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第1話「過労死したら、万能農具を授かりました」
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『あ、これ死んだな』
意識が途切れる直前、僕、月野雪成(つきのゆきなり)、二十九歳の脳裏に浮かんだのは、そんな妙に冷静な感想だった。
連日の徹夜作業、鳴りやまない電話、積み重なる書類の山。後輩のミスを被り、上司に罵倒され、それでも歯を食いしばって働いた末路がこれだ。視界が真っ暗になって、僕の人生はあっけなく幕を閉じた。ブラック企業戦士の、実に呆気ない最期だった。
次に目を開けた時、僕は真っ白な空間にいた。目の前には後光が差しているのか眩しくてよく見えない、いかにも「神様」といった風情の老人がニコニコと笑っている。
「いやはや、すまぬことをした。君の魂、こちらの世界の寿命管理のミスでのう。本来なら、あと五十年は生きるはずじゃった」
「はあ……」
つまり、僕は神様側のミスで死んだらしい。労災も真っ青な話だ。
「お詫びと言っては何じゃが、君を別の世界に転生させてやろう。何か望みはあるかな? チート能力の一つや二つ、サービスしてやろう」
突然の申し出に、僕は少しだけ考えた。前の世界での人生は仕事に追われ、自分の時間なんてほとんどなかった。もうあんな生活はこりごりだ。
「それなら……もう、あくせく働かなくていい生活がしたいです。静かな場所で、のんびり暮らせたら、それで」
僕のささやかな願いに、神様は「ふむ」と一度うなずいた。
「よかろう。ならば君に、特別なスキルを授けよう。【万能農具】というスキルじゃ」
「万能農具……ですか?」
「うむ。一本のクワやカマが、君の望むあらゆる農具に姿を変える。そして、その農具で耕した土地は、どんな作物も驚くべき速さで育つ豊穣の地となる。これさえあれば、食うに困ることはあるまい」
神様が指を鳴らすと、僕の手に一本の素朴な木の柄のクワが現れた。見た目はただのクワだが、不思議としっくりと手に馴染む。
「ありがとうございます。これなら、僕でもやっていけそうです」
「うむ。では、行くがよい。君の第二の人生に、幸多からんことを」
神様の穏やかな声に見送られ、僕の意識は再び光に包まれていった。
次に僕が気づいた時、どこか厳かな神殿の一室にいた。
事情を飲み込めずにいる僕の前に尊大な態度の神官が現れ、アルバンと名乗った。
「神託により、そなたには辺境の開拓を命ずる」彼は一方的にそう告げると、僕に最低限の道具袋を渡し、有無を言わさずこの土地へと転移させたのだ。
彼の欲深く光る目が、妙に印象に残っている。
そして、僕がはっきりと意識を取り戻したのは、柔らかな草の上だった。
見渡す限り広がるのは、雄大な自然。どこまでも続く緑の森と、高く澄んだ青い空。都会の喧騒とは無縁の、静かで穏やかな世界だ。ここが僕の新しい人生のスタート地点らしい。
「さて、と」
まずは寝床の確保だ。神様がサービスしてくれたのか、最低限の生活道具が入った革袋が傍らに置いてあった。中には火打石や水袋、保存食などが一通りそろっている。本当にありがたい。
僕はさっそく、手に持っていたクワに意識を集中させた。
『家を建てるための……斧になってくれ!』
すると、手の中のクワが淡い光を放ち、あっという間に立派な斧へと姿を変えた。
「おお……すごい!」
これが【万能農具】の力か。僕は感動しながら手頃な木を切り出し、簡単な小屋を建てることにした。前世で流行っていたアウトドア系の動画サイトをよく見ていた知識が、こんなところで役立つとは思わなかった。
日が暮れる頃には、雨風をしのげる程度の小さな丸太小屋が完成した。決して立派とは言えないが、自分だけの城だ。満足感で胸がいっぱいになる。
