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第8話「芽生えた独占欲」
俺の身辺警護は、これまで日替わりで近衛騎士が担当していた。しかし宰相ヴォルグとの一件以来、俺の安全を懸念したカイゼルによって、専属の護衛が付けられることになった。
任命されたのは、リヒトという若い狼の獣人騎士だった。彼はまだ若いが実力は確かで、何より真面目で誠実な人柄だった。銀色の髪に快活な青い瞳、そして時折ぴこぴこと動く狼の耳が愛嬌を感じさせる。
「ミコト様! 本日もよろしくお願いします!」
「リヒトさん、そんなに固くならずに。普通に話してください」
リヒトは、俺の知識や改革に心からの尊敬を抱いてくれていた。年の頃が近いこともあり、俺たちはすぐに打ち解け、護衛という関係以上に親しく話すようになった。
その日、俺はリヒトと共に城下町の視察に出ていた。新しく整備された水路の様子を見て回っていた時だ。リヒトが目を輝かせながら言った。
「ミコト様は本当にすごいです! ミコト様が来てから、この国はどんどん良くなっていきます!」
「そんなことないですよ。僕一人の力じゃありません」
「ご謙遜を! ああ、俺もミコト様のように、力だけでなく知恵で国に貢献できる獣人になりたいです!」
純粋な尊敬を向けてくる彼が眩しくて、俺は思わず苦笑した。その時、ふざけてリヒトが俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「もう、やめてくださいよ、リヒトさん」
「はは、すみません!」
俺たちが笑い合っていた、その瞬間。
背後から、地を這うような低い声が響いた。
「――何をしている」
振り返ると、そこに立っていたのはカイゼルだった。彼は護衛も連れず、一人でそこにいた。その黄金の瞳は凍えるように冷たく、リヒトと、特に彼の腕に、突き刺さるように注がれていた。
城の中とは違う、剥き出しの王の威圧感に、リヒトは弾かれたように俺から離れ、その場で膝をついた。
「へ、陛下! 申し訳ありません!」
カイゼルはリヒトを一瞥もせず、ただ俺だけを見ていた。その瞳の奥で、何か黒い炎のようなものが揺らめいている。俺が今まで見たことのない、獰猛な光だった。
胸がざわつく。何だ、この空気は。
カイゼルは無言で俺の腕を掴むと、ぐい、と力強く引き寄せた。
「陛下?」
「戻るぞ」
それだけ言うと、カイゼルは俺の返事も待たずに歩き出した。その力は強く、俺はなすすべもなく引きずられていく。
城に戻り、カイゼルの執務室に連れ込まれる。彼は俺の腕を掴んだまま、部屋の中央で立ち尽くしていた。何かひどく不機嫌なのは分かるが、その理由が全く分からない。
(俺、何か陛下を怒らせるようなことをしただろうか……?)
