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第9話「つわりの代わりの魔力枯渇」
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目が覚めると、見慣れた天幕の天井があった。
体は鉛のように重く、指先一つ動かすのも億劫だ。
隣には、椅子に座ったまま仮眠を取っているアレクセイの姿があった。その表情には深い疲労の色が見える。
「……殿下?」
かすれた声で呼ぶと、アレクセイは即座に目を開けた。碧眼がルカを捉え、安堵の色を浮かべる。
「気がついたか。気分はどうだ」
「体が……重いです。まるで、魔力を使い果たした後のような」
「その通りだ。医務官によれば、急性の『魔力欠乏症』だそうだ」
アレクセイは水差しから水を注ぎ、ルカの上体を起こして飲ませてくれた。
冷たい水が喉を通り、少しだけ意識がはっきりする。
「お前の胎内にいる子が、急速に成長しようとしてお前の魔力を食らっているらしい。通常の妊娠とは比較にならない速度でな」
ルカは思わずお腹に手を当てた。
まだ見た目にはほとんど分からない平らなお腹だが、その奥に確かな熱を感じる。
自分の子供が、自分の魔力を食べて育っている。
それは母体としての喜びであると同時に、生命の危機でもあった。
ルカの保有魔力は一般的な騎士よりは多いが、無限ではない。このまま吸われ続ければ、命に関わる。
「ごめん、なさい……心配かけて」
「謝るな。俺の管理不足だ。……だが、対策はある」
アレクセイは真剣な表情で言った。
「俺から魔力を供給する。番のパス(経路)を通じて、直接流し込む」
「そ、それって……」
「接触面積が広ければ広いほど効率が良い。……つまり、そういうことだ」
アレクセイの言葉の意味を理解し、ルカは頬を赤らめた。
要するに、肌を合わせ、深い行為に及ぶことが最良の治療法だと言うのだ。
こんなに弱っているのに? と問いたげな視線を向けると、アレクセイは苦笑してルカの額に口づけた。
「激しいことはしない。ただ、抱き合って、俺の魔力をお前に染み込ませるだけだ。……嫌か?」
「嫌じゃ、ないです。……殿下の魔力がほしい」
本能がそう言わせたのか、ルカの口から自然と懇願の言葉が漏れた。
アレクセイの瞳が揺れ、彼は優しくルカをベッドに押し戻した。
「いい子だ。たっぷりくれてやる」
その日から、ルカの療養生活は「魔力充填」を中心としたものになった。
日中はアレクセイが執務をしながらルカを膝に乗せたり、手を繋いだりして微弱な魔力を流し続ける。
そして夜は、同じベッドで肌を重ね、より深い結合を通じて濃厚な魔力を注ぎ込む。
性的な行為を伴うこともあったが、以前のような獣じみた激しさはない。
アレクセイは聖女に触れる信徒のように、ルカの体を慈しみ、愛撫し、ゆっくりと魔力を循環させていった。
「あ……っ、熱い……入ってくる……」
「そうだ、受け入れろ。俺の魔力はすべてお前のものだ」
アレクセイの強大な魔力が流れ込んでくると、ルカのお腹の中の飢餓感は嘘のように静まる。
むしろ、アレクセイの魔力によって満たされた胎児は、喜んでいるかのようにポコポコと小さな胎動を伝えるようになった。
まだ妊娠初期のはずなのに、この反応は明らかに異常だったが、二人はそれを「特別な子だから」と受け入れていた。
「ルカ、この子の名前を考えておけ」
ある夜、事後の余韻の中でアレクセイがつぶやいた。
ルカはアレクセイの胸板に耳を押し当て、力強い鼓動を聞きながらまどろんでいた。
「まだ早くないですか? 生まれるまであと数ヶ月は……」
「いや、この調子ならもっと早いかもしれん。それに、準備をしておいて損はない」
アレクセイの手が、少し膨らみ始めたルカの腹を撫でる。
その手つきは、世界で一番大切な宝物を扱うようだった。
「男の子なら、強い騎士に。女の子なら……いや、虫がつかないように俺が一生守る」
「殿下、気が早すぎます」
ルカはクスクスと笑った。
この幸せが永遠に続けばいい。
そう願わずにはいられなかった。
しかし、砦の外では不穏な空気が凝縮しつつあった。
ルカの作った「魔法の野菜」と、ルカ自身の「豊穣の魔力」の噂が、風に乗って敵対勢力の耳に届いてしまっていたのだ。
隣国の工作員、あるいは知性を持った魔物の上位種。
