悪役令息の執事になった俺、お菓子作りで破滅回避してたら隣国の王太子に溺愛された件

水凪しおん

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第1話「執事と運命のプロローグ」

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「シリル、準備はいいか?」

 緊張に満ちた声に振り返ると、そこには見慣れた主人の姿があった。
 豪奢な刺繍が施された上着も、寸分の隙なく結ばれたタイも、今日の彼のとてつもなく美しい容姿の前ではただの飾りに過ぎない。
 僕の主人、エリアス・フォン・アルトマイヤー公爵令息。輝くようなプラチナブロンドの髪に、空の青を溶かしたような瞳。神が愛したとしか思えない造形美は、だが、今は不安の色でわずかに曇っている。

「はい、エリアス様。すべて滞りなく」

 僕は胸に手を当てて深く一礼し、完璧な執事の笑みを浮かべてみせた。
 内心で冷や汗が背中を伝っていることなど、おくびにも出さずに。

 僕が公爵家の執事シリルとして目覚めてから、早くも二年が経つ。
 頭の中に霞がかかったように存在する「前世」の記憶。
 僕はどうやら、現代日本と呼ばれる場所でパティシエをしていたらしいが、どうやって死んだのか、どんな人生だったのかは思い出せない。
 ただ、バターと砂糖の甘い香り、オーブンから漂う香ばしい匂い、そしてケーキを口にした人々の笑顔だけが、鮮明に胸に焼き付いていた。

 そして、もう一つ。
 この世界が、前世で妹が夢中になっていた乙女ゲーム『クリスタル・ラビリンス』の世界であり、僕が心から敬愛するエリアス様が、ヒロインに断罪される運命の「悪役令息」であるという、絶望的な事実も。

 ゲームの中のエリアス様は、嫉妬心からヒロインに数々の嫌がらせをし、最後は隣国との交易品を横流ししたという濡れ衣を着せられ、没落していく典型的な悪役だった。
 しかし、僕の知るエリアス様は全く違う。
 口下手で誤解されやすいだけで、その実、誰よりも領民を思い、使用人である僕たちを家族のように大切にしてくれる心優しい青年だ。
 彼がそんな悲惨な運命を辿るなんて、あってはならない。

「エリアス様の心優しい素顔を知っているのは私だけだ。必ず、この手で未来を変えてみせる」

 目覚めた日に誓った決意を、僕は今一度胸に刻む。
 その第一歩が、今宵、エリアス様が主催する夜会だった。
 ゲームのシナリオでは、この夜会でエリアス様がヒロインに恥をかかせようとして失敗し、悪評が広まるきっかけとなる。
 ならば、その評価を根底から覆してしまえばいい。

 僕の武器は、前世から受け継いだ菓子作りの知識と、この世界で目覚めた時から備わっていた【絶対味覚】というスキル。
 一度食べたものの味を完璧に分析し、再現できるこの力は、まさにお菓子作りのためにあるようなものだ。

「皆様に、最高の思い出をお持ち帰りいただきましょう。エリアス様のお名前と共に」

「…シリル。お前がそう言うなら、信じよう」

 エリアス様は僕の言葉に小さくうなずくと、意を決したように夜会の会場へと向かった。
 その背中を見送りながら、僕はすぐさま厨房へと踵を返す。
 厨房の扉を開けると、甘く香ばしい匂いが僕を迎えてくれた。
 この二年間、公爵家の厨房を預かる料理長に頭を下げ、時間を見つけては試作を繰り返してきた。
 公爵家の財政を預かる身として、貴重な材料を無駄にはできない。失敗は許されないのだ。

「よし、最後の仕上げだ」

 磨き上げられた銀のワゴンには、僕の魂を込めたスイーツたちがずらりと並んでいる。
 宝石のように輝くフルーツをふんだんに使ったタルトレット。絹のようになめらかな口溶けのムース・オ・ショコラ。そして、今夜の主役――『ショコラ・オランジュのオペラ』。
 濃厚なカカオのビスキュイに、ビターなガナッシュ、オレンジリキュールを効かせたバタークリーム、そして仕上げのグラサージュ。幾重にも重なる味の層が、複雑で奥深い大人の味わいを織りなす。
 甘いだけのお菓子に飽き飽きしているであろう貴族たちの舌を、確実に唸らせる自信作だ。

 ゲームのシナリオを変える。敬愛する主人を守る。
 そのための舞台は整った。
 ワゴンを押す僕の胸には、主人への揺るぎない忠誠心と未来への希望、そしてほんのかすかな不安が宿っていた。
 果たして、僕の作るお菓子は凝り固まった運命に一筋の光を灯すことができるだろうか。
 僕は深呼吸を一つすると、輝かしい夜会の会場へと静かにワゴンを進めたのだった。
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