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第6話「不器用な優しさと、芽生えた恋心」
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俺を狙った貴族たちへの処罰は迅速かつ徹底的に行われた。アレスは帝国全土の貴族を招集した場でこの事件の顛末を公表し、そしてこう宣言した。
「リオは我が庇護下にある。今後、彼に指一本でも触れようとする者は、たとえ誰であろうとこの私が許さない」
静かだが腹の底に響くような、絶対的な力を持つ声。それはリオという存在が皇帝にとってどれほど重要であるかを、帝国全土に示すに十分すぎる言葉だった。あの冷たく厳しい視線に射抜かれ、反論を口にする者など一人もいなかった。
冷徹で誰にも心を許さないと思っていた皇帝。その彼がこんなにも真っ直ぐに俺を守ろうとしてくれている。その事実が俺の胸を熱くした。
事件以来アレス様は少し変わった。相変わらず政務に忙しい日々は続いているが、俺と過ごす時間を以前よりも大切にしてくれているように感じられた。
夜食の時間には書類から目を離し、俺の顔を見て「美味い」と言ってくれるようになった。時折昼間にグリフォンの様子を見に来ては、俺が厨房で作業している姿を少し離れた場所から静かに眺めていることもある。
ある日俺が新しいレシピを考えようと厨房の隅で分厚い本を読んでいると、不意に影が差した。顔を上げるとアレス様がそこに立っていた。
「何を読んでいる?」
「あ、アレス様! ええと、古い料理の本です。もっと色々な料理を覚えたくて……」
アレス様は俺の手から本を取り上げると、パラパラとページをめくった。
「こんな小さな文字を読んでいては目を悪くするぞ」
そう言うと彼は俺の隣に腰掛け、俺が読んでいたページを指さした。
「どこまで読んだ? 俺が読んでやろう」
「えっ!? そんな、滅相もないことです!皇帝陛下にそんなことを……」
「いいから」
アレス様は俺の抗議を気にも留めず、低く落ち着いた声で本の内容を読み上げ始めた。彼の声は心地よく、その不器用な優しさに俺の心臓はまた大きく音を立てた。
近すぎる距離にどきどきして内容が全く頭に入ってこない。ただすぐ隣で感じる彼の体温と、ふわりと香る気品のある匂いに顔がどんどん熱くなるのを感じた。
この気持ちはなんなんだろう。
アレス様に守られると胸が温かくなる。優しい言葉をかけられると心臓が跳ねる。彼が他の誰かと話しているのを見ると胸の奥がちくりと痛む。
これはきっと――。
気づいてしまった感情に俺は一人戸惑っていた。相手はこの国の皇帝陛下だ。俺は追放された孤児でただの料理番。身分が違いすぎる。こんな気持ちを抱くことすら許されない。
そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、アレス様を想う気持ちは日に日に大きくなっていくばかりだった。
***
それはアレスも同じだった。
最初は衰弱した聖獣を救うための、ただの駒としか見ていなかった。しかしリオの作る温かい料理は、確実にアレスの頑なだった心を溶かしていった。
どんな時もひたむきで自分のことより他人のことを心配する優しさ。貴族たちの罠に怯えながらも自分とグリフォンを守りたいと、真っ直ぐな瞳で言った時の強さ。守るべきか弱い存在だったはずのリオがいつしかアレスにとって唯一無二の、心を許せる存在に変わり始めていた。
他の誰にも見せたことのない穏やかな自分。それに気づいた時、アレスの中にも今まで感じたことのない感情――独占欲と、そして愛しさが芽生えていることを自覚せざるを得なかった。
その夜も俺はアレス様のために夜食を運んでいた。
「今夜はハチミツ入りのホットミルクです。よく眠れるように……」
「……いつもすまないな」
受け取ったカップを持つ指先が偶然触れ合った。
びくりと体を震わせ慌てて手を引く。その瞬間、二人の視線がふと絡み合った。ランプの灯りに照らされたアメジストの瞳が、熱を帯びて俺をじっと見つめている。
時間が止まったかのようだった。言葉はなく、ただお互いの呼吸の音だけが静かな執務室に響く。
先に視線を逸らしたのは俺の方だった。
「そ、それでは俺はこれで……!」
真っ赤になった顔を見られたくなくて、逃げるように部屋を後にする。扉を閉めた後、背中を預けて大きく息をついた。心臓が壊れてしまいそうなほど速く鼓動している。
