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第3話「静寂の浜辺、運命の出会い」
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意識がゆっくりと浮上する。
シオンの体を最初に支配したのは、喉の渇きと、全身を打つ奇妙な倦怠感だった。冷たい海水とは違う、乾いた空気が肺を満たす。
目を開けると、眩しい光に思わず目を細めた。そこは、彼が今まで見たことのない世界だった。
(ここは…どこだ…?)
彼が横たわっているのは、さらさらとした白い砂の上だった。生まれて初めて触れる乾いた砂の感触に、シオンは戸惑いを隠せない。見上げれば、どこまでも続く青い空。すぐそばで打ち寄せる波の音だけが、ここが海の近くだということを教えてくれていた。
陸。人間たちが住むという、乾いた世界。
魔の海流に飲み込まれたはずの自分が、なぜこんな場所にいるのか理解できなかった。体を起こそうとするが、力が入らない。美しいはずの尾鰭は力なく砂の上に横たわり、いくつかの鱗が剥がれ落ちていた。
その時、ふと視線を感じた。
見ると、少し離れた場所に一人の青年が立っている。夜の闇をそのまま切り取ったような、美しい黒髪。彫りの深い顔立ちはまるで彫刻のようで、その瞳は静かにシオンを見つめていた。朝日を背に立つその姿は、神々しくさえある。
人間だ。
シオンの心に、強い警戒心が湧き上がった。
人魚族の間では、人間は欲深く残忍な生き物だと教えられてきた。美しい人魚を捕らえ、その肉を食べれば不老不死になれるという迷信を信じ、海を荒らす存在だと。
青年は何も言わず、ただ静かにこちらを見つめている。その瞳には好奇心や驚きはあっても、シオンが恐れていた欲や敵意は感じられない。むしろ、その眼差しにはどこか寂しげな色が浮かんでいるように見えた。
青年が一歩、こちらに近づく。
シオンはびくりと体を震わせ、後ずさろうとするが、力なく尾鰭が砂を掻くだけだった。
声を出せば、嵐が起きてしまうかもしれない。そんな恐怖が、彼の喉を凍らせる。声を出せない。動けない。シオンはただ、サファイアの瞳で目の前の青年を怯えたように見つめることしかできなかった。
青年――レオニールは、怯えるシオンの姿を見て足を止めた。
彼の心臓は、不思議な高鳴りを覚えている。雑音に満ちた世界で、これほどまでに心を惹きつけられる存在に出会ったのは初めてだった。声を発さないその姿が、奇跡のように思えた。彼の静寂が、レオニールの心を安らがせる。
レオニールは、自分が身につけていた水筒をゆっくりと外し、慎重にシオンの前へと歩み寄った。そして、膝をつくと、その水筒をそっとシオンの前に差し出す。
「……」
言葉はない。ただ、その行動と眼差しが、「これを飲め」と語っているようだった。
シオンは、差し出された水筒とレオニールの顔を交互に見つめた。警戒心が完全に消えたわけではない。しかし、彼の瞳の奥にある深い孤独の色が、シオンに自分と似たものを感じさせた。この人は、自分を傷つけないかもしれない。
震える手で、シオンはそっと水筒を受け取った。蓋を開け、こく、こくと乾ききった喉を潤す。真水が体に染み渡る感覚は、生まれて初めてのものだった。その冷たさと優しさに、張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩んだ。
シオンの体を最初に支配したのは、喉の渇きと、全身を打つ奇妙な倦怠感だった。冷たい海水とは違う、乾いた空気が肺を満たす。
目を開けると、眩しい光に思わず目を細めた。そこは、彼が今まで見たことのない世界だった。
(ここは…どこだ…?)
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人間だ。
シオンの心に、強い警戒心が湧き上がった。
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青年は何も言わず、ただ静かにこちらを見つめている。その瞳には好奇心や驚きはあっても、シオンが恐れていた欲や敵意は感じられない。むしろ、その眼差しにはどこか寂しげな色が浮かんでいるように見えた。
青年が一歩、こちらに近づく。
シオンはびくりと体を震わせ、後ずさろうとするが、力なく尾鰭が砂を掻くだけだった。
声を出せば、嵐が起きてしまうかもしれない。そんな恐怖が、彼の喉を凍らせる。声を出せない。動けない。シオンはただ、サファイアの瞳で目の前の青年を怯えたように見つめることしかできなかった。
青年――レオニールは、怯えるシオンの姿を見て足を止めた。
彼の心臓は、不思議な高鳴りを覚えている。雑音に満ちた世界で、これほどまでに心を惹きつけられる存在に出会ったのは初めてだった。声を発さないその姿が、奇跡のように思えた。彼の静寂が、レオニールの心を安らがせる。
レオニールは、自分が身につけていた水筒をゆっくりと外し、慎重にシオンの前へと歩み寄った。そして、膝をつくと、その水筒をそっとシオンの前に差し出す。
「……」
言葉はない。ただ、その行動と眼差しが、「これを飲め」と語っているようだった。
シオンは、差し出された水筒とレオニールの顔を交互に見つめた。警戒心が完全に消えたわけではない。しかし、彼の瞳の奥にある深い孤独の色が、シオンに自分と似たものを感じさせた。この人は、自分を傷つけないかもしれない。
震える手で、シオンはそっと水筒を受け取った。蓋を開け、こく、こくと乾ききった喉を潤す。真水が体に染み渡る感覚は、生まれて初めてのものだった。その冷たさと優しさに、張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩んだ。
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