身代わり生贄のオメガ王子、敵国の強面魔王に嫁いだら「お前が必要だ」と執着溺愛されまして。実は不器用なだけでした

水凪しおん

文字の大きさ
4 / 13

第3話「見え隠れする不器用さ」

 城内を自由に歩いていいと言われたものの、私は自分の部屋から出る勇気が持てずにいた。

 廊下ですれ違う兵士たちの視線が怖いし、もし迷子になって禁止区域に入ってしまったら、今度こそ首をはねられるかもしれない。

 午前中は部屋で本を読んで過ごした。

 本棚には、北国の歴史や伝説、植物図鑑などが並んでおり、この国を知るには良い教材だった。

 窓の外はずっと雪が降っている。

 静かだ。

 あまりにも静かで、自分が世界から切り離されてしまったような孤独感に襲われる。

 昼食の時間になり、マーサが食事を運んできてくれた。

 彼女と少し会話を交わし、北国の風習について教えてもらう。

「この国では、オメガも働いているのですか?」

 私が何気なく尋ねると、マーサはきょとんとした顔をした。

「ええ、もちろんですよ。アルファもベータもオメガも、能力のある者が適した仕事をする。それがノースの流儀です」

「……そうなんですか」

 驚きだった。

 サウスでは、オメガは家に閉じ込められ、子供を産むためだけに生かされている。

 政治や軍事に関わることなど許されず、ましてや自分の意志で働くなど考えられなかった。

「リアン様も、何かしてみたいことがあれば、陛下にご相談なさってみては?」

「と、とんでもない! 私なんかにできることなんて……」

 私は首をブンブンと横に振った。

 自分に価値があるとは思えない。

 ただ邪魔にならないように、息を潜めて生きることしか教わってこなかったのだから。

 午後になり、雪が小降りになった頃、部屋の扉がノックされた。

 マーサかと思いきや、入ってきたのは見知らぬ若い女性だった。

 パンツルックの軍服に身を包み、腰には剣を差している。

 長い髪を後ろで一つに束ね、その瞳は理知的で涼やかだ。

「失礼します。リアン殿下ですね」

 ハキハキとした声。

 私は緊張して立ち上がった。

「は、はい……」

「私はマリア。ガルド陛下の側近を務めております。陛下より、殿下を温室へご案内するようにと仰せつかりました」

「温室……ですか?」

「ええ。城内ばかりでは気が滅入るだろうと。ついてきてください」

 マリアと名乗ったその女性は、ベータ特有の安定した空気をまとっていた。

 アルファのような威圧感もなく、オメガのような儚さもない。

 ただ、凛としていて、かっこいい。

 私は彼女の背中を追いかけた。

 城の東棟にある渡り廊下を抜けると、ガラス張りの巨大なドームが見えてきた。

 外は極寒の世界なのに、そのドームの中だけは別世界のようだ。

 扉を開けると、むっとするほどの湿気と、花の香りが漂ってきた。

「わぁ……」

 思わず感嘆の声が漏れた。

 そこには、色とりどりの花が咲き乱れていた。

 南国でも見たことのない珍しい花や、巨大なシダ植物が生い茂っている。

 中央には小さな噴水があり、澄んだ水音を響かせていた。

「すごい……こんな北国に、こんな場所があるなんて」

「地熱を利用しているんです。陛下は、荒涼とした景色ばかりでは心が荒むとお考えになり、先代の王が作ったこの温室を大切に維持されているんですよ」

 マリアが説明してくれた。

 ガルド王が、花を?

