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第5話「初市の賑わいと予期せぬトラブル」
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週末の初市は、予報通りの晴天に恵まれた。
神社の参道には多くの出店が並び、朝から参拝客でごった返している。その一角に、『月光堂』の臨時店舗が設けられていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 月光堂特製、蒸したての福饅頭だよ! 食べれば今年一年、福が来るよ!」
湊の威勢のいい声が響き渡る。
店先には大きなせいろから白い湯気がもうもうと立ち上り、甘い香りを周囲に撒き散らしていた。
蓮はその横で、黙々と、しかし手早く饅頭を蒸し上げ、客に手渡していく。
「お兄さん、一つちょうだい」
「はい、ありがとうございます! 熱いので気をつけてくださいね」
「あら、おみくじ付きなの? 『大吉・餡子増量』……ふふ、面白いわねえ」
湊の考案したおみくじ付きの包み紙は好評だった。そして何より、蓮の作る饅頭の味は本物だ。一口食べた客が驚いた顔をし、戻ってきて土産用に箱買いしていくケースも少なくない。
「湊さん、補充をお願いします」
「了解です!」
二人の連携は完璧だった。言葉を交わさなくても、お互いの動きで次にするべきことが分かる。まるで長年連れ添った相棒のようだ。
昼過ぎには、用意した二百個のうち、半分以上が売れていた。
「順調ですね、蓮さん」
「……ええ。あなたの声掛けのおかげです」
蓮は額の汗を拭いながら、少し照れくさそうに言う。その顔には、久しぶりに充実感の色が浮かんでいた。
だが、好事魔多しとはよく言ったものだ。
行列が途切れたタイミングで、柄の悪そうな男たちが三人、店の前に立ち止まった。
「おいおい、ここは俺たちのシマじゃねえのか? 見ねえ顔だな」
テキ屋の類ではない。ただの地元のチンピラだ。酔っているのか、顔が赤い。
蓮がすっと前に出る。その表情が一瞬で険しい職人のものに戻った。
「正規の手続きを経て出店しています。何か文句でも?」
その声の低さと眼光の鋭さに、男たちが一瞬怯む。だが、すぐに気を取り直して因縁をつけてきた。
「ああん? 生意気な口きいてんじゃねえぞ。ショバ代払えって言ってんだよ」
男の一人が、せいろを蹴り飛ばそうと足を上げる。
「やめろ!」
湊が叫んで飛び出した。せいろを守ろうと、蓮と男の間に割って入る。
「おっと」
男の足が湊の脛に当たった。鈍い痛みが走るが、湊は踏ん張ってせいろを死守した。
「湊さん!」
蓮の顔色が変わる。
次の瞬間、蓮は男の胸ぐらを掴み上げていた。
「……何をした」
地を這うような低い声。殺気すら感じるその迫力に、周囲の空気が凍りついた。
「ひっ」
男は完全に腰を抜かしている。蓮の腕力は、重い餅をつき、大量の餡を練り上げてきた本物の力だ。ただのチンピラが敵う相手ではない。
「蓮さん、駄目です! 手を出したら店に傷がつきます!」
湊が必死に止める。蓮の拳が震えている。大切な人を傷つけられた怒りと、職人としての理性がせめぎ合っているのだ。
蓮はギリギリと歯を食い縛り、やがて男を突き放した。
「……二度と俺の連れに触れるな。失せろ」
男たちは捨て台詞を吐きながら、慌てて逃げ出した。
周囲の客たちがざわついている。
蓮はすぐに湊の方へ向き直り、膝をついた。
「怪我は!?」
「だ、大丈夫です。ちょっと蹴られただけですから」
「見せてください」
蓮は湊のズボンの裾をまくり上げる。脛には青あざができ始めていた。
「……っ、すまない。俺がもっと早く対処していれば」
蓮の顔が歪む。その痛ましそうな表情を見て、湊は胸が締め付けられた。
「本当に平気ですから。それより、せいろが無事でよかった。お饅頭、まだ売らなきゃいけないし」
湊が努めて明るく言うと、蓮は信じられないものを見るような目で湊を見た。
「あなたは……自分の体より、菓子を心配するんですか」
「だって、蓮さんが一生懸命作ったお菓子ですから」
その言葉に、蓮はしばらく言葉を失い、やがて深くため息をついた。
「……馬鹿だ。本当に、大馬鹿だ」
そう言いながらも、蓮の手は優しく湊のあざを撫でた。その掌の熱さが、痛み以上の何かを湊に刻み込んでいく。
「手当てをして、今日はもう店じまいしましょう」
「ええっ、まだ売れますよ!」
「駄目です。あなたの体が最優先です」
蓮の言葉には、有無を言わせない響きがあった。
結局、残りの饅頭は近所の子供たちに無料で配り、二人は早々に撤収することになった。
帰り道、荷物を全部持つと言い張る蓮の横を、湊は少し足を引きずりながら歩いた。
「ごめんなさい、足手まといになって」
「謝るのは俺の方です。……守れなくて、すまなかった」
蓮の声が沈んでいる。
「守ってもらいましたよ。蓮さん、すごくかっこよかったです」
湊が笑いかけると、蓮は顔を赤くして横を向いた。
「……かっこ悪いところを、見せました」
不器用で、優しくて、少し危うい人。
湊の中で、蓮への想いが確実に変化していた。それはもう、単なる取材対象への興味でも、職人への憧れでもなかった。
夕焼けが、二人の影を長く伸ばしている。
このトラブルが、逆に二人の絆を深める結果になったことを、湊は痛みと共に噛みしめていた。だが、彼らにはまだ解決しなければならない問題が残っている。
『月光堂』の経営難。そして、一月十一日の鏡開き。
