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第5話「触れる熱、通わぬ言葉」
ガルド王の寝室は、私の部屋よりもさらに質素で、余計なものが一切なかった。
唯一の違いは、壁に掛けられた巨大な剣と、使い込まれた鎧だけ。
ベッドに横たえられた彼は、苦しげに眉を寄せ、浅い呼吸を繰り返している。
「古傷が痛むのです」
駆けつけたマリアが、手際よく氷嚢と薬を用意しながら教えてくれた。
彼女の表情には焦りはなく、慣れた様子だったが、瞳の奥には深い憂色が漂っていた。
「数年前の戦争で受けた呪いです。傷そのものは塞がっていますが、季節の変わり目や、無理をした時に、こうして熱と共に激痛が走るのです」
「呪い……」
私は、ベッドの中でうなされるガルド王の顔を見つめた。
あの傷は、ただの剣傷ではなかったのか。
国を守るために戦い、その代償として呪いを受け、今もなお苦しんでいる。
それなのに、彼は弱音一つ吐かず、一人で耐えようとしていたのだ。
「私が看ます」
気づけば、そう口にしていた。
マリアが驚いたように私を見た。
「ですが、殿下にお疲れが出ては……」
「サウスでは、私はよく母上の看病をしていました。それに、私がここにいても何の役にも立たないと思っていたところです。どうか、やらせてください」
私の強い視線に、マリアは一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。
「……お願いします。陛下は、他人に弱みを見せるのを極端に嫌がりますが、リアン殿下なら、きっと」
マリアが部屋を出て行き、広い寝室には私とガルド王の二人だけが残された。
私は桶の水でタオルを絞り、彼の額の汗を拭った。
熱い。
皮膚の下をマグマが流れているようだ。
彼はうわごとのように何かをつぶやいているが、意味までは聞き取れない。
私は恐る恐る、腫れ上がった傷跡の周りを冷やしたタオルで押さえた。
顔の半分を覆うほどの傷。
近くで見ると、その痛々しさに胸が痛む。
醜いとは思わなかった。
これは彼が生きてきた証であり、王としての責務の重さそのものだ。
「……う……」
彼が苦しげに呻き、無意識に私の手首を掴んだ。
万力のような力だ。
骨がきしむほど痛かったが、私は手を振り払わなかった。
その手は震えていた。
誰かにすがりたい、助けてほしいと叫んでいるかのように。
私は空いているもう片方の手で、彼のごつごつした大きな手を包み込んだ。
「大丈夫です。ここにいますから」
子供をあやすように、優しく声をかける。
私の体温が伝わったのか、彼の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そのまま何時間が過ぎただろうか。
窓の外が白み始めた頃、ガルド王がゆっくりと目を開けた。
金色の瞳が、ぼんやりと天井を映し、やがて焦点が結ばれる。
そして、ベッドの脇で自分の手を握りしめている私に気づき、ハッと息を飲んだ。
「……お前、なぜ……」
「あ、陛下。お目覚めですか?」
私が安堵して微笑みかけると、彼はバッと私の手を振り払った。
乱暴な拒絶だった。
私は驚いて身を引いた。
ガルド王は、顔を真っ赤にして、布団を引き寄せた。
「見るな……!」
「え?」
「こんな、無様な姿を……見るな! 出て行け!」
怒鳴り声が響いた。
それは怒りというより、悲痛な叫びに近かった。
自分の弱さをさらけ出してしまった羞恥心と、プライドが許さないのだろう。
けれど、徹夜で看病して、少しは心を通わせられたと思っていた私にとって、その拒絶は鋭利な刃物となって心に突き刺さった。
やはり、私は邪魔なのだ。
余計なことをしてしまったのだ。
「……申し訳、ありませんでした」
私は震える声で謝罪し、逃げるように部屋を出た。
背中で、彼が何かを言いかけようとして、言葉を飲み込む気配がしたが、振り返る勇気はなかった。
