悪役令息に転生したので断罪回避します!のはずが、氷の王太子からの溺愛が止まりません

水凪しおん

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第四話「想定外のヒーロー」

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 王宮で、隣国の王子の誕生を祝う盛大な祝賀会が開かれた。きらびやかなシャンデリアが広間を照らし、着飾った貴族たちの楽しげな声が、オーケストラの優雅な演奏と混じり合っている。
 ルキウスは、そんな華やかな輪から少し離れた壁際に立ち、目立たないように息を潜めていた。彼の目的はただ一つ、ゲームの強制イベントを回避することだ。
 今夜は、ゲームで最初の断罪フラグが立つ重要な日。シナリオでは、この祝賀会でルキウスが聖女セリアと初めて遭遇し、彼女の出自をなじり、わざとワインをかけて恥をかかせる。その場面を王太子アレクシスに目撃され、彼の軽蔑を決定的なものにしてしまうのだ。
(絶対にセリアには近づかない。目も合わせない)
 ルキウスは、グラスの中のフルーツジュースをちびちびと飲みながら、聖女セリアの姿を探した。ゲームのヒロインである彼女は、平民出身ながらその聖なる力を見出され、神殿に保護されている。今夜のような場には不慣れなはずだ。
 人混みの中に、すぐに彼女は見つかった。質素だが清潔な神官服に身を包んだ、栗色の髪の可憐な少女。一人、どうしていいか分からずに、おろおろと立ち尽くしている。その姿は、いかにも庇護欲をそそるものだった。
 ルキウスは、彼女から最も遠い場所へと、そっと移動する。関わらなければ、何も起こらない。そう信じていた。
 しかし、運命とは皮肉なものだ。
 ルキウスが目を離した一瞬、一人の太った貴族が、よろめきながらセリアのすぐそばを通りかかった。男の手には、なみなみと注がれた赤ワインのグラス。
(まずい!)
 ルキウスがそう思った時には、すでに遅かった。男の体が大きく傾ぎ、その手からグラスが滑り落ちる。その先には、何も知らずに立ち尽くすセリアがいる。ゲームのシナリオが、別の形で再現されようとしていた。
 ここでセリアがワインを浴びれば、たとえルキウスのせいではなくても、周りの貴族たちは「悪役令息の婚約者がいる前で、聖女が恥をかかされた」と面白おかしく噂を立てるだろう。それは、結局アレクシスの耳にも入るに違いない。
 考えるより先に、体が動いていた。
「危ない!」
 ルキウスは、人混みをかき分け、セリアの前に飛び出した。どん、と鈍い衝撃。生温かい液体が、彼の着ていた純白の礼服にぶちまけられる。鮮やかな赤ワインが、まるで血痕のように白い生地に滲んでいく。
「きゃっ!」
 セリアが、小さな悲鳴を上げた。何が起こったのか分からず、目を丸くしている。
 ワインをこぼした貴族は、相手がエアハルト辺境伯家の次期当主だと気づくと、さっと顔を青くした。
「も、申し訳ございません、ルキウス様!」
 周囲の注目が一斉に集まる。ざわめきが波のように広がっていく。ゲームのシナリオとは違う。だが、これではどちらにせよ目立ってしまう。
 最悪だ、とルキウスが舌打ちしかけた、その時。
「みっともない真似はよせ」
 凛とした、氷のように冷たい声が響いた。その声に、場のすべての人間が動きを止め、凍りつく。声の主は、王太子アレクシスだった。
 彼は、いつの間に現れたのか、ルキウスのすぐそばに立っていた。そのサファイアの瞳は、ワインをこぼした貴族を射抜くように見据えている。
「祝賀の場で騒ぎを起こすとは、見苦しい。下がりなさい」
「は、はひっ!」
 貴族は、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去った。
 アレクシスは、次にセリアへと視線を移した。セリアは、王太子の威圧感に怯え、小さく身をすくませる。しかし、アレクシスの視線はすぐに彼女から外れ、隣に立つルキウスへと向けられた。
 ルキウスは、これから浴びせられるであろう軽蔑の言葉を覚悟し、ぐっと身構えた。
 だが、アレクシスの口から出たのは、予想とはまったく違うものだった。
 彼は無言で、自身の胸ポケットから純白のハンカチを取り出すと、それをルキウスに差し出したのだ。
「……え?」
 ルキウスは、呆然とアレクシスを見上げた。アレクシスの表情は、相変わらず能面のように変わらない。しかし、その蒼い瞳の奥に、ほんのわずかだが、今までとは違う色が宿っているように見えた。
「……ありがとうございます、殿下」
 ルキウスは、夢遊病者のようにそのハンカチを受け取った。滑らかなシルクの生地には、かすかにアレクシスのものと思われる、清涼な香りがした。
 アレクシスは、それ以上何も言わず、再び背を向けて人混みの中へと消えていく。
 残されたルキウスは、ワインで汚れた礼服と、手の中にある真っ白なハンカチを、ただ交互に見つめることしかできなかった。
 断罪フラグは、回避できたのだろうか。それとも、新たなフラグが立ってしまったのだろうか。
 確かなことは、一つだけ。
 氷のように冷たいと思っていた婚約者の、ほんのわずかな優しさに、ルキ...きうすの心は、自分でも気づかないうちに、小さく揺れ動いていた。
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