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第28話「トラウマの夜」
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王太子軍が、辺境領の目前まで迫っている。
その知らせは、城全体を重苦しい緊張感で包み込んだ。
騎士たちは、カイル様の指揮の下、慌ただしく、しかし整然と出撃の準備を進めている。
僕は、ただ無力にその様子を見守ることしかできなかった。
僕のせいで、戦いが起ころうとしている。
僕の存在が、カイル様やこの城の人々を危険に晒している。
その罪悪感が、鉛のように僕の心にのしかかる。
夜、一人で部屋にいると、過去の記憶が悪夢のように蘇ってきた。
父の冷たい目。
兄姉からの嘲笑。
使用人たちの囁き声。
そして、大勢の貴族の前で僕を「出来損ない」と断罪した、アラン殿下の軽蔑に満ちた顔。
『お前のようなオメガは不要だ』
あの言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
違う、僕は、不要なんかじゃない。
カイル様は、僕を必要だと言ってくれた。
そう頭では分かっているのに、一度刻み込まれたトラウマは、そう簡単には消えてくれない。
また、あの場所へ連れ戻されるのだろうか。
また、誰からも必要とされず蔑まれるだけの日々が始まるのだろうか。
そう思うと、呼吸が苦しくなった。
心臓が、嫌な音を立てて速くなる。
「はっ…ひゅ…っ」
過呼吸だった。
僕は、胸を押さえてその場にうずくまる。
暗い闇が、僕を飲み込もうとしていた。
その時だった。
コンコン、と控えめなノックの音。
返事をする余裕もなく、扉が静かに開かれた。
入ってきたのは、カイル様だった。
彼は僕の様子を見るなり、険しい顔で駆け寄ってきた。
「リアム!どうした!」
彼は僕の隣に膝をつくと、僕の背中を力強く、しかし優しくさすってくれた。
「大丈夫だ。俺がいる。ゆっくり息をしろ」
彼の低い声が、パニックに陥っていた僕の意識を、少しずつ現実へと引き戻してくれる。
僕は彼の言葉に合わせて、必死に呼吸を整えようとした。
「すー…はー…そうだ、上手だ」
どれくらい、そうしていただろうか。
ようやく、発作が落ち着いてきた。
「…すみません、みっともないところを…」
「謝るな」
カイル様は、僕の言葉を遮った。
「王都でのことか」
彼の問いに、僕は小さくうなずく。
彼は、何も言わずに僕の隣に座った。
そして、僕の体をそっと彼の腕の中へと引き寄せる。
驚く僕の頭を、彼は優しく撫でた。
「怖かっただろう」
その声は、今まで聞いたことがないほど優しさに満ちていた。
まるで子供をあやすような、その温かさに、僕の涙腺はいとも簡単に決壊した。
「う…っ、うわああああ…!」
僕は彼の胸の中で、声を上げて泣いた。
今まで誰にも見せることができなかった、心の奥底に溜め込んでいた悲しみや、苦しみや、悔しさを、全て吐き出すように。
カイル様は僕が泣き止むまで、ずっと黙って僕を抱きしめ続けてくれた。
その背中を撫でる手は、どこまでも優しく温かかった。
ようやく涙が枯れる頃には、僕の心は不思議なほど穏やかになっていた。
「…リアム」
カイル様が、僕の顔を覗き込む。
「よく聞け。お前はもう一人じゃない。お前を傷つけるものは、俺が全て排除する。たとえ、それが王太子であろうと、な」
彼の赤い瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
僕は、もう過去の幻影に怯える必要はないのだ。
この、強くて優しい腕が僕を守ってくれるのだから。
「…はい」
僕は彼の胸の中で、強くうなずいた。
「ありがとうございます、カイル様」
僕の心にあった最後の氷が、その夜、完全に溶けてなくなったのを、僕は感じていた。
明日、戦いが始まる。
でも、もう僕は怖くない。