閉ざされた扉の向こうで、また一つ、心の距離が遠のいてしまった気がした。
唯一の違いは、壁に掛けられた巨大な剣と、使い込まれた鎧だけ。
ベッドに横たえられた彼は、苦しげに眉を寄せ、浅い呼吸を繰り返している。
「古傷が痛むのです」
駆けつけたマリアが、手際よく氷嚢と薬を用意しながら教えてくれた。
彼女の表情には焦りはなく、慣れた様子だったが、瞳の奥には深い憂色が漂っていた。
「数年前の戦争で受けた呪いです。傷そのものは塞がっていますが、季節の変わり目や、無理をした時に、こうして熱と共に激痛が走るのです」
「呪い……」
私は、ベッドの中でうなされるガルド王の顔を見つめた。
あの傷は、ただの剣傷ではなかったのか。
国を守るために戦い、その代償として呪いを受け、今もなお苦しんでいる。
それなのに、彼は弱音一つ吐かず、一人で耐えようとしていたのだ。
「私が看ます」
気づけば、そう口にしていた。
マリアが驚いたように私を見た。
「ですが、殿下にお疲れが出ては……」
「サウスでは、私はよく母上の看病をしていました。それに、私がここにいても何の役にも立たないと思っていたところです。どうか、やらせてください」
私の強い視線に、マリアは一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。
「……お願いします。陛下は、他人に弱みを見せるのを極端に嫌がりますが、リアン殿下なら、きっと」
マリアが部屋を出て行き、広い寝室には私とガルド王の二人だけが残された。
私は桶の水でタオルを絞り、彼の額の汗を拭った。
熱い。
皮膚の下をマグマが流れているようだ。
彼はうわごとのように何かをつぶやいているが、意味までは聞き取れない。
私は恐る恐る、腫れ上がった傷跡の周りを冷やしたタオルで押さえた。
顔の半分を覆うほどの傷。
近くで見ると、その痛々しさに胸が痛む。
醜いとは思わなかった。
これは彼が生きてきた証であり、王としての責務の重さそのものだ。
「……う……」
彼が苦しげに呻き、無意識に私の手首を掴んだ。
万力のような力だ。
骨がきしむほど痛かったが、私は手を振り払わなかった。
その手は震えていた。
誰かにすがりたい、助けてほしいと叫んでいるかのように。
私は空いているもう片方の手で、彼のごつごつした大きな手を包み込んだ。
「大丈夫です。ここにいますから」
子供をあやすように、優しく声をかける。
私の体温が伝わったのか、彼の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そのまま何時間が過ぎただろうか。
窓の外が白み始めた頃、ガルド王がゆっくりと目を開けた。
金色の瞳が、ぼんやりと天井を映し、やがて焦点が結ばれる。
そして、ベッドの脇で自分の手を握りしめている私に気づき、ハッと息を飲んだ。
「……お前、なぜ……」
「あ、陛下。お目覚めですか?」
私が安堵して微笑みかけると、彼はバッと私の手を振り払った。
乱暴な拒絶だった。
私は驚いて身を引いた。
ガルド王は、顔を真っ赤にして、布団を引き寄せた。
「見るな……!」
「え?」
「こんな、無様な姿を……見るな! 出て行け!」
怒鳴り声が響いた。
それは怒りというより、悲痛な叫びに近かった。
自分の弱さをさらけ出してしまった羞恥心と、プライドが許さないのだろう。
けれど、徹夜で看病して、少しは心を通わせられたと思っていた私にとって、その拒絶は鋭利な刃物となって心に突き刺さった。
やはり、私は邪魔なのだ。
余計なことをしてしまったのだ。
「……申し訳、ありませんでした」
私は震える声で謝罪し、逃げるように部屋を出た。
背中で、彼が何かを言いかけようとして、言葉を飲み込む気配がしたが、振り返る勇気はなかった。
閉ざされた扉の向こうで、また一つ、心の距離が遠のいてしまった気がした。
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