気まずい沈黙だった。でも不思議と嫌ではなかった。むしろあの時間が永遠に続けばいいとさえ思ってしまった。
この温かい気持ちの名前を俺はもう知らないふりはできなかった。これは紛れもなく恋心だった。
「リオは我が庇護下にある。今後、彼に指一本でも触れようとする者は、たとえ誰であろうとこの私が許さない」
静かだが腹の底に響くような、絶対的な力を持つ声。それはリオという存在が皇帝にとってどれほど重要であるかを、帝国全土に示すに十分すぎる言葉だった。あの冷たく厳しい視線に射抜かれ、反論を口にする者など一人もいなかった。
冷徹で誰にも心を許さないと思っていた皇帝。その彼がこんなにも真っ直ぐに俺を守ろうとしてくれている。その事実が俺の胸を熱くした。
事件以来アレス様は少し変わった。相変わらず政務に忙しい日々は続いているが、俺と過ごす時間を以前よりも大切にしてくれているように感じられた。
夜食の時間には書類から目を離し、俺の顔を見て「美味い」と言ってくれるようになった。時折昼間にグリフォンの様子を見に来ては、俺が厨房で作業している姿を少し離れた場所から静かに眺めていることもある。
ある日俺が新しいレシピを考えようと厨房の隅で分厚い本を読んでいると、不意に影が差した。顔を上げるとアレス様がそこに立っていた。
「何を読んでいる?」
「あ、アレス様! ええと、古い料理の本です。もっと色々な料理を覚えたくて……」
アレス様は俺の手から本を取り上げると、パラパラとページをめくった。
「こんな小さな文字を読んでいては目を悪くするぞ」
そう言うと彼は俺の隣に腰掛け、俺が読んでいたページを指さした。
「どこまで読んだ? 俺が読んでやろう」
「えっ!? そんな、滅相もないことです!皇帝陛下にそんなことを……」
「いいから」
アレス様は俺の抗議を気にも留めず、低く落ち着いた声で本の内容を読み上げ始めた。彼の声は心地よく、その不器用な優しさに俺の心臓はまた大きく音を立てた。
近すぎる距離にどきどきして内容が全く頭に入ってこない。ただすぐ隣で感じる彼の体温と、ふわりと香る気品のある匂いに顔がどんどん熱くなるのを感じた。
この気持ちはなんなんだろう。
アレス様に守られると胸が温かくなる。優しい言葉をかけられると心臓が跳ねる。彼が他の誰かと話しているのを見ると胸の奥がちくりと痛む。
これはきっと――。
気づいてしまった感情に俺は一人戸惑っていた。相手はこの国の皇帝陛下だ。俺は追放された孤児でただの料理番。身分が違いすぎる。こんな気持ちを抱くことすら許されない。
そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、アレス様を想う気持ちは日に日に大きくなっていくばかりだった。
***
それはアレスも同じだった。
最初は衰弱した聖獣を救うための、ただの駒としか見ていなかった。しかしリオの作る温かい料理は、確実にアレスの頑なだった心を溶かしていった。
どんな時もひたむきで自分のことより他人のことを心配する優しさ。貴族たちの罠に怯えながらも自分とグリフォンを守りたいと、真っ直ぐな瞳で言った時の強さ。守るべきか弱い存在だったはずのリオがいつしかアレスにとって唯一無二の、心を許せる存在に変わり始めていた。
他の誰にも見せたことのない穏やかな自分。それに気づいた時、アレスの中にも今まで感じたことのない感情――独占欲と、そして愛しさが芽生えていることを自覚せざるを得なかった。
その夜も俺はアレス様のために夜食を運んでいた。
「今夜はハチミツ入りのホットミルクです。よく眠れるように……」
「……いつもすまないな」
受け取ったカップを持つ指先が偶然触れ合った。
びくりと体を震わせ慌てて手を引く。その瞬間、二人の視線がふと絡み合った。ランプの灯りに照らされたアメジストの瞳が、熱を帯びて俺をじっと見つめている。
時間が止まったかのようだった。言葉はなく、ただお互いの呼吸の音だけが静かな執務室に響く。
先に視線を逸らしたのは俺の方だった。
「そ、それでは俺はこれで……!」
真っ赤になった顔を見られたくなくて、逃げるように部屋を後にする。扉を閉めた後、背中を預けて大きく息をついた。心臓が壊れてしまいそうなほど速く鼓動している。
気まずい沈黙だった。でも不思議と嫌ではなかった。むしろあの時間が永遠に続けばいいとさえ思ってしまった。
この温かい気持ちの名前を俺はもう知らないふりはできなかった。これは紛れもなく恋心だった。
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