身代わり生贄のオメガ王子、敵国の強面魔王に嫁いだら「お前が必要だ」と執着溺愛されまして。実は不器用なだけでした

水凪しおん

文字の大きさ
6 / 13

第5話「触れる熱、通わぬ言葉」

 ガルド王の寝室は、私の部屋よりもさらに質素で、余計なものが一切なかった。

 唯一の違いは、壁に掛けられた巨大な剣と、使い込まれた鎧だけ。

 ベッドに横たえられた彼は、苦しげに眉を寄せ、浅い呼吸を繰り返している。

「古傷が痛むのです」

 駆けつけたマリアが、手際よく氷嚢と薬を用意しながら教えてくれた。

 彼女の表情には焦りはなく、慣れた様子だったが、瞳の奥には深い憂色が漂っていた。

「数年前の戦争で受けた呪いです。傷そのものは塞がっていますが、季節の変わり目や、無理をした時に、こうして熱と共に激痛が走るのです」

「呪い……」

 私は、ベッドの中でうなされるガルド王の顔を見つめた。

 あの傷は、ただの剣傷ではなかったのか。

 国を守るために戦い、その代償として呪いを受け、今もなお苦しんでいる。

 それなのに、彼は弱音一つ吐かず、一人で耐えようとしていたのだ。

「私が看ます」

 気づけば、そう口にしていた。

 マリアが驚いたように私を見た。

「ですが、殿下にお疲れが出ては……」

「サウスでは、私はよく母上の看病をしていました。それに、私がここにいても何の役にも立たないと思っていたところです。どうか、やらせてください」

 私の強い視線に、マリアは一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。

「……お願いします。陛下は、他人に弱みを見せるのを極端に嫌がりますが、リアン殿下なら、きっと」

 マリアが部屋を出て行き、広い寝室には私とガルド王の二人だけが残された。

 私は桶の水でタオルを絞り、彼の額の汗を拭った。

 熱い。

 皮膚の下をマグマが流れているようだ。

 彼はうわごとのように何かをつぶやいているが、意味までは聞き取れない。

 私は恐る恐る、腫れ上がった傷跡の周りを冷やしたタオルで押さえた。

 顔の半分を覆うほどの傷。

 近くで見ると、その痛々しさに胸が痛む。

 醜いとは思わなかった。

 これは彼が生きてきた証であり、王としての責務の重さそのものだ。

「……う……」

 彼が苦しげに呻き、無意識に私の手首を掴んだ。

 万力のような力だ。

 骨がきしむほど痛かったが、私は手を振り払わなかった。

 その手は震えていた。

 誰かにすがりたい、助けてほしいと叫んでいるかのように。

 私は空いているもう片方の手で、彼のごつごつした大きな手を包み込んだ。

「大丈夫です。ここにいますから」

 子供をあやすように、優しく声をかける。

 私の体温が伝わったのか、彼の呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 そのまま何時間が過ぎただろうか。

 窓の外が白み始めた頃、ガルド王がゆっくりと目を開けた。

 金色の瞳が、ぼんやりと天井を映し、やがて焦点が結ばれる。

 そして、ベッドの脇で自分の手を握りしめている私に気づき、ハッと息を飲んだ。

「……お前、なぜ……」

「あ、陛下。お目覚めですか?」

 私が安堵して微笑みかけると、彼はバッと私の手を振り払った。

 乱暴な拒絶だった。

 私は驚いて身を引いた。

 ガルド王は、顔を真っ赤にして、布団を引き寄せた。

「見るな……!」

「え?」

「こんな、無様な姿を……見るな! 出て行け!」

 怒鳴り声が響いた。

 それは怒りというより、悲痛な叫びに近かった。

 自分の弱さをさらけ出してしまった羞恥心と、プライドが許さないのだろう。

 けれど、徹夜で看病して、少しは心を通わせられたと思っていた私にとって、その拒絶は鋭利な刃物となって心に突き刺さった。

 やはり、私は邪魔なのだ。

 余計なことをしてしまったのだ。

「……申し訳、ありませんでした」

 私は震える声で謝罪し、逃げるように部屋を出た。

 背中で、彼が何かを言いかけようとして、言葉を飲み込む気配がしたが、振り返る勇気はなかった。

 閉ざされた扉の向こうで、また一つ、心の距離が遠のいてしまった気がした。

あなたにおすすめの小説

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました

水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。 人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。 男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。 記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。 「お前がいなければ、俺は正気を保てない」 やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。 呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。

カミサンオメガは番運がなさすぎる

ミミナガ
BL
 医療の進歩により番関係を解消できるようになってから番解消回数により「噛み1(カミイチ)」「噛み2(カミニ)」と言われるようになった。  「噛み3(カミサン)」の経歴を持つオメガの満(みつる)は人生に疲れていた。  ある日、ふらりと迷い込んだ古びた神社で不思議な体験をすることとなった。 ※オメガバースの基本設定の説明は特に入れていません。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

皇太子殿下は、幼なじみに触れていないと落ち着かない

由香
ファンタジー
幼い頃から一緒に育った皇子は、なぜか距離が近すぎる。 後ろから抱きしめられ、手を取られ、頬に触れられるのが当たり前の日常。 やがて彼は皇太子となるが――その距離は変わらないどころか、むしろ深まっていき。 「触れていないと、落ち着かない」 公の場でも離してくれない彼の執着に、周囲は騒然。 けれどその腕の中は、どうしようもなく安心してしまう。 これは、幼なじみの距離のまま始まる、逃げ場のない溺愛の物語。