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第8話「謁見の間の驚愕と砕け散る水晶」
エルトリア王国の王城は、海から吹き込む冷たい風に包まれている。
巨大な石造りの門をくぐり抜けたヴァルハイン王国の特使団は、疲労と恐怖で足取りが重かった。
魔瘴の嵐の脅威が背後に迫るなか、馬を乗り潰して昼夜問わず駆け通してきたのだ。
彼らの衣服は泥にまみれ、顔には濃い疲労の色が張り付いている。
案内された謁見の間は、ヴァルハインの閉鎖的な聖堂とは対照的だった。
高い窓から冬の澄んだ陽光がたっぷりと降り注ぐ広大な空間である。
緑色の豪華な絨毯が敷き詰められた中央通路の奥、一段高くなった玉座に、エルトリア国王ライアス・フォン・エルトリアが座っている。
漆黒の軍服に身を包み、足を組んで特使団を見下ろすその翠色の瞳には、一切の感情が浮かんでいない。
特使の代表を務める初老の貴族が、膝をついて深く頭を下げる。
その背後で、同行していた侍従武官が何気なく視線を上げ、玉座の傍らに立つ人影を捉えた。
次の瞬間、侍従武官の喉からヒキガエルのような奇妙な声が漏れる。
「……か、カイン殿」
その呟きは静まり返った謁見の間に響き渡り、特使団の全員が一斉に顔を上げた。
ライアスのすぐ右側、エルトリアの宰相エリオと並ぶ位置に、見覚えのある青年が立っている。
上質な深い青色の文官服を身にまとい、手には書類の束を抱えている。
その足元には巨大な白狐が寄り添い、肩の上には金色の水獺が巻き付き、背後には漆黒の狼が控えていた。
間違いない。
数ヶ月前、魔力を持たない偽物としてヴァルハインから追放された青年、カイン・ハルネだ。
なぜ追放された農民が、他国の王の隣という最高位の場所に立っているのか。
特使の貴族は目を見開き、口をパクパクと開閉させるだけで言葉を発することができない。
その混乱を切り裂くように、ライアスの低く冷たい声が響く。
「我が国の客人に対し、何か言いたいことがあるのか」
特使は慌てて床に額をこすりつける。
「い、いえ。滅相もございません。ただ……その者は、かつて我が国で聖力の計測値が零と判定された者でして……なぜエルトリア陛下のお側にいるのかと……」
ライアスの翠色の瞳が、剣の切先のように細められる。
「魔力を持たないと判定した、ヴァルハインの計測器に誤りがあったとは考えないのか」
その言葉に、特使団の間にざわめきが走る。
宰相のエリオが前に進み出ると、背後の近衛騎士たちに合図を送る。
騎士たちが重い音を立てて運んできたのは、黒曜石で作られた巨大な台座と、その上に鎮座する透明度の高い水晶盤だ。
表面には古代エルトリア語の緻密なルーン文字がびっしりと刻み込まれている。
内部には青白い光の粒子が静かに渦を巻いていた。
「これは我が国に伝わる、古代の聖力測定器です」
エリオの理知的な声が、謁見の間に響く。
「ヴァルハインの機器よりも遥かに高い精度を誇り、魔力の性質と絶対量を正確に数値化します。理論上の上限値は一万二千。これを使って、カイン殿の魔力を改めて計測します」
カインは小さく息を吐き、書類をエリオに預けると、ゆっくりと水晶盤の前に歩み出る。
足元にいた白狐のシロが、カインを励ますように鼻先を膝に押し当てる。
特使団は固唾を呑んでその様子を見守った。
カインが右手を持ち上げ、冷たい水晶盤の表面にそっと手のひらを置く。
その瞬間。
水晶盤の内部で渦巻いていた青白い光の粒子が、爆発的な速度で膨張を始める。
光の色が青から純白、そして目を開けていられないほどの白金色へと瞬時に変貌した。
鼓膜を圧迫するような重低音が空気を震わせ、玉座の間の窓ガラスが一斉に不気味な共鳴音を立てる。
水晶盤の表面に刻まれたルーン文字が、熱を帯びた鉄のように赤く発光する。
限界を訴えるように点滅を繰り返す。
そして。
パァン、という乾いた破裂音が空間を引き裂く。
水晶盤の表面に無数の亀裂が走り、次の瞬間、内側からの凄まじい圧力に耐えきれず、粉々に砕け散った。
白金色の光の破片が雪のように舞い散り、大理石の床の上で静かに消えていく。
謁見の間は、深い沈黙に包まれた。
特使団の面々は、自分の目の前で何が起きたのか理解できず、ただ口を開けて立ち尽くしている。
エリオが眼鏡の位置を直し、震える声で事実を口にする。
「……計測不能」
その言葉の意味が、特使団の脳裏にゆっくりと浸透していく。
ヴァルハインの機器が示した零という数値。
それは魔力が無いからではなかった。
機器の限界値を遥かに超える巨大な魔力を検知した結果、計測回路が焼き切れ、数字が一周してゼロに戻ってしまったエラー表示に過ぎなかったのだ。
「これが、お前たちが偽物として捨てた人間の真の姿だ」
ライアスが玉座から立ち上がり、冷酷な視線を特使団に叩きつける。
特使の貴族は膝から崩れ落ち、震える両手で顔を覆った。
真の聖者を自らの手で追放し、紛い物を崇めて国を滅亡の危機に追いやった。
その取り返しのつかない愚行の重さが、彼らの背中を重く押し潰していく。
