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番外編「休日のリグレッション」
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「それで、なぜ私たちは、休日にまでこのような場所にいるのでしょうか」
理人は、目の前に広がる青々とした芝生と楽しそうに行き交う家族連れを眺めながら、心底不思議そうに言った。場所は、都心から少し離れた広大な公園だった。
隣でレジャーシートを広げながら、慎一は呆れたように笑う。
「たまにはええやないか。データやのうて、太陽の光を浴びるのも大事やで」
「紫外線は、皮膚の老化を促進するリスク因子です。合理的な判断とは言えません」
「はいはい、分かった分かった。ほら、弁当作ったから食おうぜ」
慎一が大きなバスケットを開けると、中から色とりどりのサンドイッチや、タコの形をしたウインナーが顔を出した。理人は、その子供っぽい弁当の中身を見てわずかに眉をひそめた。
あの一件から半年。ネクストリープは順調に成長を続け、慎一と理人は公私ともにパートナーとして、忙しいながらも充実した日々を送っていた。だが、慎一は仕事に没頭しがちな理人の健康を心配していた。そこで、半ば強引に彼を休日のピクニックに連れ出したのだ。
「……あなた、料理ができたんですね」
理人は、卵焼きを一つ口に運びながら意外そうに言った。
「まあな。一人暮らし長いし。どうや、美味いか?」
「……塩分量がやや多いように感じますが、許容範囲内です」
素直じゃない言い方に、慎一は笑みをこぼした。理人が、慎一の作ったものを食べている。ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
しばらく、二人は黙々と弁当を食べた。公園ののどかな空気が、二人の間の沈黙を心地よいものに変えていく。
食事が終わると、理人はおもむろに鞄からノートパソコンを取り出した。
「おい、せっかくの休日に仕事すんなや」
慎一が咎めると、理人は「仕事ではありません」と首を振った。
「これは、私たちの関係性に関する個人的な分析です」
「はあ? 関係性の分析?」
理人が見せてきた画面には、複雑な散布図が表示されていた。横軸が『経過日数』、縦軸が『親密度』と書かれている。そして、点在するデータの間を一本の右上がりの直線が貫いていた。
「これは、私たちが再会してからの日数と、私の主観的な親密度の変化をプロットし、『回帰分析』を行った結果です」
「かいきぶんせき……?」
「ええ。二つの変数の関係性を数式で表す統計手法です。このグラフから導き出される回帰分析によれば、私たちの親密度は一日あたり平均で0.2ポイント上昇していることが分かります。非常に強い正の相関です。」
理人は、真顔で説明している。慎一は、もはや笑うしかなかった。
「アホやろ、君は。そんなもん、分析してどうすんねん」
「今後の、私たちの関係性を予測するためです。このままいけば、一年後には親密度は上限値に達する計算になります。これは由々しき事態です」
「何が由々しき事態やねん」
「関係性のマンネリ化、いわゆる『現状維持バイアス』に陥る危険性がある、ということです。私たちは、この上昇カーブを維持するために新たな変数を投入するなどの対策を講じる必要があります」
真剣に語る理人の横顔を見ながら、慎一は愛おしさで胸がいっぱいになった。この男は、恋人のことまでデータで理解しようとするのか。どこまで不器用で、どこまで愛らしいのだろう。
慎一は、理人のパソコンを静かに閉じた。
「なあ、理人」
「何ですか。今、重要な分析を……」
「そんなもん、いらん」
慎一は、理人の手をとり芝生の上に寝転んだ。驚く理人を、強引に隣に引き寄せる。
「うわっ……!?」
「ええやろ、たまには。こうして、何にも考えんと空でも眺めようや」
理人は、最初は戸惑っていたが、やがて諦めたように体の力を抜いた。二人の目の前には、どこまでも青い空とゆっくりと流れる白い雲が広がっている。
「……非合理的だ」
理人が、ぽつりとつぶやいた。
「せやな」
「時間の、無駄です」
「かもな」
「でも……」
理人は、少しだけ間を置いて続けた。
「……悪くない、ですね」
その声は、とても穏やかだった。慎一は、理人の手をぎゅっと握った。
「なあ、理人。回帰分析では、予測できひんこともあるんやで」
「……例えば?」
「こういう幸せな気持ち、とかな」
慎一がそう言うと、理人は何も答えなかった。ただ、握り返してきた彼の手に少しだけ力がこもった。
回帰分析では予測できない、イレギュラーなデータポイント。人生とは、そして恋愛とは、きっとそんな予測不能な瞬間の積み重ねでできているのだろう。
