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第5話「卑劣な罠と、守りたいもの」
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俺が皇帝の信頼を得ていく一方で、城内には黒い渦が巻いていた。平民出身のどこの馬の骨とも知れない若者が皇帝の寵愛を受けている。その事実が、古くからの権力を守りたい貴族たちにとって面白いはずがなかった。
特に宰相の座を狙う野心的な侯爵の一派は、俺の存在をひどく快く思っていなかった。彼らは俺が追放された元の王国と密かに通じ、俺をこの帝国から追い出すための卑劣な罠を仕掛けた。
その日俺はいつものように、聖獣グリフォンのための食事の準備をしていた。今日のメニューは数種類のハーブを練り込んだ特製のミートボール。グリフォンが特に好む滋養強壮の効果がある特別なハーブを使うことになっていた。そのハーブは城の薬草園で厳重に管理されているものだ。
侍従が運んできたハーブの入った籠を受け取り、調理台の上に置く。いつもの爽やかな香りが厨房に広がった。俺は何の疑いも持たず、細かく刻んだハーブをひき肉に混ぜ込んでいく。一つ一つ丁寧に丸め、オーブンでじっくりと焼き上げていった。
「リオ様、お待ちください!」
焼き上がりを待っているとアレス様の忠実な側近である老騎士が、血相を変えて厨房に飛び込んできた。
「その料理、聖獣様にお出ししてはなりません!」
「え? どうしてですか?」
老騎士は俺がこねていた肉のボウルを指さし、険しい声で言った。
「そのハーブ、本物ではございません。聖獣が口にすれば命に関わるほどの猛毒を持つ植物にすり替えられております!」
その言葉に俺は血の気が引くのを感じた。目の前が真っ白になる。毒? この料理に?
側近の騎士が言うには薬草園の管理人が貴族に買収された元の王国の密偵に脅され、ハーブを毒草とすり替えたらしい。密告があり間一髪で発覚したのだという。
もし騎士が駆けつけるのが少しでも遅れていたら。もし俺がこの料理をグリフォンに食べさせていたら……。
考えただけで全身の震えが止まらなかった。俺のせいでグリフォンの命が危なかった。もしかしたらその毒はアレス様を狙ったものだったのかもしれない。俺の料理を通して大切な人たちを危険に晒すところだったのだ。
「俺の、せいで……」
その場にへたり込みそうになる俺の肩を、駆け付けたアレス様が強く抱きとめた。いつの間に現れたのか、彼の顔は見たこともないほどに怒りで歪んでいた。
「君のせいではない。君を狙い利用しようとした愚か者どもがいるだけだ」
アレス様は俺を側近に預けると、騎士団に向けて氷のように冷たい声で命じた。
「関係者を一人残らず捕らえろ。首謀者は俺の前に引きずり出してこい。一切の情状酌量の余地はない」
その声には逆らう者を決して許さない、皇帝としての絶対的な威厳が満ちていた。
***
結局この一件に関わった貴族とその一派は全員捕らえられ、帝国を揺るがす大罪人として裁かれることになった。
だが俺の心から恐怖は消えなかった。自分が狙われたことよりも、自分の作ったもので大切な存在を傷つけてしまう可能性があったことが何よりも怖かった。
もう料理を作るのが怖い。俺が厨房に立つことで、また誰かが不幸になるかもしれない。
部屋に閉じこもり膝を抱える俺の元を、アレス様が訪れた。
「まだ怯えているのか」
「……はい。もし俺のせいで、グリフォンや陛下に何かあったらと思うと……」
俯く俺の隣にアレス様が静かに腰を下ろす。
「リオ。君は何も悪くない」
優しい声だった。彼は俺の震える手を、そっとその大きな手で包み込む。
「君の料理はグリフォンを救い、そして俺の心も救ってくれた。それは紛れもない事実だ。君の作るものは誰も不幸になどしない」
アレス様の手の温もりが、少しずつ俺の心の氷を溶かしていく。
そうだ。俺は怖がってばかりではいられない。絶望の淵にいた俺を拾い、信じて居場所をくれたアレス様。懐いてくれる可愛いグリフォン。
今度は俺が彼らを守る番だ。
落ち込んでいる暇はない。卑劣な罠なんかに負けてたまるか。
俺は顔を上げ、アレス様の目を真っ直ぐに見つめた。
「アレス様。俺、もっともっと心を込めて料理を作ります。俺の料理であなたとグリフォンを、そしてこの国の人たちをもっと元気にしたいです」
