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第1話「祝福なき夜会と、偽りの聖女」
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王宮のシャンデリアが放つ光の洪水が、着飾った貴族たちの宝石を、絹のドレスを、そして虚栄に満ちた笑顔をきらびやかに照らし出していた。
僕は、アレンは、その光の輪から少しだけはみ出すように、婚約者である第二王子エドワード様の隣に佇んでいた。田舎の貧乏男爵家の三男である僕が、この国で最も華やかな夜会にいる。その理由は、僕が彼の「可愛いお人形」だからだ。
ふわふわとした蜂蜜色の髪、自分でも少し大きいと思う翠色の瞳、そして男でありながら華奢な体躯。エドワード様は、僕のこの外見だけを愛していた。会話を交わせば「お前は黙って頷いていればいい」と遮られ、意見を述べようとすれば「人形に意思は不要だ」と蔑まれる。
前世が日本の平凡な会社員だった僕にとって、この異世界での貴族生活は息が詰まるものだった。特に、この傲慢な王子との婚約は、まるで金色の鳥かごに閉じ込められた気分だった。
だから、この瞬間が訪れた時、僕は心のどこかで安堵していたのだ。
「皆、聞いてくれ!」
音楽が止み、全ての視線が中央の壇上に立つエドワード様に注がれる。彼の隣には、純白のドレスを身に纏った聖女リリアナが、慈愛に満ちた(ように見える)笑みを浮かべて寄り添っている。
「本日をもって、私、エドワードは、アレンとの婚約を破棄する!」
宣言は、静まり返ったホールに雷鳴のように響き渡った。ざわめきが波のように広がる。貴族たちは扇で口元を隠しながらも、好奇と侮蔑に満ちた視線を僕へと突き刺した。
エドワード様は、勝ち誇ったように僕を見下ろす。
「理由は言うまでもないな! 先日の魔力測定で、アレンは『魔力なし』と判定された! そんな欠陥品を、次代の王妃、いや、王配として迎えることなどできようか!」
ああ、やっぱり。そう思った。この国では、魔力の有無が人間の価値を決めると言っても過言ではない。魔力なしは、存在しないも同然の扱いを受ける。
「そして、私が真に愛し、生涯を共にするべきは、この国を守護する聖女、リリアナただ一人だ!」
エドワード様がリリアナの肩を抱き寄せると、会場からは待ってましたとばかりに拍手が沸き起こった。リリアナは、その賞賛を一身に浴びながら、僕にだけ見えるように唇の端を吊り上げてみせる。
そして、わざとらしく悲しげな声で言った。
「お可哀想に、アレン様。ですが、魔力を持たぬ方が王族の伴侶になるなど、あってはならないこと。これも、この国のためなのです。どうか、お分かりになってくださいね」
その瞳には、憐れみなど欠片もなく、底意地の悪い優越感が渦巻いていた。周囲からは「男爵家の恥さらしめ」「よくも今まで王子を騙していたものだ」という囁き声が聞こえてくる。
針の筵(むしろ)とは、まさにこのことだろう。
でも、不思議と涙は出なかった。むしろ、胸のつかえが取れたような、晴れやかな気分でさえあった。これでやっと、この窮屈な鳥かごから出られるのだから。
もちろん、これからどうなるかという不安は大きい。婚約破棄され、実家からも厄介者扱いされるだろうことは目に見えている。平民として生きるにも、何の力もない僕には難しいかもしれない。
それでも、誰かのお人形として生きるよりはずっといい。
僕は背筋を伸ばし、侮蔑の視線を一身に浴びながらも、静かにその場を立ち去ろうとした。その時だった。
会場の隅、柱の影から、突き刺すように冷たい視線を感じたのは。
まるで、全てを見透かすような、氷のような瞳。その視線の主は、この国の誰もがその名を聞けば震え上がる人物――『氷の貴公子』と畏れられる、グランヴェル公爵家の嫡男、ルシウス・フォン・グランヴェル様だった。