二人は、しばらくの間ただ黙って同じ空を眺めていた。時折、理人の頭がこつんと慎一の肩にぶつかる。そのたびに、慎一の心にはどんな分析結果よりも確かな、温かい感情が満ちていくのだった。
理人は、目の前に広がる青々とした芝生と楽しそうに行き交う家族連れを眺めながら、心底不思議そうに言った。場所は、都心から少し離れた広大な公園だった。
隣でレジャーシートを広げながら、慎一は呆れたように笑う。
「たまにはええやないか。データやのうて、太陽の光を浴びるのも大事やで」
「紫外線は、皮膚の老化を促進するリスク因子です。合理的な判断とは言えません」
「はいはい、分かった分かった。ほら、弁当作ったから食おうぜ」
慎一が大きなバスケットを開けると、中から色とりどりのサンドイッチや、タコの形をしたウインナーが顔を出した。理人は、その子供っぽい弁当の中身を見てわずかに眉をひそめた。
あの一件から半年。ネクストリープは順調に成長を続け、慎一と理人は公私ともにパートナーとして、忙しいながらも充実した日々を送っていた。だが、慎一は仕事に没頭しがちな理人の健康を心配していた。そこで、半ば強引に彼を休日のピクニックに連れ出したのだ。
「……あなた、料理ができたんですね」
理人は、卵焼きを一つ口に運びながら意外そうに言った。
「まあな。一人暮らし長いし。どうや、美味いか?」
「……塩分量がやや多いように感じますが、許容範囲内です」
素直じゃない言い方に、慎一は笑みをこぼした。理人が、慎一の作ったものを食べている。ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。
しばらく、二人は黙々と弁当を食べた。公園ののどかな空気が、二人の間の沈黙を心地よいものに変えていく。
食事が終わると、理人はおもむろに鞄からノートパソコンを取り出した。
「おい、せっかくの休日に仕事すんなや」
慎一が咎めると、理人は「仕事ではありません」と首を振った。
「これは、私たちの関係性に関する個人的な分析です」
「はあ? 関係性の分析?」
理人が見せてきた画面には、複雑な散布図が表示されていた。横軸が『経過日数』、縦軸が『親密度』と書かれている。そして、点在するデータの間を一本の右上がりの直線が貫いていた。
「これは、私たちが再会してからの日数と、私の主観的な親密度の変化をプロットし、『回帰分析』を行った結果です」
「かいきぶんせき……?」
「ええ。二つの変数の関係性を数式で表す統計手法です。このグラフから導き出される回帰分析によれば、私たちの親密度は一日あたり平均で0.2ポイント上昇していることが分かります。非常に強い正の相関です。」
理人は、真顔で説明している。慎一は、もはや笑うしかなかった。
「アホやろ、君は。そんなもん、分析してどうすんねん」
「今後の、私たちの関係性を予測するためです。このままいけば、一年後には親密度は上限値に達する計算になります。これは由々しき事態です」
「何が由々しき事態やねん」
「関係性のマンネリ化、いわゆる『現状維持バイアス』に陥る危険性がある、ということです。私たちは、この上昇カーブを維持するために新たな変数を投入するなどの対策を講じる必要があります」
真剣に語る理人の横顔を見ながら、慎一は愛おしさで胸がいっぱいになった。この男は、恋人のことまでデータで理解しようとするのか。どこまで不器用で、どこまで愛らしいのだろう。
慎一は、理人のパソコンを静かに閉じた。
「なあ、理人」
「何ですか。今、重要な分析を……」
「そんなもん、いらん」
慎一は、理人の手をとり芝生の上に寝転んだ。驚く理人を、強引に隣に引き寄せる。
「うわっ……!?」
「ええやろ、たまには。こうして、何にも考えんと空でも眺めようや」
理人は、最初は戸惑っていたが、やがて諦めたように体の力を抜いた。二人の目の前には、どこまでも青い空とゆっくりと流れる白い雲が広がっている。
「……非合理的だ」
理人が、ぽつりとつぶやいた。
「せやな」
「時間の、無駄です」
「かもな」
「でも……」
理人は、少しだけ間を置いて続けた。
「……悪くない、ですね」
その声は、とても穏やかだった。慎一は、理人の手をぎゅっと握った。
「なあ、理人。回帰分析では、予測できひんこともあるんやで」
「……例えば?」
「こういう幸せな気持ち、とかな」
慎一がそう言うと、理人は何も答えなかった。ただ、握り返してきた彼の手に少しだけ力がこもった。
回帰分析では予測できない、イレギュラーなデータポイント。人生とは、そして恋愛とは、きっとそんな予測不能な瞬間の積み重ねでできているのだろう。
二人は、しばらくの間ただ黙って同じ空を眺めていた。時折、理人の頭がこつんと慎一の肩にぶつかる。そのたびに、慎一の心にはどんな分析結果よりも確かな、温かい感情が満ちていくのだった。
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