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第12話「逆転の断罪と真実の愛」
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俺を突き飛ばしたのはアシュレイだった。
彼は俺を庇うように、リリアナとの間に立ちはだかった。
そしてきらりと光る小さな刃は、アシュレイの純白の軍服を赤く染めた。
「アシュレイ!」
俺の悲鳴がホールに響き渡る。
時間が止まったように感じた。
アシュレイは自分の脇腹に突き刺さったナイフを何の感情も浮かべない瞳で見下ろすと、ゆっくりとリリアナに視線を移した。
「……これが、君の最後の答えか」
その声は怒りよりも、深い失望に満ちていた。
リリアナは自分が何をしてしまったのか理解できていないようだった。ただ震える手でナイフを握りしめ、呆然とアシュレイを見上げている。
「衛兵! この女を捕らえよ!」
国王陛下の一喝で我に返った衛兵たちが、リリアナを取り押さえる。
彼女はもはや何の抵抗もせず、虚な目で連行されていった。
偽りのヒロインの、完全な敗北だった。
ホールが騒然とする中、俺はアシュレイに駆け寄った。
「アシュレイ、しっかりしろ! 傷は……!」
「大したことはない。急所は外れている」
彼は顔を青くしながらも、気丈に微笑んで見せた。
「それより君に怪我はなくて、よかった」
「馬鹿! なんで俺なんか庇ったりしたんだ!」
涙が溢れてきた。
彼が傷つくくらいなら、自分が傷ついた方がずっとましだった。
俺の言葉を聞いて、アシュレイは愛おしそうに俺の頬を撫でた。
「言っただろう。何があっても私が君を守る、と。……君は私のすべてなんだ。君を失うくらいなら、私の命など惜しくはない」
そのまっすぐな言葉に、俺の心は完全に決壊した。
恐怖も打算も迷いも、すべて消え去った。
ただ、この人を愛している。その感情だけが確かなものとして胸の中にあった。
「死ぬな……。俺を一人にしないでくれ……!」
俺は彼の体に縋りつき、子供のように泣きじゃくった。
アシュレイはそんな俺の背中を、優しく、しかし力なくさすってくれた。
幸いアシュレイの傷は、彼の言う通り命に別状はなかった。すぐに宮廷魔導師たちが駆けつけ、治癒魔法によって傷は跡形もなく塞がれた。
だが皇太子がパーティーの場で刺されたという事実は、帝国中に大きな衝撃を与えた。
リリアナ・ブルームは皇太子殺害未遂の罪で地下牢に投獄された。彼女の一族もその罪に連座して、厳しい罰を受けることになったという。
まさにゲームのルシアンが辿るはずだった、破滅ルートそのものだった。
すべてが終わり、俺とアシュレイは二人きりで王宮のテラスにいた。
夜風が火照った頬に心地よい。
眼下には王都の美しい夜景が広がっている。
「……すまなかった」
先に沈黙を破ったのはアシュレイだった。
「君を、危険な目に遭わせてしまった」
「……謝るのは俺の方だ。俺がパーティーに行くなんて言わなければ……」
「いや。君は何も悪くない」
彼は俺の言葉を遮った。
「君が来てくれなければ、私は君の本当の気持ちを知ることができなかったかもしれない」
彼は俺の方に向き直ると、俺の両手をそっと握った。
そのサファイアの瞳は真剣な光を宿して、俺をまっすぐに見つめている。
「ルシアン。改めて言わせてほしい」
彼の声が少しだけ震えている。
「私は君を愛している。この世界で、他の誰よりも。……何度も世界を繰り返す中で、私の心はとっくに壊れてしまっていた。だが君だけが私の唯一の光だった。悪役として私に憎しみを向けながらも、その瞳の奥に誰よりも気高い魂を宿していた君に、私はどうしようもなく惹かれたんだ」
彼の告白は俺が日記で読んだ、彼の絶望の歴史を裏付けるものだった。
「だからこの世界でもう一度君に会えた時、私は決めた。今度こそ君を幸せにしよう、と。たとえどんな手を使っても、君を私のものにしよう、と。……私のやり方はきっと君を深く傷つけたと思う。君の意思を無視して無理やり番にした。最低な男だと罵られても仕方がない」