混乱する俺の思考を、カイゼルの低い声が遮った。
「……あの騎士と、やけに親しいな」
「え? リヒトさんのことですか? 彼は良い人ですよ。護衛として信頼していますし……」
俺がそう答えた瞬間、カイゼルの腕の力がさらに強まった。痛みに顔をしかめると、彼はハッとしたように力を緩めたが、その表情は苦しげに歪んでいた。
何なんだ、一体。
カイゼルは、自分でも制御できない感情に戸惑っているようだった。ミコトが他の男と親しく笑い合う姿を見た瞬間、胸に焼け付くような苛立ちが走った。腹の底から、得体の知れない独占欲が湧き上がってくる。
これが『嫉妬』という感情なのだと、恋を知らない獅子王はまだ気づいていなかった。
彼はただ、本能のままに口を開いていた。
「……護衛は代える」
「えっ、どうしてですか!? リヒトさんは何も悪くありません!」
「やかましい。王の決定だ」
有無を言わせぬ口調。しかし、その瞳は不安げに揺れているようにも見えた。カイゼルは俺を自分の方へ向き直させると、まるで言い聞かせるように低い声で告げた。
「お前は、私の側にいればいい」
それは王の命令のようで、どこか縋るような響きを持っていた。俺は、その言葉の意味を測りかねて、ただ黄金の瞳を見つめ返すことしかできなかった。
任命されたのは、リヒトという若い狼の獣人騎士だった。彼はまだ若いが実力は確かで、何より真面目で誠実な人柄だった。銀色の髪に快活な青い瞳、そして時折ぴこぴこと動く狼の耳が愛嬌を感じさせる。
「ミコト様! 本日もよろしくお願いします!」
「リヒトさん、そんなに固くならずに。普通に話してください」
リヒトは、俺の知識や改革に心からの尊敬を抱いてくれていた。年の頃が近いこともあり、俺たちはすぐに打ち解け、護衛という関係以上に親しく話すようになった。
その日、俺はリヒトと共に城下町の視察に出ていた。新しく整備された水路の様子を見て回っていた時だ。リヒトが目を輝かせながら言った。
「ミコト様は本当にすごいです! ミコト様が来てから、この国はどんどん良くなっていきます!」
「そんなことないですよ。僕一人の力じゃありません」
「ご謙遜を! ああ、俺もミコト様のように、力だけでなく知恵で国に貢献できる獣人になりたいです!」
純粋な尊敬を向けてくる彼が眩しくて、俺は思わず苦笑した。その時、ふざけてリヒトが俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「もう、やめてくださいよ、リヒトさん」
「はは、すみません!」
俺たちが笑い合っていた、その瞬間。
背後から、地を這うような低い声が響いた。
「――何をしている」
振り返ると、そこに立っていたのはカイゼルだった。彼は護衛も連れず、一人でそこにいた。その黄金の瞳は凍えるように冷たく、リヒトと、特に彼の腕に、突き刺さるように注がれていた。
城の中とは違う、剥き出しの王の威圧感に、リヒトは弾かれたように俺から離れ、その場で膝をついた。
「へ、陛下! 申し訳ありません!」
カイゼルはリヒトを一瞥もせず、ただ俺だけを見ていた。その瞳の奥で、何か黒い炎のようなものが揺らめいている。俺が今まで見たことのない、獰猛な光だった。
胸がざわつく。何だ、この空気は。
カイゼルは無言で俺の腕を掴むと、ぐい、と力強く引き寄せた。
「陛下?」
「戻るぞ」
それだけ言うと、カイゼルは俺の返事も待たずに歩き出した。その力は強く、俺はなすすべもなく引きずられていく。
城に戻り、カイゼルの執務室に連れ込まれる。彼は俺の腕を掴んだまま、部屋の中央で立ち尽くしていた。何かひどく不機嫌なのは分かるが、その理由が全く分からない。
(俺、何か陛下を怒らせるようなことをしただろうか……?)
混乱する俺の思考を、カイゼルの低い声が遮った。
「……あの騎士と、やけに親しいな」
「え? リヒトさんのことですか? 彼は良い人ですよ。護衛として信頼していますし……」
俺がそう答えた瞬間、カイゼルの腕の力がさらに強まった。痛みに顔をしかめると、彼はハッとしたように力を緩めたが、その表情は苦しげに歪んでいた。
何なんだ、一体。
カイゼルは、自分でも制御できない感情に戸惑っているようだった。ミコトが他の男と親しく笑い合う姿を見た瞬間、胸に焼け付くような苛立ちが走った。腹の底から、得体の知れない独占欲が湧き上がってくる。
これが『嫉妬』という感情なのだと、恋を知らない獅子王はまだ気づいていなかった。
彼はただ、本能のままに口を開いていた。
「……護衛は代える」
「えっ、どうしてですか!? リヒトさんは何も悪くありません!」
「やかましい。王の決定だ」
有無を言わせぬ口調。しかし、その瞳は不安げに揺れているようにも見えた。カイゼルは俺を自分の方へ向き直させると、まるで言い聞かせるように低い声で告げた。
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