あの夏、ピンポン玉の向こう側

鍋まこと

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第十章「それぞれの、夏の終わり」

「それぞれの、夏の終わり」

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八月の終わり。
夏休みのラスト数日、部活も一区切りついた。

タカヤはひとりで卓球台のある体育館に立っていた。
誰もいない。静かな空気の中で、球を軽く打ってみる。

(……終わったんだな、あの夏が)

思い返すと、全部がぎゅうぎゅうに詰まっていた。

あの団体戦の惨敗。
合同合宿。
ヒロミに勝ったあの日。
バカな仲間とドリンクバーで笑った夜。
そして、地区大会での、あの勝利。

(一人じゃ、絶対にたどり着けなかった)

ドアが開いて、リクが顔を出した。

「いた。タカヤ、ほら、打とうぜ。久しぶりに、ダブルスでも」

「お前、珍しいな。俺と打ちたいなんて」

「はあ? うるせーよ、暇だっただけだっての」

笑って入ってきたリクのあとから、マサルとユウト、コウジも現れた。

「うぇーい、俺たちの夏、アフターケアしにきました~!」

「合宿疲れが今頃出てきたんだよ。筋肉痛なう」

「お前だけだよ」

わいわいと、いつも通りの男子卓球部が集まってきた。
ラケットを握る。汗をかく。声を出す。

この体育館の空気が、なんだか懐かしくて、タカヤは不意に笑った。

「なあ、俺たち、ちょっとだけ“青春”してたよな」

ユウトが笑いながら言う。

「ちょっとだけじゃねーよ。あのときのお前、めちゃくちゃ熱かったぞ」

「俺、今ならもう一回泣けるわ、あの時の一点で」

「やめろやめろ! でもまあ……楽しかったな」

 

ふと、女子卓球部の声が近づいてくる。

「男子たち、いるー?」

ヒロミがドアを開けて現れた。
ポニーテールを揺らしながら、にこっと笑って。

「あ、また練習してる。ほんと、真面目だなー」

「バカにすんな、こっちは未来に向かって練習してんだ!」

コウジがそう言うと、ヒロミは少しだけ目を細めて言った。

「……そっか。未来か。じゃあ、また今度、勝負ね」

タカヤはうなずく。

「もちろん。次は、団体戦で勝つよ」

「待ってる」

そう言って、女子たちはまた去っていった。
ヒロミの後ろ姿を、タカヤはそっと見送った。

(勝手に、ライバルって思ってたけど……
少しだけ、もっと知りたい、って思ってる自分もいる)

 

蝉の声が少しだけ弱まっていた。
夏が終わろうとしていた。

でも、ここにあるこの気持ちは、終わらない。

仲間とぶつかったラケットの音、勝って叫んだあの瞬間、
真剣に見つめたヒロミの目、
何気ない日曜の午後のドリンクバー――

全部が、俺の「青春」だ。

タカヤはラケットを握り直した。

「さあ、次、いこうぜ。俺たちはまだ――」

まだまだ、強くなる。 青春はきっと短い。 だけど、その炎は強い。 俺は青春を仲間たちと悔いのないように全力を尽くしたい。




今日もクタクタだ。みんなが先に帰っていったあと、タカヤは体育館の裏で自転車を押して歩いていた。

ふと、隣にヒロミの気配がした。

「おつかれ。……大会、ほんとによかったよ」

「……そっちこそ。応援、ありがとな」

風が吹く。セミの声が、少し遠ざかって聞こえる。

ヒロミがぽつりとつぶやいた。

「ねえ、タカヤ。あたし、あのときのスマッシュ……たぶん、ずっと忘れないと思う」

「え?」

「何、って顔しないでよ。別に変な意味じゃないから。ただ、すごく……いい試合だったから」

そう言って、ヒロミはちょっと顔をそらす。

タカヤは、言葉に詰まりながらも、小さくうなずいた。

「……俺も。ヒロミに勝ったときも嬉しかったけど、今は、チームで勝てたことの方がずっと、嬉しいんだ」

「うん。わかるよ。それが“青春”ってやつでしょ」

笑って、ヒロミは歩き出した。
タカヤも、並んで歩く。

少しして、ふと、ヒロミの指先がぶつかった。

ドキン、とした。
ヒロミが、目をそらしたまま、言った。

「……ほら。ちょっとだけ。手、貸して」

「え?」

「別に、深い意味はないよ。なんか、今だけ。そんな気分ってだけ」

タカヤは、ごくりと唾をのみこむ。
そして、そっと手を差し出した。

ヒロミの指が、重なった。
手のひらは、小さくて、あたたかかった。

言葉は、なかった。 自分の心音だけが聞こえる気持ちになる。 心の中で何かがきらきらと灯った。

「……ありがとな」

そう言ったタカヤに、ヒロミは少しだけ強く手を握り返した。 日焼けしたその顔はどんなアイドルよりも愛おしいと思った.

ふたりの影が、夏の終わりの夕焼けのなか、長く伸びていった。

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