彼は苦しげに顔を歪めた。
「だがそれでも、私は君を手放せない。君なしで生きていくことなど、もう考えられないんだ」
彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
完璧で冷酷だと思っていた皇太子の、初めて見る涙。
その涙は彼の百年分の孤独と愛情の深さを、何よりも雄弁に物語っていた。
俺は彼の頬に手を伸ばし、その涙を指で拭った。
「……知ってる。お前がずっと一人で戦ってきたこと」
俺も素直な気持ちを、彼に伝える。
「最初はお前のことが怖かった。嫌いだった。でも今は違う。お前の孤独も痛みも、全部俺が受け止める。だから……」
俺は少しだけ息を吸った。
「……だから、俺のそばにいてくれ。もう一人で泣かないでくれ」
俺の言葉に、アシュレイは息をのんだ。
そして次の瞬間、彼は力強く俺を抱きしめた。
「ルシアン……! ああ、ルシアン……!」
彼は俺の名前を何度も繰り返した。
まるで失くしていた宝物を、ようやく見つけたかのように。
俺も彼の背中に、強く腕を回した。
「愛してる、ルシアン。私の、唯一の番」
「……俺もだ、アシュレイ。俺も……お前を、愛してる」
ようやく言えた。
偽りも打算も何もない、心からの言葉。
俺たちはどちらからともなく、唇を重ねた。
温室での無理やりなキスとは違う。
それはお互いの魂を確かめ合うような、優しくて深いキスだった。
ゲームのシナリオは完全に終わりを告げた。
悪役令息は断罪されることなく、皇太子の愛を手に入れた。
偽りのヒロインは自らの罪によって、破滅した。
これから俺たちの前には、どんな未来が待っているのだろう。
それはまだ誰にもわからない。
だが一つだけ確かなことがある。
この人の隣にいれば、俺はきっと幸せになれる。
二人でなら、どんな困難も乗り越えていける。
王都の夜景を背景に、俺たちはいつまでも、お互いの温もりを確かめ合っていた。
これ以上ないほどの、完璧なハッピーエンド。
それは俺とアシュレイが、二人で掴み取った真実の愛の形だった。
彼は俺を庇うように、リリアナとの間に立ちはだかった。
そしてきらりと光る小さな刃は、アシュレイの純白の軍服を赤く染めた。
「アシュレイ!」
俺の悲鳴がホールに響き渡る。
時間が止まったように感じた。
アシュレイは自分の脇腹に突き刺さったナイフを何の感情も浮かべない瞳で見下ろすと、ゆっくりとリリアナに視線を移した。
「……これが、君の最後の答えか」
その声は怒りよりも、深い失望に満ちていた。
リリアナは自分が何をしてしまったのか理解できていないようだった。ただ震える手でナイフを握りしめ、呆然とアシュレイを見上げている。
「衛兵! この女を捕らえよ!」
国王陛下の一喝で我に返った衛兵たちが、リリアナを取り押さえる。
彼女はもはや何の抵抗もせず、虚な目で連行されていった。
偽りのヒロインの、完全な敗北だった。
ホールが騒然とする中、俺はアシュレイに駆け寄った。
「アシュレイ、しっかりしろ! 傷は……!」
「大したことはない。急所は外れている」
彼は顔を青くしながらも、気丈に微笑んで見せた。
「それより君に怪我はなくて、よかった」
「馬鹿! なんで俺なんか庇ったりしたんだ!」
涙が溢れてきた。
彼が傷つくくらいなら、自分が傷ついた方がずっとましだった。
俺の言葉を聞いて、アシュレイは愛おしそうに俺の頬を撫でた。
「言っただろう。何があっても私が君を守る、と。……君は私のすべてなんだ。君を失うくらいなら、私の命など惜しくはない」
そのまっすぐな言葉に、俺の心は完全に決壊した。
恐怖も打算も迷いも、すべて消え去った。
ただ、この人を愛している。その感情だけが確かなものとして胸の中にあった。
「死ぬな……。俺を一人にしないでくれ……!」
俺は彼の体に縋りつき、子供のように泣きじゃくった。
アシュレイはそんな俺の背中を、優しく、しかし力なくさすってくれた。
