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第07話「過去からの使者と、守るべき居場所」
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辺境の穏やかな日常は、一人の男の来訪によって突然破られた。
王都から、聖獣の異変を調査するという名目で、宮廷神官の使者がやってきたのだ。使者として現れたのは、かつてルカを「無能」と蔑んでいた神官の一人だった。彼は辺境の砦に到着するなり、尊大な態度で出迎えた騎士たちを見下す。
「追放された神官が、この辺りに流れ着いたと聞いた。ルカという男だ。どこにいる、案内しろ」
騎士たちが顔を見合わせていると、ちょうど中庭で動物たちと戯れていたルカが、騒ぎに気づいてやってきた。
「……あなたが、なぜここに?」
使者は、信じられないものを見るような目でルカを凝視した。やつれてみすぼらしい姿になっているだろうと思っていた追放者が、血色の良い顔で、身なりも整っている。それだけでも驚きだったが、彼の背後から現れた人物を見て、使者は完全に言葉を失った。
「――俺の連れに、何か用か」
地を這うような低い声と共に姿を現したのは、"黒銀の鬼"、ギルベルトだった。以前よりも瘴気は薄れているとはいえ、その威圧感は健在だ。使者の顔が、さっと青ざめる。
追放された無能神官が、なぜあの恐ろしい騎士団長と親しげにしているのか。状況が全く理解できなかった。
「ル、ルカ!貴様、ちょうどよかった!今すぐ我々と共に宮廷へ戻れ!これは勅命だ!」
混乱から我に返った使者は、虚勢を張るように高圧的な態度で命じた。聖獣を救えるのはルカしかいない。そのためには、何としてでも連れ帰らねばならない。
その言葉に、ルカの肩がびくりと震えた。宮廷、戻る、という言葉が、彼に過去の辛い記憶を思い出させた。
その小さな震えを、ギルベルトは見逃さなかった。
彼は一歩前に出て、ルカを完全に自分の背中にかばうと、使者を射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつけた。
「断る」
一言。しかし、その短い言葉には、何人たりとも覆すことのできない絶対的な意志が込められていた。
「なっ、何を言うか!これは王家からの命令だぞ!」
「ここは俺の治める土地だ。王命であろうと、俺の許可なく俺の庇護下にある人間を連れて行くことは許さん」
ギルベルトは静かに、しかしはっきりと告げた。
「彼は、俺の騎士団が保護している。誰にも渡しはしない」
その力強い言葉と、自分を守るために立ちはだかる大きな背中。
ルカは、背後からギルベルトの鎧の硬い感触を感じながら、心が震えるのを感じていた。
自分をゴミのように捨てた宮廷。
自分を必要とし、命がけで守ってくれるこの場所、この人。
どちらが自分の本当の居場所なのか。もう、迷いはなかった。
ルカはギルベルトの背中からひょっこりと顔を出すと、使者に向かって、自分の意志ではっきりと告げた。
「お断りします。僕は、ここから離れるつもりはありません」
その声は少し震えていたが、瞳には確かな決意の光が宿っていた。
ルカの毅然とした態度と、鬼の形相で睨みつけてくるギルベルトの迫力に、使者はすごすごと引き下がるしかなかった。
去っていく使者の背中を見送りながら、ルカは隣に立つギルベルトを見上げた。ギルベルトもまた、優しい眼差しでルカを見つめ返していた。二人の間には、もはや言葉は必要なかった。
王都から、聖獣の異変を調査するという名目で、宮廷神官の使者がやってきたのだ。使者として現れたのは、かつてルカを「無能」と蔑んでいた神官の一人だった。彼は辺境の砦に到着するなり、尊大な態度で出迎えた騎士たちを見下す。
「追放された神官が、この辺りに流れ着いたと聞いた。ルカという男だ。どこにいる、案内しろ」
騎士たちが顔を見合わせていると、ちょうど中庭で動物たちと戯れていたルカが、騒ぎに気づいてやってきた。
「……あなたが、なぜここに?」
使者は、信じられないものを見るような目でルカを凝視した。やつれてみすぼらしい姿になっているだろうと思っていた追放者が、血色の良い顔で、身なりも整っている。それだけでも驚きだったが、彼の背後から現れた人物を見て、使者は完全に言葉を失った。
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追放された無能神官が、なぜあの恐ろしい騎士団長と親しげにしているのか。状況が全く理解できなかった。
「ル、ルカ!貴様、ちょうどよかった!今すぐ我々と共に宮廷へ戻れ!これは勅命だ!」
混乱から我に返った使者は、虚勢を張るように高圧的な態度で命じた。聖獣を救えるのはルカしかいない。そのためには、何としてでも連れ帰らねばならない。
その言葉に、ルカの肩がびくりと震えた。宮廷、戻る、という言葉が、彼に過去の辛い記憶を思い出させた。
その小さな震えを、ギルベルトは見逃さなかった。
彼は一歩前に出て、ルカを完全に自分の背中にかばうと、使者を射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつけた。
「断る」
一言。しかし、その短い言葉には、何人たりとも覆すことのできない絶対的な意志が込められていた。
「なっ、何を言うか!これは王家からの命令だぞ!」
「ここは俺の治める土地だ。王命であろうと、俺の許可なく俺の庇護下にある人間を連れて行くことは許さん」
ギルベルトは静かに、しかしはっきりと告げた。
「彼は、俺の騎士団が保護している。誰にも渡しはしない」
その力強い言葉と、自分を守るために立ちはだかる大きな背中。
ルカは、背後からギルベルトの鎧の硬い感触を感じながら、心が震えるのを感じていた。
自分をゴミのように捨てた宮廷。
自分を必要とし、命がけで守ってくれるこの場所、この人。
どちらが自分の本当の居場所なのか。もう、迷いはなかった。
ルカはギルベルトの背中からひょっこりと顔を出すと、使者に向かって、自分の意志ではっきりと告げた。
「お断りします。僕は、ここから離れるつもりはありません」
その声は少し震えていたが、瞳には確かな決意の光が宿っていた。
ルカの毅然とした態度と、鬼の形相で睨みつけてくるギルベルトの迫力に、使者はすごすごと引き下がるしかなかった。
去っていく使者の背中を見送りながら、ルカは隣に立つギルベルトを見上げた。ギルベルトもまた、優しい眼差しでルカを見つめ返していた。二人の間には、もはや言葉は必要なかった。
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