次に着手したのは、食料の確保。つまり、畑作りだ。
小屋のそばの開けた土地を選び、斧を再びクワの形に戻す。そして、地面に刃を入れた。ザクリ、という小気味よい音と共に、硬かったはずの地面がバターのように柔らかく耕されていく。ほとんど力は要らない。これなら体力に自信のない僕でも、広大な畑を作れそうだ。
小一時間も作業すると、あっという間に小さな畑が一枚完成した。革袋には、お試し用とばかりに数種類の野菜の種が入っていた。カブ、ニンジン、ジャガイモ。どれも育てやすそうなものばかりだ。
僕は丁寧に種をまき、近くの小川から汲んできた水をやった。
『本当に、すぐに育つのかな』
半信半疑だったが、神様の言葉を信じるしかない。
その日の夜は、焚き火で保存食の干し肉を炙り、ささやかな夕食を済ませた。満点の星空の下、聞こえてくるのは虫の音と風の音だけ。誰にも急かされず、時間に追われることもない。
「最高だ……」
思わず、そんな言葉がこぼれた。求めていたのは、まさにこの生活だ。
明日からは、もっと本格的に畑を広げよう。どんな野菜を育てようか。前世の知識を活かせば、美味しい料理だって作れるかもしれない。醤油や味噌も、材料さえ手に入れば再現できるだろうか。
尽きない楽しみを胸に、僕は手作りの小屋で眠りについた。
翌朝、目を覚ました僕は、信じられない光景を目の当たりにすることになる。
昨日種をまいたばかりの畑から、可愛らしい双葉が一斉に顔を出していたのだ。普通なら、発芽まで数日はかかるはずなのに。
「すごい……本当に、すごいスキルだ」
【万能農具】の力は、僕の想像をはるかに超えていた。これなら、本当に悠々自適なスローライフが送れるかもしれない。
朝日を浴びてきらきらと輝く双葉を眺めながら、僕は異世界での新しい人生への希望で胸を膨らませた。過労死した僕が手に入れた、穏やかで満ち足りた時間。誰にも邪魔されず、自分のペースで生きていく。
この時はまだ、この静かな土地で、僕の人生を大きく揺るがす運命的な出会いが待っていることなど、知る由もなかった。
意識が途切れる直前、僕、月野雪成(つきのゆきなり)、二十九歳の脳裏に浮かんだのは、そんな妙に冷静な感想だった。
連日の徹夜作業、鳴りやまない電話、積み重なる書類の山。後輩のミスを被り、上司に罵倒され、それでも歯を食いしばって働いた末路がこれだ。視界が真っ暗になって、僕の人生はあっけなく幕を閉じた。ブラック企業戦士の、実に呆気ない最期だった。
次に目を開けた時、僕は真っ白な空間にいた。目の前には後光が差しているのか眩しくてよく見えない、いかにも「神様」といった風情の老人がニコニコと笑っている。
「いやはや、すまぬことをした。君の魂、こちらの世界の寿命管理のミスでのう。本来なら、あと五十年は生きるはずじゃった」
「はあ……」
つまり、僕は神様側のミスで死んだらしい。労災も真っ青な話だ。
「お詫びと言っては何じゃが、君を別の世界に転生させてやろう。何か望みはあるかな? チート能力の一つや二つ、サービスしてやろう」
突然の申し出に、僕は少しだけ考えた。前の世界での人生は仕事に追われ、自分の時間なんてほとんどなかった。もうあんな生活はこりごりだ。
「それなら……もう、あくせく働かなくていい生活がしたいです。静かな場所で、のんびり暮らせたら、それで」
僕のささやかな願いに、神様は「ふむ」と一度うなずいた。
「よかろう。ならば君に、特別なスキルを授けよう。【万能農具】というスキルじゃ」
「万能農具……ですか?」
「うむ。一本のクワやカマが、君の望むあらゆる農具に姿を変える。そして、その農具で耕した土地は、どんな作物も驚くべき速さで育つ豊穣の地となる。これさえあれば、食うに困ることはあるまい」
神様が指を鳴らすと、僕の手に一本の素朴な木の柄のクワが現れた。見た目はただのクワだが、不思議としっくりと手に馴染む。