幸いアシュレイの傷は、彼の言う通り命に別状はなかった。すぐに宮廷魔導師たちが駆けつけ、治癒魔法によって傷は跡形もなく塞がれた。
だが皇太子がパーティーの場で刺されたという事実は、帝国中に大きな衝撃を与えた。
リリアナ・ブルームは皇太子殺害未遂の罪で地下牢に投獄された。彼女の一族もその罪に連座して、厳しい罰を受けることになったという。
まさにゲームのルシアンが辿るはずだった、破滅ルートそのものだった。
すべてが終わり、俺とアシュレイは二人きりで王宮のテラスにいた。
夜風が火照った頬に心地よい。
眼下には王都の美しい夜景が広がっている。
「……すまなかった」
先に沈黙を破ったのはアシュレイだった。
「君を、危険な目に遭わせてしまった」
「……謝るのは俺の方だ。俺がパーティーに行くなんて言わなければ……」
「いや。君は何も悪くない」
彼は俺の言葉を遮った。
「君が来てくれなければ、私は君の本当の気持ちを知ることができなかったかもしれない」
彼は俺の方に向き直ると、俺の両手をそっと握った。
そのサファイアの瞳は真剣な光を宿して、俺をまっすぐに見つめている。
「ルシアン。改めて言わせてほしい」
彼の声が少しだけ震えている。
「私は君を愛している。この世界で、他の誰よりも。……何度も世界を繰り返す中で、私の心はとっくに壊れてしまっていた。だが君だけが私の唯一の光だった。悪役として私に憎しみを向けながらも、その瞳の奥に誰よりも気高い魂を宿していた君に、私はどうしようもなく惹かれたんだ」
彼の告白は俺が日記で読んだ、彼の絶望の歴史を裏付けるものだった。
「だからこの世界でもう一度君に会えた時、私は決めた。今度こそ君を幸せにしよう、と。たとえどんな手を使っても、君を私のものにしよう、と。……私のやり方はきっと君を深く傷つけたと思う。君の意思を無視して無理やり番にした。最低な男だと罵られても仕方がない」
彼は苦しげに顔を歪めた。
「だがそれでも、私は君を手放せない。君なしで生きていくことなど、もう考えられないんだ」
彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
完璧で冷酷だと思っていた皇太子の、初めて見る涙。
その涙は彼の百年分の孤独と愛情の深さを、何よりも雄弁に物語っていた。
俺は彼の頬に手を伸ばし、その涙を指で拭った。
「……知ってる。お前がずっと一人で戦ってきたこと」
俺も素直な気持ちを、彼に伝える。
「最初はお前のことが怖かった。嫌いだった。でも今は違う。お前の孤独も痛みも、全部俺が受け止める。だから……」
俺は少しだけ息を吸った。
「……だから、俺のそばにいてくれ。もう一人で泣かないでくれ」
俺の言葉に、アシュレイは息をのんだ。
そして次の瞬間、彼は力強く俺を抱きしめた。
「ルシアン……! ああ、ルシアン……!」
彼は俺の名前を何度も繰り返した。
まるで失くしていた宝物を、ようやく見つけたかのように。
俺も彼の背中に、強く腕を回した。
「愛してる、ルシアン。私の、唯一の番」
「……俺もだ、アシュレイ。俺も……お前を、愛してる」
ようやく言えた。
偽りも打算も何もない、心からの言葉。
俺たちはどちらからともなく、唇を重ねた。
温室での無理やりなキスとは違う。
それはお互いの魂を確かめ合うような、優しくて深いキスだった。
ゲームのシナリオは完全に終わりを告げた。
悪役令息は断罪されることなく、皇太子の愛を手に入れた。
偽りのヒロインは自らの罪によって、破滅した。
これから俺たちの前には、どんな未来が待っているのだろう。
それはまだ誰にもわからない。
だが一つだけ確かなことがある。
この人の隣にいれば、俺はきっと幸せになれる。
二人でなら、どんな困難も乗り越えていける。
王都の夜景を背景に、俺たちはいつまでも、お互いの温もりを確かめ合っていた。
これ以上ないほどの、完璧なハッピーエンド。
それは俺とアシュレイが、二人で掴み取った真実の愛の形だった。
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