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第7話「嵐の夜、触れたいと願う衝動」
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その夜、山は激しい嵐に見舞われた。
ごう、と唸りを上げて吹き荒れる風が洞窟の入り口を通り抜け、奥にいる俺たちの頬を撫でる。遠くで木々がなぎ倒される、みしり、という鈍い音が断続的に聞こえてきて、俺は不安でたまらなかった。
「すごい嵐ですね……」
「山の気まぐれだ。すぐに過ぎる」
フェンリルは落ち着いた様子で、俺の隣にぴたりと寄り添っていた。
彼の巨大な身体がすぐそばにあるというだけで、不思議と荒れ狂う嵐の音も少しだけ遠のくような気がした。彼の温かい毛皮に包まれていると、どんな時でも安心できる。
だが、嵐はさらに勢いを増していく。
その時だった。
ピカッ!と空が裂けるような閃光が走り、一瞬遅れて、バリバリと鼓膜を破るほどの凄まじい雷鳴が轟いた。
その衝撃で、洞窟の入り口付近にあった巨大な岩が、ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちてきたのだ。
「危ない!」
フェンリルの鋭い声と同時に、俺の身体は強い力でぐっと引き寄せられ、地面に押し倒された。
咄嗟に俺をかばおうと、フェンリルが俺の上に覆いかぶさったのだ。
岩が崩れる轟音が、頭上すぐ近くで鳴り響く。砂埃が舞い、何が起こったのか一瞬分からなかった。
「……大丈夫か、ユキ」
耳元で、フェンリルの心配そうな声がする。
「は、はい……俺は大丈夫です。フェンリル様は?」
そう言って身体を起こそうとした俺は、自分の肩に触れているものの感触に、違和感を覚えた。
いつも触れている、もふもふとした柔らかな毛皮じゃない。
硬質でしなやかな、間違いなく人間の腕の感触だった。
「え……?」
驚いて顔を上げると、そこにはいつもと変わらない、巨大な白狼の姿のフェンリルがいるだけ。
俺の上に覆いかぶさった彼の前足が、俺の肩を優しく押さえている。
気のせい…?でも、確かに今、人の腕の感触がした。
「今のは……?」
俺が尋ねても、フェンリルは「気のせいだ」と、どこか焦ったように、ぶっきらぼうに答えるだけだった。
しかし、フェンリル自身、己の身に起きた変化に誰よりも驚き、動揺していた。
ユキをかばおうとした、あの瞬間。
このか細い身体を、この腕で守りたい。この温もりを、この手で抱きしめたい。
そう、心の底から強く、強く願ったのだ。
その強い願いが、数千年の間、何の変化もなかった神獣の身体に、確かな変化の兆しをもたらしていた。ほんの一瞬だけ、彼の前足が、人の腕へと変わりかけていたのだ。
フェンリルは、初めて自覚した。
この狼の姿のままでは、この愛しい存在を、満足に抱きしめることすらできないのだ、と。
ユキの全てが、愛しい。守りたい。そして、触れたい。
今まで感じたことのない、激しい衝動が、フェンリルの胸の内を駆け巡っていた。
嵐は、まだ止まない。
岩で入り口が少しだけ狭くなった洞窟の中、二人は黙って寄り添い続けていた。
俺はさっきの不思議な感触を反芻し、フェンリルは己の内に芽生えた新たな願いに戸惑っていた。
神獣の身体に起きた、小さな、しかし決定的な変化。
それは、愛しい者を守りたいという純粋な想いが起こした、奇跡の始まりだった。
フェンリルは初めて、人の形を取りたいと、心の底から強く、強く願った。この手でユキを抱きしめ、この声で愛を囁くために。
ごう、と唸りを上げて吹き荒れる風が洞窟の入り口を通り抜け、奥にいる俺たちの頬を撫でる。遠くで木々がなぎ倒される、みしり、という鈍い音が断続的に聞こえてきて、俺は不安でたまらなかった。
「すごい嵐ですね……」
「山の気まぐれだ。すぐに過ぎる」
フェンリルは落ち着いた様子で、俺の隣にぴたりと寄り添っていた。
彼の巨大な身体がすぐそばにあるというだけで、不思議と荒れ狂う嵐の音も少しだけ遠のくような気がした。彼の温かい毛皮に包まれていると、どんな時でも安心できる。
だが、嵐はさらに勢いを増していく。
その時だった。
ピカッ!と空が裂けるような閃光が走り、一瞬遅れて、バリバリと鼓膜を破るほどの凄まじい雷鳴が轟いた。
その衝撃で、洞窟の入り口付近にあった巨大な岩が、ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちてきたのだ。
「危ない!」
フェンリルの鋭い声と同時に、俺の身体は強い力でぐっと引き寄せられ、地面に押し倒された。
咄嗟に俺をかばおうと、フェンリルが俺の上に覆いかぶさったのだ。
岩が崩れる轟音が、頭上すぐ近くで鳴り響く。砂埃が舞い、何が起こったのか一瞬分からなかった。
「……大丈夫か、ユキ」
耳元で、フェンリルの心配そうな声がする。
「は、はい……俺は大丈夫です。フェンリル様は?」
そう言って身体を起こそうとした俺は、自分の肩に触れているものの感触に、違和感を覚えた。
いつも触れている、もふもふとした柔らかな毛皮じゃない。
硬質でしなやかな、間違いなく人間の腕の感触だった。
「え……?」
驚いて顔を上げると、そこにはいつもと変わらない、巨大な白狼の姿のフェンリルがいるだけ。
俺の上に覆いかぶさった彼の前足が、俺の肩を優しく押さえている。
気のせい…?でも、確かに今、人の腕の感触がした。
「今のは……?」
俺が尋ねても、フェンリルは「気のせいだ」と、どこか焦ったように、ぶっきらぼうに答えるだけだった。
しかし、フェンリル自身、己の身に起きた変化に誰よりも驚き、動揺していた。
ユキをかばおうとした、あの瞬間。
このか細い身体を、この腕で守りたい。この温もりを、この手で抱きしめたい。
そう、心の底から強く、強く願ったのだ。
その強い願いが、数千年の間、何の変化もなかった神獣の身体に、確かな変化の兆しをもたらしていた。ほんの一瞬だけ、彼の前足が、人の腕へと変わりかけていたのだ。
フェンリルは、初めて自覚した。
この狼の姿のままでは、この愛しい存在を、満足に抱きしめることすらできないのだ、と。
ユキの全てが、愛しい。守りたい。そして、触れたい。
今まで感じたことのない、激しい衝動が、フェンリルの胸の内を駆け巡っていた。
嵐は、まだ止まない。
岩で入り口が少しだけ狭くなった洞窟の中、二人は黙って寄り添い続けていた。
俺はさっきの不思議な感触を反芻し、フェンリルは己の内に芽生えた新たな願いに戸惑っていた。
神獣の身体に起きた、小さな、しかし決定的な変化。
それは、愛しい者を守りたいという純粋な想いが起こした、奇跡の始まりだった。
フェンリルは初めて、人の形を取りたいと、心の底から強く、強く願った。この手でユキを抱きしめ、この声で愛を囁くために。
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