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第10話「鉄壁の囲い込み」
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「最近、魔物の動きがおかしいな」
朝の戦略会議を終えて戻ってきたアレクセイが、不機嫌そうに言った。
ルカは天幕の中で、収穫された野菜の仕分け作業をしていた(もちろん、アレクセイが運んできたものだ)。
「おかしい、とは?」
「統率が取れすぎている。散発的な襲撃が減り、まるでこちらの様子を伺っているかのような静けさだ。……嵐の前の静けさというやつかもしれん」
アレクセイは地図を広げ、赤い印をいくつかの地点に書き込んだ。
砦を取り囲むように、魔力の反応が確認されているらしい。
「ルカ、今日から畑へ行くのは禁止だ」
「えっ? でも、水やりをしないと……」
「兵にやらせる。お前はここから一歩も出るな。トイレも風呂も、俺がいる時以外は移動禁止だ」
それは今まで以上の徹底した軟禁宣言だった。
ルカは反論しようとしたが、アレクセイの瞳にある深刻な色を見て口をつぐんだ。
彼は単なる独占欲で言っているのではない。本気で危機感を感じているのだ。
「……分かりました。でも、殿下も無理はしないでくださいね」
「俺が無理などするか。お前と子供を守るためなら、悪魔とだって取引して勝ってみせるさ」
アレクセイはニヤリと笑ったが、その笑顔の裏にある緊張感をルカは見逃さなかった。
数日が過ぎ、砦の中はピリピリとした空気に包まれていた。
ルカが作った保存食用の乾燥野菜やピクルスは、兵士たちの栄養源としてだけでなく、精神的な安定剤としても機能していた。
「ルカ殿の野菜を食えば、どんな怪我も治る」
そんな迷信じみた噂まで広まり、ルカは知らぬ間に砦の守り神のような扱いになっていた。
だが、ルカ本人の不安は募るばかりだった。
夜になると、遠くから不気味な遠吠えが聞こえる。
お腹の子供も、何かを感じ取っているのか、時折激しく暴れるようになった。
魔力供給を増やしても、子供の不安までは取り除けないようだ。
「大丈夫だ、大丈夫だよ……」
ルカはお腹をさすりながら、窓の外を見つめた。
暗闇の向こうに、無数の赤い光が瞬いているような気がした。
そして、その時は来た。
深夜、空を引き裂くような警報音が鳴り響いた。
「敵襲ーッ!! 全方位、魔物の大群だーッ!!」
ルカは跳ね起きた。隣のベッドは空だった。アレクセイはすでに指揮所に向かっていたらしい。
天幕の外が騒がしくなる。怒号、剣戟の音、そして爆発音。
かつてない規模の襲撃だ。
「ルカ殿! ご無事ですか!」
飛び込んできたのは、ガルドだった。彼は武装し、血相を変えている。
「殿下からの命令だ! ルカ殿を砦の最深部、地下避難所へ移送しろと!」
「でも、殿下は……!」
「殿下は前線で指揮を執っておられます! ここは危険です、早く!」
ルカは着替えもそこそこに、ガルドに守られて天幕を出た。
外は地獄絵図だった。
空を覆うような巨大な怪鳥、城壁をよじ登るオークの群れ、そして魔法を放つ人型の魔族。
砦の防衛魔法が激しく明滅し、夜空を焦がしている。
「こっちだ!」
ガルドが剣でゴブリンを薙ぎ払いながら進む。
ルカも護身用の短剣を握りしめたが、お腹が重くて思うように走れない。
「くっ……!」
「無理をするな! 俺が背負うか?」
「いえ、大丈夫です! それより、あそこ……!」
ルカが指差したのは、自分の畑の方角だった。
そこには、怪しげなローブを纏った集団が侵入しようとしていた。
魔物ではない。明らかに知性を持った、人間かエルフのような姿。
彼らの手には、奇妙な捕獲用の魔道具が握られている。
「あいつら、畑を……いや、僕を探している!?」
ルカは直感した。
敵の狙いは砦の制圧ではない。
「豊穣の力」を持つオメガの確保だ。
魔物は囮で、本命はあの特殊部隊なのだ。
「ガルド、地下はダメだ! あそこに行けば逃げ場がなくなる!」
「なっ、何言ってるんだ! 一番安全な場所だぞ!」
「敵は僕の魔力を探知してる! 地下に潜れば、袋の鼠だ!」
ルカはガルドの手を振り払い、逆方向へ走り出した。
目指すは、アレクセイのいる最前線。
あそこが一番危険で、そして世界で一番安全な場所だと信じて。
「ルカ殿ーッ!」
ガルドの叫びを背に、ルカは戦火の中を駆け抜けた。
お腹の子がドクンと強く脈打つ。
