過労死転生、辺境で農業スローライフのはずが、不愛想な元騎士団長を餌付けして溺愛されてます

水凪しおん

文字の大きさ
3 / 13

第2話「不愛想な隣人と、温かい野菜スープ」

しおりを挟む
 新しい生活が始まって一週間が過ぎた。
 僕の畑は、驚くべき速さでその姿を変えていった。最初に植えたカブやニンジンは、もう収穫できるほどに大きく育っている。僕は次々と新しい種をまき、畑は日に日に彩り豊かになっていった。トマト、キュウリ、レタス。どれもこれも、前世で見ていたものよりずっと瑞々しく、生命力に満ち溢れている。
【万能農具】は本当に万能で、クワやカマはもちろん、ジョウロやスキにまで姿を変えて僕の農作業を助けてくれた。おかげで、体力を消耗することなく、楽しく畑仕事に打ち込めている。
 今日の収穫は、丸々と太ったカブだ。抜き立てのカブを布で拭うと、パールのように輝く白い肌が現れる。
「よし、これでスープを作ろう」
 小屋の前に作った即席のかまどに火を起こし、鍋に水とカブを入れる。味付けは、神様が持たせてくれた袋に入っていた岩塩だけ。それでも、野菜そのものが美味しいから、きっと絶品になるはずだ。
 コトコトとカブが煮える優しい音を聞きながら、僕は穏やかな時間に浸っていた。都会の喧騒も、上司の怒声もここにはない。ただ、平和な時間が流れている。
 そんな時だった。
 ガサリ、と背後の茂みが大きく揺れた。
『え、熊……?』
 この辺りにどんな動物がいるかなんて、全く知らない。僕は緊張で体を硬くしながら、ゆっくりと振り返った。
 茂みから現れたのは、熊ではなかった。けれど、熊にも劣らない威圧感を放つ、一人の男だった。
 背が高く、がっしりとした体つき。日に焼けた肌に、無造作に伸ばされた黒髪。そして何より印象的だったのは、射抜くような鋭い眼光だ。まるで手負いの獣のような、他人を一切寄せ付けない雰囲気をまとっている。服装は簡素な革の鎧と着古したチュニックで、腰には長い剣を差していた。
 男は僕と、僕の作った小屋と畑を値踏みするように一瞥し、低い声で言った。
「……何者だ、お前は」
 その声は、長い間誰とも話していなかったかのように、少しだけかすれていた。
「えっと……僕はユキナリです。少し前から、ここで暮らしています」
 突然の闖入者に戸惑いながらも、僕はなんとかそう答えた。下手に刺激しない方がいいだろう。
「ユキナリ……。こんな場所に、一人でか?」
 男は訝しげに眉をひそめる。その視線は、僕が何かを企んでいるのではないかと疑っているようだった。
「はい。静かな場所が好きなので」
「……ふん」
 男は鼻を鳴らし、それ以上何も言わずに僕に背を向けた。どうやら、去っていくようだ。僕はほっと胸をなでおろした。
 その時、僕のお腹がぐぅ、と情けない音を立てた。ついでに、鍋からもカブの煮えた良い匂いがふわりと漂ってくる。
 男の足が、ぴたりと止まった。そして、ゆっくりとこちらを振り返る。その視線は、まっすぐにかまどの上にある鍋へと向けられていた。彼の喉が、ごくりと動いたのを僕は見逃さなかった。
『もしかして、お腹が空いてるのかな』
 見た目はいかついけれど、悪い人ではなさそうだ。こんな辺境で暮らしているのだから、まともな食事にありつけていないのかもしれない。
「あの、もしよかったら……食べませんか? カブのスープですけど」
 僕の言葉に、男は驚いたように目を見開いた。その険しい表情が、ほんの少しだけ和らいだように見えたのは、気のせいだろうか。
「……いらん」
 男はぶっきらぼうにそう言うと、再び背を向けて歩き出そうとした。だが、その足取りには先ほどのような力強さがない。
「遠慮しないでください。たくさん作りすぎちゃったので、手伝ってもらえると助かります」
 僕は木の器にスープをよそい、男の前に差し出した。湯気の向こうで、男の目が揺れている。しばらく沈黙が続いた後、彼は諦めたようにため息をつき、無言で器を受け取った。
 男は近くの切り株にどかりと腰を下ろし、スープを一口すすった。その瞬間、彼の動きがぴたりと止まる。そして、まるで信じられないものを味わったかのように、もう一度、今度はゆっくりとスープを口に含んだ。
「……うまい」
 ぽつりと、かすれた声でそう呟いた。
 その一言が、僕にはなぜかとても嬉しく感じられた。
 男はそれから無我夢中でスープを飲み干し、空になった器を僕に突き出した。おかわり、ということらしい。僕は微笑みながら、もう一杯スープを注いであげた。
 三杯目を飲み干したところで、男はようやく落ち着いたのか、ふぅ、と息をついた。
「……世話になった」
「いえいえ、どういたしまして」
「このカブは、お前が作ったのか」
「はい。そこの畑で」
 男は僕の小さな畑に視線を移した。そこには、カブ以外にも生き生きとした野菜たちが元気に育っている。
「……そうか」
 男はそれだけ言うと、すっくと立ち上がった。
「俺は、レオンハルトだ」
「レオンハルトさん、ですね」
「近くに住んでいる。また……来るかもしれん」
「はい、いつでもどうぞ。野菜なら、たくさんありますから」
 僕がそう言うと、レオンハルトは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、口元を緩めたように見えた。そして、今度こそ彼は森の中へと姿を消していった。
 嵐のような出会いだった。
 でも、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、あの無愛想な男の「うまい」という一言が、僕の心に温かい灯りをともしてくれたような気がする。
 一人きりのスローライフもいいけれど、誰かと一緒に食事をするのも、悪くないかもしれない。
 僕は空になった鍋を洗いながら、レオンハルトがまた来てくれることを、少しだけ期待している自分に気づいた。僕の異世界での生活に、初めて「誰か」との繋がりが生まれた瞬間だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています

