9 / 15
第8話「招かれざる客と、引き裂かれる心」
しおりを挟む
俺が生贄になってから、一年。
俺がいなくなった村では、山の神獣の怒りが鎮まり、森が穏やかになったと噂されていた。それどころか、以前よりも森の恵みが豊かになり、村の暮らしは安定しているらしい。
それは、俺が毎日フェンリルのために作る料理のおかげで、彼の機嫌が良くなった結果なのだが、村の人間がそれを知る由もない。
欲を出した村長は、森のさらなる資源を手に入れようと、数人の屈強な若者を森の奥深くへと調査に派遣した。
そして、彼らは見てしまったのだ。
渓流で水を汲んでいた、死んだはずの生贄――俺の姿を。
「おい、あれって……ユキじゃねえか?」
「馬鹿な!あいつは一年前、生贄になったはずだ!」
若者たちは茂みに隠れてひそひそと話していたが、やがて確信を得ると、ぞろぞろと俺の前に姿を現した。
「やっぱりユキだ!生きてやがったのか!」
突然現れた村の若者たちに、俺は驚いて持っていた水桶を落としそうになった。
見知った顔ぶれだが、彼らの目に友好的な色は一切ない。
「なんでお前がここにいる!神獣様を誑かしたな!」
「そうだ!お前みたいな役立たずのせいで、村の秩序が乱れるところだったんだ!」
彼らは口々に俺を罵り、じりじりと距離を詰めてくる。恐怖で、足がすくんだ。
「ち、違う!俺は…!」
「問答無用だ!一緒に村へ戻れ!村長に引き渡して、どういうことか説明してもらう!」
一人の若者が、乱暴に俺の腕を掴んだ。
「やめてください!離して!」
俺は必死に抵抗した。村へ戻りたくない。あの孤独で、誰からも必要とされない日々に戻るのは、もう嫌だ。
何より、フェンリルを独りぼっちにしたくない。
俺がいなくなったら、彼はまた、あの長い孤独の中に一人で戻ってしまう。彼の寂しさを埋められるのは、彼の隣にいられるのは、もう、俺しかいないのだから。
「俺はここにいたいんだ!フェンリル様のそばに!」
俺の叫びは、彼らの耳には届かなかった。
「神獣様だと?化け物に誑かされやがって!」
「うるさい!さっさと来い!」
非力な俺の抵抗は虚しく、若者たちに腕を引かれ、無理やり村の方へと引きずられていく。
嫌だ、行きたくない。フェンリル、助けて。
心の中で、彼の名を叫ぶ。
俺の心は、村へ連れ戻される恐怖と、フェンリルへの想いの間で、激しく引き裂かれていた。
彼と出会ってからの、温かくて幸せな日々が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
あの穏やかな毎日が、このまま終わってしまうのだろうか。
もう二度と、彼のために料理を作ることも、彼の隣で笑い合うことも、できなくなってしまうのだろうか。
絶望が、再び俺の心を黒く塗りつぶそうとしていた。
その時だった。
森の奥から、空気を震わすほどの、凄まじい怒気を含んだ咆哮が轟いた。
グルルルルルルァァァァッ!!