彼は、僕が王子に捨てられるこの茶番劇を、どんな思いで見ていたのだろうか。その凍てついた瞳の奥に宿る感情を、この時の僕には、まだ知る由もなかった。
僕は、アレンは、その光の輪から少しだけはみ出すように、婚約者である第二王子エドワード様の隣に佇んでいた。田舎の貧乏男爵家の三男である僕が、この国で最も華やかな夜会にいる。その理由は、僕が彼の「可愛いお人形」だからだ。
ふわふわとした蜂蜜色の髪、自分でも少し大きいと思う翠色の瞳、そして男でありながら華奢な体躯。エドワード様は、僕のこの外見だけを愛していた。会話を交わせば「お前は黙って頷いていればいい」と遮られ、意見を述べようとすれば「人形に意思は不要だ」と蔑まれる。
前世が日本の平凡な会社員だった僕にとって、この異世界での貴族生活は息が詰まるものだった。特に、この傲慢な王子との婚約は、まるで金色の鳥かごに閉じ込められた気分だった。
だから、この瞬間が訪れた時、僕は心のどこかで安堵していたのだ。
「皆、聞いてくれ!」
音楽が止み、全ての視線が中央の壇上に立つエドワード様に注がれる。彼の隣には、純白のドレスを身に纏った聖女リリアナが、慈愛に満ちた(ように見える)笑みを浮かべて寄り添っている。
「本日をもって、私、エドワードは、アレンとの婚約を破棄する!」
宣言は、静まり返ったホールに雷鳴のように響き渡った。ざわめきが波のように広がる。貴族たちは扇で口元を隠しながらも、好奇と侮蔑に満ちた視線を僕へと突き刺した。
エドワード様は、勝ち誇ったように僕を見下ろす。
「理由は言うまでもないな! 先日の魔力測定で、アレンは『魔力なし』と判定された! そんな欠陥品を、次代の王妃、いや、王配として迎えることなどできようか!」
ああ、やっぱり。そう思った。この国では、魔力の有無が人間の価値を決めると言っても過言ではない。魔力なしは、存在しないも同然の扱いを受ける。
「そして、私が真に愛し、生涯を共にするべきは、この国を守護する聖女、リリアナただ一人だ!」
エドワード様がリリアナの肩を抱き寄せると、会場からは待ってましたとばかりに拍手が沸き起こった。リリアナは、その賞賛を一身に浴びながら、僕にだけ見えるように唇の端を吊り上げてみせる。
そして、わざとらしく悲しげな声で言った。
「お可哀想に、アレン様。ですが、魔力を持たぬ方が王族の伴侶になるなど、あってはならないこと。これも、この国のためなのです。どうか、お分かりになってくださいね」
その瞳には、憐れみなど欠片もなく、底意地の悪い優越感が渦巻いていた。周囲からは「男爵家の恥さらしめ」「よくも今まで王子を騙していたものだ」という囁き声が聞こえてくる。
針の筵(むしろ)とは、まさにこのことだろう。
でも、不思議と涙は出なかった。むしろ、胸のつかえが取れたような、晴れやかな気分でさえあった。これでやっと、この窮屈な鳥かごから出られるのだから。
もちろん、これからどうなるかという不安は大きい。婚約破棄され、実家からも厄介者扱いされるだろうことは目に見えている。平民として生きるにも、何の力もない僕には難しいかもしれない。
それでも、誰かのお人形として生きるよりはずっといい。
僕は背筋を伸ばし、侮蔑の視線を一身に浴びながらも、静かにその場を立ち去ろうとした。その時だった。
会場の隅、柱の影から、突き刺すように冷たい視線を感じたのは。
まるで、全てを見透かすような、氷のような瞳。その視線の主は、この国の誰もがその名を聞けば震え上がる人物――『氷の貴公子』と畏れられる、グランヴェル公爵家の嫡男、ルシウス・フォン・グランヴェル様だった。
彼は、僕が王子に捨てられるこの茶番劇を、どんな思いで見ていたのだろうか。その凍てついた瞳の奥に宿る感情を、この時の僕には、まだ知る由もなかった。
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