「ありがとうございます。これなら、僕でもやっていけそうです」
「うむ。では、行くがよい。君の第二の人生に、幸多からんことを」
神様の穏やかな声に見送られ、僕の意識は再び光に包まれていった。
次に僕が気づいた時、どこか厳かな神殿の一室にいた。
事情を飲み込めずにいる僕の前に尊大な態度の神官が現れ、アルバンと名乗った。
「神託により、そなたには辺境の開拓を命ずる」彼は一方的にそう告げると、僕に最低限の道具袋を渡し、有無を言わさずこの土地へと転移させたのだ。
彼の欲深く光る目が、妙に印象に残っている。
そして、僕がはっきりと意識を取り戻したのは、柔らかな草の上だった。
見渡す限り広がるのは、雄大な自然。どこまでも続く緑の森と、高く澄んだ青い空。都会の喧騒とは無縁の、静かで穏やかな世界だ。ここが僕の新しい人生のスタート地点らしい。
「さて、と」
まずは寝床の確保だ。神様がサービスしてくれたのか、最低限の生活道具が入った革袋が傍らに置いてあった。中には火打石や水袋、保存食などが一通りそろっている。本当にありがたい。
僕はさっそく、手に持っていたクワに意識を集中させた。
『家を建てるための……斧になってくれ!』
すると、手の中のクワが淡い光を放ち、あっという間に立派な斧へと姿を変えた。
「おお……すごい!」
これが【万能農具】の力か。僕は感動しながら手頃な木を切り出し、簡単な小屋を建てることにした。前世で流行っていたアウトドア系の動画サイトをよく見ていた知識が、こんなところで役立つとは思わなかった。
日が暮れる頃には、雨風をしのげる程度の小さな丸太小屋が完成した。決して立派とは言えないが、自分だけの城だ。満足感で胸がいっぱいになる。
次に着手したのは、食料の確保。つまり、畑作りだ。
小屋のそばの開けた土地を選び、斧を再びクワの形に戻す。そして、地面に刃を入れた。ザクリ、という小気味よい音と共に、硬かったはずの地面がバターのように柔らかく耕されていく。ほとんど力は要らない。これなら体力に自信のない僕でも、広大な畑を作れそうだ。
小一時間も作業すると、あっという間に小さな畑が一枚完成した。革袋には、お試し用とばかりに数種類の野菜の種が入っていた。カブ、ニンジン、ジャガイモ。どれも育てやすそうなものばかりだ。
僕は丁寧に種をまき、近くの小川から汲んできた水をやった。
『本当に、すぐに育つのかな』
半信半疑だったが、神様の言葉を信じるしかない。
その日の夜は、焚き火で保存食の干し肉を炙り、ささやかな夕食を済ませた。満点の星空の下、聞こえてくるのは虫の音と風の音だけ。誰にも急かされず、時間に追われることもない。
「最高だ……」
思わず、そんな言葉がこぼれた。求めていたのは、まさにこの生活だ。
明日からは、もっと本格的に畑を広げよう。どんな野菜を育てようか。前世の知識を活かせば、美味しい料理だって作れるかもしれない。醤油や味噌も、材料さえ手に入れば再現できるだろうか。
尽きない楽しみを胸に、僕は手作りの小屋で眠りについた。
翌朝、目を覚ました僕は、信じられない光景を目の当たりにすることになる。
昨日種をまいたばかりの畑から、可愛らしい双葉が一斉に顔を出していたのだ。普通なら、発芽まで数日はかかるはずなのに。
「すごい……本当に、すごいスキルだ」
【万能農具】の力は、僕の想像をはるかに超えていた。これなら、本当に悠々自適なスローライフが送れるかもしれない。
朝日を浴びてきらきらと輝く双葉を眺めながら、僕は異世界での新しい人生への希望で胸を膨らませた。過労死した僕が手に入れた、穏やかで満ち足りた時間。誰にも邪魔されず、自分のペースで生きていく。
この時はまだ、この静かな土地で、僕の人生を大きく揺るがす運命的な出会いが待っていることなど、知る由もなかった。
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