それは、間違いなくフェンリルの声だった。しかし、今まで聞いたどんな鳴き声とも違う。万物を凍てつかせるような、純粋な怒りに満ちた声。
若者たちの顔から、一斉に血の気が引いた。
「ひっ……!か、神獣様だ……!」
「な、なんでこんなに怒って……」
彼らが恐怖に慄く中、森の木々を薙ぎ倒す勢いで、巨大な白い影がこちらへ向かってくるのが見えた。
フェンリルだ。
俺を探しに来てくれたんだ。
安堵と喜びで胸が熱くなったのも束の間、俺はこれから起ころうとしていることに気づき、顔を青くした。
怒り狂った神獣が、人間に牙を剥く。それは、村の終わりを意味していた。
俺がいなくなった村では、山の神獣の怒りが鎮まり、森が穏やかになったと噂されていた。それどころか、以前よりも森の恵みが豊かになり、村の暮らしは安定しているらしい。
それは、俺が毎日フェンリルのために作る料理のおかげで、彼の機嫌が良くなった結果なのだが、村の人間がそれを知る由もない。
欲を出した村長は、森のさらなる資源を手に入れようと、数人の屈強な若者を森の奥深くへと調査に派遣した。
そして、彼らは見てしまったのだ。
渓流で水を汲んでいた、死んだはずの生贄――俺の姿を。
「おい、あれって……ユキじゃねえか?」
「馬鹿な!あいつは一年前、生贄になったはずだ!」
若者たちは茂みに隠れてひそひそと話していたが、やがて確信を得ると、ぞろぞろと俺の前に姿を現した。
「やっぱりユキだ!生きてやがったのか!」
突然現れた村の若者たちに、俺は驚いて持っていた水桶を落としそうになった。
見知った顔ぶれだが、彼らの目に友好的な色は一切ない。
「なんでお前がここにいる!神獣様を誑かしたな!」
「そうだ!お前みたいな役立たずのせいで、村の秩序が乱れるところだったんだ!」
彼らは口々に俺を罵り、じりじりと距離を詰めてくる。恐怖で、足がすくんだ。
「ち、違う!俺は…!」
「問答無用だ!一緒に村へ戻れ!村長に引き渡して、どういうことか説明してもらう!」
一人の若者が、乱暴に俺の腕を掴んだ。
「やめてください!離して!」
俺は必死に抵抗した。村へ戻りたくない。あの孤独で、誰からも必要とされない日々に戻るのは、もう嫌だ。
何より、フェンリルを独りぼっちにしたくない。
俺がいなくなったら、彼はまた、あの長い孤独の中に一人で戻ってしまう。彼の寂しさを埋められるのは、彼の隣にいられるのは、もう、俺しかいないのだから。
「俺はここにいたいんだ!フェンリル様のそばに!」
俺の叫びは、彼らの耳には届かなかった。
「神獣様だと?化け物に誑かされやがって!」
「うるさい!さっさと来い!」
非力な俺の抵抗は虚しく、若者たちに腕を引かれ、無理やり村の方へと引きずられていく。
嫌だ、行きたくない。フェンリル、助けて。
心の中で、彼の名を叫ぶ。
俺の心は、村へ連れ戻される恐怖と、フェンリルへの想いの間で、激しく引き裂かれていた。
彼と出会ってからの、温かくて幸せな日々が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
あの穏やかな毎日が、このまま終わってしまうのだろうか。
もう二度と、彼のために料理を作ることも、彼の隣で笑い合うことも、できなくなってしまうのだろうか。
絶望が、再び俺の心を黒く塗りつぶそうとしていた。
その時だった。
森の奥から、空気を震わすほどの、凄まじい怒気を含んだ咆哮が轟いた。
グルルルルルルァァァァッ!!
それは、間違いなくフェンリルの声だった。しかし、今まで聞いたどんな鳴き声とも違う。万物を凍てつかせるような、純粋な怒りに満ちた声。
若者たちの顔から、一斉に血の気が引いた。
「ひっ……!か、神獣様だ……!」
「な、なんでこんなに怒って……」
彼らが恐怖に慄く中、森の木々を薙ぎ倒す勢いで、巨大な白い影がこちらへ向かってくるのが見えた。
フェンリルだ。
俺を探しに来てくれたんだ。
安堵と喜びで胸が熱くなったのも束の間、俺はこれから起ころうとしていることに気づき、顔を青くした。
怒り狂った神獣が、人間に牙を剥く。それは、村の終わりを意味していた。
96
あなたにおすすめの小説
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
もふもふ守護獣と運命の出会い—ある日、青年は異世界で大きな毛玉と恋に落ちた—
なの
BL
事故に巻き込まれ、雪深い森で倒れていた青年・ユナ。
命の危険に晒されていた彼を救ったのは、白銀の毛並みを持つ美しい人狼・ゼルだった。
ゼルは誰よりも優しくて、そして――独占欲がとにかく強い。
気がつけばユナは、もふもふの里へ連れていかれる。
そこでは人狼だけでなく、獣人や精霊、もふもふとした種族たちが仲良く暮らしており、ユナは珍しい「人間」として大歓迎される。
しかし、ゼルだけは露骨にユナを奪われまいとし、
「触るな」「見るな」「近づくな」と嫉妬を隠そうとしない。
もふもふに抱きしめられる日々。
嫉妬と優しさに包まれながら、ユナは少しずつ居場所を取り戻していく――。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる