魔力ゼロの『外れ聖女(男)』、 追放先で知識を武器に国を改革したら、孤高の獅子王に「お前は俺の宝だ」と唯一無二の番として激しく求められる

水凪しおん

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第5話「王の書斎にて」

 俺が『賢者様』と呼ばれるようになったことは、もちろん獅子王カイゼルの耳にも入っていた。俺の活動内容は、側近によって毎日詳細な報告書として彼の元に届けられていた。

 その日、カイゼルは執務室で俺に関する報告書を読んでいた。食料保存法の手順、井戸の構造改革案、石鹸の製法――そのどれもが具体的かつ論理的に、無駄なく記されていた。カイゼルは実利主義者だ。感情論や精神論を嫌い、結果とそこに至るまでの合理的なプロセスを重んじる。俺の提出する報告書は、まさに彼の好む形そのものだった。

(ただ知識があるだけではない。それを的確に伝え、実行に移す能力もあるのか)

 報告書から顔を上げたカイゼルは、窓の外に目をやった。中庭では、俺が城で働く獣人たちの子供を集めて何かを教えている姿が見えた。

「いいかい、この文字は『水』。君たちが毎日飲む、大切なものだ」

 俺は地面に木の枝で文字を書き、子供たちに優しく語りかけていた。獣人国では識字率が低く、文字を読めるのは貴族や役人など一部の者に限られる。俺は空いた時間を使って、希望する子供たちに文字を教えていたのだ。

 子供たちは、大きな身体の獣人からすれば小さくか弱い存在だ。しかし、彼らは国の未来そのもの。その子供たちが目を輝かせながら俺を取り囲み、素直に言葉を吸収していく。そして俺は、そんな子供たち一人一人に根気よく、穏やかな笑みを浮かべて接していた。

 カイゼルは、その光景から目が離せなくなった。

 報告書に記された、冷徹なまでに的確な改革者としての顔。そして子供たちに見せる、慈愛に満ちた教育者としての顔。その二つの側面を持つミコトという存在が、カイゼルの心に深く刻み込まれていった。

 彼はもはや、単なる『使える道具』ではない。

 その日の夜、俺は突然カイゼルに呼び出された。通されたのは謁見の間でも執務室でもなく、彼の私室である書斎だった。壁一面が本棚で埋め尽くされているが、その多くは埃をかぶっており長く読まれていないことが窺えた。

「ミコト。お前に一つ、頼みたいことがある」

 カイゼルは、巨大な机の上に広げられた古ぼけた地図を指差した。

「我が国の北方は、痩せた土地が広がっている。長年作物が育たず、民は貧困に喘いでいる。何か、手立てはあるか」

 それは、国の歴史や課題について初めて俺に直接意見を求めてきた瞬間だった。贈り物としてではなく、賢者として。彼のブレーンとして。

 俺は地図を覗き込み、記憶の引き出しを開けながら答えた。

「土地が痩せている原因はいくつか考えられます。連作障害、あるいは土壌の栄養不足……。もしそれらが原因であれば、解決策はあります」

「ほう。聞かせろ」

 カイゼルの黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。その視線にはもはや侮りはなく、純粋な期待が込められていた。俺は、この無骨で不器用で、けれど誰よりも国を思う王のために自分の知識を役立てたいと、心から思った。

「はい、陛下。まず、『輪作』という農法を試してみましょう。そして、土地そのものを豊かにする『緑肥』という考え方もあります」

 俺はこれから始まるであろう、この国最大の改革を前に静かに闘志を燃やしていた。そしてカイゼルもまた、目の前の小さな人間がこの国の未来を大きく変えるだろうという、確信に近い予感を抱いていた。

 二人の距離が、物理的にも心理的にも少しだけ縮まった夜だった。

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