帝王アラタの再転生

たまゆき

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1章

第9話 うたの終わり、風のはじまり

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関所と言うには立派すぎる白亜の石壁の上、風に髪をなびかせた一人の女が、朗々と声を張り上げ続けていた。

「さかりのいろを~みるからに~」

その声はまるで祈りだった。否、守護の詩——。

だが、その声を切り裂くように、絶望の叫びが遠くから響く。

『ぎゃあああ! 助けてっ!誰か、誰かぁ!!』

喉を潰すほどの叫びは、関所の外から。悪意に満ちた敵兵たちと、獣の姿をした異形の狼たちが、無抵抗の民を嘲るように嬲り殺している。

「霧のわきける~身こそしるられ~」

——バシュッ! バシュバシュバシュバシュ!!

空を覆うかのように無数の矢が放たれた。まるで黒い雨のように降り注ぐそれらが、詠唱と共に広がる淡い光の魔法陣に次々とぶつかっていく。

「めづらしき~光さしそふ~さかづきは~」

関所を守る紫式部のスキル【歌人朗々《かじんろうろう》】は、詠んでいる間だけ魔法陣を展開し、広範囲の防御障壁を保つ力を持つ。

彼女の張る守護の詩がなければ、とっくにこの関所は陥落していた——。

『いやだ! た、食べないでっ!!』

その声は、少女のものだった。狼の魔物に脚を噛まれ、地面に引き倒された少女が、泣き叫んでいる。

「もちながらこそ~千代もめぐらめ~」

紫式部は唇を噛み締めながら、声を震わせて詠む。

あれは——明らかに挑発。わたしたちが守る民を、盾にして、心を折ろうとしている。
だが、それに乗ってはならない。いま、私が歌うことを止めたら——。

「水鳥を~水の上とや~よそに見む~」

どれだけ経っただろうか。歌い始めてから、もうすぐ二日。昼も夜もない。
風の音も、兵たちの動きも、遠のき、ただ自分の声と詩だけが響いていた。

——ああ、あの頃。京の御所を去った私の人生は、病に冒され、詠うことすら叶わぬ日々。
それが、この異世界に転生し、再び詠える声を得た。さらにその詩が、人を守る盾となるだなんて。

喜び、誇り、そして——今はただ、恐怖。

「われも…浮きたる~世を…過ぐしつつ~」

敵の襲来を聞いたあの日、防壁の上から見下ろした時、地平を埋め尽くす黒き兵と、狼の化け物の群れが、夢なら良いと願った。

だが、現実は甘くない。連れていた民を楯にし、こちらの攻撃手段を封じた敵は、ひたすらに守りを削る戦法を取った。

「紫様! お歌を! 早く!!」

それは地獄の始まりだった。守備兵の声に促され、矢の雨が降り注ぐ寸前に詠唱を再開し、守護の詩を張る。

だが——限界はとっくに超えていた。

「こと…わりの…時雨れの…空は…」

喉は裂け、声はかすれ、口の奥に金属の味が広がる。
だが詠む。死ぬまで詠む。それが、自分の命の使い道なのだから。

——パリッ……。

音がした。音に呼応するように、魔法陣の一角にひびが走る。

「く…も…………っ」

声が出ない! 喉の奥で詰まったまま、どれだけ絞っても息が出ない!

——パリーーーーンッ!

守護の詩が、ついに砕けた。淡い光が霧散し、関所は完全に無防備となる。

ああ……終わった。

兵たちは目を見開き、絶望の色を顔に浮かべる。
敵陣の中で、董卓の醜悪な笑みが、はっきりと見えた。

「ははっ!さぁ、終わりの合図だぁ!!」

無数の矢が一斉に放たれる。空が黒く染まる。

紫式部は最後の力で目を閉じ、心の中で誰かに祈る。

(誰か……誰か……助けて……)

——その時。

「荒れ吹け。」

低く、しかし確かな声が、風を導いた。

——ゴウウウウウウッ!!

突如、関所の周囲に猛烈な烈風が巻き起こる。押し寄せる無数の矢は、その全てが風に叩き落とされ、地面に突き刺さることなく弾き飛ばされた。

――奇跡か、それとも英雄か。

「待たせたのう。よく頑張った。」

淡い光の中に現れたのは、まだあどけなさの残る少年。だが、その目には燃えるような決意が宿っていた。

紫式部は、その顔を見上げながら、意識の糸を手放した。

——これは、夢だろうか。
それとも、神が遣わせた風の守り人か——

少女のような微笑を浮かべたまま、紫式部はゆっくりと、その場に崩れ落ちた。

——風が吹いた。
この絶望の戦場に、ひとすじの希望が。

それは、英雄・アラタの到来だった。



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