隠れオメガの騎士は、極北の砦で秘密の野菜を作りたい~抑制剤が切れたら、冷徹王子に胃袋ごと溺愛されました~

水凪しおん

文字の大きさ
11 / 16

第10話「鉄壁の囲い込み」

しおりを挟む
「最近、魔物の動きがおかしいな」

 朝の戦略会議を終えて戻ってきたアレクセイが、不機嫌そうに言った。
 ルカは天幕の中で、収穫された野菜の仕分け作業をしていた(もちろん、アレクセイが運んできたものだ)。

「おかしい、とは?」

「統率が取れすぎている。散発的な襲撃が減り、まるでこちらの様子を伺っているかのような静けさだ。……嵐の前の静けさというやつかもしれん」

 アレクセイは地図を広げ、赤い印をいくつかの地点に書き込んだ。
 砦を取り囲むように、魔力の反応が確認されているらしい。

「ルカ、今日から畑へ行くのは禁止だ」

「えっ? でも、水やりをしないと……」

「兵にやらせる。お前はここから一歩も出るな。トイレも風呂も、俺がいる時以外は移動禁止だ」

 それは今まで以上の徹底した軟禁宣言だった。
 ルカは反論しようとしたが、アレクセイの瞳にある深刻な色を見て口をつぐんだ。
 彼は単なる独占欲で言っているのではない。本気で危機感を感じているのだ。

「……分かりました。でも、殿下も無理はしないでくださいね」

「俺が無理などするか。お前と子供を守るためなら、悪魔とだって取引して勝ってみせるさ」

 アレクセイはニヤリと笑ったが、その笑顔の裏にある緊張感をルカは見逃さなかった。

 数日が過ぎ、砦の中はピリピリとした空気に包まれていた。
 ルカが作った保存食用の乾燥野菜やピクルスは、兵士たちの栄養源としてだけでなく、精神的な安定剤としても機能していた。
「ルカ殿の野菜を食えば、どんな怪我も治る」
 そんな迷信じみた噂まで広まり、ルカは知らぬ間に砦の守り神のような扱いになっていた。

 だが、ルカ本人の不安は募るばかりだった。
 夜になると、遠くから不気味な遠吠えが聞こえる。
 お腹の子供も、何かを感じ取っているのか、時折激しく暴れるようになった。
 魔力供給を増やしても、子供の不安までは取り除けないようだ。

「大丈夫だ、大丈夫だよ……」

 ルカはお腹をさすりながら、窓の外を見つめた。
 暗闇の向こうに、無数の赤い光が瞬いているような気がした。

 そして、その時は来た。
 深夜、空を引き裂くような警報音が鳴り響いた。

「敵襲ーッ!! 全方位、魔物の大群だーッ!!」

 ルカは跳ね起きた。隣のベッドは空だった。アレクセイはすでに指揮所に向かっていたらしい。
 天幕の外が騒がしくなる。怒号、剣戟の音、そして爆発音。
 かつてない規模の襲撃だ。

「ルカ殿! ご無事ですか!」

 飛び込んできたのは、ガルドだった。彼は武装し、血相を変えている。

「殿下からの命令だ! ルカ殿を砦の最深部、地下避難所へ移送しろと!」

「でも、殿下は……!」

「殿下は前線で指揮を執っておられます! ここは危険です、早く!」

 ルカは着替えもそこそこに、ガルドに守られて天幕を出た。
 外は地獄絵図だった。
 空を覆うような巨大な怪鳥、城壁をよじ登るオークの群れ、そして魔法を放つ人型の魔族。
 砦の防衛魔法が激しく明滅し、夜空を焦がしている。

「こっちだ!」

 ガルドが剣でゴブリンを薙ぎ払いながら進む。
 ルカも護身用の短剣を握りしめたが、お腹が重くて思うように走れない。
「くっ……!」

「無理をするな! 俺が背負うか?」

「いえ、大丈夫です! それより、あそこ……!」

 ルカが指差したのは、自分の畑の方角だった。
 そこには、怪しげなローブを纏った集団が侵入しようとしていた。
 魔物ではない。明らかに知性を持った、人間かエルフのような姿。
 彼らの手には、奇妙な捕獲用の魔道具が握られている。

「あいつら、畑を……いや、僕を探している!?」

 ルカは直感した。
 敵の狙いは砦の制圧ではない。
「豊穣の力」を持つオメガの確保だ。
 魔物は囮で、本命はあの特殊部隊なのだ。

「ガルド、地下はダメだ! あそこに行けば逃げ場がなくなる!」

「なっ、何言ってるんだ! 一番安全な場所だぞ!」

「敵は僕の魔力を探知してる! 地下に潜れば、袋の鼠だ!」

 ルカはガルドの手を振り払い、逆方向へ走り出した。
 目指すは、アレクセイのいる最前線。
 あそこが一番危険で、そして世界で一番安全な場所だと信じて。

「ルカ殿ーッ!」

 ガルドの叫びを背に、ルカは戦火の中を駆け抜けた。
 お腹の子がドクンと強く脈打つ。
「パパのところへ行くんだね」
 ルカは子供にそう語りかけながら、燃え盛る砦の中を、ただひたすらに愛する人の元へと急いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。 ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。 死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

記憶喪失のフリをしたあざといスパイですが、全部お見通しの皇帝陛下に「嘘の婚約者」として閉じ込められています

たら昆布
BL
処刑寸前のスパイが事故にあった後、記憶喪失のフリをして皇帝の婚約者だと偽る話

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

狂わせたのは君なのに

一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

処理中です...