 あの強面で、無骨な彼が、こんな繊細な場所を大切にしているなんて、想像がつかない。

 私は花壇に近づき、紫色の小さな花をのぞき込んだ。

 可憐で、けれど力強く咲いている。

「きれいですね……」

「陛下は、植物がお好きというよりは、生命力そのものがお好きなようです。厳しい環境でも懸命に生きようとするものが」

 マリアの言葉に、私はハッとした。

 懸命に生きようとするもの。

 今の私は、どうだろうか。

 諦めと恐怖に支配され、ただ流されるままに生きているだけではないか。

 その時、奥の茂みがガサリと揺れた。

 ビクッとして振り返ると、そこにはガルド王が立っていた。

 手には土にまみれたスコップを持ち、軍服の袖をまくり上げている。

 頬には泥がついていた。

「へ、陛下!?」

 私は驚きのあまり、裏返った声を出してしまった。

 ガルド王は私を見て、バツが悪そうに顔をしかめた。

「……来たか」

「あの、陛下が……ここで作業を?」

「……庭師が腰を痛めた。代わりだ」

 彼はぶっきらぼうにそう言い、視線を逸らした。

 王自らが庭仕事の代行をするなんて、聞いたことがない。

 マリアが小さくため息をつき、私に耳打ちした。

「嘘ですよ。陛下はリアン殿下に見せたかったんです。でも自分から誘うのは恥ずかしいから、偶然を装ってここで待機していたんです」

「えっ」

 私は目を見開いてガルド王を見た。

 彼はマリアをギロリと睨みつけたが、耳が少し赤くなっているように見えた。

「余計なことを言うな、マリア」

「事実でしょう。さっきから『まだ来ないのか』とそわそわしていたくせに」

「黙れ」

 そのやり取りを見て、私は呆気にとられた。

 あの恐ろしい魔王が、まるで少年のようにすねている。

 私のために、この場所を見せようとしてくれていた?

 私を喜ばせようと?

 胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。

 昨日の豪華な部屋。

 今朝のショール。

 そして、この温室。

 言葉は少なく、態度は乱暴に見えるけれど、彼の行動には常に「気遣い」があった。

 もしかして、この人は、私が思っていたような「怪物」ではないのかもしれない。

 私は勇気を出して、一歩彼に近づいた。

「陛下……ありがとうございます。とても美しい場所ですね。心が洗われるようです」

 精一杯の笑顔を向ける。

 ガルド王は、まじまじと私の顔を見た。

 そして、ふいっと顔を背け、手に持っていたスコップを握りしめた。

「……そうか。なら、好きに見ていけ」

 声は低かったが、拒絶の響きはなかった。

 むしろ、どこか照れ隠しのような響きが含まれている。

 私は初めて、彼に対する恐怖心が少しだけ薄れるのを感じた。

 顔の傷は怖い。体も大きくて怖い。

 でも、その不器用な優しさは、決して怖いものではない。

 温室の暖かな空気の中で、私とガルド王、そしてマリアの間に流れる時間は、思いのほか穏やかだった。

 だが、この時の私はまだ知らなかった。

 彼が背負っているものの重さと、私たちが直面することになる「壁」の高さを。

 不器用な二人の距離は、まだ縮まったとは言えないまま、北国の夜は更けていく。

あなたにおすすめの小説

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました

水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。 人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。 男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。 記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。 「お前がいなければ、俺は正気を保てない」 やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。 呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。

カミサンオメガは番運がなさすぎる

ミミナガ
BL
 医療の進歩により番関係を解消できるようになってから番解消回数により「噛み1(カミイチ)」「噛み2(カミニ)」と言われるようになった。  「噛み3(カミサン)」の経歴を持つオメガの満(みつる)は人生に疲れていた。  ある日、ふらりと迷い込んだ古びた神社で不思議な体験をすることとなった。 ※オメガバースの基本設定の説明は特に入れていません。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

皇太子殿下は、幼なじみに触れていないと落ち着かない

由香
ファンタジー
幼い頃から一緒に育った皇子は、なぜか距離が近すぎる。 後ろから抱きしめられ、手を取られ、頬に触れられるのが当たり前の日常。 やがて彼は皇太子となるが――その距離は変わらないどころか、むしろ深まっていき。 「触れていないと、落ち着かない」 公の場でも離してくれない彼の執着に、周囲は騒然。 けれどその腕の中は、どうしようもなく安心してしまう。 これは、幼なじみの距離のまま始まる、逃げ場のない溺愛の物語。