帝王アラタの再転生

たまゆき

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1章

第8話 黒き思惑、嗤《わら》う董卓

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張り詰めた空気の中、軍営の仮設天幕の中で、董卓は地図の前に肘をついて考え込んでいた。

周囲には部下も誰もいない。
ただ、唇を噛みしめながら、喉の奥で呻くような声を漏らしていた。

(くそっ……くそっ……あの化け物め……)

脳裏に思い浮かぶのは、狼を従えた少年――チンギス。
年端もいかぬ童の姿をしていながら、あの瞳の奥に潜むのは人の理を越えた“獣”の本能と、王たる支配者の風格だった。

(間違いない。あやつは人間ではない。人を超えた、“異形”だ……)

董卓はふるりと肩を震わせる。恐怖ではない――いや、恐怖だ。だがそれを認めれば己が支配者の座から転げ落ちる。
認めるわけにはいかない。
かつて中華を牛耳り、帝すらも手駒としたこの董卓が、そんな童に頭を垂れるなど――屈辱の極みだった。

(ならば、逆らわずに取り入るまでよ。あやつを帝と担ぎ、我は宰相として再び栄華を誇る。やがては……その座から引きずり下ろして、喉元に刃を突き立ててくれるわ!)

いつものやり口だ。
自らが表に立たず、傀儡を据えて、その影から覇を唱える。
それは董卓の“本性”であり、“真骨頂”であった。

(だが……そのためには、今、この関所を突破して手柄を立てねば……!)

董卓は地図に目を落とす。
南の関所――地形的に挟撃されやすいこの場所を制圧すれば、チンギスの「新狼帝国」にとっても戦略的価値は大きい。
ここで結果を出せば、あの化け物も少しは評価するだろう。

だが。

「……あの壁よ。」

董卓は舌打ちした。

眼前の関所は、ただの石の壁ではなかった。
薄らと光を帯びる、不気味な“結界”のような何かに包まれていたのだ。
弓兵たちが幾度となく矢を射かけたが、まるで亀の甲羅に弾かれるかのように傷ひとつつかず、力の浸透も感じられない。

(魔術……いや、スキルか。どちらにせよ、異能の力じゃ)

さらに忌々しいのは、あの狼たち。チンギスが連れてきた、黒曜石のような毛並みを持つ異形の狼どもだ。

ただそこに“いる”だけで周囲を震え上がらせる圧。
そして、それらがこちらの指示を一切受けず、勝手に周辺の村を襲って遊んでいる始末。

(我が軍を守るどころか、むしろこちらを監視しておる。……クソ、使えん上に鬱陶しい!)

そこに、駆け足で兵のひとりが天幕に飛び込んできた。

「董卓様!報告です!城壁の上に、不思議な詠《うた》を唱えている女が!どうやら、あの光の膜は彼女のスキルによるものと思われます!」

董卓は勢いよく立ち上がり、幕の隙間から城壁を見やった。

確かに、関所の上に、一人の女が立っていた。
紫の衣に身を包み、両腕を前に組み、静かに目を閉じている。
その唇からは、確かに詩のようなものが紡がれていた。

「……なるほど、読めたぞ。」

董卓は口の端を吊り上げる。

「女の声、それが“力”の源か。スキルというわけか。ならば……」

声が潰れるまで、精神が折れるまで、追い詰めてやればいい。
彼女が詠う限り、あの守りは続くだろう。だが逆に言えば――詠えなければ、瓦解する。

「――簡単な話よ。恐怖を見せつけてやれば、女などすぐに声が詰まるわ」

董卓の脳裏に、ある“遊び”の計画が浮かんだ。

「蛮族の民を一人ずつ連れてきて……そうだ、関所の目前で殺してやろう。ひと目でわかるように。矢で射殺してもいい。狼に食わせるのも絵になるな。」

邪悪な喜びが、董卓の顔を照らす。

この数日、チンギスという“異物”の登場で機嫌が悪かった董卓にとって、ようやく手に入れた“娯楽”だった。

「せいぜい、頑張って声を張り上げるがいい。二日でも、三日でも、喉が裂けるまでよ」

彼は最後にもう一度、城壁の上の女を見やった。

(それにしても……あの女、蛮族のくせに、なかなか美しいではないか)

敗れた後の姿を想像し、頬をなめるように笑った。

「……ふふ、いいじゃないか。声が枯れて倒れた暁には、俺が“飼って”やろう。チンギスには、奴隷をいくらか献上しておけば文句もあるまい」

その瞬間、董卓の口から下卑た笑いが漏れた。
野望と欲望に満ちた笑み。人の命を道具として数える外道の嗤い。

「ククク……ハハハッ!久方ぶりに、血の雨を楽しめそうじゃわ!」

外では、夕暮れが地を染め始めていた。

だが、そこに落ちる赤は、陽の光ではない。
これから始まる地獄の前触れ――戦乱と嗜虐の赤だった。
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