砕け散った水晶の粉を踏みしめながら、カインはただ静かに、床に伏せる特使たちを見下ろしていた。
巨大な石造りの門をくぐり抜けたヴァルハイン王国の特使団は、疲労と恐怖で足取りが重かった。
魔瘴の嵐の脅威が背後に迫るなか、馬を乗り潰して昼夜問わず駆け通してきたのだ。
彼らの衣服は泥にまみれ、顔には濃い疲労の色が張り付いている。
案内された謁見の間は、ヴァルハインの閉鎖的な聖堂とは対照的だった。
高い窓から冬の澄んだ陽光がたっぷりと降り注ぐ広大な空間である。
緑色の豪華な絨毯が敷き詰められた中央通路の奥、一段高くなった玉座に、エルトリア国王ライアス・フォン・エルトリアが座っている。
漆黒の軍服に身を包み、足を組んで特使団を見下ろすその翠色の瞳には、一切の感情が浮かんでいない。
特使の代表を務める初老の貴族が、膝をついて深く頭を下げる。
その背後で、同行していた侍従武官が何気なく視線を上げ、玉座の傍らに立つ人影を捉えた。
次の瞬間、侍従武官の喉からヒキガエルのような奇妙な声が漏れる。
「……か、カイン殿」
その呟きは静まり返った謁見の間に響き渡り、特使団の全員が一斉に顔を上げた。
ライアスのすぐ右側、エルトリアの宰相エリオと並ぶ位置に、見覚えのある青年が立っている。
上質な深い青色の文官服を身にまとい、手には書類の束を抱えている。
その足元には巨大な白狐が寄り添い、肩の上には金色の水獺が巻き付き、背後には漆黒の狼が控えていた。
間違いない。
数ヶ月前、魔力を持たない偽物としてヴァルハインから追放された青年、カイン・ハルネだ。
なぜ追放された農民が、他国の王の隣という最高位の場所に立っているのか。
特使の貴族は目を見開き、口をパクパクと開閉させるだけで言葉を発することができない。
その混乱を切り裂くように、ライアスの低く冷たい声が響く。
「我が国の客人に対し、何か言いたいことがあるのか」
特使は慌てて床に額をこすりつける。
「い、いえ。滅相もございません。ただ……その者は、かつて我が国で聖力の計測値が零と判定された者でして……なぜエルトリア陛下のお側にいるのかと……」
ライアスの翠色の瞳が、剣の切先のように細められる。
「魔力を持たないと判定した、ヴァルハインの計測器に誤りがあったとは考えないのか」
その言葉に、特使団の間にざわめきが走る。
宰相のエリオが前に進み出ると、背後の近衛騎士たちに合図を送る。
騎士たちが重い音を立てて運んできたのは、黒曜石で作られた巨大な台座と、その上に鎮座する透明度の高い水晶盤だ。
表面には古代エルトリア語の緻密なルーン文字がびっしりと刻み込まれている。
内部には青白い光の粒子が静かに渦を巻いていた。
「これは我が国に伝わる、古代の聖力測定器です」
エリオの理知的な声が、謁見の間に響く。
「ヴァルハインの機器よりも遥かに高い精度を誇り、魔力の性質と絶対量を正確に数値化します。理論上の上限値は一万二千。これを使って、カイン殿の魔力を改めて計測します」
カインは小さく息を吐き、書類をエリオに預けると、ゆっくりと水晶盤の前に歩み出る。
足元にいた白狐のシロが、カインを励ますように鼻先を膝に押し当てる。
特使団は固唾を呑んでその様子を見守った。
カインが右手を持ち上げ、冷たい水晶盤の表面にそっと手のひらを置く。
その瞬間。
水晶盤の内部で渦巻いていた青白い光の粒子が、爆発的な速度で膨張を始める。
光の色が青から純白、そして目を開けていられないほどの白金色へと瞬時に変貌した。
鼓膜を圧迫するような重低音が空気を震わせ、玉座の間の窓ガラスが一斉に不気味な共鳴音を立てる。
水晶盤の表面に刻まれたルーン文字が、熱を帯びた鉄のように赤く発光する。
限界を訴えるように点滅を繰り返す。
そして。
パァン、という乾いた破裂音が空間を引き裂く。
水晶盤の表面に無数の亀裂が走り、次の瞬間、内側からの凄まじい圧力に耐えきれず、粉々に砕け散った。
白金色の光の破片が雪のように舞い散り、大理石の床の上で静かに消えていく。
謁見の間は、深い沈黙に包まれた。
特使団の面々は、自分の目の前で何が起きたのか理解できず、ただ口を開けて立ち尽くしている。
エリオが眼鏡の位置を直し、震える声で事実を口にする。
「……計測不能」
その言葉の意味が、特使団の脳裏にゆっくりと浸透していく。
ヴァルハインの機器が示した零という数値。
それは魔力が無いからではなかった。
機器の限界値を遥かに超える巨大な魔力を検知した結果、計測回路が焼き切れ、数字が一周してゼロに戻ってしまったエラー表示に過ぎなかったのだ。
「これが、お前たちが偽物として捨てた人間の真の姿だ」
ライアスが玉座から立ち上がり、冷酷な視線を特使団に叩きつける。
特使の貴族は膝から崩れ落ち、震える両手で顔を覆った。
真の聖者を自らの手で追放し、紛い物を崇めて国を滅亡の危機に追いやった。
その取り返しのつかない愚行の重さが、彼らの背中を重く押し潰していく。
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