店先に飾られた、あのひび割れない鏡餅。それが意味するものを、湊はまだ知らなかった。
神社の参道には多くの出店が並び、朝から参拝客でごった返している。その一角に、『月光堂』の臨時店舗が設けられていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 月光堂特製、蒸したての福饅頭だよ! 食べれば今年一年、福が来るよ!」
湊の威勢のいい声が響き渡る。
店先には大きなせいろから白い湯気がもうもうと立ち上り、甘い香りを周囲に撒き散らしていた。
蓮はその横で、黙々と、しかし手早く饅頭を蒸し上げ、客に手渡していく。
「お兄さん、一つちょうだい」
「はい、ありがとうございます! 熱いので気をつけてくださいね」
「あら、おみくじ付きなの? 『大吉・餡子増量』……ふふ、面白いわねえ」
湊の考案したおみくじ付きの包み紙は好評だった。そして何より、蓮の作る饅頭の味は本物だ。一口食べた客が驚いた顔をし、戻ってきて土産用に箱買いしていくケースも少なくない。
「湊さん、補充をお願いします」
「了解です!」
二人の連携は完璧だった。言葉を交わさなくても、お互いの動きで次にするべきことが分かる。まるで長年連れ添った相棒のようだ。
昼過ぎには、用意した二百個のうち、半分以上が売れていた。
「順調ですね、蓮さん」
「……ええ。あなたの声掛けのおかげです」
蓮は額の汗を拭いながら、少し照れくさそうに言う。その顔には、久しぶりに充実感の色が浮かんでいた。
だが、好事魔多しとはよく言ったものだ。
行列が途切れたタイミングで、柄の悪そうな男たちが三人、店の前に立ち止まった。
「おいおい、ここは俺たちのシマじゃねえのか? 見ねえ顔だな」
テキ屋の類ではない。ただの地元のチンピラだ。酔っているのか、顔が赤い。
蓮がすっと前に出る。その表情が一瞬で険しい職人のものに戻った。
「正規の手続きを経て出店しています。何か文句でも?」
その声の低さと眼光の鋭さに、男たちが一瞬怯む。だが、すぐに気を取り直して因縁をつけてきた。
「ああん? 生意気な口きいてんじゃねえぞ。ショバ代払えって言ってんだよ」
男の一人が、せいろを蹴り飛ばそうと足を上げる。
「やめろ!」
湊が叫んで飛び出した。せいろを守ろうと、蓮と男の間に割って入る。
「おっと」
男の足が湊の脛に当たった。鈍い痛みが走るが、湊は踏ん張ってせいろを死守した。
「湊さん!」
蓮の顔色が変わる。
次の瞬間、蓮は男の胸ぐらを掴み上げていた。
「……何をした」
地を這うような低い声。殺気すら感じるその迫力に、周囲の空気が凍りついた。
「ひっ」
男は完全に腰を抜かしている。蓮の腕力は、重い餅をつき、大量の餡を練り上げてきた本物の力だ。ただのチンピラが敵う相手ではない。
「蓮さん、駄目です! 手を出したら店に傷がつきます!」
湊が必死に止める。蓮の拳が震えている。大切な人を傷つけられた怒りと、職人としての理性がせめぎ合っているのだ。
蓮はギリギリと歯を食い縛り、やがて男を突き放した。
「……二度と俺の連れに触れるな。失せろ」
男たちは捨て台詞を吐きながら、慌てて逃げ出した。
周囲の客たちがざわついている。
蓮はすぐに湊の方へ向き直り、膝をついた。
「怪我は!?」
「だ、大丈夫です。ちょっと蹴られただけですから」
「見せてください」
蓮は湊のズボンの裾をまくり上げる。脛には青あざができ始めていた。
「……っ、すまない。俺がもっと早く対処していれば」
蓮の顔が歪む。その痛ましそうな表情を見て、湊は胸が締め付けられた。
「本当に平気ですから。それより、せいろが無事でよかった。お饅頭、まだ売らなきゃいけないし」
湊が努めて明るく言うと、蓮は信じられないものを見るような目で湊を見た。
「あなたは……自分の体より、菓子を心配するんですか」
「だって、蓮さんが一生懸命作ったお菓子ですから」
その言葉に、蓮はしばらく言葉を失い、やがて深くため息をついた。
「……馬鹿だ。本当に、大馬鹿だ」
そう言いながらも、蓮の手は優しく湊のあざを撫でた。その掌の熱さが、痛み以上の何かを湊に刻み込んでいく。
「手当てをして、今日はもう店じまいしましょう」
「ええっ、まだ売れますよ!」
「駄目です。あなたの体が最優先です」
蓮の言葉には、有無を言わせない響きがあった。
結局、残りの饅頭は近所の子供たちに無料で配り、二人は早々に撤収することになった。
帰り道、荷物を全部持つと言い張る蓮の横を、湊は少し足を引きずりながら歩いた。
「ごめんなさい、足手まといになって」
「謝るのは俺の方です。……守れなくて、すまなかった」
蓮の声が沈んでいる。
「守ってもらいましたよ。蓮さん、すごくかっこよかったです」
湊が笑いかけると、蓮は顔を赤くして横を向いた。
「……かっこ悪いところを、見せました」
不器用で、優しくて、少し危うい人。
湊の中で、蓮への想いが確実に変化していた。それはもう、単なる取材対象への興味でも、職人への憧れでもなかった。
夕焼けが、二人の影を長く伸ばしている。
このトラブルが、逆に二人の絆を深める結果になったことを、湊は痛みと共に噛みしめていた。だが、彼らにはまだ解決しなければならない問題が残っている。
『月光堂』の経営難。そして、一月十一日の鏡開き。
店先に飾られた、あのひび割れない鏡餅。それが意味するものを、湊はまだ知らなかった。
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