愛する人が、そばにいてくれるのだから。
その知らせは、城全体を重苦しい緊張感で包み込んだ。
騎士たちは、カイル様の指揮の下、慌ただしく、しかし整然と出撃の準備を進めている。
僕は、ただ無力にその様子を見守ることしかできなかった。
僕のせいで、戦いが起ころうとしている。
僕の存在が、カイル様やこの城の人々を危険に晒している。
その罪悪感が、鉛のように僕の心にのしかかる。
夜、一人で部屋にいると、過去の記憶が悪夢のように蘇ってきた。
父の冷たい目。
兄姉からの嘲笑。
使用人たちの囁き声。
そして、大勢の貴族の前で僕を「出来損ない」と断罪した、アラン殿下の軽蔑に満ちた顔。
『お前のようなオメガは不要だ』
あの言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
違う、僕は、不要なんかじゃない。
カイル様は、僕を必要だと言ってくれた。
そう頭では分かっているのに、一度刻み込まれたトラウマは、そう簡単には消えてくれない。
また、あの場所へ連れ戻されるのだろうか。
また、誰からも必要とされず蔑まれるだけの日々が始まるのだろうか。
そう思うと、呼吸が苦しくなった。
心臓が、嫌な音を立てて速くなる。
「はっ…ひゅ…っ」
過呼吸だった。
僕は、胸を押さえてその場にうずくまる。
暗い闇が、僕を飲み込もうとしていた。
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コンコン、と控えめなノックの音。
返事をする余裕もなく、扉が静かに開かれた。
入ってきたのは、カイル様だった。
彼は僕の様子を見るなり、険しい顔で駆け寄ってきた。
「リアム!どうした!」
彼は僕の隣に膝をつくと、僕の背中を力強く、しかし優しくさすってくれた。
「大丈夫だ。俺がいる。ゆっくり息をしろ」
彼の低い声が、パニックに陥っていた僕の意識を、少しずつ現実へと引き戻してくれる。
僕は彼の言葉に合わせて、必死に呼吸を整えようとした。
「すー…はー…そうだ、上手だ」
どれくらい、そうしていただろうか。
ようやく、発作が落ち着いてきた。
「…すみません、みっともないところを…」
「謝るな」
カイル様は、僕の言葉を遮った。
「王都でのことか」
彼の問いに、僕は小さくうなずく。
彼は、何も言わずに僕の隣に座った。
そして、僕の体をそっと彼の腕の中へと引き寄せる。
驚く僕の頭を、彼は優しく撫でた。
「怖かっただろう」
その声は、今まで聞いたことがないほど優しさに満ちていた。
まるで子供をあやすような、その温かさに、僕の涙腺はいとも簡単に決壊した。
「う…っ、うわああああ…!」
僕は彼の胸の中で、声を上げて泣いた。
今まで誰にも見せることができなかった、心の奥底に溜め込んでいた悲しみや、苦しみや、悔しさを、全て吐き出すように。
カイル様は僕が泣き止むまで、ずっと黙って僕を抱きしめ続けてくれた。
その背中を撫でる手は、どこまでも優しく温かかった。
ようやく涙が枯れる頃には、僕の心は不思議なほど穏やかになっていた。
「…リアム」
カイル様が、僕の顔を覗き込む。
「よく聞け。お前はもう一人じゃない。お前を傷つけるものは、俺が全て排除する。たとえ、それが王太子であろうと、な」
彼の赤い瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
僕は、もう過去の幻影に怯える必要はないのだ。
この、強くて優しい腕が僕を守ってくれるのだから。
「…はい」
僕は彼の胸の中で、強くうなずいた。
「ありがとうございます、カイル様」
僕の心にあった最後の氷が、その夜、完全に溶けてなくなったのを、僕は感じていた。
明日、戦いが始まる。
でも、もう僕は怖くない。
愛する人が、そばにいてくれるのだから。
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