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第3話「戸惑いの新生活と、始まりの溺愛」
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グランヴェル公爵家での新婚生活は、まるで夢の中にいるようだった。
僕に与えられた部屋は、実家の屋敷が丸ごと入ってしまいそうなほど広く、天蓋付きの豪奢なベッドに、陽光を浴びて輝く最高級の調度品。窓の外には、手入れの行き届いた美しい庭園が広がっていた。専属の侍女までつけられ、毎日、腕利きの料理人が作る美食の数々がテーブルに並ぶ。
その一方で、使用人たちの視線は冷ややかだった。
「あの方、本当に魔力なしなんですって」
「王子に捨てられた男爵家のご出身だとか…」
「公爵様も、何をお考えなのかしら」
すれ違いざまに聞こえてくる陰口は、僕の心をちくりと刺した。やはり、どこへ行っても僕は歓迎されない存在なのだ。そう俯きかけた僕の思考を、しかし、夫であるルシウス様の行動が根底から覆していく。
彼の甘やかしは、異常としか言いようがなかった。
朝、僕が目を覚ますと、必ずルシウス様がベッドの傍らで僕のことを見つめている。
「おはよう、アレン。よく眠れたか? 悪い夢は見なかったか?」
そう言って、僕の髪を優しく梳いてくれるのだ。騎士団総長である彼は、僕よりもずっと早く起きているはずなのに。
食事の時、僕が少しでも箸の進みが悪いと、途端に心配そうな顔になる。
「アレン、口に合わなかったか? すぐに別のものを用意させる。何が食べたい? 君の好きなものなら、地の果てからでも取り寄せてみせる」
僕が恐縮して「美味しいです」と答えると、心底ほっとしたように微笑むのだ。その笑顔は、『氷の貴公子』という異名が嘘のように優しかった。
そして、彼が仕事から帰ってくると、真っ直ぐに僕の部屋へやってくる。そして、当たり前のように僕を抱き上げて、自分の膝の上に乗せるのだ。
「ただいま、アレン。今日も一日、君に会いたかった。何か変わったことはあったか? 誰かに嫌なことを言われていないか?」
まるで小さな子供にするように、その日あったことを根掘り葉掘り聞きたがる。僕が困惑しながらもぽつぽつと話すと、彼は相槌を打ちながら真剣に耳を傾けてくれるのだ。
ある日、僕は前世の記憶を頼りに、キッチンを借りて簡単なクッキーを焼いてみた。貴族の豪華な菓子とは違う、素朴な焼き菓子。それをルシウス様に差し出すと、彼は目を丸くした。
一口食べた瞬間、彼の氷色の瞳が、驚きと感動に見開かれる。
「……っ、美味しい。こんなに温かくて優しい味は、生涯で初めてだ…」
そう言って、涙ぐみそうなほど感激し、その日は一日中「君は天才だ」「私の花嫁は世界一だ」と僕を褒め称え続けた。たかがクッキーで、そこまで喜ばなくても……。
政略結婚のはずなのに、なぜここまでしてくれるのだろう。
彼の行動は、僕の理解をはるかに超えていた。戸惑いは日に日に大きくなる。しかし同時に、彼の不器用で真っ直ぐな愛情に、王子や家族から受けた仕打ちで凍てついていた僕の心が、少しずつ温められていくのを感じていた。
そんなある夜のことだった。
僕は、婚約破棄された夜会の悪夢を見ていた。嘲笑と侮蔑の視線が、僕を責め立てる。息が苦しくなって、僕はうなされながら目を覚ました。
「はっ、はぁ…っ」
荒い息をつく僕の背中を、大きな手が優しく撫でる。隣を見ると、心配そうに僕を覗き込むルシウス様の顔があった。
「大丈夫か、アレン。私がいる」
彼は何も聞かず、ただ僕を力強く抱きしめてくれた。彼の胸板は硬く、鍛えられた筋肉の感触が伝わってくる。そして、その腕の中は、不思議なほど安心できた。トクン、トクン、と彼の心臓の音が、僕を落ち着かせてくれる。
僕はその胸に顔を埋め、静かに涙を流した。それは、悲しい涙ではなかった。
