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第三章:ラケットと本気と悔し涙
ラケットと本気と悔し涙
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金曜日の放課後。
体育館はふだんよりも静まりかえっていた。ラリーの音も、靴のきしむ音も、みんな張り詰めた空気の中で響いている。
「じゃ、はじめます。男女対抗戦、一人ずつ、シングルス五本勝負!」
女子卓球部主将のヒロミが、きっぱりとした声で宣言する。
男子卓球部の部長・ショウがふんぞり返って応える。
「おう、受けて立つぜ!俺ら男子の力、見せてやる!」
けれど、試合は――予想以上に一方的だった。
一人目、ストレート負け。
二人目、粘ったがフルセットで惜敗。
三人目、攻め急ぎ自滅。
四人目も、冷静な配球に翻弄されストレート負け。
試合のたびに、女子部員の正確なラリーと足さばきが光った。
どこか浮ついていた男子たちの動きは、どんどん硬くなっていった。
「……最後は、おまえだぞ、タカヤ」
ショウが言うと、タカヤは静かにうなずいて立ち上がる。
相手は、ヒロミ。試合が始まる瞬間、ふたりは短く視線を交わした。
パチン、パチン。
ヒロミの球は速くはない。でも、いやらしいくらいに角度と回転が鋭かった。
(……やっぱり、簡単には勝てない!)
タカヤは必死にくらいつき、なんとかフルセットにもつれこむ。
最後の一本――ヒロミが深いドライブを打ち込んだ瞬間、タカヤは身をひねってスマッシュを決めた。
「……よっしゃあっ!!」
ひとり、声を上げた。けれどその声は、少しだけ空しく響いた。
男子部の唯一の勝利。それが、逆に痛かった。
試合が終わり、全員がコートの端に集まったとき、沈黙が落ちた。
そのときだった。
「いや~、でもさ……アイツ、ちょっと揺れてたよな」
それを言ったのは、四番手で負けたコウジだった。
場が一瞬、凍りついた。
「……おまえ、何言ってんだよ」
タカヤが低い声で言った。
「いや、軽口だって……別にマジで変な意味で言ったわけじゃ……」
コウジがしどろもどろになる。
「負けたのが悔しいなら、次、勝つためにやること考えろよ。女の子を軽く扱ってごまかすなよ」
静かな声だった。でも、その言葉には刺があった。
「……だってよ!!!」
突然、コウジが叫ぶように言った。
「悔しすぎるんだよ!!本気でやったのに、何にもできなくてさ……! だから、だから、軽口でも叩かないと、やってらんねぇよ……!」
その目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
誰も何も言わなかった。
コウジがバカなのはみんな知っていたけど、でもその涙が本気なのも、全員がわかっていた。
タカヤは、その横顔をじっと見ていた。
(ああ……俺だけじゃないんだ)
(みんな悔しいんだ。本気でやって、負けて、でも、強くなりたいって思ってる)
タカヤはラケットを握りしめた。
(次は、俺ひとりが勝つんじゃ意味がない。チームで、男子卓球部全員で――勝ちたい!)
そのとき、体育館のドアがふわりと開いて、ヒロミが顔をのぞかせた。
「……ねぇ、そっち、終わった?」
コウジが慌てて涙を拭く。ヒロミは笑って言った。
「今日の対抗戦、楽しかったよ。男子、けっこうやるじゃん。タカヤ、また勝負しようね」
「……うん」
その言葉に、タカヤは静かにうなずいた。
涙のあとが乾きかけた仲間たちの顔に、少しずつ笑みが戻っていた。
体育館はふだんよりも静まりかえっていた。ラリーの音も、靴のきしむ音も、みんな張り詰めた空気の中で響いている。
「じゃ、はじめます。男女対抗戦、一人ずつ、シングルス五本勝負!」
女子卓球部主将のヒロミが、きっぱりとした声で宣言する。
男子卓球部の部長・ショウがふんぞり返って応える。
「おう、受けて立つぜ!俺ら男子の力、見せてやる!」
けれど、試合は――予想以上に一方的だった。
一人目、ストレート負け。
二人目、粘ったがフルセットで惜敗。
三人目、攻め急ぎ自滅。
四人目も、冷静な配球に翻弄されストレート負け。
試合のたびに、女子部員の正確なラリーと足さばきが光った。
どこか浮ついていた男子たちの動きは、どんどん硬くなっていった。
「……最後は、おまえだぞ、タカヤ」
ショウが言うと、タカヤは静かにうなずいて立ち上がる。
相手は、ヒロミ。試合が始まる瞬間、ふたりは短く視線を交わした。
パチン、パチン。
ヒロミの球は速くはない。でも、いやらしいくらいに角度と回転が鋭かった。
(……やっぱり、簡単には勝てない!)
タカヤは必死にくらいつき、なんとかフルセットにもつれこむ。
最後の一本――ヒロミが深いドライブを打ち込んだ瞬間、タカヤは身をひねってスマッシュを決めた。
「……よっしゃあっ!!」
ひとり、声を上げた。けれどその声は、少しだけ空しく響いた。
男子部の唯一の勝利。それが、逆に痛かった。
試合が終わり、全員がコートの端に集まったとき、沈黙が落ちた。
そのときだった。
「いや~、でもさ……アイツ、ちょっと揺れてたよな」
それを言ったのは、四番手で負けたコウジだった。
場が一瞬、凍りついた。
「……おまえ、何言ってんだよ」
タカヤが低い声で言った。
「いや、軽口だって……別にマジで変な意味で言ったわけじゃ……」
コウジがしどろもどろになる。
「負けたのが悔しいなら、次、勝つためにやること考えろよ。女の子を軽く扱ってごまかすなよ」
静かな声だった。でも、その言葉には刺があった。
「……だってよ!!!」
突然、コウジが叫ぶように言った。
「悔しすぎるんだよ!!本気でやったのに、何にもできなくてさ……! だから、だから、軽口でも叩かないと、やってらんねぇよ……!」
その目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
誰も何も言わなかった。
コウジがバカなのはみんな知っていたけど、でもその涙が本気なのも、全員がわかっていた。
タカヤは、その横顔をじっと見ていた。
(ああ……俺だけじゃないんだ)
(みんな悔しいんだ。本気でやって、負けて、でも、強くなりたいって思ってる)
タカヤはラケットを握りしめた。
(次は、俺ひとりが勝つんじゃ意味がない。チームで、男子卓球部全員で――勝ちたい!)
そのとき、体育館のドアがふわりと開いて、ヒロミが顔をのぞかせた。
「……ねぇ、そっち、終わった?」
コウジが慌てて涙を拭く。ヒロミは笑って言った。
「今日の対抗戦、楽しかったよ。男子、けっこうやるじゃん。タカヤ、また勝負しようね」
「……うん」
その言葉に、タカヤは静かにうなずいた。
涙のあとが乾きかけた仲間たちの顔に、少しずつ笑みが戻っていた。
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