探偵たちに歴史はない

探偵とホットケーキ

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最終章

エピローグ

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二〇二八年十二月二十八日。「探偵社アネモネ」の今年の仕事納めの日であったが、相変わらず、オフィスには水樹・理人・陽希の三人しかいない。閑古鳥が鳴いている状態だった。
ヴェルミル文明についての一連の事件がまるで嘘のようだ。水樹は暇潰しに探偵小説を書きながら、ぼんやりと思っていた。
結局、麻理香も優子も、健吾によって誘拐され、健吾が暮らすアパートに監禁されていた。あの、ユリノキの下での一件の後、「探偵社アネモネ」のメンバーで駆け付け、二人を救出した。二人ともかなり殴られており、まだ復学できていないという。
「汐見さんがかなり情熱を持ってつきっきりで支えていらっしゃったので、きっと大丈夫だと信じたいです」
先週、入院中の麻理香と優子を見舞った帰りに、理人は自分の冷たい手に息を吐きかけながらそう言っていた。
健吾の動機はと言えば、分かり易く、ヴェルミル文明についての研究成果を、なるべく独り占めすること。彼は生活費すら削り、借金までしてヴェルミル文明を調べていた。ありもしない財宝を探すのに命を懸けていたのだ。
来客用のはずの青いソファの、ひじ掛けに顎を乗せる体勢で、陽希は欠伸まじりに言った。
「それで、結局、残されていた『タイムカプセル』の中身って何だったの?」
ユリノキの下は、隆道のたっての願いで、そして全て隆道の自費で、掘り返された。クリスマスのことだ。本来、探偵の仕事ではないが、水樹だけが立ち会った。
陽希の質問に、水樹はひょいと肩を竦めて、鼻で笑ってやる。
「中身を細かく見るのは無粋というものですよ。あれは、明らかに個人へ向けた贈り物なんですから」
「えー。良いじゃん、覗くくらいしたってさぁ」
「ですが、教授は、その『タイムカプセル』のブリキ缶を抱き締めて、いつまでも泣いていらっしゃいましたよ」
「水樹のお心遣いは、いつも細やかです」
理人は、そう水樹に相槌を打ちながら、白磁の皿をそっと水樹の前に置いた。皿の中央には、手作りのチョコレート・サラミが三切れ。断面は不揃いで、どこか優しい。濃い焦げ茶のチョコレートの中に、砕いたビスケットの淡い黄と、ローストしたナッツの艶やかな断片が散っている。ところどころドライフルーツの赤が滲み、まるで小さなステンドグラスのように光を受けていた。表面には、うっすらと粉糖がまぶされている。その白は均一ではなく、指先でふりかけたような跡が残っていて、家庭の温もりを感じさせる。端の一切れは少し欠けていて、包丁の刃が迷ったような痕がある。それがかえって、作り手である理人の手の動きや、台所の空気を思わせた。
皿の隣には、小ぶりな湯呑み。中には、深煎りのほうじ茶が注がれている。琥珀色の液面からは、香ばしい茶葉の香りが立ちのぼり、チョコレートの甘さを引き締めるように漂っている。
水樹は、その心遣いを有難く頂戴することにし、銀のフォークを手に取った。其処に自分の顔が映っている。
「実はね、理人。僕、子供の時の恋愛なんて、所詮おままごとの延長というか、一瞬の夢みたいなもので、結婚する訳でもないしどうでも良いと思っていたんです」
 水樹が言うと、理人は涼し気な目を僅かに丸めた。
「子供の時からですか?」
「ええ、僕自身が子供の時から」
「えー、なんか水樹ちゃんってつまんないガキだったんだね」
勝手に話題に入って来て笑う陽希を睨む。理人は、「水樹らしいです」と、困ったように眉を下げた。
水樹は咳払いして、話を続ける。出された菓子をフォークで刺し、口に入れて頬を膨らせた。
「でも、たった一回の恋が、一生を変えてしまうことがあるんですね」
そうつぶやいた時、外にしんしんと雪が降り始めるのが、視界の端に見えた。
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