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第七話「初めての熱と抗えない引力」
叔父が屋敷に押しかけてきたあの日以来、ゼイド様と俺の間の空気は、また少し変わった。
彼は以前にも増して、俺のことを気にかけてくれるようになった。
言葉数は相変わらず少ないし、表情もほとんど変わらない。でも、その行動の端々から、不器用な優しさが滲み出ているのが分かるようになった。
食事の時に、俺が苦手な野菜を残していると、何も言わずに自分の皿に移してくれる。
俺が書庫で高い場所の本に手を伸ばしていると、いつの間にか後ろに立っていて、ひょいと取ってくれる。
庭でうたた寝をしてしまった時には、そっと肩にブランケットをかけてくれていたこともあった。
そのたびに、俺の心臓は、いちいち大きく音を立てる。
これは偽りの関係だ、と頭では分かっているのに、心が言うことを聞かない。
ゼイド様の何気ない仕草に、言葉に、一喜一憂してしまう自分がいる。
この感情が何なのか、俺はもう、気づかないふりをすることができなくなっていた。
『俺は、ゼイド様のことが……好きなんだ』
認めてしまった途端、胸がきゅっと甘く痛んだ。
叶うはずのない恋。彼は俺を、任務のための道具としか見ていない。そう言い聞かせても、一度芽生えてしまった想いは、日に日に大きくなっていくばかりだった。
そんなある日の夜。俺の体に、異変が起きた。
なんだか、体が妙に熱い。体の芯から、じわじわと熱が湧き上がってくるような感覚。
最初はただの風邪かと思った。でも、時間が経つにつれて、その熱はどんどん上がっていき、意識が朦朧としてくる。
『なんだ、これ……苦しい……』
ベッドの上で、荒い息を繰り返す。
今まで経験したことのないような、体の奥をかき乱されるような奇妙な感覚。甘ったるい何かが、自分の体から香り立っているのが分かる。
そして、無性に、誰かに会いたくてたまらなくなる。
αに。
ゼイド様に。
『ああ、そっか。これが……ヒート……』
出来損ないと言われてきた俺にも、ついに本格的なヒートが来たのだと、朦朧とする意識の中で理解した。
数年に一度、微熱が出るだけだった今までのものとは、比べ物にならないほどの苦しさ。
Ωの本能が、番のαを求めて叫んでいる。
「ゼッ……イド、さま……」
無意識に、彼の名前を呼んでいた。
会いたい。そばにいてほしい。その冷たいフェロモンで、この熱を冷ましてほしい。
本能が、理性を焼き尽くしていく。
その時、バンッ!と大きな音を立てて、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「リアム!」
そこに立っていたのは、俺が焦がれてやまない人。ゼイド様だった。
彼は、俺の部屋から漂う甘いフェロモンに気づいて、駆けつけてくれたのだろう。その表情は、普段の冷静さが嘘のように、焦りと欲望が入り混じった色をしていた。
「……っ、すごい香りだ……これが、お前の本当の……」
ゼイド様は、苦しそうに喉を鳴らしながら、一歩、また一歩とベッドに近づいてくる。
彼の体からも、いつもよりずっと濃い、支配的なαのフェロモンが放たれている。その香りを吸い込むだけで、俺の体はびくんと震え、さらに熱が上がった。
「リアム……抑制剤は飲んだのか」
「の、んだけど……きか、なくて……」
途切れ途切れにそう答えると、ゼイド様は苦々しく顔を歪めた。
サイレント・オメガのヒートは、通常の抑制剤では効果が薄いという。
「……俺は、部屋を出る。ルカに、医者を……」
ゼイド様は、理性を奮い立たせるようにそう言って、踵を返そうとした。
αの本能が、発情したΩを目の前にして、正気でいられるギリギリのラインなのだろう。
「いや……!いか、ないで……!」
俺は、ほとんど無意識に、ベッドから腕を伸ばして彼の上着の裾を掴んでいた。
「ゼイド様……そばに、いて……ください……」
涙で滲む視界で彼を見上げ、必死に懇願する。
俺の言葉と、さらに濃くなった甘いフェロモンに、ゼイド様の足がぴたりと止まった。
彼はゆっくりと振り返ると、その紫水晶の瞳を、燃え上がるような欲望の色に染めて、俺を見下ろした。
「……後悔、するなよ」
低い、掠れた声。
それが、彼の理性が切れた合図だった。
次の瞬間、俺は力強くベッドに押し倒されていた。
視界いっぱいに、ゼイド様の美しい顔が広がる。
彼の冷たいフェロモンが、俺の熱い体を包み込む。それはまるで、燃え盛る炎に注がれた油のように、俺の欲望をさらに煽った。
「んっ……ぁ……」
首筋に、彼の唇が寄せられる。
ちくり、とした軽い痛みの後、ぞくぞくするような快感が背筋を駆け上った。
番の証。運命のαだけが、Ωのうなじを噛むことで成立する、絶対的な魂の繋がり。
「リアム……お前は、俺のものだ」
耳元で囁かれた、独占欲に満ちた声。
偽りの関係のはずなのに。任務のためのはずなのに。
ヒートに浮かされた頭では、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
『ああ……ゼイド様……』
ただ、この人に抱かれたい。この人のもので、ありたい。
Ωとしての本能と、リアムという一個人の恋心が、完全に一つになった瞬間だった。
俺は、目の前の美しいαに、そっと腕を回した。
抗えない引力に導かれるままに、俺たちは深く、深く、お互いを求め合った。