彼らが狙うのは、荒れ地を肥沃な大地に変える「生きた資源」。
砦の周囲に、見えない包囲網が静かに狭まっていた。
体は鉛のように重く、指先一つ動かすのも億劫だ。
隣には、椅子に座ったまま仮眠を取っているアレクセイの姿があった。その表情には深い疲労の色が見える。
「……殿下?」
かすれた声で呼ぶと、アレクセイは即座に目を開けた。碧眼がルカを捉え、安堵の色を浮かべる。
「気がついたか。気分はどうだ」
「体が……重いです。まるで、魔力を使い果たした後のような」
「その通りだ。医務官によれば、急性の『魔力欠乏症』だそうだ」
アレクセイは水差しから水を注ぎ、ルカの上体を起こして飲ませてくれた。
冷たい水が喉を通り、少しだけ意識がはっきりする。
「お前の胎内にいる子が、急速に成長しようとしてお前の魔力を食らっているらしい。通常の妊娠とは比較にならない速度でな」
ルカは思わずお腹に手を当てた。
まだ見た目にはほとんど分からない平らなお腹だが、その奥に確かな熱を感じる。
自分の子供が、自分の魔力を食べて育っている。
それは母体としての喜びであると同時に、生命の危機でもあった。
ルカの保有魔力は一般的な騎士よりは多いが、無限ではない。このまま吸われ続ければ、命に関わる。
「ごめん、なさい……心配かけて」
「謝るな。俺の管理不足だ。……だが、対策はある」
アレクセイは真剣な表情で言った。
「俺から魔力を供給する。番のパス(経路)を通じて、直接流し込む」
「そ、それって……」
「接触面積が広ければ広いほど効率が良い。……つまり、そういうことだ」
アレクセイの言葉の意味を理解し、ルカは頬を赤らめた。
要するに、肌を合わせ、深い行為に及ぶことが最良の治療法だと言うのだ。
こんなに弱っているのに? と問いたげな視線を向けると、アレクセイは苦笑してルカの額に口づけた。
「激しいことはしない。ただ、抱き合って、俺の魔力をお前に染み込ませるだけだ。……嫌か?」
「嫌じゃ、ないです。……殿下の魔力がほしい」
本能がそう言わせたのか、ルカの口から自然と懇願の言葉が漏れた。
アレクセイの瞳が揺れ、彼は優しくルカをベッドに押し戻した。
「いい子だ。たっぷりくれてやる」
その日から、ルカの療養生活は「魔力充填」を中心としたものになった。
日中はアレクセイが執務をしながらルカを膝に乗せたり、手を繋いだりして微弱な魔力を流し続ける。
そして夜は、同じベッドで肌を重ね、より深い結合を通じて濃厚な魔力を注ぎ込む。
性的な行為を伴うこともあったが、以前のような獣じみた激しさはない。
アレクセイは聖女に触れる信徒のように、ルカの体を慈しみ、愛撫し、ゆっくりと魔力を循環させていった。
「あ……っ、熱い……入ってくる……」
「そうだ、受け入れろ。俺の魔力はすべてお前のものだ」
アレクセイの強大な魔力が流れ込んでくると、ルカのお腹の中の飢餓感は嘘のように静まる。
むしろ、アレクセイの魔力によって満たされた胎児は、喜んでいるかのようにポコポコと小さな胎動を伝えるようになった。
まだ妊娠初期のはずなのに、この反応は明らかに異常だったが、二人はそれを「特別な子だから」と受け入れていた。
「ルカ、この子の名前を考えておけ」
ある夜、事後の余韻の中でアレクセイがつぶやいた。
ルカはアレクセイの胸板に耳を押し当て、力強い鼓動を聞きながらまどろんでいた。
「まだ早くないですか? 生まれるまであと数ヶ月は……」
「いや、この調子ならもっと早いかもしれん。それに、準備をしておいて損はない」
アレクセイの手が、少し膨らみ始めたルカの腹を撫でる。
その手つきは、世界で一番大切な宝物を扱うようだった。
「男の子なら、強い騎士に。女の子なら……いや、虫がつかないように俺が一生守る」
「殿下、気が早すぎます」
ルカはクスクスと笑った。
この幸せが永遠に続けばいい。
そう願わずにはいられなかった。
しかし、砦の外では不穏な空気が凝縮しつつあった。
ルカの作った「魔法の野菜」と、ルカ自身の「豊穣の魔力」の噂が、風に乗って敵対勢力の耳に届いてしまっていたのだ。
隣国の工作員、あるいは知性を持った魔物の上位種。
彼らが狙うのは、荒れ地を肥沃な大地に変える「生きた資源」。
砦の周囲に、見えない包囲網が静かに狭まっていた。
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