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第3話「英雄、現る」
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辺境の夜は、時として牙を剥く。
その夜は、激しい嵐だった。風が家を揺らし、窓ガラスに叩きつけられる雨粒が悲鳴のような音を立てている。僕は暖炉の火を眺めながら、温かいハーブティーを飲んで嵐が過ぎ去るのを待っていた。
その時だった。ドアが壊れんばかりの力で、激しく叩かれた。
こんな嵐の夜に、一体誰だろう。魔物かもしれない。僕は警戒しながら、そっとドアに近づいた。
「……どなたですか?」
「……頼む。そこに、作物が……あるんだろう」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、ひどくかすれた、苦しげな男の声だった。人間の声だ。僕は少しだけ安堵し、閂を外してドアをゆっくりと開けた。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
雨にぐっしょりと濡れ、擦り切れたボロボロの外套をまとっている。僕よりもずっと背が高く、がっしりとした体つきをしていた。フードから覗く銀色の髪は雨で額に張り付き、その顔は驚くほど整っていたが、血の気が失せて真っ青だった。
彼はひどく苦しそうな顔で、僕の背後にある小さな畑を震える指でさした。
「そこの作物を……少しでいい、分けてくれないか……」
今にも倒れそうな様子に、僕は迷わず彼の腕を取った。
「大変だ! とにかく中へ入ってください!」
男の体は氷のように冷え切っていた。僕は彼を暖炉のそばの椅子に座らせ、乾いたタオルを渡す。そして、すぐに台所へ向かい、鍋に残っていた野菜スープを温め直した。ニンジンとジャガイモ、そしてあのトマトをたっぷり使った、僕の特製スープだ。
「どうぞ、温まりますよ」
湯気の立つスープの入った木の器を差し出すと、男はぼんやりとした目でそれを受け取った。彼の名はアッシュ。この時はまだ、そんなことなど知るはずもなかった。
彼は震える手でスプーンを口に運ぶ。
スープを一口、ごくりと飲み込んだ瞬間、アッシュの灰色の瞳が驚きに見開かれた。そして、もう一口、また一口と、まるで砂漠で水を得た旅人のように、夢中でスープを飲み干していく。
器が空になる頃には、彼の顔にわずかな血の気が戻っていた。
アッシュは空になった器をじっと見つめ、やがてその整った顔をくしゃりと歪ませた。そして、彼の瞳から、ぽつり、ぽつりと大粒の涙が静かにこぼれ落ちた。
「……痛みが、和らいだ……」
そう呟いた彼の声は、安堵と、そして信じられないという響きを帯びていた。
それは、彼の体を長年蝕み続けてきた呪いの痛みが、生まれて初めて和らいだ瞬間だった。
その夜は、激しい嵐だった。風が家を揺らし、窓ガラスに叩きつけられる雨粒が悲鳴のような音を立てている。僕は暖炉の火を眺めながら、温かいハーブティーを飲んで嵐が過ぎ去るのを待っていた。
その時だった。ドアが壊れんばかりの力で、激しく叩かれた。
こんな嵐の夜に、一体誰だろう。魔物かもしれない。僕は警戒しながら、そっとドアに近づいた。
「……どなたですか?」
「……頼む。そこに、作物が……あるんだろう」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、ひどくかすれた、苦しげな男の声だった。人間の声だ。僕は少しだけ安堵し、閂を外してドアをゆっくりと開けた。
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彼はひどく苦しそうな顔で、僕の背後にある小さな畑を震える指でさした。
「そこの作物を……少しでいい、分けてくれないか……」
今にも倒れそうな様子に、僕は迷わず彼の腕を取った。
「大変だ! とにかく中へ入ってください!」
男の体は氷のように冷え切っていた。僕は彼を暖炉のそばの椅子に座らせ、乾いたタオルを渡す。そして、すぐに台所へ向かい、鍋に残っていた野菜スープを温め直した。ニンジンとジャガイモ、そしてあのトマトをたっぷり使った、僕の特製スープだ。
「どうぞ、温まりますよ」
湯気の立つスープの入った木の器を差し出すと、男はぼんやりとした目でそれを受け取った。彼の名はアッシュ。この時はまだ、そんなことなど知るはずもなかった。
彼は震える手でスプーンを口に運ぶ。
スープを一口、ごくりと飲み込んだ瞬間、アッシュの灰色の瞳が驚きに見開かれた。そして、もう一口、また一口と、まるで砂漠で水を得た旅人のように、夢中でスープを飲み干していく。
器が空になる頃には、彼の顔にわずかな血の気が戻っていた。
アッシュは空になった器をじっと見つめ、やがてその整った顔をくしゃりと歪ませた。そして、彼の瞳から、ぽつり、ぽつりと大粒の涙が静かにこぼれ落ちた。
「……痛みが、和らいだ……」
そう呟いた彼の声は、安堵と、そして信じられないという響きを帯びていた。
それは、彼の体を長年蝕み続けてきた呪いの痛みが、生まれて初めて和らいだ瞬間だった。
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