生まれて初めて、誰かに守られているという本当の安らぎを知った、温かい涙だった。
僕に与えられた部屋は、実家の屋敷が丸ごと入ってしまいそうなほど広く、天蓋付きの豪奢なベッドに、陽光を浴びて輝く最高級の調度品。窓の外には、手入れの行き届いた美しい庭園が広がっていた。専属の侍女までつけられ、毎日、腕利きの料理人が作る美食の数々がテーブルに並ぶ。
その一方で、使用人たちの視線は冷ややかだった。
「あの方、本当に魔力なしなんですって」
「王子に捨てられた男爵家のご出身だとか…」
「公爵様も、何をお考えなのかしら」
すれ違いざまに聞こえてくる陰口は、僕の心をちくりと刺した。やはり、どこへ行っても僕は歓迎されない存在なのだ。そう俯きかけた僕の思考を、しかし、夫であるルシウス様の行動が根底から覆していく。
彼の甘やかしは、異常としか言いようがなかった。
朝、僕が目を覚ますと、必ずルシウス様がベッドの傍らで僕のことを見つめている。
「おはよう、アレン。よく眠れたか? 悪い夢は見なかったか?」
そう言って、僕の髪を優しく梳いてくれるのだ。騎士団総長である彼は、僕よりもずっと早く起きているはずなのに。
食事の時、僕が少しでも箸の進みが悪いと、途端に心配そうな顔になる。
「アレン、口に合わなかったか? すぐに別のものを用意させる。何が食べたい? 君の好きなものなら、地の果てからでも取り寄せてみせる」
僕が恐縮して「美味しいです」と答えると、心底ほっとしたように微笑むのだ。その笑顔は、『氷の貴公子』という異名が嘘のように優しかった。
そして、彼が仕事から帰ってくると、真っ直ぐに僕の部屋へやってくる。そして、当たり前のように僕を抱き上げて、自分の膝の上に乗せるのだ。
「ただいま、アレン。今日も一日、君に会いたかった。何か変わったことはあったか? 誰かに嫌なことを言われていないか?」
まるで小さな子供にするように、その日あったことを根掘り葉掘り聞きたがる。僕が困惑しながらもぽつぽつと話すと、彼は相槌を打ちながら真剣に耳を傾けてくれるのだ。
ある日、僕は前世の記憶を頼りに、キッチンを借りて簡単なクッキーを焼いてみた。貴族の豪華な菓子とは違う、素朴な焼き菓子。それをルシウス様に差し出すと、彼は目を丸くした。
一口食べた瞬間、彼の氷色の瞳が、驚きと感動に見開かれる。
「……っ、美味しい。こんなに温かくて優しい味は、生涯で初めてだ…」
そう言って、涙ぐみそうなほど感激し、その日は一日中「君は天才だ」「私の花嫁は世界一だ」と僕を褒め称え続けた。たかがクッキーで、そこまで喜ばなくても……。
政略結婚のはずなのに、なぜここまでしてくれるのだろう。
彼の行動は、僕の理解をはるかに超えていた。戸惑いは日に日に大きくなる。しかし同時に、彼の不器用で真っ直ぐな愛情に、王子や家族から受けた仕打ちで凍てついていた僕の心が、少しずつ温められていくのを感じていた。
そんなある夜のことだった。
僕は、婚約破棄された夜会の悪夢を見ていた。嘲笑と侮蔑の視線が、僕を責め立てる。息が苦しくなって、僕はうなされながら目を覚ました。
「はっ、はぁ…っ」
荒い息をつく僕の背中を、大きな手が優しく撫でる。隣を見ると、心配そうに僕を覗き込むルシウス様の顔があった。
「大丈夫か、アレン。私がいる」
彼は何も聞かず、ただ僕を力強く抱きしめてくれた。彼の胸板は硬く、鍛えられた筋肉の感触が伝わってくる。そして、その腕の中は、不思議なほど安心できた。トクン、トクン、と彼の心臓の音が、僕を落ち着かせてくれる。
僕はその胸に顔を埋め、静かに涙を流した。それは、悲しい涙ではなかった。
生まれて初めて、誰かに守られているという本当の安らぎを知った、温かい涙だった。
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