BLゲームの悪役令息に転生!破滅フラグを回避したいのに、同じく転生者のヤンデレ皇太子が「やっと見つけた」と異常な執着で迫って来る。

水凪しおん

文字の大きさ
4 / 15

第3話「見えない檻と監視の瞳」

しおりを挟む
 レオンハルトの「迎えに行く」という宣言通り、その日の放課後、彼は律儀にもAクラスの教室の前で待ち構えていた。

 教室から出てきた生徒たちが、皇太子の姿を認めて息を呑み、遠巻きに通り過ぎていく。
 その視線が痛いほど突き刺さり、俺は胃がキリキリと痛むのを感じた。

「お待たせいたしました、殿下」

 内心の舌打ちを完璧な笑みで隠し、俺は彼に歩み寄る。
 逃げるという選択肢は、もはや存在しなかった。
 ここで逃げれば、昨日よりも厄介なことになるのは目に見えている。

「いや、待っている時間も悪くない。お前のことを考えていれば、退屈はしないからな」

 レオンハルトは、こともなげにそんな台詞を口にする。
 周囲で聞き耳を立てていた令嬢たちが、小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
 やめてくれ。
 俺をこれ以上、全校生徒の嫉妬の的にしないでくれ。

 俺たちは並んで廊下を歩き始めた。
 もちろん、俺が半歩後ろを歩く形で。
 レオンハルトは時折、俺に話しかけてくる。
 授業の内容だとか、教師の評判だとか、他愛もないことばかりだ。
 だが、その一言一言が、俺には彼の意図を探るための尋問のように聞こえた。

「エリアス、週末の予定は?」

「特に何も。家で読書でもしているかと」

「そうか。では、俺の離宮に来い。新しい魔法書が手に入ったんだ」

「ですが、私は……」

「お前は魔法史が得意だろう? きっと興味を持つはずだ」

 断る隙を与えない、巧みな話術。
 俺は「光栄です」と引きつった笑みで答えるしかなかった。
 どうしてこうなる。
 俺は、ただひっそりと学園生活を送りたいだけなのに。

 王族専用の馬車が待つ昇降口へ向かう途中、向こうから数人の生徒が歩いてくるのが見えた。
 その中心にいるのは、亜麻色の髪の少女。
 原作ヒロインのリナ・ベルだ。

『来た!』

 俺は心の中で快哉を叫んだ。
 これだ、これを待っていたんだ。
 原作では、ここでレオンハルトとリナが偶然の出会いを果たし、彼が彼女に興味を持つきっかけとなるイベントが発生するはずだ。
 リナが貴族の生徒に絡まれているところを、レオンハルトが助ける、という王道展開。

 案の定、リナと一緒にいた男子生徒の一人が、わざとらしく彼女にぶつかった。

「きゃっ!」

 リナが悲鳴を上げ、持っていた本を床にばらまく。
 さあ、皇太子殿下、あなたの出番ですよ!
 俺は期待を込めて、隣を歩くレオンハルトの横顔を盗み見た。
 しかし、彼は床に散らばった本と、助けを求めるようにこちらを見つめるリナを一瞥しただけで、足を止めることすらなかった。

「……え?」

 俺の口から、間の抜けた声が漏れる。
 レオンハルトは、まるで道端の石ころでも見るかのような無関心な目でリナを通り過ぎ、何事もなかったかのように歩き続けている。

「殿下、あの……」

「何か?」

「いえ、平民の生徒が困っているようですが……」

「だから何だ。俺には関係ない」

 冷酷、という言葉がこれほど似合う人間を、俺は他に知らない。
 原作の彼は、たとえ塩対応でも、困っている人間を見捨てるような男ではなかったはずだ。
 なのに、今の彼はヒロインに一ミリの関心も示さなかった。