水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。 「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」 王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。 そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。 絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。 「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」 冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。 連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。 俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。 彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。 これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。

最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜

なの
BL
社畜として働き詰め、過労死した結城智也。次に目覚めたのは、獣人だらけの辺境村だった。 藁葺き屋根、素朴な食事、狼獣人のイケメンに介抱されて、気づけば賢者としてのチート能力まで付与済み!? 「静かに暮らしたいだけなんですけど!?」 ……そんな願いも虚しく、井戸掘り、畑改良、魔法インフラ整備に巻き込まれていく。 スローライフ(のはず)なのに、なぜか労働が止まらない。 それでも、優しい獣人たちとの日々に、心が少しずつほどけていく……。 チート×獣耳×ほの甘BL。 転生先、意外と住み心地いいかもしれない。

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

鬼神と恐れられる呪われた銀狼当主の元へ生贄として送られた僕、前世知識と癒やしの力で旦那様と郷を救ったら、めちゃくちゃ過保護に溺愛されています

水凪しおん
BL
東の山々に抱かれた獣人たちの国、彩峰の郷。最強と謳われる銀狼一族の若き当主・涯狼(ガイロウ)は、古き呪いにより発情の度に理性を失う宿命を背負い、「鬼神」と恐れられ孤独の中に生きていた。 一方、都で没落した家の息子・陽向(ヒナタ)は、借金の形として涯狼の元へ「花嫁」として差し出される。死を覚悟して郷を訪れた陽向を待っていたのは、噂とはかけ離れた、不器用で優しい一匹の狼だった。 前世の知識と、植物の力を引き出す不思議な才能を持つ陽向。彼が作る温かな料理と癒やしの香りは、涯狼の頑なな心を少しずつ溶かしていく。しかし、二人の穏やかな日々は、古き慣習に囚われた者たちの思惑によって引き裂かれようとしていた。 これは、孤独な狼と心優しき花嫁が、運命を乗り越え、愛の力で奇跡を起こす、温かくも切ない和風ファンタジー・ラブストーリー。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

処理中です...