その言葉にアレス様は初めて、ふっと穏やかに微笑んだ。その微笑みは今まで見たどんな表情よりも温かく、俺の心を強くさせた。
俺はもう迷わない。守りたいものがあるから。
特に宰相の座を狙う野心的な侯爵の一派は、俺の存在をひどく快く思っていなかった。彼らは俺が追放された元の王国と密かに通じ、俺をこの帝国から追い出すための卑劣な罠を仕掛けた。
その日俺はいつものように、聖獣グリフォンのための食事の準備をしていた。今日のメニューは数種類のハーブを練り込んだ特製のミートボール。グリフォンが特に好む滋養強壮の効果がある特別なハーブを使うことになっていた。そのハーブは城の薬草園で厳重に管理されているものだ。
侍従が運んできたハーブの入った籠を受け取り、調理台の上に置く。いつもの爽やかな香りが厨房に広がった。俺は何の疑いも持たず、細かく刻んだハーブをひき肉に混ぜ込んでいく。一つ一つ丁寧に丸め、オーブンでじっくりと焼き上げていった。
「リオ様、お待ちください!」
焼き上がりを待っているとアレス様の忠実な側近である老騎士が、血相を変えて厨房に飛び込んできた。
「その料理、聖獣様にお出ししてはなりません!」
「え? どうしてですか?」
老騎士は俺がこねていた肉のボウルを指さし、険しい声で言った。
「そのハーブ、本物ではございません。聖獣が口にすれば命に関わるほどの猛毒を持つ植物にすり替えられております!」
その言葉に俺は血の気が引くのを感じた。目の前が真っ白になる。毒? この料理に?
側近の騎士が言うには薬草園の管理人が貴族に買収された元の王国の密偵に脅され、ハーブを毒草とすり替えたらしい。密告があり間一髪で発覚したのだという。
もし騎士が駆けつけるのが少しでも遅れていたら。もし俺がこの料理をグリフォンに食べさせていたら……。
考えただけで全身の震えが止まらなかった。俺のせいでグリフォンの命が危なかった。もしかしたらその毒はアレス様を狙ったものだったのかもしれない。俺の料理を通して大切な人たちを危険に晒すところだったのだ。
「俺の、せいで……」
その場にへたり込みそうになる俺の肩を、駆け付けたアレス様が強く抱きとめた。いつの間に現れたのか、彼の顔は見たこともないほどに怒りで歪んでいた。
「君のせいではない。君を狙い利用しようとした愚か者どもがいるだけだ」
アレス様は俺を側近に預けると、騎士団に向けて氷のように冷たい声で命じた。
「関係者を一人残らず捕らえろ。首謀者は俺の前に引きずり出してこい。一切の情状酌量の余地はない」
その声には逆らう者を決して許さない、皇帝としての絶対的な威厳が満ちていた。
***
結局この一件に関わった貴族とその一派は全員捕らえられ、帝国を揺るがす大罪人として裁かれることになった。
だが俺の心から恐怖は消えなかった。自分が狙われたことよりも、自分の作ったもので大切な存在を傷つけてしまう可能性があったことが何よりも怖かった。
もう料理を作るのが怖い。俺が厨房に立つことで、また誰かが不幸になるかもしれない。
部屋に閉じこもり膝を抱える俺の元を、アレス様が訪れた。
「まだ怯えているのか」
「……はい。もし俺のせいで、グリフォンや陛下に何かあったらと思うと……」
俯く俺の隣にアレス様が静かに腰を下ろす。
「リオ。君は何も悪くない」
優しい声だった。彼は俺の震える手を、そっとその大きな手で包み込む。
「君の料理はグリフォンを救い、そして俺の心も救ってくれた。それは紛れもない事実だ。君の作るものは誰も不幸になどしない」
アレス様の手の温もりが、少しずつ俺の心の氷を溶かしていく。
そうだ。俺は怖がってばかりではいられない。絶望の淵にいた俺を拾い、信じて居場所をくれたアレス様。懐いてくれる可愛いグリフォン。
今度は俺が彼らを守る番だ。
落ち込んでいる暇はない。卑劣な罠なんかに負けてたまるか。
俺は顔を上げ、アレス様の目を真っ直ぐに見つめた。
「アレス様。俺、もっともっと心を込めて料理を作ります。俺の料理であなたとグリフォンを、そしてこの国の人たちをもっと元気にしたいです」
その言葉にアレス様は初めて、ふっと穏やかに微笑んだ。その微笑みは今まで見たどんな表情よりも温かく、俺の心を強くさせた。
俺はもう迷わない。守りたいものがあるから。
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