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第05話「王都の焦りと、深まる絆」
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ルカが辺境で穏やかな日々を送っている頃、彼を追放した王都では、深刻な異変が起きていた。
王城の最奥、聖域に鎮座する国の守り神、聖獣が日に日に弱り始めていたのだ。純白だった毛並みは輝きを失ってくすみ、その全身からは微かな瘴気が立ち上り始めていた。
聖獣の力が弱まると共に、王都全体を覆っていた守護結界にも綻びが生じ、近隣に魔物が出現するなどの被害が出始めていた。
「一体どういうことだ!聖獣様の穢れが、なぜ浄化されんのだ!」
大神殿に、神官長たちの怒声が響き渡る。彼らは当初、ルカの後任として別の神官たちに浄化を命じた。だが、誰一人として聖獣の穢れを払うことはできなかった。【聖癒】はルカだけの唯一無二の力。その単純な事実に、彼らはようやく気づいたのだ。
自分たちが「無能」と蔑み、追い出した地味な力こそが、この国を支えるための要だった。
神官長たちの顔に、焦りの色が濃く浮かんでいく。
その頃、辺境の砦では、ルカとギルベルトの浄化が新たな段階へと進んでいた。
「どうやら、触れ合う面積が広いほど、浄化の効果が高いみたいです」
ルカの発見に、ギルベルトは複雑な表情を浮かべた。それはつまり、今よりもさらに密着する必要があるということだ。
しかし、ルカの【聖癒】の効果は絶大だった。浄化を重ねるたび、体は軽くなり、長年続いていた悪夢にうなされることもなくなった。この温もりを手放したくない。その思いが、彼の躊躇いを消し去った。
その日から、浄化の方法は変わった。
ルカはギルベルトの背後から、鎧の隙間にそっと手を差し込み、鍛えられた広い背中に直接てのひらを当てた。時には、正面から向き合い、まるで抱きしめるような形で、胸に手を置いて力を注ぐこともあった。
初めて自分以外の誰かの体温を間近に感じて、ギルベルトは戸惑いを隠せない。ルカの柔らかな髪が首筋をくすぐり、甘い陽だまりのような匂いが鼻腔をかすめる。生まれてからずっと、呪いの冷たさと鉄の匂いしか知らなかった彼にとって、その全てが未知の感覚だった。
ドクン、ドクン、と鎧の下で心臓が大きく鳴る。
それは呪いの苦痛によるものではない。抗いがたい心地よさと、胸の奥から湧き上がってくる、甘い疼き。この時間が永遠に続けばいいとさえ、思うようになっていた。
ルカもまた、ギルベルトの大きな体に触れるたびに、どきどきと胸が高鳴るのを感じていた。鍛えられた筋肉の硬さ、自分よりもずっと高い体温。最初は治療のためだと自分に言い聞かせていたが、次第に、彼に触れること自体に喜びを感じ始めている自分に気づいてしまった。
ギルベルトが時折見せる、自分だけに向けられる優しい眼差し。ぶっきらぼうな言葉の裏に隠された、深い思いやり。ルカは、日に日に強く、この"黒銀の鬼"に惹かれていくのを自覚していた。
二人の間に言葉は少ない。しかし、触れ合う肌を通じて、言葉以上に多くのものが伝わっていく。互いの孤独、痛み、そして芽生え始めた確かな想い。
王都の焦りとは裏腹に、辺境の砦では、二人の絆が静かに、そして深く結ばれようとしていた。
王城の最奥、聖域に鎮座する国の守り神、聖獣が日に日に弱り始めていたのだ。純白だった毛並みは輝きを失ってくすみ、その全身からは微かな瘴気が立ち上り始めていた。
聖獣の力が弱まると共に、王都全体を覆っていた守護結界にも綻びが生じ、近隣に魔物が出現するなどの被害が出始めていた。
「一体どういうことだ!聖獣様の穢れが、なぜ浄化されんのだ!」
大神殿に、神官長たちの怒声が響き渡る。彼らは当初、ルカの後任として別の神官たちに浄化を命じた。だが、誰一人として聖獣の穢れを払うことはできなかった。【聖癒】はルカだけの唯一無二の力。その単純な事実に、彼らはようやく気づいたのだ。
自分たちが「無能」と蔑み、追い出した地味な力こそが、この国を支えるための要だった。
神官長たちの顔に、焦りの色が濃く浮かんでいく。
その頃、辺境の砦では、ルカとギルベルトの浄化が新たな段階へと進んでいた。
「どうやら、触れ合う面積が広いほど、浄化の効果が高いみたいです」
ルカの発見に、ギルベルトは複雑な表情を浮かべた。それはつまり、今よりもさらに密着する必要があるということだ。
しかし、ルカの【聖癒】の効果は絶大だった。浄化を重ねるたび、体は軽くなり、長年続いていた悪夢にうなされることもなくなった。この温もりを手放したくない。その思いが、彼の躊躇いを消し去った。
その日から、浄化の方法は変わった。
ルカはギルベルトの背後から、鎧の隙間にそっと手を差し込み、鍛えられた広い背中に直接てのひらを当てた。時には、正面から向き合い、まるで抱きしめるような形で、胸に手を置いて力を注ぐこともあった。
初めて自分以外の誰かの体温を間近に感じて、ギルベルトは戸惑いを隠せない。ルカの柔らかな髪が首筋をくすぐり、甘い陽だまりのような匂いが鼻腔をかすめる。生まれてからずっと、呪いの冷たさと鉄の匂いしか知らなかった彼にとって、その全てが未知の感覚だった。
ドクン、ドクン、と鎧の下で心臓が大きく鳴る。
それは呪いの苦痛によるものではない。抗いがたい心地よさと、胸の奥から湧き上がってくる、甘い疼き。この時間が永遠に続けばいいとさえ、思うようになっていた。
ルカもまた、ギルベルトの大きな体に触れるたびに、どきどきと胸が高鳴るのを感じていた。鍛えられた筋肉の硬さ、自分よりもずっと高い体温。最初は治療のためだと自分に言い聞かせていたが、次第に、彼に触れること自体に喜びを感じ始めている自分に気づいてしまった。
ギルベルトが時折見せる、自分だけに向けられる優しい眼差し。ぶっきらぼうな言葉の裏に隠された、深い思いやり。ルカは、日に日に強く、この"黒銀の鬼"に惹かれていくのを自覚していた。
二人の間に言葉は少ない。しかし、触れ合う肌を通じて、言葉以上に多くのものが伝わっていく。互いの孤独、痛み、そして芽生え始めた確かな想い。
王都の焦りとは裏腹に、辺境の砦では、二人の絆が静かに、そして深く結ばれようとしていた。
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