 代わりに、その氷の瞳はまっすぐに俺だけを捉えている。

「それより、エリアス。お前は少し、交友関係が広すぎるんじゃないか?」

「……は?」

「昨日、訓練場で話していたあの侯爵家の次男。やけに親しげだったな」

 ぞっとした。
 まるで、俺の行動を全て監視していたかのような口ぶり。
 カルヴァンと話したのはほんの数分だ。
 まさか、あの時もどこかから見ていたというのか。

「彼はただのクラスメイトです」

「そうか。だが、あまり馴れ馴れしくされるのは見ていて不愉快だ。お前は俺の婚約者なのだから、その自覚を持って行動しろ」

 それは、嫉妬、だろうか。
 いや、まさか。
 だが、彼の声に宿る不機嫌な響きは、明らかに俺が他の誰かと親しくすることへの苛立ちを示していた。

 馬車に乗り込むと、重厚な扉が閉められ、外の世界から完全に遮断された。
 二人きりの密室空間。
 緊張で、喉がカラカラに乾く。

「エリアス、こちらへ」

 レオンハルトが、自分の隣の席をポンポンと叩く。
 向かい合わせに座っていた俺は、逆らうことができず、おずおずと彼の隣へ移動した。
 途端に、ふわりと彼の香りが鼻腔をくすぐる。
 静かで、それでいて圧倒的な存在感を放つアルファのフェロモン。
 まだヒートを経験したことのない俺の身体でも、本能が警鐘を鳴らす。
 危険だ、と。

「……近い、です」

「そうか? 俺はもっと近くにいたいが」

 そう言うと、レオンハルトは俺の肩を抱き寄せた。
 抵抗しようとしたが、がっしりとホールドされて身動きが取れない。

「殿下、やめてください!」

「なぜだ。婚約者同士なのだから、これくらいのことは普通だろう」

「普通ではありません!」

 俺が必死に訴えても、彼は楽しげに喉を鳴らすだけだった。
 そして、俺の耳元に唇を寄せ、囁いた。

「なあ、エリアス。昨日、お前は家に帰った後、何をしていた?」

「……何を、とは」

「俺からの誘いを断ってまでしなければならない『家の用事』とやらは、どうなったんだ?」

 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
 やはり、昨日の嘘は見抜かれていたのだ。

「あれは……その……」

「お前は、自室でずっと歴史書を読んでいただけだろう。違うか?」

 なぜ、それを知っている。
 俺の部屋に、誰か間者を送り込んだのか?
 アルドリング公爵家に、皇太子の息のかかった人間がいるとでもいうのか。

 俺の驚愕を見透かしたように、レオンハルトは満足げに目を細めた。

「お前のことは、何でも知っている」

 その言葉は、甘い愛の告白などではなかった。
 それは、見えない檻の格子を、一本一本、音を立てて閉じていくような、絶望的な響きをしていた。
 俺は、この男の手の中から、もう逃れられないのかもしれない。
 そんな予感が、暗い影のように心を覆い尽くしていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪回避のはずが、第2王子に捕まりました

ちとせ
BL
美形王子×容姿端麗悪役令息  ——これ、転生したやつだ。 5歳の誕生日、ノエル・ルーズヴェルトは前世の記憶を取り戻した。 姉が夢中になっていたBLゲームの悪役令息に転生したノエルは、最終的に死罪かそれ同等の悲惨な結末を迎える運命だった。 そんなの、絶対に回避したい。 主人公や攻略対象に近づかず、目立たずに生きていこう。 そう思っていたのに… なぜか勝手に広まる悪評に、むしろ断罪ルートに近づいている気がする。 しかも、関わるまいと決めていた第2王子・レオンには最初は嫌われていたはずなのに、途中からなぜかグイグイ迫られてる。 「お前を口説いている」 「俺が嫉妬しないとでも思った?」 なんで、すべてにおいて完璧な王子が僕にそんなことを言ってるの…?  断罪回避のはずが、いつの間にか王子に捕まり、最後には溺愛されるお話です。 ※しばらく性描写はないですが、する時にはガッツリです

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

悪役の運命から逃げたいのに、独占欲騎士様が離してくれません

ちとせ
BL
執着バリバリなクールイケメン騎士×一生懸命な元悪役美貌転生者 地味に生きたい転生悪役と、全力で囲い込む氷の騎士。 乙女ゲームの断罪予定悪役に転生してしまった春野奏。 新しい人生では断罪を回避して穏やかに暮らしたい——そう決意した奏ことカイ・フォン・リヒテンベルクは、善行を積み、目立たず生きることを目標にする。 だが、唯一の誤算は護衛騎士・ゼクスの存在だった。 冷静で用心深く、厳格な彼が護衛としてそばにいるということはやり直し人生前途多難だ… そう思っていたのに─── 「ご自身を大事にしない分、私が守ります」 「あなたは、すべて私のものです。 上書きが……必要ですね」 断罪回避のはずが、護衛騎士に執着されて逃げ道ゼロ!? 護られてるはずなのに、なんだか囚われている気がするのは気のせい? 警戒から始まる、甘く切なく、そしてどこまでも執着深い恋。 一生懸命な転生悪役と、独占欲モンスターな護衛騎士の、主従ラブストーリー!

幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。

叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。 幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。 大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。 幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

処理中です...