窓の外では、静かな月が、寄り添う二つの影を、ただ黙って照らしていた。
彼は以前にも増して、俺のことを気にかけてくれるようになった。
言葉数は相変わらず少ないし、表情もほとんど変わらない。でも、その行動の端々から、不器用な優しさが滲み出ているのが分かるようになった。
食事の時に、俺が苦手な野菜を残していると、何も言わずに自分の皿に移してくれる。
俺が書庫で高い場所の本に手を伸ばしていると、いつの間にか後ろに立っていて、ひょいと取ってくれる。
庭でうたた寝をしてしまった時には、そっと肩にブランケットをかけてくれていたこともあった。
そのたびに、俺の心臓は、いちいち大きく音を立てる。
これは偽りの関係だ、と頭では分かっているのに、心が言うことを聞かない。
ゼイド様の何気ない仕草に、言葉に、一喜一憂してしまう自分がいる。
この感情が何なのか、俺はもう、気づかないふりをすることができなくなっていた。
『俺は、ゼイド様のことが……好きなんだ』
認めてしまった途端、胸がきゅっと甘く痛んだ。
叶うはずのない恋。彼は俺を、任務のための道具としか見ていない。そう言い聞かせても、一度芽生えてしまった想いは、日に日に大きくなっていくばかりだった。
そんなある日の夜。俺の体に、異変が起きた。
なんだか、体が妙に熱い。体の芯から、じわじわと熱が湧き上がってくるような感覚。
最初はただの風邪かと思った。でも、時間が経つにつれて、その熱はどんどん上がっていき、意識が朦朧としてくる。
『なんだ、これ……苦しい……』
ベッドの上で、荒い息を繰り返す。
今まで経験したことのないような、体の奥をかき乱されるような奇妙な感覚。甘ったるい何かが、自分の体から香り立っているのが分かる。
そして、無性に、誰かに会いたくてたまらなくなる。
αに。
ゼイド様に。
『ああ、そっか。これが……ヒート……』
出来損ないと言われてきた俺にも、ついに本格的なヒートが来たのだと、朦朧とする意識の中で理解した。
数年に一度、微熱が出るだけだった今までのものとは、比べ物にならないほどの苦しさ。
Ωの本能が、番のαを求めて叫んでいる。
「ゼッ……イド、さま……」
無意識に、彼の名前を呼んでいた。
会いたい。そばにいてほしい。その冷たいフェロモンで、この熱を冷ましてほしい。
本能が、理性を焼き尽くしていく。
その時、バンッ!と大きな音を立てて、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「リアム!」
そこに立っていたのは、俺が焦がれてやまない人。ゼイド様だった。
彼は、俺の部屋から漂う甘いフェロモンに気づいて、駆けつけてくれたのだろう。その表情は、普段の冷静さが嘘のように、焦りと欲望が入り混じった色をしていた。
「……っ、すごい香りだ……これが、お前の本当の……」
ゼイド様は、苦しそうに喉を鳴らしながら、一歩、また一歩とベッドに近づいてくる。
彼の体からも、いつもよりずっと濃い、支配的なαのフェロモンが放たれている。その香りを吸い込むだけで、俺の体はびくんと震え、さらに熱が上がった。
「リアム……抑制剤は飲んだのか」
「の、んだけど……きか、なくて……」
途切れ途切れにそう答えると、ゼイド様は苦々しく顔を歪めた。
サイレント・オメガのヒートは、通常の抑制剤では効果が薄いという。
「……俺は、部屋を出る。ルカに、医者を……」
ゼイド様は、理性を奮い立たせるようにそう言って、踵を返そうとした。
αの本能が、発情したΩを目の前にして、正気でいられるギリギリのラインなのだろう。
「いや……!いか、ないで……!」
俺は、ほとんど無意識に、ベッドから腕を伸ばして彼の上着の裾を掴んでいた。
「ゼイド様……そばに、いて……ください……」
涙で滲む視界で彼を見上げ、必死に懇願する。
俺の言葉と、さらに濃くなった甘いフェロモンに、ゼイド様の足がぴたりと止まった。
彼はゆっくりと振り返ると、その紫水晶の瞳を、燃え上がるような欲望の色に染めて、俺を見下ろした。
「……後悔、するなよ」
低い、掠れた声。
それが、彼の理性が切れた合図だった。
次の瞬間、俺は力強くベッドに押し倒されていた。
視界いっぱいに、ゼイド様の美しい顔が広がる。
彼の冷たいフェロモンが、俺の熱い体を包み込む。それはまるで、燃え盛る炎に注がれた油のように、俺の欲望をさらに煽った。
「んっ……ぁ……」
首筋に、彼の唇が寄せられる。
ちくり、とした軽い痛みの後、ぞくぞくするような快感が背筋を駆け上った。
番の証。運命のαだけが、Ωのうなじを噛むことで成立する、絶対的な魂の繋がり。
「リアム……お前は、俺のものだ」
耳元で囁かれた、独占欲に満ちた声。
偽りの関係のはずなのに。任務のためのはずなのに。
ヒートに浮かされた頭では、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
『ああ……ゼイド様……』
ただ、この人に抱かれたい。この人のもので、ありたい。
Ωとしての本能と、リアムという一個人の恋心が、完全に一つになった瞬間だった。
俺は、目の前の美しいαに、そっと腕を回した。
抗えない引力に導かれるままに、俺たちは深く、深く、お互いを求め合った。
窓の外では、静かな月が、寄り添う二つの影を、ただ黙って照らしていた。
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