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探偵に趣味はない

探偵に趣味はない 第五話

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陽希は、室内に戻ってすぐ、派手な虹色のマフラーを解きながら言った。
「理人ちゃん、命にかかわる病気ではなくて、精神的なショックによるパニックだって。多分、明日にはまた仕事に来られるってさ」
「そうですか、良かった」
窓の外では三月の、未だ夜は寒い風が強く吹いているようで、時折窓がカタカタと音を立てている。事務所内は暖房のおかげで暖かいのだが、外気の冷たさが感じられるような気がした。
水樹は、自分が朝に淹れているようにコーヒーを用意し、二人分、テーブルに並べて陽希と向かい合って座った。豆は事務所にあった、恐らくスーパーの特売もの。インスタントではないだけマシだ。
陽希は両手の指を組んでその上に顎を乗せ、水樹は腕組みをする。そこから、また沈黙が流れた。すると突然、陽希は組んでいた手を解いて机の上に置いた。それに反応して、水樹は組んだ腕を解く。
「昔、理人は……」
陽希は口を開いた。その顔は少し強張っていた。瞳の奥に不安の色が見え隠れしていた。水樹は、とても、理人が不調になった原因が気になっていた――まぁ無論、人の体はいつどうなるかは分からないから、ああやって突然過呼吸になることもあるだろう。しかし、どう見ても陽希は事情を知っているように見えた。対処にも慣れているようだった。だが、それを、焦って聞き出そうとするのは、他者に対する思いやりがなさすぎるというものだろう。
陽希の喉が動くのが見えた。
「昔、理人は、実のお姉さんに、えっちなことされたんだって」
 水樹は矢張り何も言えず、体を固めた。
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