破滅フラグ回避のため皇太子を避けていた悪役令息の俺。だが彼は百回絶望した転生者で、俺を手に入れるためなら手段を選ばないヤンデレだった

水凪しおん

文字の大きさ
14 / 30

第13話「新しい関係の始まり」

しおりを挟む
 あの運命の夜会から、数日が過ぎた。
 俺とアシュレイの関係は公然のものとなった。皇太子が命を懸けて守った運命の番。俺、ルシアン・フォン・ヴァイスハイトは、同情と、そして少しの羨望が入り混じった複雑な視線を向けられる存在になった。

 リリアナ・ブルームの断罪は帝国中に大きな波紋を広げた。平民でありながら特待生として学園に入学し、その可憐さで多くの人々を魅了していた少女の裏の顔。その衝撃は大きく、しばらくは王都中の噂を独占していた。
 彼女の罪状はあまりに重く、極刑は免れないだろう、というのが大方の見方だった。

 そして俺はアシュレイの別邸での「療養」を終え、久しぶりにヴァイスハイト公爵家の自邸に戻っていた。
 父である公爵と母は俺がアシュレイの番になったことを知り、最初はひどく驚いていたが、夜会での一件を聞いて最終的には俺たちの関係を認めてくれた。

「まさか、あのアシュレイ殿下がこれほどまでにルシアンを想っていてくださったとは……」

 父は感慨深げにそう呟いた。
 ヴァイスハイト家と王家の結びつきはこれまで以上に強固なものになる。政略的に見てもこれ以上ない結果だった。

 だが俺にとって重要だったのはそんなことではなかった。
 ただ、アシュレイと心が通じ合ったという事実。それだけで世界が輝いて見えた。

「ルシアン様、アシュレイ殿下がお見えです」

 執事の言葉に、俺は読んでいた本から顔を上げた。
 来たか、と口元が自然に綻ぶ。

「客間にお通しして。すぐに参ります」

 立ち上がろうとした、その時。
「その必要はない」という声と共に、ノックもなしに書斎の扉が開かれた。
 そこに立っていたのは、もちろんアシュレイだった。彼はまるで自分の家であるかのように、堂々と部屋に入ってくる。

「アシュレイ。無礼だぞ」

「婚約者の部屋を訪ねるのに、許可などいるものか」

 彼は悪びれもせずに言うと、俺の隣に腰を下ろし慣れた手つきで俺の腰を抱いた。

「会いたかった、ルシアン」

「……俺もだ」

 素直にそう答えると、彼は嬉しそうに目を細め俺の額にキスを落とした。
 これが俺たちの新しい日常。
 以前のような監視されている息苦しさはない。そこにあるのはただ、甘くて少しだけ過剰な愛情表現だけだ。

「今日はどうしたんだ? 公務は終わったのか?」

「ああ。君にこれを渡そうと思って」

 そう言ってアシュレイが懐から取り出したのは、一通の封蝋された手紙だった。
 差出人の名前を見て、俺は息をのんだ。

『リリアナ・ブルーム』

「……あいつから?」

「ああ。地下牢にいる彼女から、君に宛てて書かれたものだ。検閲は済んでいる。危険なものではない」

 なぜ、今さら。
 俺は躊躇いながらもその手紙を受け取った。封を切り、中の便箋を広げる。
 そこには震えるような、か弱い筆跡でこう書かれていた。

『ルシアン様へ

 この手紙が貴方様の目に触れることはないとわかっています。ですが書かずにはいられませんでした。
 私は自分が物語の主役だと信じていました。平民の私が皇太子殿下に見初められ、幸せになる。それが私の運命なのだと。
 貴方様はその物語の、ただの障害物でしかありませんでした。だから排除しなければならない、と。
 でも、間違っていたのは私の方でした。
 殿下は最初から、貴方様だけを見ていらっしゃいました。私がどんなにアピールしても、殿下の瞳に私が映ることは一度もありませんでした。
 夜会で殿下が貴方様を庇われた時、私はようやく悟りました。
 私が夢見ていた物語は、そもそも存在しなかったのだと。
 これは貴方様と、殿下の物語だったのです。
 私がしたことは許されることではありません。どんな罰でも受けます。
 ただ、一つだけ。
 どうか殿下とお幸せに。私には掴めなかった幸せを、貴方様がその手で掴んでくださることを心の底から願っています』

 手紙はそこで終わっていた。
 そこには悪意も憎しみもなかった。ただすべてを失った少女の、純粋な後悔と諦めだけが記されていた。
 彼女もまた、この「物語」の被害者だったのかもしれない。
「ヒロイン」という役に縛られ、それ以外の生き方を知らなかった哀れな少女。

「……そうか」

 俺は静かに手紙を畳んだ。

「何と?」

 隣でアシュレイが俺の顔を窺うように見ている。

「……別に。ただ彼女も、ようやく自分の物語から解放されたんだと思っただけだ」

「そうか」

 アシュレイはそれ以上は何も聞かなかった。
 彼は俺の気持ちを尊重してくれているのだろう。

「なあ、アシュレイ」

「なんだ?」

「……少し、散歩に行かないか」

 俺の提案にアシュレイは少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、喜んで」

 俺たちは二人でヴァイスハイト公爵家の広大な庭園を歩いた。
 季節の花々が咲き乱れ、心地よい風が吹いている。
 以前はアシュレイと共にいるだけで息が詰まりそうだったのに、今は彼の隣が世界で一番安心できる場所に感じられた。

「……俺さ、ずっと考えてたんだ」

 俺は歩きながら、ぽつりと呟いた。

「俺たちが転生してきた、この世界のこと。これはもう俺たちの知っている『アス恋』じゃない。新しい、別の世界なんだって」

「ああ、そうだな」

「だからもうゲームのシナリオとか、役割とか、そういうのは関係ない。俺は悪役令息ルシアンじゃない。ただのルシアンだ。そしてお前も、皇太子アシュレイである前にただのアシュレイだ」

 俺は立ち止まって、アシュレイに向き直った。

「俺はただのルシアンとして、ただのアシュレイであるお前を愛してる。これから先どんなことがあっても、お前の隣にいる」

 それは俺の新しい決意表明だった。
 俺の言葉を聞いて、アシュレイは今にも泣き出しそうな、それでいて最高に幸せそうな顔で笑った。

「……私もだ、ルシアン。私もただのアシュレイとして、ただのルシアンである君を、心の底から愛している」

 彼は俺を優しく抱き寄せた。
 俺たちはもう、物語の登場人物じゃない。
 自分の意思で、自分の足で未来を歩んでいく、一人の人間だ。
 その事実がたまらなく誇らしかった。

 新しい関係。新しい日常。
 すべては始まったばかり。
 俺たちの未来にはきっとたくさんの困難が待ち受けているだろう。
 だが二人でなら、きっと大丈夫。

 俺はアシュレイの腕の中で、青く澄み渡った空を見上げながらそう確信していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話

さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り

攻め→→→→←←受け

眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。

高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。

有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

悪役令息はもう待たない

月岡夜宵
BL
突然の婚約破棄を言い渡されたエル。そこから彼の扱いは変化し――? ※かつて別名で公開していた作品になります。旧題「婚約破棄から始まるラブストーリー」

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

処理中です...