「パパのところへ行くんだね」
ルカは子供にそう語りかけながら、燃え盛る砦の中を、ただひたすらに愛する人の元へと急いだ。
朝の戦略会議を終えて戻ってきたアレクセイが、不機嫌そうに言った。
ルカは天幕の中で、収穫された野菜の仕分け作業をしていた(もちろん、アレクセイが運んできたものだ)。
「おかしい、とは?」
「統率が取れすぎている。散発的な襲撃が減り、まるでこちらの様子を伺っているかのような静けさだ。……嵐の前の静けさというやつかもしれん」
アレクセイは地図を広げ、赤い印をいくつかの地点に書き込んだ。
砦を取り囲むように、魔力の反応が確認されているらしい。
「ルカ、今日から畑へ行くのは禁止だ」
「えっ? でも、水やりをしないと……」
「兵にやらせる。お前はここから一歩も出るな。トイレも風呂も、俺がいる時以外は移動禁止だ」
それは今まで以上の徹底した軟禁宣言だった。
ルカは反論しようとしたが、アレクセイの瞳にある深刻な色を見て口をつぐんだ。
彼は単なる独占欲で言っているのではない。本気で危機感を感じているのだ。
「……分かりました。でも、殿下も無理はしないでくださいね」
「俺が無理などするか。お前と子供を守るためなら、悪魔とだって取引して勝ってみせるさ」
アレクセイはニヤリと笑ったが、その笑顔の裏にある緊張感をルカは見逃さなかった。
数日が過ぎ、砦の中はピリピリとした空気に包まれていた。
ルカが作った保存食用の乾燥野菜やピクルスは、兵士たちの栄養源としてだけでなく、精神的な安定剤としても機能していた。
「ルカ殿の野菜を食えば、どんな怪我も治る」
そんな迷信じみた噂まで広まり、ルカは知らぬ間に砦の守り神のような扱いになっていた。
だが、ルカ本人の不安は募るばかりだった。
夜になると、遠くから不気味な遠吠えが聞こえる。
お腹の子供も、何かを感じ取っているのか、時折激しく暴れるようになった。
魔力供給を増やしても、子供の不安までは取り除けないようだ。
「大丈夫だ、大丈夫だよ……」
ルカはお腹をさすりながら、窓の外を見つめた。
暗闇の向こうに、無数の赤い光が瞬いているような気がした。
そして、その時は来た。
深夜、空を引き裂くような警報音が鳴り響いた。
「敵襲ーッ!! 全方位、魔物の大群だーッ!!」
ルカは跳ね起きた。隣のベッドは空だった。アレクセイはすでに指揮所に向かっていたらしい。
天幕の外が騒がしくなる。怒号、剣戟の音、そして爆発音。
かつてない規模の襲撃だ。
「ルカ殿! ご無事ですか!」
飛び込んできたのは、ガルドだった。彼は武装し、血相を変えている。
「殿下からの命令だ! ルカ殿を砦の最深部、地下避難所へ移送しろと!」
「でも、殿下は……!」
「殿下は前線で指揮を執っておられます! ここは危険です、早く!」
ルカは着替えもそこそこに、ガルドに守られて天幕を出た。
外は地獄絵図だった。
空を覆うような巨大な怪鳥、城壁をよじ登るオークの群れ、そして魔法を放つ人型の魔族。
砦の防衛魔法が激しく明滅し、夜空を焦がしている。
「こっちだ!」
ガルドが剣でゴブリンを薙ぎ払いながら進む。
ルカも護身用の短剣を握りしめたが、お腹が重くて思うように走れない。
「くっ……!」
「無理をするな! 俺が背負うか?」
「いえ、大丈夫です! それより、あそこ……!」
ルカが指差したのは、自分の畑の方角だった。
そこには、怪しげなローブを纏った集団が侵入しようとしていた。
魔物ではない。明らかに知性を持った、人間かエルフのような姿。
彼らの手には、奇妙な捕獲用の魔道具が握られている。
「あいつら、畑を……いや、僕を探している!?」
ルカは直感した。
敵の狙いは砦の制圧ではない。
「豊穣の力」を持つオメガの確保だ。
魔物は囮で、本命はあの特殊部隊なのだ。
「ガルド、地下はダメだ! あそこに行けば逃げ場がなくなる!」
「なっ、何言ってるんだ! 一番安全な場所だぞ!」
「敵は僕の魔力を探知してる! 地下に潜れば、袋の鼠だ!」
ルカはガルドの手を振り払い、逆方向へ走り出した。
目指すは、アレクセイのいる最前線。
あそこが一番危険で、そして世界で一番安全な場所だと信じて。
「ルカ殿ーッ!」
ガルドの叫びを背に、ルカは戦火の中を駆け抜けた。
お腹の子がドクンと強く脈打つ。
「パパのところへ行くんだね」
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