留めていないので、友香理なのか、見た目では分からない。一応、千切れた腕や足は、正しい位置に置かれていた。左足の太腿は見つからなかったようだ。
別に、血が苦手な訳でもなく、知り合いの遺体を見るのが怖いという訳でもない。ただ、自分が、ある程度過去を知っていながら助けられなかった知人の遺体を見るのが、辛かっただけだ。
理人も同じように、苦しそうな顔をしている。
「水樹ちゃんも、こんな気持ちだったのかなぁ」
そして、その遺体の影を理人が見ると、其処に矢張り鎮座していた。鈍色の箱――爆弾である、とはっきり分かった。
陽希がその蓋のように二重になっている板に手を伸ばすと、「慎重に」と理人が言ったので、びくっと肩を震わせて手を一旦引っ込めた。この船の中にあるもの且つ即席で作った爆弾とはいえ、水樹は爆弾作りの才能を含む記憶を思い出している。うかつな行動は危険だ、と思い出させてくれた理人に感謝する。
仕掛けがないことを指先の感触で確認しながら、蓋のような部分を、爪を引っ掛けて開いた。そして、ハッと息を呑む。息を吞むような時間があっただけ、マシだったのかもしれないが。
ドラマで観たような小型の電光掲示板に、残り時間だろうか、「〇四:〇〇」と表示されており、その下に白いキーボードが繋がれている。コードのような類は見えない。赤か青かのコードを切ったら止まるというような、陽希でも分かる構造ではないらしい。
「文字入力の機能がついている……なら、当然、何らかの解除コードを文字で入れるのでしょうが」
水樹が設定しそうな解除コードが全く分からない。水樹のことはよく知っているつもりだが、逆に知りすぎていて、思い当たる節が多すぎるのだ。文字数も判然としない現状では、どうしようもない。
片端から入力しても良いが、一文字でも失敗すると爆発するだろうか。
「……わざわざ、友香理さんの御遺体の傍に置いたのだから、友香理さんに関する言葉かもしれません」
理人が、ぼそっと漏らした推理に、今はもうすがるしかないと思った。と、すがったところで、友香理をよく知っているわけではないので、先ほど調べた情報を脳裏で遡るだけだが。
ピアニストであった彼女にとっては、恐らく、作った曲に対して、自分の子供のような思いを抱いていたのではないだろうか。その曲を、水樹も大切に思っていたはずだ。
あの曲名の中に、恐らくはヒントがある。そう祈るしかない。
陽希は、必死になって思い出そうと、斜め上を見て考え込むが、頭が真っ白になっていて何も出て来ない。本当に目の前が白くなって――まさに倒れそうになって来た時、目の前に先の甲板での会話が蘇った。
「夕間暮れ……」
思わず口から、思い至った単語を出している。そう言えば、先の甲板での「夕間暮れ」は、確かに夕陽は美しくかったものの、意味のない発言ではあった。
あの時、パスワードを思いついたのだとしたら。
泣いている場合ではないのに、目から涙が溢れて止まらない。
「ごめん、もし死んじゃったら」
「私の命は、もうないようなものですから。陽希がいてくれたから、ここまで生きて来られたのです、お任せしますよ」
液晶画面の表示は、「一:00」。最早、考えている時間はない。ここまで分かり合った仲間のことを、理解できていると信じて進むしかない。
「YUUMAGURE」とローマ字で入力する。
そしてぎゅっと目を閉じる。理人がどうしていたのかは分からないが、不安で抱き締めていた。
ややあって、体が痛みも轟音も感じないので、目を開ける。爆発とは一瞬の出来事だろうから、恐る恐る瞼を開けた先に、もしかしたら天国か地獄があるのかもしれないと思った。
液晶は、残り三秒のところで停止していた。
陽希は滅茶苦茶に理人を抱き締めて、頭を抱き込んで撫でまわした。
***
言葉にならず咽び泣く陽希に、その背中を黙って摩る理人がいるこの部屋の、ドアが開く音がした。陽希が涙目を上げると、其処に水樹が立っていた。
「水樹ちゃん……」
陽希は、水樹のところへ走って行って、その体を思い切り抱き締めた。力の限り抱き締めて、その肩口に顔を埋めて、またすすり泣く。水樹の手がさまよっている気配を感じる。しかし、ややあって彼の手が、陽希の背中を摩ってくれたので、また止めどもなく涙が出た。このまま刺されていたかもしれなかったが、そんな可能性に思い至れたのは、随分とあとのことだ。
理人も陽希と水樹の頭をぽんぽんと撫でてくれたのだった。
ここから、「探偵社アネモネ」の新しい物語が、また始まるのだ。そんな予感をさせる極めて明るい橙色の夕陽が、部屋に差し込んでいた。
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